-48章-
ともに誓う



 冒険者への門は、常に誰にでも開かれている。
 冒険者ギルドを訪ねれば、望む者は冒険者となることができるのだ。例外としては、国から指名手配を受けている極悪人などは、さすがに通報される。
 それ以外ならば、基本的に誰でもなれるのだ。冒険者となること自体は、至極簡単である。
 冒険者となった者は、その冒険を行うための『職』を選択する。冒険職と呼ばれるものであり、戦士や僧侶、魔法使いなどの基本職から始めていくものだ。冒険職の種類は多い。基本職の戦士一つをとっても、炎戦士などと言った属性に関するものあれば、斧戦士(アクスソルジャー)という武器に特化した『職』も存在している。
 冒険職は今までの経験や、生まれ持っての資質が関係してくる。
 冒険を続けていく上で経験を積み重ね、上級の『職』を目指していくのが、冒険者の常だ。
 上級の『職』になるのは容易なことではなく、中でも最も難しいとされるのは『勇者』である。
 伝説の冒険職、と呼ばれるほどで、その『職』になることができる者はほとんどいない。
 『職』を司るダーマでも、存在こそ知っているものの、勇者の『職』に成り得た者を見た者はいないに等しい。
 それでも、ただの伝説として笑い飛ばせないのは、事実として勇者がいるからだ。
 その一人は、勇者オルテガ=ディアティス。
 知名度はそこまで高くないが、勇者となった彼の名を知る者は多い。しかし、旅の途中で命を落としたが故に、世界にその名を轟かせることもなかった。
 だが、その一人息子である青年が、こちらも勇者となり、世界を救った。  勇者の『職』を極め、そして魔王を倒した青年。その名は、ロベル=ディアティス。
 彼が所属する冒険者チーム『英雄四戦士』は、チーム名に名前負けすることなど無いほどの顔ぶれである。
 勇者ロベルを初めとして、こちらも伝説扱いされている『職』の『剣神』ディング。『大賢者』のリリナ。そして武具を扱わせたら右に出る者はいない『武器仙人』(本名不明)。
 彼らは生きる伝説だ。魔王が倒れて、まだ数年しかたっていない世の中では、彼らに希望を託そうとしている者は多い。
 彼らが今、どうなっているかも知らずに……。

 剣神ディングと武器仙人は、既に現世の人ではない。『龍具』の使い手でもあった彼らは、それを手放すことで死ぬ運命だったのだ。
 大賢者リリナは、魔王討伐の際に禁呪を使い、今では魔法を扱えなくなってしまっているため、隠居の身だ。
 そして、勇者ロベル。彼もまた、復活した魔王の城で、命を落とした。
 この事実を知る者は少ない。
 勇者の死に立ち会い、遺言を受け取った若者がいることなど、誰も思ってはいないのだ。
 魔王復活の報がなされても、まだ勇者という希望がいる。世界の人々は、そう信じている。


 その希望が、勇者ロベルが、エンたちの前に立ち塞がっていた。


「そんな……」
 悲痛な声で絞り出すように言ったのはイサである。彼女もロベルの死は知っている。魔書の力により、エンが関わったことを知った際に、勇者の死も含まれていた。だからこそ、今目の前にいる若者の存在が信じがたいものとなっている。
「ホイミン、そのネクロゼイムってやつは」
 エンの言わんとしていることは、容易に想像がつく。
「うん。死者を蘇らせる研究もしていたはずだよ」
 霊魔将軍の名を持つ死魔将軍のなり損ないは、ありとあらゆる研究に手をつけていた。合成魔獣や、悪病、そして死者の蘇生。
 イサも後で知ったことだが、イサ達が過去のウィードで戦った既死兵も、ネクロゼイムの力だったのだという。それをレイゼンが利用していたのだが、何にせよネクロゼイムの研究成果はどれも厄介なものである。
「ロベル……」
 再び、エンが目の前に立つ若者の名を呼んだ。
 勇者ロベルは魔王城で死を遂げた。しかし、遺体は大賢者リリナの元へ送ったはずだった。こうして蘇生の実験に使われることは、まずないはずだ。
「きっと、勇者の血から肉体を生成したんだと思う……」
 エンが疑問に思ったことが解ったのか、ホイミンが悲しそうに言う。ネクロゼイムの手にかかれば、戦いで流れた血があれば充分だったということだろうか。
 どちらにせよ、再び命を得たロベルの瞳は、暗い光を帯びている。とてもまともな状態ではない。
 ロベルの持つ剣は、間違いなく勇者(ロトル)の剣である。伝説の剣は、まだロベルのことを勇者として認めている証なのだろう。
「っ!」
 ロベルは地を蹴り、エンに向かった。
「く!」
 高い金属音が響く。一撃は火龍の斧で受け止めたものの、腕が痺れるほど強力だ。
「ロベル! どうしてオレ達が戦わなきゃいけないんだ」
 エンの呼びかけに、ロベルは何の反応も示さない。その肉体が蘇生したからといって、記憶と精神までは蘇らせることができていないのだろうか。もしかしたら、それは意図的に記憶が抹消されているのかもしれない。
 一度間合いを取り、気を取り直す。
「やるしかないんだったら、やってやる」
 ロベルが立ち塞がるというのならば、それさえも打ち倒さなければならない。
「エン、本当に戦うの?!」
 相手は勇者ロベルなのだ。そう易々と倒せる相手ではない。
「一度、ロベルとは戦ってみたかったからな」
 そう嘯くが、それが強がりであることは一目瞭然である。
「それなら、自分も手伝っちゃあ!」
 唐突に横から声をかけられた。人間の姿をしたホイミンである。彼は鋼の剣を召還しており、どことなく嬉しそうだ。
「ホイミン?!」
「自分も、名高い勇者様と戦ってみたかったっちゃん。勇者ロベルと自分、どっちが強いのかはっきりさせたいと」
 元々、ホイミンは魔王ジャルートの脅威が蔓延っていた時代の世界冒険者ランキング優勝者である。その名が轟かなかったのは、同じ時代に勇者ロベルが魔王を倒したという名声があまりにも強かったためだ。
 ロベルの栄誉の影に隠れ、ホイミンの冒険者チーム『剣の牙』の名は埋もれてしまった。
 もし、ロベルの功績がなければどうなっていたのか。もしくは、『英雄四戦士』とどちらが強かったのか。それをはっきりさせるには、ちょうどよい機会なのだ。
「悪ぃけどよ、ホイミン。お前たちはフォルリードを追ってくれ」
「なっ!」
 思わず声を荒げたのはイサである。この状況下の中、戦力を分散するのは得策ではないはずだ。
 ホイミンも、憮然とした表情でエンを睨む。
「これでも自分、回復魔法とか使えるっちゃけど。それなしでよかと?」
 回復魔法の補助無しに勇者と戦えるのか。そう問われると、はっきり言えばエンにも自信はない。
 ロベルは回復魔法も扱うことができるが、エンとイサはその類の魔法は習得していないのだ。
 ホイミンは、自分が戦えないことも含めて不満に思っているらしい。
「頼む。ロベルだって、一人なんだ」
 エンとしては、ロベルとなるべく同じ条件下で戦いたいのだ。
 ホイミンがじっとエンの目を見る。やがて肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「自分も勇者と戦ってみたかったって事、覚えとってよ?」
「ああ!」
「それじゃ、しびおさん。行こう」
「はい」
 しびおは特に反論もせず、ホイミンのすぐ横についた。
「負けたらいかんばい」
「当たり前だ」
 訛りのある言葉でも、ホイミンが言わんとしている事はエンに伝わっている。
 エンの言葉を聞き、ホイミンも頷く。そして、フォルリードが消え去った方向へと走り出した。彼なら、魔力を追うという芸当ができるので、フォルリードの居場所を突き止めることが可能なはずだ。
 この場に残ったのは、エンとイサ。そして勇者ロベルである。
 ロベルを見やると、彼の身体から徐々に闘気が増すのが解る。
戦うならば、正々堂々と戦いたい。例え、ロベルの記憶がなくなっていたとしても。
「行くぞ!」
 自分を奮い立たせる意味でも、エンは怒鳴るように言って地を蹴った。

「『爆撃』のフレアード・スラッシュ!」
 命中と同時に爆発が巻き起こる。それに合わせて、イサもやや遠い間合いから風を操った。
「武闘神風流『閃風砲』!」
 振るった両腕から真空波が発生し、一直線に向かう。
爆撃が起こった中心部に打ち込んだはずだが、二度に渡る攻撃は無駄に終わっていた。
 ロベルは、全ての攻撃を防いでいた。その手には、不死鳥の文様が描かれた盾が握られている。不死鳥(ロトル)の盾で、全て受け止めていた
「武具変換?!」
 驚愕から覚めるより早く、ロベルは再び武器を勇者の剣に変えた。
緋雷空斬破(ひらいくうざんは)!!」
 一振りで無数の雷がエンたちを襲い、二振り目に真空波が巻き起こり、三降り目は突進しつつ剣による物理攻撃という三連続の攻撃が一瞬で行われる奥義だ。最後の突進はエンに向けられた。
「『魔斬』のフレアード・スラッシュ!」
 魔法攻撃を斬ることができるため、最初の雷と真空波は無効にできたが、それにより最後の一撃の対応が間に合わない。
「『風連空爆』!」
 横からイサが風の爆発を起こして、ロベルの突進を軽減する。
 エンが最初の魔法攻撃を無力化すると信じて、技を繰り出そうとしていたのだ。
 だが――。
「嘘?!」
 想像以上だったのは、風連空爆でロベルが吹き飛ばなかったことである。そのまま何事もなかったかのようにエンに迫る。
 エンは咄嗟に火龍の斧を振るい、その刃を防ぐ。
 高い金属音が鳴り響き、なんとか最後の一閃も直撃は避けた。しかし、腕にかかる力は半端なものではなく、堪え切れるものではない。
「く!」
 力を抜けばそのまま刃が襲ってくるだろう。
「エン! 避けてよね――『閃風砲』!」
 イサが腕を交錯させ、その軌道から真空波が発生した。ほとんど密着状態にあるエンとロベルに放ち、二人はその場からそれぞれ後ろに跳躍した。ちょうど、二人がいた位置に真空波が通る。
「危ねぇじゃねぇか!」
「言ってる場合じゃないでしょ!」
 反応が早すぎても遅すぎても駄目だったが、ちょうどロベルと同時だったのでどちらの餌食にもならずに済んだ。
「まあ、助かったけどよ」
 あのまま力で押されていたら、正直危ないと感じていたのだ。さすがはロベルというべきか。ロベルとしての記憶が抜けているだけで、その強さは本物である。
 つ、とエンの頬に汗が伝う。やはりホイミンがいたほうがよかっただろうかという考えさえ浮かんでしまった。
 ロベルが再び勇者の剣を構えるが、その口から絞り出すような声が聞こえた。
「エ……ン…………」
「ロベル?! オレが解るのか!!」
 ゆっくりとだが、確かにエンの名を呼んだのだ。
 生前の記憶があるならば、戦う必要などない。生き返ったのならば、その生還は奇跡なのだから。
「エ、ン……!」
 再び、ロベルが名を呼ぶ。次第に声もはっきりしてきている。
「そうだ! オレだ! エンだよ。思い出してくれ!!」
 少しの間だけ旅をした仲だが、はっきりと覚えているひと時。仲間として認めてもらえて、二人で約束した事。遠い日に、互いの武器を掲げて『共に闘う』ということを誓いあった。
 あの時の事は未だ鮮明に思い出せる。
 『英雄四戦士』達ほど、ロベルと一緒にいたわけでもない。
 だが、確かな絆を感じていたのだ。
「エン……僕を、こ――」
 その一瞬で、エンは全身の血がざわめくような感覚に襲われた。
「ロベル!!!!」
 ロベルが言いかけたことを、エンは叫んで打ち消した。イサが一瞬、びくりと振るえたくらいである。
「それ以上言うじゃねぇぞ!!」
 エンが必死に叫び、ロベルの言葉を遮る。
「エン……」
 イサにも、ロベルが何を言おうとしているのかが予想がついた。

 ――僕を殺せ

 ロベルに生前の記憶がかすかに残り、しかし戦うことを強要されている身体だというのならば、彼の性格から考えられる答えはそれだ。
 エンは、ロベルに再びの死を望むような言葉を言わせたくないのだ。
「僕を――」
「それ以上言いうんじゃねぇって、言ってんだろうがぁぁ!」
 エンが地を蹴り、ロベルに向けて突進する。
 考えなしに突撃しただけでは、ロベルに返り討ちにあってしまう。イサが慌ててエンをサポートすべく、どの技でも放てるように集中する。
ロベルが言いかけたであろう言葉とは裏腹に、彼は正確に反撃を行った。
 エンの火龍の斧を紙一重で避けたかと思うと、その刃で薙いだ。
「『颯突き』!」
 刹那、イサが横から飛び込み、飛龍の風爪でロベルの剣を受け止める。
「つっ、ぅ」
 エンでさえ押し負けていた力強い一撃に、イサは堪えることができなかった。あっさりと吹き飛ばされてしまい、遠くで何度か転がる。
 エンが無事だったのを確認し、すぐに起き上がった。
「え!?」
 戦況を見極めるべく、ロベルの方を見た途端、イサは思わず声を上げた。
 恐ろしいまでの強い闘気が、勇者の剣に伝わっている。それは光として具現化し、見る者を圧倒する刃となっていた。
「おぉおぉぉ!」
 雄叫びを上げ、エンが突っ込む。エンも解っているはずだ。今、ロベルの懐に飛び込むのが危険であるということが。
「エン! ダメ!!」
 イサが悲鳴にも近い叫びを上げるが、遅い。
 ロベルの闘気が、爆発した。
「光牙神流――最終奥義!!」
 極限まで高めた闘気を剣に伝え、全てを斬り裂くロベルの切り札だ。
「光鳳牙――!」
 まず、左上から右下へ、大きく袈裟がけに斬る。
「『防炎』のフレアード・スラッシュ!」
 対して、エンが同時に防御のF・Sを放つが、刃が触れあった瞬間、エンを激しい衝撃が襲った。
「なっ!」
 防御の炎が発生するより早く、火龍の斧が叩き落とされたのだ。
「龍神――!」
 振り下ろしたまま身体を回転させ、そのまま反対側から、つまり左下から右上へと斬り上げる。
 火龍の斧を失ったエンは、あまりにも反射的に身を後退させて避けようとしたが、避けきることができず、鎧が一瞬にして砕かれた。身体に直接刃が通らなかったものの、鎧さえ砕く衝撃は並大抵ではない。
 そして、ロベルはまだ動きを止めていなかった。
「斬翔剣!!」
 最後に、大上段から斬り下す。合計三度の斬撃。その一撃一撃には、全闘気を纏った究極の一撃である。
 火龍の斧も、身を守る鎧さえ失い、回避するための余力さえ残っていないエンは、あまりにも無防備である。
 最後の一撃を、エンは躱すことも、防御する事も出来なかった――。


 ドォン!
 激しい音が轟いた。
 ロベルの一撃は凄まじく、エンはあっさりと壁まで吹き飛ばされ、激突と同時に壁が崩れたのだ。
 吹き飛ばされたエンは、崩れた壁の瓦礫に埋もれ、ピクリとも動かない。
「嘘……でしょ?」
 信じられないといった様子でイサは言った。
「立ち上がってよ、エン。ねぇ……エンってば!」
 必死にエンの名を叫ぶが、どれだけ時間が経っても、やはり瓦礫の中から這い出てくる様子はない。
「どうして……どうして、こんな!」
 泣きそうになりながらも、イサは戦闘態勢を保ったままエンとは逆の方向へ振り返った。
 闘えるのは、今は自分一人だけなのだ。
 瓦礫に埋もれているエンを、軽々と吹き飛ばしたロベルに対し、イサはどうしていいか解らずに、ただ身構えることしかできない。
「エン……僕を」
 未だにロベルはエンの名を呼ぼうとしていた。


 ――目の前が暗い。
 いや、ぼんやりとロベルの姿が確認できる。
 しかし全身の感覚は無くなっており、力が入らない。
「(ちくしょう……なんで……)」
 立ちはだかるロベルを眺めながら、遠のきそうな意識の中、エンは呟いた。
 エンの名を呼びながらも、攻撃してくるロベル。その姿は、エンの決心を鈍らせてしまう。まだ、少しでも生前のロベルに戻ってくれそうな気がしてしまうのだ。それを考えてしまうと、どうしようもなくなってしまう。
「エン……僕を」
 ロベルが名を呼ぶ。
「(それ以上、言わないでくれよ……)」
 死を望むロベルなど見たくない。だが、今ではもう無理やり言葉を続けさせないようにしたくても、身体が動かないのでは無理な話だ。
「僕を――」
「(ロ、ベル……?)」
 ロベルの言葉は、エンたちが想像したものとは違っていた。


「エン?!」
 今まさにロベルに飛び向かおうとしていたイサだったが、唐突の気配の変動にぴたりと動きを止める。そして背後を振り返ると、エンが埋まってしまった瓦礫の山から、光が迸ったのだ。
 最初は回復系の光に似ていたが、それが収まると次いで激しい赤い光が辺りを照らした。
「ルイナに、感謝だな」
 光が収まると同時に瓦礫の山から這い出てきたエンは、傷口が塞がっており、持っている斧も火龍の斧ではない。火龍の斧を更に雄々しくしたような、一回り大きな斧だ。『龍具』の再召還による炎龍神の斧である。
「無事だったの!」
「さっきまでは無事じゃなかったけどな」
 冗談交じりに言うエンは、どことなく吹っ切れたような印象があった。目の前にいる勇者ロベルの存在を忘れたわけではないだろうに。
 魔王城に乗り込む直前にルイナから渡された薬。それが意思を持っていたかのように、唐突に光出し、そこから溢れた光は完治呪文(ベホマ)と同等の魔法が込められていたのだ。
「さて……ロベルよぉ」
 エンは炎龍神の斧を担ぎ、勇者ロベルを見据える。その表情に、迷いは無かった。
「あの時と、同じなんだな」
 エンは、ロベルと一度だけ戦ったことがあることを思い出した。人間界でも、魔界でもない場所で。
 世界精霊が作り出した、更なる異世界。そこでかつて、死闘を演じたことがあるのだ。あの時も、最初はロベルと戦うことに迷いを感じていた。だが、彼の言葉で戦う決心がついたのだ。
 そして今も、その時と同じだ。
「エン……僕を――」


 ――僕を、超えろ。


 それこそロベルが言わんとしていた事であった。
 勇者ロベルは、死魔将軍に敗北した。その勇者に勝たずして、魔王に打ち勝てるはずがない。だからこそ、勇者ロベルという存在を超えなければならないのだ。
「あぁ。わかっているさ」
 エンは斧を握る手に力を込めた。
「(頼むぜ、メイテオギル)」
 心の中に眠る精霊ではなく、斧に心で呼びかけた。それに呼応するかのように、炎龍神の斧から力が溢れてくる。
 『龍具』の再召還。精神力を具現化する武具召還を更に行い、心に宿る炎の精霊王を『竜具』に宿したのだ。
炎龍神の斧を構え、エンはロベルに向かい合った。
 ロベルの勇者の剣は、再び凄まじい闘気を纏い光輝いている。もう一度、あの奥義を繰り出そうとしているのだ。
「行くぞ、ロベル! これで勝負をつける!!」
 エンが地を蹴り、同じくロベルも動いた。
「おぉおおぉぉぉおおぉ!!」
 雄叫びを上げて突き進むエンに、炎の精霊力を現す紅い光が奔流となって渦巻く。
「なに、これ?!」
 息を飲んで見守っていたイサの周囲にも、同じことが言えた。風の精霊力を現す翠色の光が取り巻いているのだ。そしてその力は、ある一定の方向に流れている。
「(精霊力が、エンの所に向かっている?)」
 正確には、エンの持つ炎龍神の斧に引き寄せられているのだ。
 炎龍神の斧は、紅い光と、翠の光、そして蒼い光と黄金色の光を纏い、ロベルの持つ勇者の剣の輝きに負けない、むしろそれ以上の輝きを見せた。
 次の瞬間――。
「光鳳牙龍神斬剣!!」
「『集束』のフレアード・クラッシュ!!」
 二人の技が、ぶつかり合った。

 ――オオォォオオオォォオオォン!!!

 まるでイサの『風死龍』の産声かのような轟音が響き渡った。
 互いの輝きが衝突し、イサはしっかりと見ていたはずだが、あまりにも強い輝きと、その一瞬を確認することができず、どちらの技が決まったのかまでは見ることができなかった。
「どうなったの?」
 答える者は誰もおらず、心の中にいるはずのウィーザラーも沈黙している。
 立っているのは、ロベルとエン。二人ともだ。
 互いの技が相殺されたのだろうか。そう思った瞬間、片方がふらりと倒れかけた。
「エン!?」
 倒れかけたのは、エンの方である。
「ぐ……」
 そのまま倒れ込むことはせず、何とか踏み止まる。
 対してロベルは、エンに勇者の剣の切っ先を向けた。
「そんな」
 イサが悲痛な声を上げる。
 エンの攻撃は、イサの扱えるどの技よりも強力なものであったはずだ。それでさえ、勇者ロベルを倒すことができなかった。この状況を打開できるとは、イサ自身思えなかったのである。
「……ロベル」
 力を使い切ったかのように、エンの声は小さい。
 それでも尚、炎龍神の斧を持ち上げようとした。
「エン、そんな身体じゃ、もう無理よ!」
 イサが止めようとするが、エンはまるで聞こえていないかのように一歩踏み出した。
 まだ闘おうとしているかとイサは思っていたが、次の二人の行動はまるで違う結果となった。
 キィン、と金属音が一度響く。
 エンの炎龍神の斧と、ロベルの勇者の剣が、軽く触れ合ったのだ。
「ここに誓うぜ。お前の分まで、しっかりと戦うってな」
 斧と剣が交差したまま、エンは言葉を続けた。
 かつてバーテルタウンで誓った、共に魔王を斃すという事、共に戦うという事。それは今では叶わぬ誓い。だからこそ、ここで改めて誓ったのだ。
「だから、安心しろ」
 エンは笑みを浮かべ、表情を変えなかったロベルが、微笑んだ。
 そしてロベルは勇者の剣を手放し、その場に倒れる。
 みるみる内にその肉体は砂となって消えていき、その場に鎧と剣、そしていつの間にか出て来ていた盾がぽつねんと残された。まるで最初から誰もいなかったかのように。
 しかし今の誓いまでは、消える事などなかった。


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