-47章-
蘇りし勇者



 ドォン!
 激しい音が轟いた。
 あっさりと壁まで吹き飛ばされ、激突と同時に壁が崩れたのだ。
 吹き飛ばされた主は、崩れた壁の瓦礫に埋もれ、ピクリとも動かない。
「嘘……でしょ?」
 信じられないといった様子でイサは呟いた。
「立ち上がってよ、エン。ねぇ……エンってば!」
 必死に、吹き飛ばされた主――エンの名を叫ぶが、どれだけ時間が経ってもやはり瓦礫の中から出てくる様子はない。
「どうして……どうして、こんな!」
 泣きそうになりながらも、イサは戦闘態勢を保ったままエンとは逆の方向へ振り返った。
 闘えるのは、今は自分一人だけなのだ。
 瓦礫に埋ているエンを、軽々と吹き飛ばした相手に対し、イサはどうしていいか解らずに、ただ身構えることしかできなかった――。


 ――話は、少し前に遡る。


 凄まじい一撃。ただこの一言に尽きる。
 英雄ロトルの放った極大電撃呪文(ギガデイン)の威力を、イサは間近で感じていた。以前は早々に気を失ってしまっていたのだが、今回は違う。ギガデインの稲妻はイサに向けられたものはではなく、死魔将軍の一人、氷魔将軍ネルズァに降り注いだ。
 しかしその余波だけでイサの身までも危険に晒されているのだから、その威力と範囲はエンのビッグ・バンをも超える。
 いくら標的がイサ自身ではなかったといえども、無事でいられるとは思えなかった。
 ところが、辺りは依然としてギガデインの轟音が続いているにも関わらず、特に痛痒も受けることがない。
「イサ様、耐えられとぉ?」
「ホイミン?! あたなこそ無事だったの」
 人間と化していたホイミンが、イサの前に立ちふさがり魔法防御壁(マジックバリア)を張り巡らせていた。ギガデインの雷は魔法壁を境に左右に分かれ、イサの身に届くことはなかった。
 それよりも驚いたのは、ホイミンがここにいるという事実だ。氷魔将軍ネルズァの封印氷結により氷柱に閉じ込められていたはずである。
「ネルズァがロトルの攻撃ば受けた時、封印が弱まったったい。あとは、自力で出れたと」
 先に一撃で、ネルズァはほとんど致命傷だったのだろう。そして今、ロトルのギガデインを真正面から受けている。到底、生きているとは思えなかった。
「それよりも力貸して! さすがに一人はきつか!」
 言われて初めて気づく。ホイミンが作り出している魔法障壁は、今にも壊れそうなほどだ。これほどの威力を持つ雷を防いでいるのだから、相当な力を要しているのだろう。
 イサも慌てて、精神力を高めて風を操る。
「武闘神風流――『風魔・鏡影輪』!」
 激しい風が渦を巻き、魔法を反射する防御風壁を作り出す。
 ホイミンの負担も少しは和らいだのか、表情が少し柔らかくなり、魔法壁が壊れないように更に魔力を込めた。
 やがて、ギガデインの効力が終わったのか、雷は唐突に消えた。
 辺りでは未だ帯電しているのか、時たまばちばちと火花が飛び散っている。
 あれほど寒かった氷の紋は、今の雷で全てが吹き飛んだのか、景色が一変してしまった。氷張りであった地面はただの基盤を曝け出しており、ここが先ほどの氷の紋と同じ場所であるかどうかさえ疑ってしまうほどだ。
 そして、その場に残っていたのは、ロトル一人だけである。
 何事もなかったように飄々と立っている姿は、それだけで恐ろしく感じてしまう。
「……ネルズァは?」
 イサは辺りを見回すが、それらしき姿は何処にも見えない。空間から逃げ出したのかとも思ったが、逃げ出せるほどの余裕があったとは到底思えない。
 まさに一片の欠片も残さず消滅してしまったのだ。
 ごくり、と固唾を飲むような音を出したのはイサなのかホイミンなのか。どちらにせよ、恐ろしい光景であることは間違いない。
「なんだ、精霊のほうも一緒に始末できると思ったんだけどな」
 横目でイサを一瞥して、つまらなさそうな声でロトルが言った。
 確かにイサ一人ではギガデインに巻き込まれて無事ではなかっただろう。ホイミンがいてくれなければどうなっていたかを想像して、今更ながら恐怖がこみ上げてきた。
「まあいい。今は四大精霊(エレメンタル)に構っている暇はないんだ。僕は先に行かせてもらうよ」  言うなり、ロトルは歩き出した。その方向を見れば、先ほどまではなかった空間の割れ目のようなものが発生している。今のギガデインで出来たのだろうか、それとも主であるネルズァが消滅したことによって出来たのか。
 ロトルはお構いなしにその中へ入って行った。
 辺りは静けさに満ち、イサは呼吸をすることすら忘れてしまったかのようにすぐに動けなかった。
「見逃してもらったみたい、やね」
 ホイミンもようやくと言った感じでそう言うのが精一杯だったらしい。
「そういえば、しびおは?」
 ホイミンと同じく氷の封印を受けたしびおも、同じく解放されているはずである。
 それなのに、傍にいるのはホイミン一人だけだ。
 もしや、という嫌な考えもよぎったが、ホイミンの表情を見る限り最悪の事態ではなかったらしい。
「ん。もう一人ば守っとぉ」
「もう一人?」
 それが誰かを問い詰めるより早く、少し離れた所で影が動いた。
「いてて……何が起きたんだ」
 頭を押さえながら立ち上がったのは、赤い髪の戦士――エンである。
「エン!」
「ん? よぉ、イサじゃねぇか。無事だったのか」
 彼もイサに気付き、手を挙げた。
「なんとか、ね。そっちは?」
「知らねぇよ。闘っている最中にいきなり大爆発だったんだ」
 今のギガデインは空間を壊し尽くすほどの威力だったのだろう。他の紋にまで影響を与えているのだから、どれほどのものだったかが思い知らされる。
「それに巻き込まれて無事だったの?」
 エンはギガデインによるダメージはほとんど受けていないように見えた。イサのように全力で防御壁を張っていたというわけでもないのに、吹き飛ばされた痛みしかないようだ。
「結構、大変でした」
 突然、エンの背中から声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには痺れクラゲが。
「しびお?! お前いつからそこにいたんだ」
「最初からです」
 相変わらずの笑みを浮かべて、しびおはようやくエンの背中から離れた。
「エンさんが壁に頭から激突した後、私が防御壁を張っていたのですよ」
「ああ、だからこんなに頭がいてぇのか。」
 頭をさすりながら、何故かずれた所に納得したエン。もしかしたらネルズァと同じような運命を辿っていたのかもしれないというのに、こぶ一つで済んだのだから安いものだ。
「何にしても、助けられていたみたいだな。ありがとよ」
「しびおってそんなこともできたのね」
 真の姿は竜の一族である。普通の痺れクラゲではないとはいえ、ホイミンとイサの二人で防げたギガデインを、一人で凌ぎ切ったのだから恐れ入る。
「かなり、無理をしましたけどね」
 とはいえ、表情はあまり変わっていないので度合いが解り辛い。
「ところで、気になっていたんだけどよ」
 しびおの話題で盛り上がりかけた所に、エンが困った表情を浮かべた。
「ここ、どこだ?」
 エンは吹き飛ばされてここに来たのだ。知らないのは当然だし、ここの風景もイサがさっきまで居たものより随分と様変わりしている。すぐにどこかが判断できるはずもなかった。
「氷の紋だけど……どうしたの」
 イサが問いかけたのは、エンがきょろきょろと辺りを見回して何かを探しているかのようだったからだ。
「逃げられたのかな」
「何に?」
「フォルリードだよ。止めを刺す前にどかーん、ってな」
 雷に強い耐性を持つ雷魔将軍が、電撃呪文で消滅してしまうという考えは無きに等しい。
 それでも同じ位置にいたはずのフォルリードの姿が見えないとなると、何らかの手段でこの辺りから身を隠したのだろう。
「そもそもあの爆発、何だったんだ」
「そっか。エンは知らないんだっけ」
 エンが意識を取り戻したのはロトルが空間の歪に入った後である。大爆発までの経緯を知る要素はなかった。
「ロトルよ。あの人も、魔王城に来ているの」
「あいつが?!」
 驚くのも無理はない。そもそも魔界の空間を自由に行き来するには、不死鳥ラーミアに頼るしかなかったのではないだろうか。
 とはいえ、死魔将軍も闘王デュランの世界にやってきていたのだから、実はラーミア以外に移動方法があるのかもしれない。
「なんだか急いでいるみたいだったけど」
「自分らのこと、がん無視しとったもんねぇ」
 ともかく無事だったので良しとする。もし本気でロトルがイサたちを狙っていたら、勝ち目はないように思えた。
「なんにせよ、ここにはもういなんだろ」
 ロトルは自分以外を全て敵として見なしている。それは即ち、放っておけば、魔王と闘うであろう。しかも、今はそれを最優先させている節があった。
「オレ達は、勝手にやらせてもらおうぜ」
「それはいいけど、今からどうするの?」
「どうするって……」
 エンはきょろきょろと辺りを見回し、やがて首を傾げた。
「どうしようか?」
「そう言うと思った」
 イサは嘆息して、ロトルが消えていった方向を見やった。
 既に、空間の歪はなくなっている。氷の紋から脱出する方法の一つであっただろうそれは、どこにも見当たらない。見えるのは、無限に続くかと思える回廊だけだ。
「オレが来た所はどこにもないな」
 そう言って、エンが吹き飛ばされた方向を見ると、ただ壁が崩れているだけで、確かに別空間につながっている様子はない。ロトルのギガデインが空間を歪ませ、一時的に他の紋と繋がっていた際にこちらに来てしまったのだろう。
「いっそのこと、オレたちで空間に穴でも開けてみるか」
 エンのビッグ・バンは通常の精霊魔法とは比べ物にならない威力を誇る。確かに、炎の精霊力を一点集中させたならば、それはロトルのギガデインにも劣らないだろう。しかし。
「ここから移動するだけでそんな力を使う必要なんてないでしょ。それにエン、あなた相当疲れているように見えるよ」
 ビッグ・バンの威力は強大だ。しかしそれに使用する魔法力も比例して莫大なのだ。ここから抜け出すためだけにそれほどの力を使ってしまっては、魔法が必要な場面に陥った時に満足な動きができるはずがない。
「あれだけ魔法を乱発するからだ=v
 とは、メイテオギルの非難である。当然、エンにしか聞こえていない。
「仕方ないだろ。ああでもしなかったら、フォルリードに負けていたんだから」
 エンが抗議の声をあげるが、それで納得する者はこの場にいない。
「とりあえず、進んでみようぜ。どこかに出るかもしれない」
 これ以上の立ち話は終わりとでも言うように、エンは歩き出した。確かに、ここで結論の出ない話をするよりは行動するしかあるまい。
 イサとしびおもそれに続こうとして、ふと足を止めた。
「ホイミン?」
 視界から消えた一瞬で、先ほどまで人間の姿で会ったホイミンはホイミスライムの方に戻っていた。それはいつものことなのだが、イサが気になったのはホイミンがついてこようとせず、まるで違う方向を見続けているからだ。
「ねぇ〜イサ様ぁ」
 いつもの楽しそうな声ではなく、何か問いかけるような口調だった。
「どうしたの」
「なにか、あるよぉ」
「なにかって……」
 ホイミンの視線の先を追ってみても、何の変哲もないただの壁にぶつかるだけだ。旅の扉があるわけでも、ロトルが入って行ったような空間の歪らしきものもなく、ホイミンが何を見つけているのかが解らない。
「ただの壁じゃない。どうしたのよ、ホイミン」
「う〜ん」
 ホイミン自身、よく解っていない様子である。
「なんだ、何か見つけたのか」
 いつまで経っても来ないイサたちに気付いて、少し先行していたエンが早足に戻ってきた。
「ホイミンが何か見つけたらしいんだけど、わからないの」
「あっち側か」
 ホイミンが見ている方向をエンも見て問うと、ホイミンが曖昧に頷いた。
「じゃあ、確かめてみようぜ」
「確かめるって……」
 どうやって、と聞くよりも早く、エンはそこらに落ちている崩れた壁の破片を拾って、ホイミンが見ている方向に投げやった。
 するとどうだろう、投げた破片は壁に跳ね返るより先に消え去ってしまった。
 それも木端微塵に消えた、というものでなく、明らかにそのまま別の次元に飛んでしまったかのようだ。
「なるほど、なにかある」
 見えないほどの空間の歪。ロトルが通って行ったもののように、眼に見えるほどでもないいが、別の空間には繋がっているようだ。
「人間も通れるのかな?」
 まだ破片を試しに投げてみただけなので、その歪の規模がわからない。人一人が通れるほどでもないかもしれないのだ。確かめようにも、見えないので確認のしようがない。
「どうせ、奥に行っても歩き続けるしかなさそうなんだ。どうせだから、飛び込んでみようぜ」
 言うなり、イサが抑止の言葉を出す前にエンが地を蹴って空間の歪があるであろう位置に宣言通り飛び込んだ。
 先ほどエン自身が投げた破片と同じように、彼の姿もすっぽりと瞬間的に消え去る。
「大丈夫なのかな」
 さすがのイサも不安を覚えたが、エンが入って行ったからには、それよりも小柄なイサも問題なく入れるだろう。ただし、その歪の向こう側が安全とは限らない。そもそも本当に別空間に繋がっているのかどうかですら、怪しいのだ。
 これで、実は目に見えなくなるほど空間が圧縮されて、その中で圧死してしまった、では笑えない。
「ボクも行ってみよ〜」
「私も行きます」
 ホイミンとしびおが続けて飛び込む。
「ホイミン! しびお?!」
 結局イサ一人が取り残されるような形になり、なんだか冷たい風が吹いたような気がした。
「どうなっても知らないからね!」
 と、文句を言いつつ、イサもその空間の歪に飛び込んだのだった。

 最初に感じたのは、冷たい空気である。
 まさか死後の世界か、という考えも浮かんだが、五体が満足に動くのでここは間違いなくただの別空間だろう。
「どうやら、あの世とかじゃなさそうだな」
 そう言ってエンは安堵の息を吐いた。彼なりに、危険意識はあったのだ。
「でも、ここは」
 イサは辺りを見回して、眉を顰める。
 そこここには巨大な瓶のようなものが乱立しており、その中には不気味な色をした液体が時折泡を立てている。そして、瓶の中には異形の姿をした魔物が入っているのだ。どれも、中途半端な姿をしており、見覚えのある魔物の種類かと思えば、それは頭部だけで胴体は別の魔物、というものも少なくない。
 合成魔獣、という単語が頭を過ぎった。
「そういえば、前に来た時にも合成魔獣とかがいたんだっけ」
「そうらしいな」
 エン以外の炎水龍具のメンバーと、勇者ロベルが魔王城に乗り込んだ時、それぞれが合成魔獣たる魔物と戦っている。エンは直接魔王のいる闇の紋へ行っていたので、彼も話を聞いたくらいしか知らないのだ。
「ここがその合成魔獣たちが生まれた場所ってことかな……ホイミン?」
 いつもあはあはと笑っているはずのホイミンは、笑みを浮かべたまま硬直したかのようだった。いつも通り顔は笑っているのだが、それは貼り付けたような笑みで、とても笑っているようには見えない。
「なんでもな〜い」
 と、ホイミンが答えるが、その言葉で納得できるはずもない。
「何か知っているんでしょう」
「あぅ〜」
 イサがじとり睨むと、ホイミンは困ったようにあっちにふらふら、こっちにふらふら。終いにはしびおの影に隠れるような動作を取った。
「どうしたのですか、ホイミンさん?」
 しびおにまで問われ、ホイミンは観念したかのようにため息をついた。
「ボク、ここの主を知ってるよ」
「主って……」
「ここは『霊の紋』だよ」
「そうだ。主はの名は、ネクロゼイム」
 その名を言ったのは、ホイミンではなかった。
「フォルリード?!」
 部屋の奥、一際大きな装置の前に、雷魔将軍が立っていた。全身傷だらけの満身創痍だが、やはり生きていた。彼もロトルのギガデインによる爆発に巻き込まれたはずだが、さすがというべきか。
「奴はありとあらゆる実験を行っていた。奴が去った後でも、ここに残った技術を用いれば、新たな戦力を生み出すのは容易なことだ」
 そう言って、背後にある装置を軽く小突いた。他の瓶詰と同じく、不気味な色をした液体に満たされており、中に何かが入っている。液体の色が濃いせいか、鮮明には見えないが鎧を着た人型のようだ。
「ネクロゼイム……またその名を聞くことになるとはね」
 イサが顔を険しくし、かつて戦った霊魔将軍のことを思い出す。
「知ってるのか?」
「ちょっとね。一応、斃したはずだけど」
 魔道国家エシルリムに混乱を招き、封印された究極魔法を解き放とうとした張本人である。それも、世界を消滅させてしまうかもしれないという危険極まりない魔法であった。
「ボクたちをこんな姿にしたのも、ネクロゼイムだからね」
 ホイミンは魔物の姿と人間の姿、二つの姿を持っている。ネクロゼイムに捕らわれ、合成実験に使われた結果だ。捕らわれたのは人間界(ルビスフィア)でのことだったが、魔王城の中のネクロゼイムが所有する空間に、連れて行かれていたらしい。
「とにかく、危険な奴だったの」
「そんな奴の空間か……。なんか、嫌な予感がするな」
 特に、フォルリードの背後にある巨大な装置。他の合成魔獣が入った瓶と比べて、そこからは異様な気配が漂っている。
「こいつを解き放つのは癪だが……貴様だけは許さねぇ」
 殺気に満ちた眼が、エンに向けられる。元々プライドの高かったフォルリードは、人間として生まれ変わり、その自尊心はより大きくなっているのかもしれない。自分を負かしかけた相手は、どのような手段を使ってでも制裁を下す。それが、今のフォルリードにとっての本心だった。
「オレに負けた腹いせかよ。今度は、逃さねぇぞ」
 言いながら、エンは火龍の斧を召還した。イサも飛龍の風爪を構える。
 ホイミンに傷を癒してもらったので、魔法力以外はほとんど回復している。その上、フォルリードは相当のダメージを負ったままであり、こちらにはイサたちもいるのだ。雷の紋と戦った時に比べて、有利なのは間違いない。
「ふん。誰が、俺自身が戦うと言った?」
「なに」
 フォルリードは振り返ると、背後にあった装置の中央部分に稲妻の剣を突き立てた。
「さすがに、今の俺は満足に動くことができないからな」
 怒りで我を忘れるほど、フォルリードも愚かではない。だからこそ、ここに来るように仕向けたのだ。
 突き立てた稲妻の剣から電撃が走り、装置が魔法的な光を帯びた。
 シュウウウ、と蒸気が噴き出し、中の液体が排出口から流れ出る。
「さあ、奴らの命を奪え。そして貴様らは、絶望に抱かれて死ぬがいい!」
 笑い声を上げるフォルリードの姿が揺らいだ。空間を転移する予兆である。
「待て!」
 ここで逃がしてしまっては、後々厄介なことになりかねない。エンが火龍の斧で斬りかかるが、その刃がフォルリードに届く前に、雷魔将軍の姿は完全に消えてしまった。火龍の斧が、空しく虚空を切り裂く。
「逃げられたか」
「エン! 前!!」
 消え去った空間を悔しげに見ていたエンだが、イサの声に、はっとして火龍の斧を構えなおす。
 ヒュン――。
 空気を裂くような音と共に、躊躇いなくエンの首筋を狙った斬撃に対して、それを火龍の斧で防ぐ。高い金属音が響くと同時に、凄まじい圧力がエンを揺さぶった。
「く!」
 蒸気で相手の姿がよく見えないが、どうやら魔法装置から解き放たれたものであるのは間違いない。
「『風連空爆』!」
 イサが風の爆発を起こし、蒸気もろとも相手を吹き飛ばす。
「助かったぜ」
「油断しないで。相手を吹き飛ばしただけなんだから」
「解っている」
 不意を打たれた時とは違い、今度は相手の姿も見えているのだ。少しはましに戦えるはずである。
 風連空爆による風の爆発で蒸気は消え、ようやく相手の姿を確認する事が出来た。
 だが――。
「おい……嘘、だろ」
 エンは、自分の目を疑った。
 相手は、人間であったのだ。それも、目が覚めるようなマリンブルーの鎧に、真紅の外套。日に焼けた活発そうな肌と、端正な顔立ち。手に持っている剣は、柄の部分が不死鳥を模したものになっており、刀身は神秘的な輝きを帯びている。
 強い意志が宿っていた黒い瞳だけが、薄暗くなっている。
「ロベル……?」
 エンの悲痛な声に対して、その男は尚、剣をエンに向けた。


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