-46章-
灼熱の呪詛



 恐ろしいほどの熱気が充満している中を、ルイナは黙々と歩いていた。
 以前、ここを訪れた時よりも更に温度が上昇しているのではないか。そう思ってしまうのは、決して気のせいではないだろう。
 息を吸うだけで肺の中が焼けつくようだ。
 水の精霊王(スベリアス)の力で周囲に水の精霊を張り巡らせ、少しは熱を軽減させているはずだが、それでも灼熱の空気が和らいだよう思えない。実際は緩和されているのだから、スベリアスの力がなければものの数秒で気を失ってしまう。
 早々にこの空間から抜け出したくとも、通路は延々と延びており終わる気配を一向に見せない。
 少しでも気晴らしになれば、と思い、ルイナは自分の作った調合薬を食べ歩き感覚で口に含んだ。期待した効果があるかどうか、まだエンを使って試したことはない新薬だ。ただ、解熱の材料も使用しているので楽になれば幸いである。
 エンの事をふと思い出すと、やはりこういう場所はエンが来るべきだったのでは、と前にも抱いた感想を思い返してしまう。
その思い返す回数も、そろそろ五回目になろうとしていた時だろうか。
「来たな。随分と辛そうだが……今すぐ楽にしてやろう」
 通路から噴き出している炎。そこの一部が不自然な形を作り、やがて人の形となって姿を現す。
「……?」
「私の名は呪魔将軍マジュエル。今からお前の命を奪う者だ」


 死魔将軍マジュエルは、一見すると人間の少女にしか見えない。華奢な身体に、濃い褐色の肌。かつてここで戦った合成魔獣――超熱呪のメルトと似ている。いや、メルトがマジュエルに似ていたのだろう。
「お前はここで私の分身を随分と可愛がってくれたようだな」
 マジュエルがつまらなさそうに言う。メルトのことを言っているのだ。
「あれは同胞が我々の能力を元に開発していたものだ。ある意味、子供のようなものかもしれん」
 不機嫌そうなのは、その同胞とやらが気に食わない相手だったのだろう。
 マジュエルは未だに戦闘態勢に入っておらず、ルイナは瞬時に水龍の鞭を召還した。戦うべき相手が見つかったのならば、まずは満足に動ける環境を作らなければならない。
「水よ」
 水龍の鞭から大量の水が怒涛の速さで放出され、壁に纏いつき熱を奪って行く。
 以前はあっさりと炎が消え、涼しくなったものなのだが。
「残念だが、足りないな」
 炎を全て消しさることは不可能であった。まだ辺りからは炎が吹き荒れている。
 それでも熱さが少しは軽減されているため、全くの無意味というわけでもないようだ。
「――では」
 水龍の鞭を握る手に力を込めて、再び振るう。
「マヒャド=v
 同時にルイナが呟くと、猛吹雪の魔法が炎の紋を覆い尽くした。
 熱さが感じられなくなったのは、ほんの数秒後である。
 氷の魔法と水龍の鞭の冷水により、炎の紋はその名とは思えないほどに沈静化した。
「足りないのなら、足せば良い、だけです」
 と、ルイナが静かに言う。
「ほぉ」
 マジュエルが辺りを見回して感心した。
「さすがだな。その魂に、エルマートンの半身を宿しているだけあるということか」
「……」
 表情こそ、いつもの通り変わらないルイナだが、内心どきりとした。
 マジュエルが言った事は、最も懸念していることだからだ。
 エンとルイナは魔王ジャルートの子、エルマートンの魂が宿っている。もともとはエン一人だったのだが、赤子の時から一緒だったルイナに半身が乗り移っていたのだ。
 エンの中のエルマートンは、エン自身が己の中で斃しているが、ルイナの中に潜むエルマートンの魂はまだ眠ったままなのである。それがいつ目覚めるかわからない恐怖を、今も抱えている。
「他のことに気を取られている場合か」
 蛇のようなものが鋭くルイナに向かった。
 ほんの一瞬、動作が遅れたが、水龍の鞭を繰り出してそれを迎撃する。
 バシン! と激しい弾ける音と共に、ルイナとマジュエルの間に水蒸気が発生した。
「炎……?」
 マジュエルが手に持っているのは、ルイナと同じく鞭だ。それも、水龍の鞭と同じで固形ではない。手持ち部分から炎が伸び、鞭状となっているのだ。蛇のようなものの正体はこれで、ルイナの水龍の鞭とぶつかって相反する属性が弾けたのだろう。
「我が灼熱の呪詛に苦しむがいい」
 炎の鞭を再び振るい、マジュエルが仕掛ける。
「っ」
 変則的に襲い掛かる炎の乱舞を、ルイナは全て見極め、的確に水龍の鞭で迎撃した。
 それでもマジュエルは攻撃の手を休めず、何度も攻め立てる。
 いずれは一撃も入るかと思ってのことだろうが、ルイナが尽く攻撃を防ぎ、一部の隙も与えない。
 マジュエルが攻め、ルイナが守る。
 この関係が逆転する事はなかった。
 相手が反撃の隙を見せないのも当たり前だが、ルイナは危惧していることがある。
「なるほど。わかっているようだな」
 嬉しそうにマジュエルが言った。
 合成魔獣メルトは、マジュエルの言葉通りならば、呪魔将軍の能力が起源となっている。ならば、少しの傷で超高熱の呪いを与えることができたメルトの元たるマジュエルも、同じなのだろう。
 一撃でも与えてしまえば、それはそのまま死に直結する恐れがあるのだ。それは、マジュエルの言葉からも窺い知れる。
「鞭の技量は同じくらいか。ならば」
 炎の鞭を引き戻しつつ、空いた片手を突き出した。
 そこに魔力が集束し、大気が圧縮される。
「イオナズン=v
 爆撃呪文(イオ)の最上位たるイオナズンの爆発。
 狭い通路で、広範囲に影響を及ぼす呪文を唱えたせいでマジュエルも無事ではなかった。しかし自分をも巻き込みながら相手を滅することくらい、やってのけるのだ。
 爆煙が消えていく中で、立っているのは二人。
 ルイナとマジュエルの二人は、どちらも倒れてはいない。
「防いだか」
 さすがにマジュエルが面白くなさそうな表情を浮かべた。
 ルイナはとっさに水の障壁を張り、イオナズンの爆破を軽減したのだ。
 マジュエル自身がイオに対する耐性を持っているのだろう。どちらも大ダメージといえるほどの傷は負っていない。
 マジュエルが、くつくつと笑った。
「……?」
「そう不思議そうな顔をするな。ただ、羨ましいと思っただけだ」
 唐突にそんなことを言われ、不可解な笑いはより強まる。
「我々死魔将軍は、人間の身になったことで人間の本能的な部分を持つようになった」
 そこまではルイナとて知っている。魔物は人間と違い、心の底から強くなりたいと願うことが本能的にできない。ごく稀にその心を得た魔物は、強大な力を手に入れるのだ。その姿を、魔の王とするほどまでに。
「お前は知らないだろうがな。我々はそれぞれ異なる心で強さを得た」
 一人は忠誠心。一人は復讐心。一人は執着心。そして――。
「私はなんだと思う?」
 マジュエルは片手で頭を押さえ、ゆったりと見下ろすかのように首を傾けた。
 その視線には、黒い炎が宿っているかのようだ。
「なに、簡単だ。呪魔将軍に相応しいものだよ……嫉妬心というな」
 恨み、妬む心は呪いを呼ぶ。それを司る呪魔将軍マジュエルは、自身の強さの理由を否定しなかった。
「嫉妬……?」
「そうとも。私は羨ましいと思うと同時に、妬ましいと思う」
 何を、と問うよりも明確な答えが、目の前にある。マジュエルの、ルイナを見る目つきを見れば一目瞭然である。
「エルマートン。その精神を宿している貴様が!」
 マジュエルの目は、狂気に満ちていた。
「たかが人間が、魔王様に必要とされる。私と貴様を天秤にかけたとき、選択されるのは私ではないのだ」
 そう語るマジュエルの心には、沸々と怒りの炎が巻き起こり始めている。
「長年に渡り仕えてきた私より貴様が必要とされる。それはもちろん、貴様の中にあるエルマートンの精神の事他ならない。だが、それでも私は許すことなどできはしない」
 冷え切ったはずの壁が、再び熱を持ち始めた。マジュエルの心に反応して、炎の紋の空間が燃え上がろうとしているのだ。
 嫉妬の炎とは、時に恐ろしいものだ。それを、ルイナは今身を持って実感している。
 マジュエルが片手をあげると、急速に魔力が集束された。
「――!」
「無駄だ」
 水龍の鞭で再び水の障壁を作り出そうとした途端、背後から激しい炎がルイナを襲った。
 咄嗟に作りかけの障壁を回して炎の攻撃を防ぐが、未完成の水障壁はそれだけで霧散してしまう。
「イオナズン=I」
 再びの極大爆撃呪文。今度は水の障壁も間に合わず、その衝撃を受けることになってしまった。
 轟音と共に破裂した大気が、ルイナを蝕む。
 マジュエルの魔力は凄まじく、魔法の耐性はそれになりにあると思っていたルイナでさえ意識が途絶えそうになった。
「っ、ぅ」
 水龍の鞭から回復の水を出そうとするが、それよりも速く、マジュエルの炎の鞭がしなる。
 ルイナは迎撃用の鞭を振るい、炎の鞭が身体に触れることを防いだ。
 メトラと闘った時のような、急激な容体の変化は訪れておらず、どうやら呪文による傷では、マジュエルもその呪いの力を付加させることができないらしい。
「その身体で、どこまでもつかな」
 再びマジュエルが鞭を振るう。
 ルイナはそれを防ごうとするが、明らかに先ほどより反応速度が遅れている。
 どこまで、というほど長く返し切ることはとてもできそうになかった。
 更には通路の炎も完全に復活しつつある。
魔法のダメージも残っている中で強すぎる熱が辺りを支配すれば、最早打つ手がない。
 しかし――。
「なんだ?!」
 マジュエルが更なる追撃に躍り出ようとした瞬間、狼狽した。
 ルイナの身体から、イオナズンによる外傷が瞬時に消えたのだ。
 水龍の鞭から回復の水を出したわけでもなく、回復魔法を使う暇もなかったはずである。
 それどころか、ルイナから感じられる魔力が急激に増幅した。
 手を止めてしまったマジュエルの隙を、ルイナが逃すはずがない。
「マヒャド=\―!」
 最初は部屋全体に解き放った魔法が、今度はマジュエル一人のみに降り注ぐ。
 メトラと同じでやはり冷気に弱いらしく、その顔が苦痛で歪んだ。
「ぐ、何故」
 忌々しそうに呟き、持った炎の鞭を大きく振ると冷気を払った。
 ルイナが落ち着き払った声で答える。
「時限万能薬『G寒天』。一定時間後に、完治呪文が身体を包み、魔力を一時増大、させます」
 先ほど、まだ通路を一人で歩いていた時に、何気なく口に含んだ調合薬である。
 どれくらいの時間差で効果が表れ、本当に完治呪文として発動するのかどうかなどの確証はなかったが、うまい具合に効果が出たらしい。
「全く、皮肉なものだな」
 マジュエルが怒りを交えた笑みを浮かべる。炎の紋で戦ったメトラと闘った時も、ルイナは自作の調合薬で逆転したのだった。今回も同様となると、確かに皮肉を感じるのも無理はない。
「だが、死魔将軍を舐めるなよ」
 痛烈な一撃が入ったことに間違いはなく、マジュエル自身は回復魔法を使えないのだろうが、それでも狂気じみた眼は一層凶悪になった。
「―――――――――」
 マジュエルが何かを呟いたようだが、意味を伴って聞くことはできなかった。そもそも、それが言葉であったかどうかさえ怪しい。
 だが。
「!!」
 ルイナは唐突に辺りの空気が変わったことを知った。
 いや、違う。ルイナ自身に、影が入り込もうとしている。
 どこからともなく不気味な声が轟き、もちろんその声が何と言っているのか理解はできない。ただし、その声に押しつぶされてはいけないということだけは本能的に感じ取った。
「暗い声が聞こえるだろう。その声に心が負けた瞬間、貴様は死ぬのだよ」
 即死呪文(ザキ)。魂そのものに効果を与える、危険極まりない呪文だ。
 不気味な声は心を凍てつかせ、意識を持っていこうとする。いっそのこと意識を失ったほうが楽ださえ思ってしまうが、それこそ死に直結してしまう。
「先ほどの呪文で、かなりの魔法力を消費しただろう。それを待っていたのだよ」
 即死呪文の欠点は、魔法を使う者にとって効き目が薄いことだ。対抗する魔力が高いほど、死の呪文が届きにくくなる。それでも、極大魔法を全力で放った直後ならば、魔力は疲弊し、付け入る隙ができるのだ。
 実際に、ルイナはかなりの魔力を行使した上の極大冷気呪文(マヒャド)だった。それこそ一撃で仕留めるつもりだっただけに、ザキに易々と対抗できるほどの力は残されていない。
「(ごめんなさい、ルイナ……。私の力も届かない=j」
 水の精霊スベリアスが申し訳なさそうに言う。
「(謝らないで、ください)」
 今そんなことをされると、本当に心が折れてしまいそうだから。
 それに、水の精霊の加護がなければとっくに即死呪文の餌食になっていただろう。
「さあ、後は死ぬだけだな」
 余裕を持ってマジュエルが炎の鞭を振り上げた。
「……」
 防がなければ、と思っても身体の自由すらままならない。全身から冷や汗が流れ、身体も小刻みに震えている。
「終わりだ」
 死の宣告と同時に、炎の鞭が鋭くルイナを襲った。
 何故だか、その動きがえらく遅く見えた。死に際に見る走馬灯と同じなのか、だからと言って身体が動いてくれなければどうしようもない。
 炎の鞭が迫るその一瞬が、無限の時間にも感じてしまう。
 だからこそ、自分はここで力尽きてしまうのかと諦めそうになった。
 すぐそこに迫った炎の鞭が、ルイナに触れる直前である。
 ドクン!!
「っ!!」
「(ルイナ?!=j」
 一際強く脈が打ったのを境に、ルイナは無意識のうちに水龍の鞭を操っていた。
「馬鹿な!」
 狼狽したのはマジュエルである。それもそのはず、死にかけていた相手が、まだ反撃してきたのだ。
驚愕しているのはマジュエルだけではない。ルイナ自身も、それに宿るスベリアスも、最早諦めかけていたのだ。こうして立っていることは、奇跡に近い。
 だがこうして立っている事を実感した時、ルイナは一つの想いに気付いた。
「……死ね、ない」
 こんな所で、死ぬわけにはいかない。
 勝手に死んでしまってはエンに怒られてしまう。
その想いが、自分に力を与えてくれる。
「大人しく死んでいろ!!」
 何度追い詰めても最後の一撃が届かないことに苛立ったのか、マジュエルが恫喝しながら炎の鞭を振るった。鋭いうなりをあげて炎の鞭が迫る。
「っ!」
 即死呪文の不気味な声はなくなっていた。
それ所か、マジュエルの行動が全て読める。水龍の鞭で的確な位置から炎の鞭を弾き、なおかつ反撃に躍り出る。
「く! どういうことだ」
 押され始めたのは、マジュエルの方であった。
 鞭の技量は同じくらいと見ていたはずが、ルイナは完全に防御した上で反撃の一手を打ってくる。先ほどまでは防御するだけが精一杯だったはずだ。
「貴様、何をした。また何か妙な薬でも使ったのか!」
 マジュエルが鞭を持たない片手を突き出した。そこに魔力が集中される。
「ヒャダルコ=v
 マジュエルの魔力が集束し終わる前に、ルイナが氷雪呪文を解き放つ。
 極大呪文ほどの威力はないが、相手の動きを鈍らせるには充分だ。
 イオナズンは不発に終わり、マジュエルは忌々しげにルイナを睨んだ。
 押している。一気に攻め立てれば、勝てるはずだった。
 このまま、何事もなければ。
「え――」
 グラリ、と地面が揺れた。
 いや違う。
 揺れたと思ったのも一瞬で、炎の紋の壁が轟音と一気に吹き飛んだ。
 イオナズンとは全く異なる大爆発。
 それはマジュエルを巻き込み、辛うじてルイナは直撃を避けることができた。
 何が起きたのか、真実はどうでもいい。
 マジュエルがどうなったのか。舞う爆煙の中、マジュエルの影を見つけた。
 その影を見た瞬間、ほぼ反射的にルイナは水龍の鞭を操る。
「がっ」
 見事に水龍の鞭はマジュエルの首に巻き付き、呼吸さえさせないほど締め付けていた。
「き、し、あぁぁ」
 言葉にならない言葉で、マジュエルが憎悪を湛えた眼でルイナを睨む。
「……」
 眼を瞑りながら、ルイナは水龍の鞭に力を込めた。
 魔物の肉体ではない、人間のそれはあっさりとへし折ることが可能だ。見たところ、マジュエルの肉体は強靭でもない。
あっさりと、死に至るはずであった。
 ――ヒュン
「っ!」
 空気を切るような音と共に、何かがルイナの横をすり抜ける。
 そのまま地面に突き刺さったのは、何の変哲もない短剣である。どこから投じられたものなのかは、軌道からしてすぐに解る。見れば、マジュエルが不気味な笑みを浮かべていた。
 笑みこそ浮かべているものの、そこから生命は感じられない。すでに事切れているのか、短剣を投じた手も既にぐったりとしている。
 水龍の鞭の束縛を解除すると、その場に崩れぴくりとも動かない。
「(大丈夫ですか?)」
 スベリアスが語りかけてきた。
「……たぶん」
 問題はないだろう。
 と、思った瞬間だった。
「!?」
「(ルイナ?!)」
 先ほどとは違う感覚で、脈が一際大きく打った気がした。
 がくりと膝を折り、その場に倒れ込む。
 それと同時に呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息は乱れ、内部から溢れてくる熱は、今にも発火しそうなほどである。
「(当たっていた……?)」
 マジュエルが最後に投げた短剣。あれが、ほんの少しでも触れていたのだ。血も流れないほどの、ほんの小さなかすり傷。そこから、大いなる呪いが入り込んで来た。
「薬、を……」
 呪いを司る死魔将軍が、死に際に放った呪いの傷だ。そう簡単に解除できるとは思えなかったが、このままでは本当に死んでしまう。
 解呪のための薬草をふんだんに使った調合薬を取りだし、口に運ぶ。
 速効性も、効力も、かつてメルトと闘った時に使用したものより強力なはずだったが、それでも体内の呪いは収まらず、活性化する一方である。
「エン……」
 自分の力ではどうしようもない。無意識的に、エンの名前を呟いていた。
 意識が遠いてく。
 今、意識が一度途切れると、それこそ死に直結するのだろう。
「(ルイナ! 諦めないで!)」
 スベリアスの必死な声も、どこか遠くに感じだ。
 むしろ、その声がだんだんと離れていく。
 何も聞こえない。何も感じない。あれ程苦しく、熱かった身体も、自分のものではないかのようだ。
 ここで、死んでしまうのか。

 ――なあ、取引を、しないか

 そんな声が、聞こえた気がした。


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