-36章-
闘王、決着
エンは火龍の斧を召還し、ルイナは水龍の鞭を握る。ラグドも地龍の大槍を構え、イサは最初から飛竜の風爪を装着しているので戦闘の体勢を取るだけで済む。
こちらから攻める前に、デュランは身の丈ほどある大剣を翳すと、目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けてきた。
「『瞬速』の――」
「遅い!=v
「くっ」
速さで対抗しようとするも、技を放つ前にデュランの剣がエンを捕らえようとする。
慌てて技を中断し、振り下ろされた大剣を火龍の斧で受け止めた。高い金属音が鳴り響き、刃の餌食にこそならなかったがその震動は耐え切れるかどうか怪しいほど強い。
「『颯突き』!」
エンが攻撃を防いだその瞬間を狙って、イサが飛び出す。相手が人型の魔族である以上、その構造も人に近い。ならば関節を傷つけ、行動に支障を出させれば幾分かは楽になるはずだ。
鋭い爪が、デュランの右肩に吸い込まれる。手応えは確実で、飛竜の風爪が狙い通りの場所を抉る。
しかし、それに対してデュランは悔しがるわけでもなく、むしろ獲物が飛び込んできたことでにたりと笑う。
「え!?」
右手の大剣でエンの動きを封じ、左手でその場を退こうとしていたイサの右手を掴んだ。そのまま高々と上空に放り投げる。体躯が小さく、尚且つ軽いイサは、あっさりと空に浮き、やがて重力に従って落下し始めた。
力任せにエンを振り払い、デュランはイサを睨み据える。大きく息を吸い込んだかと思うと、口腔からちろちろと炎が漏れ、それが吐き出された。灼熱の炎は真っ直ぐにイサに伸びていく。
それがイサの身を覆うよりも早く、横から割り込んだ水龍の鞭が水壁となりイサの目の前に広がり、灼熱の炎とぶつかった瞬間に水蒸気と化した。水龍の鞭の壁は消えたが、同じく灼熱の炎も無効化されている。
「『閃風砲』!」
蒸気の中から風の塊が、灼熱の炎の軌跡を辿ってデュランに向かう。上空から落ちながらの技だったうえに、蒸気で視界が遮られているため、当てることが目的ではなかった。デュランがあっさりと躱したところに、今度はラグドが地龍の大槍を突き込む。
「貴様に用は無い=v
デュランは興味なさげにいうと、地龍の大槍の先端を大剣で払い、その身を闇に覆わせる。
「なに?」
闇に包まれたデュランはその場から姿を消し、闇もやがて消えた。だが、この空間から抜け出したというわけではない。デュランの圧倒的な威圧感は相変わらず皆を支配しているのだから。
「エン、後ろだ!」
ラグドが誰よりも早く、別の闇の出現位置に気付いた。
「オレかよ」
エンの背後に闇が渦巻き、慌てて飛び退いてそこからの攻撃に備える。だが、何も無い。デュランが消えた時と同じような闇が渦巻いているというのに、何かが出てくるという気配が全く無いのだ。
デュランは別の場所から仕掛けてくるのではないかと疑い始めた頃に、闇が唐突に消滅する。
「なんだ、これ」
エンが慄き、イサが固唾を呑む。
消えたかと思った闇の渦は別の方面に現れ、また消えた。そしてまた別の場所に出現し、ということを繰り返し始めたかと思えば、その頻度と感覚が極端に早くなり、今では無数の闇があちこちで渦を巻き、虎視眈々と狙っているのだ。
ラグドはあらゆる方面を警戒しようとするがとても追いきれていない。ルイナはいつも通り無表情だが、視線をあちこちに漂わせているので、彼女でもどこから来るか予想できないのだろう。
その闇の一つから、青白い何かが飛び出した。誰かに当たるということはなかったが、地面に着弾すると共に、閃光を伴う火柱となってこの空間を一瞬だけ白い光で照らす。躱しきれなければ、火傷どころでは済まないだろう。しかもそれがどこから飛んでくるか分からない。
「来るぞ!」
出現と消失を繰り返している闇の渦が、一斉に火弾を打ち出した。それが向かう先は――。
「またオレか?!」
火弾の軌道は、全てエンに向かうように飛んでいった。躱そうとして躱せるような数ではない。
「『防炎』のフレアード・スラッシュ!」
防護の炎がエンの周囲を包み、それに衝突した火弾はその場で青白い火柱となり閃光を放つ。直撃はなかったものの、防戦一方になってしまっては不利だ。それに、防護の炎も無限大に持続するというわけでもない。炎が消えたところに再び火弾を打ち込まれれば、今度は避けきれるかどうか。
「イサ!」
「え?」
エンを守っていた炎が消えるのとほぼ同時に、やはり再び火弾が闇の渦から射出された。だが、それが向かう先は、エンではない。無数の火弾は、イサ一人にのみ向かっている。
防御の技も、回避行動も間に合いそうに無い。かといって、ただ呆然と立っているだけでは命を無駄にするのと同じだ。全てを躱しきれなくても、なんとか避けようと最も火弾の射出数が薄い所へ飛び込むように地を蹴る。
「つっ!」
イサの顔が苦痛で歪む。やはり躱しきれず、右足に着弾し、閃光となって弾けた火柱が、激痛を伴う震動となった。イサが最も得意としている機動力の源たる足をやられれば、戦力は大幅に減じてしまう。すかさず、ルイナが回復魔法を放とうと魔力を高めた。
「回復魔法に頼るか、軟弱者よ!=v
出現と消失を繰り返している闇の渦から発せられたデュランの声は全方向から聞こえるかのようだ。それと同時に、黒い霧がエンたち全員を覆った。今まさに回復魔法の光が放たれようと瞬間だった。回復の光は黒い霧に掻き消され、効果を現さない。
「これは……」
「沈黙呪文と同じ効力を持っているのか?!」
呪文を封じ込める黒い霧。そのような特殊な霧を扱える魔物が稀におり、マホトーンとの違いはかけられた術者が魔力で対抗できないこと。そして霧の影響下にある限り、お互いに呪文を一切使えないことだ。これで、魔法の効力はデュランもエンたちも一切使うことができない。
もともと呪文を使わないイサとラグドはともかく、一撃必殺のビッグ・バンをエンは使えなくなり、ルイナも呪文による援護はできなくなった。それでもエンにはもともと前衛なので問題はないが、ルイナは水龍の鞭で戦うことを強要されてしまう。
「所詮は霧なんでしょ」
そう言って、イサが火傷を負った足を震わせながら風を操る。一度霧を吹き飛ばしてしまえば、まだ手はあるはずだ。だが、それを見逃すデュランではない。
「貴様は厄介だな=v
闇の渦が、イサの目の前に出現する。
「な!?」
あまりに唐突に、それも目と鼻の先ほど近い場所に現れた闇の渦に、思わず数歩だけ退いた。その度に、足の火傷のせいで転びそうになる。
「まず、一人だ=v
「イサ様!!」
ラグドの悲鳴とも似た叫びがこだまする。イサ自身は、何が起こったのか理解できなかった。足だけだった激痛が、遅れて全身に行き渡ったのはほぼ一瞬である。ただその一瞬の後に、意識が途絶えた。
イサ自身、そしてそれを見ていることしかできなかった三人は信じられなかった。こうもあっさりと、それも単純に決まるものなのか。
闇の渦から姿を現したデュランが、ただ大剣を一閃させたそれだけだ。一太刀の下、イサは地に伏せ、ぴくりとも動かない。
「ルイナ! 早く回復を!!」
言われなくてもルイナとてわかっている。黒い霧の影響下では回復呪文は使えないため、水龍の鞭から癒しの水を放出するしか手段は無いのだ。
「させはしない=v
また、デュランの低い声が轟くと共に、ルイナの視界が闇に阻まれた、
一段と黒い霧に覆われたのかと思ったが、違う。闇の渦に巻き込まれ、気が付けば立ち位置が全く変わっている。それも、癒しの水がイサには届きそうに無い場所だ。
早くしなければ、イサが手遅れになってしまう。意識が無いとはいえ、魂の欠片が残っていればまだ回復は間に合うのだから。
「エン……」
癒しの水の効力は失われこそしないが、効果範囲に目的の者がいなければ話にならない。回復魔法に比べて、水龍の鞭では範囲が限定されるうえに相手にも癒しの水が降り注いでしまう可能性がある。むしろ、この空間を自在に行き来しているデュランにとってそれは容易いことのはずだ。
ゆえに、ルイナはエンに頼った。ただ彼の名を呼び、何かを言うわけでもない。この状況を打開するには、エンの力が必要だったからだ。そして、エンも自分に何が出来るのだろうと首を傾げる暇など無かった。
ルイナに呼ばれただけで、それに気付く。この霧を吹き飛ばせる方法があるではないか。
デュランは風を操ろうとしたイサを真っ先に狙った。ということは、激しい風の前には黒い霧は弾き飛ばされ無力化されるはずだ。
「『爆風』のフレアード・スラッシュ」
火龍の斧を上段から振り下ろすと同時に、イサの風連空爆に勝るとも劣らない風の爆発が巻き起こった。予想通り黒い霧は風に呑まれ、どこかへ消え去ってゆく。
「……ベホマラー=v
黒い霧が消え去るとほぼ同時に、ルイナが回復の呪文を放つ。黒い霧の影響下では効果こそ失われるが、魔法が発動しないわけではない。発動の直前に黒い霧が消え去れば、その効果は問題なく発揮する。
輝かしい光が仲間全体に纏いつき治癒の力が働く。倒れていたイサの傷も、瞬時に元の状態に戻った。
「(さすがだな)」
体力が取り戻されていくのを実感しながら、ラグドはそう思った。
ルイナはエンの名を呼んだだけだ。それだけで、後はベホマラーを放つための魔力に集中していた。エンが意図していたことを行わなければ、全くの無駄になっていたというのに。それほどまでに二人は互いが考えていることを理解しているのだろう。
「なかなか見事であった。褒めてやろう=v
デュランもエンとルイナの連携には興味をそそられたようだ。
「だが、残念だったな=v
その言葉の意味を理解するまでに、数秒を費やした。
まず、回復の光を受けたはずのイサが未だに立ち上がっていない。傷こそ消えうせているというのに、意識を取り戻していないのだ。それは肉体の回復では追いつかず、魂が離れかけている仮死状態にあるということ。
そしてもう一つ。
火龍の斧を振り下ろした姿のまま、エンが次の行動に移らず――移すことができず、ゆっくりと横倒れになった。遅れて、全身から鮮血が迸る。
「まさか!」
デュランは霧が払われることなど、どうでもよかったのかもしれない。エンが爆風を放った瞬間を狙い、技の後に生まれた隙をついていたのだ。ベホマラーの癒しの光がエンを包み込むが、それでは追いつかないほどのダメージを負っている。
「これで、二人=v
エンとイサが倒れた。まだ死んではいないはずだが、放っておいたら只事ではない。
「貴様ぁ!!」
ラグドの怒号が闇の空間を揺るがす。どうやら闇の渦からの攻撃では致命傷は与えられないようで、とどめを刺す時は必ずデュランはその姿を現してる。エンを倒すために出てきたデュランを、逃すわけには行かない。
「くく、お前で何が出来る?=v
デュランは闇の渦で姿を晦ますことなく、大剣でラグドの地龍の大槍を受け止めた。
間違いなく、エンとイサを優先して狙っていた。それは一度戦ったことがあるラグドの力量を把握し切っていたからだ。未知の戦力となっている二人こそが、デュランにとって唯一の脅威であった。その二人が倒れた今、ラグドをいなすことは容易い。
ルイナの魔法を恐れてか、デュランは再び黒い霧を放ち辺りを覆わせた。
これでまた、呪文を封じられてしまった。
「さて、そろそろ三人目を仕留めようか=v
デュランが力任せに大剣を振り払う。ラグドとて腕力には自信があったのだが、押し負けてしまった。
その隙を突いて、デュランは更なる追撃を仕掛けた。大剣を持っていない手をラグドに向けると、そこに射出される前の火弾が浮かび上がる。黒い霧の中でも放てるということは、どうやらあの火弾は呪文ではないらしい。
瞬時にそれを理解したラグドは驚愕しながらも手に持つ武器を変化させる。
武具変換。今持つべきものは、巨大な盾だ。デュランの手から、火弾が次々に飛び出す。
形状が変わり終わるとほぼ同時に、火弾が着弾し、青白い火柱となった。その衝撃は凄まじく、防いでいるだけで後退させられる。気が付けば、後方で水龍の鞭を操るタイミングを狙っていたルイナの位置まで来ていた。
「――水壁」
ルイナがぽつりと洩らすと、水龍の鞭の水が意志に従って自在に動き、ラグドとルイナを包み込んだ。相変わらず連続で打ち込まれる火弾は、水の障壁に阻まれてラグドの盾に当たる直前に火柱となっている。
「今のうちに、体勢を……」
「ルイナよ」
ラグドが、正面を向きながらルイナの言葉を遮った。特に怒るわけでもなく――怒っていても無表情なので怒っているのかどうか判別できないのだが――、ルイナは首を傾げるようにラグドを見た。
「こんな時に言うのも何だが、前はすまなかった」
ラグド自身、なぜ今に言うのか理解できていなかった。ただ謝っておきたかったのだ。
それはもしかしたら、今を逃せば二度と言う機会がないのではないかと、心の奥底で感じ取ってしまったからかもしれない。
「俺はお前を守ろうとするばかりで、闘いから遠ざけてしまってた。エンにも、イサ様にも指摘されてな……。だが、そうではなかったのだな」
『ルイナはそこらの町娘なんかじゃない』というエンの言葉が蘇る。そこまで明確な答えを言われるまで気付けなかったことを恥じた。自分の行為そのものが、ルイナの力を疑っているのと同じであったのだから。
「だから、というわけではないが……頼む。共に闘ってくれ」
これで清算できたとは思っていない。仮にそうだと思えても、それはただの自己満足だ。それでも何も伝えないままよりは良い。
「――はい」
静かに、しかし明確に。ルイナの声が届いた。
何も言わないか、反応を示しても頷く程度かと思っていたラグドにとってはあまりにも意外で、思わず振り返りそうになった。ルイナはたった一度の返事をしただけなのに、それだけでラグドは己の気が昂ぶることを感じた。
ルイナと、仲間と共に立ち向かえることが、ここまで士気を高めてくれるものなのか。デュランに勝てる気はしないが、不思議と負ける気もしない。
「ありがとう」
だから、多少は気恥ずかしくともそんなことが言えた。
ちょうどその時だろうか、火弾では水壁を突破できないことに業を煮やしたのかデュランは連射を止め、その大剣を持って迫ってきた。
さすがに水龍の鞭で作り出した壁も、デュランの一撃の前には易々と引き裂かれてしまう。
すかさず、水壁が消え去ると共にラグドが地龍の大槍を突き出した。
「『岩砕槍』!」
大地の概念がないこの空間で、地面を爆発させる岩塵衝は効果を成さない。ラグドは五連突きを放ち、流れを作る。五回の突きは全て、デュランの攻撃の軌道を逸らすことに集中させた。
本来なら、岩塵衝で足元を崩し、岩砕槍で全体を揺らし、そこで生まれた隙の合間に槍を旋廻させて岩閃発破を打ち込むのだ。岩塵衝は使わず、岩砕槍もただ攻撃を回避するためだけになってしまい、隙などできるはずもなく、旋廻させる瞬間は全くの無防備になってしまう。
それでも、ラグドは恐れず流れを続ける。地龍の大槍を大きく旋廻させる間、デュランが悠長に待っているはずがない。内心で愚か者と罵りながら、その大剣を振り下ろす。その恐るべき刃に、ラグドは何も恐れなかった。
信じて、いたから。
「っ!?=v
デュランの顔が忌々しそうに歪むのが見えた。
「『岩閃発破』!」
絶妙なタイミングで、ルイナの水龍の鞭がデュランの腕を捕らえたのだ。刃はラグドの頭上でぴたりと止まり、旋廻させた槍が突き立つ。
すかさず地龍の大槍を引き抜き、槍の矛先が向かうのは地面。
「『岩気流集槍』!」
大地の質は、そこに生きる者に大きく影響する。地面が悪ければ命は早く潰え、良ければ長く生きる。大地の精霊に干渉してその影響力を一瞬だけ爆発的に高めることで、相手の体力を奪い、仲間には癒しを与えるのがこの技だ。回復魔法のように大幅な治療は出来ないが、ラグドが持つ唯一の回復効果を持つ奥義である。
もともと大地の精霊の力が薄いこの空間で放つこの技は、それこそ雀の涙程度の効力しか期待できない。一見、無駄に見えるこの行為は、別の場所に目的があった。
ラグドの連携奥義は、最終奥義を出すまでの技を放つたびに、槍に大地の精霊力を溜め込むものだ。技の流れを作り、その流れから生み出される精霊力はただの魔法使いが操るような精霊魔法とは比べ物にならないほど膨れ上がる。
その力が最高に高まるには、最低でも三回は何かしらの技を放たなければならない。
今、その全ての流れが整い、地龍の大槍には膨大な大地の精霊力が宿っている。最大の力を振り絞っての突きだす槍と共に、この精霊力が全て解放される瞬間、それはまるで龍が咆えたかのような爆発力を持つのだ。それこそ――
「『岩龍爆極槍破』ァ!!」
――オオォォオオォオォン!!――
龍の咆哮と聞き間違えそうなラグドの一撃は、デュランの腹部を貫いた。壮麗な龍の一撃は、辺りを包んでいた闇の霧さえも打ち払い、相変わらず闇に包まれた空間が揺らいだ。
ここに来て、初めてデュランの顔の歪みが種類を変える。それは明らかな苦痛。間違いなくダメージを与えているようだ。
「く、だが!=v
苦痛の表情を、無理やり笑みに変える。
デュランとてその一撃は常に必殺。大技を放った後にできる隙こそ、ラグドが最も無防備になる瞬間である。自分の身が傷つくことさえ、勝利を得るための手段としか見ていないデュランにとって、今が好機なのだ。
ラグドにもそれは分かっている。それでも――いや、だからこそ刺し違える覚悟で地龍の大槍を握り締めた。地龍の大槍の特性たる『技の記憶』を利用すれば、もう一度だけ最終奥義を放てる。
「終わりだ=v
死の宣告に対して、ラグドは防御の姿勢を取らず、引き抜いた槍をそのまま突き出す。
「我が精霊よ、この一撃に宿れぇ!!」
地龍の大槍が金色に輝く。
デュランの大剣が振り下ろされ、ルイナが再び水龍の鞭を伸ばすが、間に合わないことは必至。
ルイナの瞳が、焦りで揺れる。目の前で訪れようとしている仲間の死を、どうすることもできないのか。
互いの肉体が弾け飛ぶような醜い音が聞こえたような気がした。
だが実際は、それよりも早く、閃光が迸り、そして強風が荒れた。
「なんだと?!=v
「『岩龍霊神槍破』!!」
――オオオオォォォオオォオォォン!!!!!――
龍の咆哮にして、大地の精霊の壮麗で力強い叫びにも似たそれは、強大な力と共に放たれた。
「があぁ、はぁっぁぁあ=v
がしゃん、という妙な音は、デュランが大剣を落した際に発されたものだ。
二歩、三歩と後退っているのは、まともに立っていることができないためだろう。二連続でまともに受けた龍の技に、さすがのデュランも揺らいでいる。それは間違いないことだが、ラグドも不思議に思えた。間違いなく、技のタイミングは相手の一撃が己に降り注ぐ瞬間と同時だったはず。なのに、なんの致命傷を受けた様子はない。
「ぐ、き、さら……=v
言葉になってないデュランの視線は、ラグドを移していない。
それだけで相手を呪い殺しそうな眼は、別の方に向けられている。
視線を辿ると、そこに立っている者を見てラグドは目を瞠った。
エンが、片腕をデュランに向けた状態でゆらりと立っていたのだ。ほとんど動けない状態である彼の目は虚ろで、ほとんど無意識に近い状態である。先ほどの閃光は、エンの放った火炎弾呪文メラミだったようだ。
そして閃光と共に感じた強風。それは、エンとは違う立ち位置で、意識がなかったはずイサである。風連空爆か何かを使用したのだろうが、すぐさまに力を使い果たしたのか再び倒れた。
すかさず、ルイナの魂蘇生魔法が二人に飛ぶ。今度は黒い霧に阻害されることなく、癒しの光は二人に纏いつき傷を治していく。
エンとイサのおかげで、デュランの攻撃が鈍ったのだろう。その一瞬が、勝敗を分けた。
「デュランよ、我々の勝ちだ」
ラグドが静かに言うと、デュランは気力だけでまだ立っていたのか膝を折り、やがて倒れた。
その時に感じた地響きは、デュランの存在があまりに大きく感じていたからだろうか。
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