-40章-
神鳥、復活



 デュランの闘技場でムドーと別れ、エンたちは砂漠を突き進む。
 砂舟での旅路は、その道中に魔物が襲ってくることこそあれ、順調であった。
 闘技場付近では何度か魔物に遭遇したが、目的の場所に近付くにつれて回数を減らしており、もしかしたらラーミア神殿の存在が下級の魔物を寄せ付けないのかもしれない。
 ピラミッドが見えるようになった頃には、魔物の気配すら感じなくなっていた。
 以前、フィンが操られている時に訪れた場所とは異なるピラミッドだ。大きさこそ一回り小さいが、何か不思議な感じがする。
「ここでいいのか?」
 ぽっかりと口を開けた、出入り口と思われる場所に砂舟を止めたフィンが聞いた。
 ルイナがゆっくりと頷き、ちらりとエンを見る。
「行き、ましょう」
「ああ」
 砂船から飛び降り、奥を覗いてみるが暗がりでよくわからない。以前は鎧の魔人と戦った空間から直接内部に入り込んだので、そこまでの構図がどのようになっているのかはわからない。
「イサ様?」
 ラグドも続いて砂船を下りようとして、何か様子がおかしいことに気付いた。イサならば、真っ先に下りてラグドを急かすくらいのことをしてみせるはずだ。それがないので、どうしたのかと振り返る。
「え? なんでもないよ」
 と答えるものの、説得力はない。
「イサ様どうしたの〜?」
 隣にふわふわ浮いていたホイミンは笑い顔のままなので心配しているように見えないが、これでもホイミンなりに気を遣っているのだろうか。
「なんでもないって」
 そうは言ったものの、イサ自身、何なのか分からない感覚に襲われていた。胸の奥が重く感じるような、何にせよ決して良いものではない。
「……お前も感じてたのか」
 先に下りていたエンが、イサの様子に気付いてそんなことを言った。
「お前『も』って……?」
「なんか嫌な予感がする。デュランと対峙した時は質が違う……なんか変な感じだ」
 エンもそれを感じていたらしく、イサと同じく正体がわかっていない。
「ルイナも同じだってさ」
 エンが言いつつルイナのほうを振り向くと、エンの視線を受け止めたルイナが目を伏せて肯定の意を表す。
「僕はそんなことないけどな〜」
「私もありませんねぇ」
「オレもないな」
 ホイミン、しびお、フィンの順である。
 三人と同じく、ラグドも特に違和感があるというわけではない。それでも疎外感は特に無く、むしろ一つのことが予想できた。
 地下牢獄に閉じ込められていた時に助けてくれたカエンが、血相を変えて別行動を取った時の事を、今でも鮮明に思いだせる。エンにはカエンのことをまだ言っていないが、何かしら感じ取ることができたのだろう。そしてイサにとっては武闘の師匠という深い繋がりがある。
 ルイナも何かを感じ取っているというのならば、カエンが相対している相手が誰であるのか容易に想像がつく。
 カエンともう一人――恐らくルイスであろう――は、このピラミッド内にいるのだ。
 そこまで考えれば、感覚でなくても不安になってしまう。
「急ごう」
 ラグドの神妙な声音が、危機感を一層に煽っているかのようだった。


 魔物の気配こそは感じなかったものの、用心のためにと武具を召還した状態でピラミッド内部を進んでいった。だが侵入者を防ぐような罠などは特に無く、呆気なく奥へ奥へと入り込めるので、自然と足が早まる。
 このメンバーの中にフィンの姿は無く、砂舟の案内の礼を言って既に別れを告げている。
 大部屋に辿り着いたかと思えば、そこはルイナが解読したという壁画のある大部屋だった。
「これが、ラーミアの壁画」
 と、イサが呟く。見上げんばかりの高さまで壁全体に描かれた古代文字と絵は、神秘的な雰囲気を纏っている。ルイナは文字を解読できるようだが、イサにはさっぱりだ。ラグドやエンも同じく読めないらしいが、ホイミンはどうだろうと見てみても興味なさげにふよふよ浮いている。
「あっちか」
 エンが見ている方向には、更に奥に続くであろう階段が見えている。この部屋に入った出入り口以外に何も見つからないので、間違いないだろう。
「――輝光の宝珠(シャイン・オーブ)ですが」
 階段を下り始めて少し経ったくらいに、ルイナが唐突に口を開いた。彼女が自ら何かを言い出すのは珍しいが、エンたちは黙って続きを促した。
「エンと私は、見たことが、あります」
「そうなのか?!」
 一番驚いたのは、エン自身である。名指しされた本人は覚えておらず、しかしそれも当然のことかもしれない。
「……極聖の宝珠」
 と、ルイナが一つの名前を出した。
 それだけで目を丸くしたのは、エンだけでなくイサとラグドの二人も一緒だ。
 極聖の宝珠と、極邪の宝珠。二つが組み合わさることにより、強大な魔力を生み出す聖邪の宝珠が生まれるというルビスフィアに伝わる伝説である。そのうちの一つ、極聖の宝珠は、真聖の宝珠と云う名前でバーテルタウンのソルディング大会優勝賞品となっていた。
 誰もがそれに気付かず、エンの手に入る直前に魔王ジャルートに奪われたのだが、その辺りの経緯はイサとラグドも魔書で知っている。
「あれが輝光の宝珠(シャイン・オーブ)だったの?」
 だから反射的にそう聞き返したのは、イサであった。
 しかしルイナはすぐ頷くようなことはせず、やがて曖昧に首を横に振った。
「本当の意味で、二つの宝珠は、最初から存在して、いません」
 その妙な言い回しに、話が小難しくなりそうなことを察知したのか、エンが顔を渋らせる。
 ――本来、復活の宝珠として作り出されたのは四つだけなのだ。
 更に光と闇の力を持つ宝珠が後から生み出され、封印を更に強固な物とした。
 何故二つだけが、というのは、これらの属性の特性にある。
 光と闇は互いに移ろう存在。一つに留まることは難しく、それ故に二つの力を持つ宝珠は貴重品となる。
 そのため、二つの宝珠はどれが本物というわけではなく、それぞれの力を秘めた魔法道具が、そのまま復活の宝珠として扱えるのだ。真聖の宝珠と、真邪の宝珠はその条件を満たした文句なしの逸品である。
 だが今では二つは融合して聖邪の宝珠となり、すでに存在していない。
 古代の技術ならともかく、今や光と闇を封じ込めることは、現代では不可能に近い。
 ロトルが語ったという、宝珠が存在しないというのもそれが理由だろう。
「けど、それだとどっかにありそうな気がするけどな」
 魔界にも、ルビスフィアにも、まだ伝説上の魔法道具があちこちに眠っている。本物がないのなら、それらの魔法道具で代用可能に思える。
「……無理だな。宝珠同士が惹かれ合ったこそ、我々は四つの宝珠を手にすることが出来た。ルイナの言う事が正しければ、輝光の宝珠と深闇の宝珠は反応しない」
 悠長に探している場合でもないので、本当に無いと考えた方が良いだろう。
「ですが――」
 ルイナが更に何かを言いかけて、言葉を切った。
 どうしたのかと聞くまでもない。長い階段の終わりが見えていた。


 階段を下りた先にあった広大な空間には、神々しい白亜の神殿がその身を置いていた。
 その入り口付近に、一人の男が倒れている。燃えるような赤い髪が目立つが、その男の赤で染まっている部分は髪だけではなく、全身を明らかに多すぎる血が全体を占めていた。
「師匠?!」
 イサが悲鳴にも近い絶叫を上げる。誰よりも早く仰向けに倒れているその男に近付き、上半身を抱き起こした。
「師匠! しっかりしてください!!」
 抱き起こした際にイサの手に触れた血はまだ温かく、血を流してそう経っていないはずだ。
 しかし、目を薄っすらと開けていても、その瞳に光は宿っていない。
「……イサ、か」
「師匠……」
 声はかすれており、生気も感じられない。イサは初めて見る。いつも最強と恐れ、そして慕っていた師の、こんなにも弱々しい姿を。
「ホイミン!!」
 叩きつけるように言い、呼ばれた本人が慌てて近寄って回復呪文を施そうとする。
「――無駄だ。回復魔法は、もう届かない」
「簡単に諦めないでください」
 ホイミンの完治呪文(ベホマ)は金色の光を伴って発動したものの、それでも傷が塞がってすらいない。
「かなり、無茶をしたからな」
「そんな……」
「別に俺は、死ぬわけじゃない。同行してやれない分、手助けはしてやるつもりだ」
 いっそ安らかと言えるほどの優しい笑みを浮かべた師の言葉を、イサはできずに次の言葉を待った。
「……そこの青年」
 師が、少しだけ顔の角度をかえてイサの後ろに立つエンを見た。
「オレか?」
「頼みがある」
 ただ気配だけでエンの存在を感じ取ったのか、それともまだぼんやりと見えているのか、視線は確かにエンへ向けられている。
「オレには、一人息子がいる。そいつに会ったら、言ってくれ」
 ふと、イサは師の異変に気付いた。抱き起こした上半身が、急激に軽くなってきたのだ。
「お前の父は、悔いを残さず、幸せな人生だった、と。――だが、父親らしいことを何一つしてやれなくて……すまなかった、と」
 カエンはまるで目の前にいるかのように喋った。本当は、伝言を託そうとしている相手が誰であるか解かっているはずだ。それでもこんなことを言うのだから、ある種の意地なのかもしれない。
「わかった。確かに、伝えておく」
 エンはまっすぐに見据えて、力強く言った。最期の言葉を託された者として、堂々と答えることが手向けとなるのだ。それに満足したように、再びイサに顔を向ける。その目は閉じてもう閉じているが、弟子が困惑していることはなんとなく分かった。
「イサ……『風王鏡塞陣』は、使えるようになったな?」
「はい!」
 何時だったか、エルフの森で勝負した時に使うように仕向けられ結局は使わなかった、武闘神風流の『守』の最終奥義。イサは既に、ウィーザラーの試練の時に扱えるようになっていた。
「ならば、俺が教える技はもう何も無い。後はお前なりに武道を極めろ」
 カエンが編み出した武闘神風流の全てを、イサは受け継いだ。『攻』と『守』の最終奥義がどちらも使える様になったならば、他の技も使えるになっている。
「はい……!」
 師の言葉に何度も頷きながら、イサは涙が流れそうになるのを必死に堪えた。今にも消えそうな師に、泣き顔を見せるわけにはいかない。
「『風』を信じ、仲間を信じ、己を信じろ。強き心を持てば、心の竜は常にお前と共に在る――」
 身体の端から、ぽつりぽつりと小さな光が浮かび上がる。その光が生まれる度に、イサが感じるカエンの重さがなくなっていった。
「師……匠?」
 イサの呟きに対して、カエンは薄く微笑んだ。
 抱きかかえるイサが困惑するのも当然である。カエンが今からやろうとしていることは、肉体が残らず魂だけの存在となる術なのだから。
 光の出現は頻度を増して、身体全体が包まれるほどだ。イサも、師の身体に触れている感覚がほとんどない。
「受け取れ、イサ。これが、俺にできる最後の――」
 光が、弾けた。
「師匠!」
 師の言葉は途中で切れたが、イサは解かっていた。
「――ありがとうございましたっ!」
 最後の教えに対しての礼を師が消える前にできなかったが、それでも万感の想いを込めてイサは叫ぶように言った。それを境に、イサの頬を涙が伝う。
 弾けた光の跡には神々しい静寂さが訪れ、目の前に瀕死の人間がいたなどとは思えない。
「これは……」
 涙を拭いながら、イサは目の前に落ちているそれを拾った。
 他の復活の宝珠と同じ大きさの、白い宝珠。地下の薄暗さの中でも、輝きの光を保っている。
「……まさか、輝光の宝珠(シャイン・オーブ)
 ラグドの言うとおり、高密度の『光』の力を封じ込めた、輝光の宝珠。まさにそれである。
「どうして、師匠が……」
「…………三界分戦の遺産。『輝きの風』と、『悪夢の雷』という秘術が、人間界(ルビスフィア)に眠って、います。それを解放し、尚且つ然るべき者が、その力を熟成させていれば、輝光の宝珠(シャイン・オーブ)と、深闇の宝珠(ダークネス・オーブ)と、なるはず、です」
 先ほど言いかけて止めたことなのだろう。ルイナがイサの横を通り抜けながら説明した。
 水の精霊が与えてくれる知識の中の、人間界に眠る秘宝や秘術に関することだ。
 ただし、仮に二つの秘術を目覚めさせても、それだけでは復活の宝珠には成り得ない。ところが、使用者ともどもその力を高めることができたならば、復活の宝珠としての条件を初めて満たすことが出来る。
「ルイナ。それ――」
 彼女はイサが座り込んでいると直線状に少し離れている所で、『それ』を拾い上げた。
 輝光の宝珠と違い、漆黒の色に染まった宝珠。ただ、その色は恐ろしい闇ではなく、美しい夜空のような優しい黒だ。
 ルイナはそれを持ち上げると、愛しの人かのように胸元に引き寄せて抱きしめる。俯き目を閉じても、なおその顔は無表情だが、哀愁を帯びた雰囲気はエンでなくともわかる。
 エンもルイナも、その宝珠と化した者が自分達にとってどのような存在かとっくに気付いているのだ。
 それを口に出さないのは、宝珠と化した二人の意志を尊重しているのもあれば、エンとルイナも妙な所で強情なところがあったりするからである。
「それが、深闇の宝珠(ダークネス・オーブ)なんだな」
 尋ねるというよりも確認するようにエンが言った。
 炎神の宝珠(レッド・オーブ)水神の宝珠(ブルー・オーブ)風神の宝珠(グリーン・オーブ)地神の宝珠(イエロー・オーブ)
 そして輝光の宝珠(シャイン・オーブ)深闇の宝珠(ダークネス・オーブ)
 今ここに、復活の宝珠の全てが揃ったことになる。
 目の前にあるは、ラーミアが封印されているという神殿である。
「進もうぜ。今のオレたちは、それしかない」
 エンの言葉に、皆が重々しく頷いた。
 イサは涙を拭った手を握り締めて立ち上がり、決然たる表情で前を見る。
 ラグドは一度天を仰ぐように深呼吸した。イサとイサの師が消えていく姿は、最愛の女性の最期と重なって見えていたが、それで取り乱すほど彼は乗り越えていないわけではない。
 ルイナは今一度、深闇の宝珠を優しく撫でるようにして、エンを見た。
 エンは前を見据えて、その一歩を踏み出した。


 神殿の中は、外とはまた違う雰囲気に包まれていた。
 踏み入る前は、静寂という言葉が相応しかったが、今はどちらかといえば荘厳という言葉が似合う。
 白亜の大理石で構成された神殿の内部は、ここが地下だと忘れさせてくれるほどだ。
 寒いと感じることもなく、生命の息吹のようなものを感じるせいもあるのだろう。
 内部構造は簡単らしく、エンたちは何事もなく奥に進み、やがて特別に広い空間に辿り着いた。
「ここ、だろうな」
 エンがそう言ったのは、部屋の中心に巨大な虹色の卵が安置されているからで、意味ありげな燭台がそれを囲むようにしてあるからだ。何より、その巨大な卵の下に、ちょこりと座る二人の人物を見れば何も無いわけがないことなど、エンでもわかる。
「「お待ちしておりました」」
 二人の人物が、同時に声を発した。見た目は人間だが、その背丈はイサかそれ以下だ。ホビットかドワーフの類かとも思われるが、見目麗しい少女の二人は、どちらの種族とも思えない。本当に人間をそのまま小さくしたかのようなのだが、それでいて少女らしさはなく、不思議な雰囲気を纏っている。
「あんたらは」
「「私たちは、ラーミアの卵を見守る者」」
 再び同時に口を開くが、その二人だけの声が反響しているのか言葉が繰り返されているように聞こえる。神秘的にも消えることも相まって、二人は巫女と云うに相応しいだろう。
「「ラーミアは時空を羽ばたく不死鳥。六つのオーブを全て捧げた時、ラーミアは蘇り、心正しき者だけが、その背に乗ることができるでしょう」」
「オレたちが心正しいかは分からないが、復活の宝珠は、全てここにあるぜ」
 エンがレッドオーブを持ち、ラグドはイエロー・オーブを出し、ルイナがブルーオーブとダークネスオーブの二つ、イサもグリーン・オーブとシャイン・オーブの二つを掲げてみせる。
 それを二人の巫女は、宝珠を持つ一人ひとりを確かめるように見つめていくと、やがて微笑みながら頷いた。
「「さあ、オーブを祭壇へ」」
 言われるまま、エンたちは宝珠を台座に乗せていく。台座には紋章が描かれており、それぞれの属性を現すものだ。
 炎。
 水。
 風。
 地。
 光。
 闇。
 その全ての台座に、復活の宝珠が納められた。
「「私達は、どんなにこの日を待ち望んでいたことでしょう」」
 二人の巫女は、その表情こそ柔らかかったが、歓喜で声が震えているようだった。
「もしかして、封印の間ずっとここにいたの?」
 イサの問いに、二人の巫女が同時に頷く。
 それならば三界分戦の時代から、ということになるのではないだろうか。いつとも分からないラーミアの復活を見届けるため、同じ場所に永遠とも思える月日を過ごしてきたのならば、その喜びは言葉にできないほどだ。
「「さあ、祈りましょう」」
 常に薄い光を放っていた復活の宝珠が、別種の光を放ち始める。
 それに伴い、虹色の卵も輝き始めた。
「「時は来たれり、今こそ目覚めるべき」」
 二人の巫女は、まるで詠うように言うと、卵に皹が入った。
 宝珠がそれぞれ、一際大きく輝く。
 それぞれの属性を表す光が、虹色の卵に集中した。
「「大空はお前の物、舞い上がれ、空高く!」」
 卵が、割れた。

 ピュイィィィィィィィ―――!!

 甲高い鳴き声と共に純白の翼がばさりと広がる。
「これが、ラーミア……」
 神々しく、美しく、雄々しい。誰もがその姿に見惚れて呆然としている中、エンがなんとかそれだけを言えた。
「「私達――ラーミアの守り手の一族に課せられた使命も、ようやく終わる」」
「ラーミアの、守り手の一族?」
 エンの問いに、二人の巫女が頷く。
「「いつか訪れる邪悪に備えて、ラーミアは深き休息に入っておりました。守り手の一族は、来るべき時にラーミアを復活させることが、神に与えられた使命だったのです」」
 ラーミアが自らを封印し、殻に閉じこもって以来、守り手の一族は復活に備え続けたのだという。
 二人の巫女は復活を見届ける者として、永遠とも思える時を過ごして卵を見守っていた。
 他の一族の者は、復活させるべき時にその力を結束し、ラーミアの復活を達成させるのだ。
「まさか、フィンたち島の民って、ラーミアの守り手の一族だったのかしら」
 放浪の民と化した島の民の伝承。ラーミアが封印されたのが三界分戦より前のことならば、彼らの『願い』とはラーミアの復活に当てはまる。世界が結合し始め、ラーミアの翼が必要になった時、彼らはその血脈に宿る使命に突き動かされていたのだ。
 亡霊になってでも願いの神殿や宝珠を探そうとしていたのだから、その一族の強かさは並大抵ではない。
「「永き時を超え、ラーミアは今、蘇りました」」
 二人の巫女も、元々は一族の少女だったのだろう。壁画には、ラーミアの不死が永遠と云う名の牢獄になることを案じて殻を纏ったとあった。使命とはいえ、ラーミアの代わりに永遠の牢獄の中、ひたすら待ち続けた彼女達も、ついに解放される。
「「羽ばたきなさい、大空はお前の物!」」
 大きく宣言するとラーミアがその翼を自慢するかのように広げた。
それと同時に、二人のみこの姿が揺らぐ。
「「ありがとう、勇者達よ」」
 二人の巫女が最後に笑顔をエンたちに向けて光に溶けていく。
「ラーミア……」
 エンはラーミアを見上げた。
 不死鳥は宝石のような瞳を人間達に向けると、くるりと背中を向ける。乗れ、ということなのだろう。
 躊躇わず、エンたちは次々にラーミアの背に乗っていく。
 エンたち四人に、ホイミンとしびおが乗ってもまだ余裕があるほど広い背中だ。羽もふかふかで、うっかりしたら眠ってしまいそうなほど気持ちが良い。
「でも、ここ地下だよ?」
「天井にどっかんしちゃう〜」
「痛そうです」
 イサの問いに、ホイミンとしびおが続く。
「ラーミアは次元を超えるんだろ。壁くらいなんてこともないさ」
 とエンは言った。
 言われて見ればその通りだが、本当に物理的な壁をものともしないのか、確かめてみなければ分らない。
「頼むぞ、ラーミア!」

 ピゥィィィィィィィィィィィ

 一声鳴くと、ラーミアはその翼を羽ばたかせる。やがてふわりと浮き始め、地下の神殿に風が巻き起こった。
「だ、大丈夫かな」
「信じましょう」
 未だに不安そうなイサに対して、ラグドは平静だ。
 一際強く、ラーミアが翼を打つ。
 旅の扉に飛び込んだときのような時とはまた違う浮遊感がエンたちを包み込んだ。
 それも一瞬の事で、気が付けば眩い青空の下を飛んでいる。
「凄いな」
 ラーミアの神殿は地下深くに存在していたはずだ。今飛んでいるのは、ピラミッドの真上なのである。

 ピュィィィィィィィィィィ―――!

 久々の大空を飛び回っていることに歓喜しているのか、ラーミアが大きく鳴く。この世界全てに、自分の存在を知らしめるかのようだ。
 ラーミアは調子を確かめるようにゆったりと旋廻した後、方向を定めて飛び始めた。すると、ラーミアの翼は青白い光に包まれ、光はすぐに全身を覆った。背中に乗っているエンたちも当然、その光の中にいる事になる。
 先ほどと同じ、旅の扉とは異質の浮遊感に包まれながら、やがてラーミアの姿が一瞬にして消えた。
 その瞬間を見上げる若者が一人。
「あれが、ラーミア」
 ピラミッドの入り口でぼんやりとしていたフィンである。
 エンたちと別れて、気ままに『願いの神殿』を探そうとしていたが、どうにもやる気がおきずにいたのだ。それが突然、砂漠の太陽光とは違う光が降り注ぎ、巨大な鳥が頭上を飛びまわっているのだから驚いて当然である。
 復活の宝珠の二つが存在しないと聞いていたが、どうやらラーミアの復活に成功したらしい。彼らがもうここには戻ってこないのは寂しい気もしたが、それよりもフィンの心に熱くなるものがあった。
「なんだ? なんでだ?」
 フィンは自問して、いつの間にか流れていた涙を何度も拭う。涙の理由はわからないのに、なぜか流れてしまう。寂しさが理由に、というわけでは断じてない。歓喜の涙であることはフィン自身も分かっている。
 自分の、最も根本的な何かが、今泣かずとして何時泣くのかと言わんばかりなのだ。まるで、生涯の願いがようやく叶ったかのように。
「「お行きなさい。最後の一族の者よ。使命は果たされ、あなたは自由となりました」」
 そんな女性の声が、どこからか聞こえたような気がした。


 ――あの時。
 カエンはただ単純に、とある台詞を一つ口にした。
「闇の力が必要な時もある――もうすぐ、オレたちの子供が復活の宝珠を探しにここへやってくるだろうさ」
 それを聞いたルイスが思わず笑ってしまったのは、すぐに何をするべきかが理解できたからだ。カエンの覚悟を知り、ルイス自身が救われるとしたら、それ以上の手はないだろう。
「それじゃあ、僕は先に行っているよ」
 ルイスが暗闇に包まれて、自らを宝珠に封じ込めていく。
 エンたちがこの神殿前を訪れたのは、ちょうどルイスが深闇の宝珠と化した頃であった。


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