-23章-
魔獣、激闘



 地震は立っているのが立っていることが精々できるほどのものだが、建物が崩れ落ちる気配はない。その代わり、この世界がジャミラスの手に落ちるかもしれないという考えなら少なからず全員の胸中にあった。
「あれ? ジャミラスがいない」
 地震に気を取られたちょっとの隙に、目の前にいた鳥の魔人は姿を消していた。残っているのは、狂った笑いをあげるスカルスパイダーのガリウロのみである。
「いひひ、完成した。ついに完成したぞ。エビルエスタークの動力は闇の魔力! ジャミラス様はエビルエスタークとなり、世界の王に君臨する!=v
 狂った笑いを止めないガリウロは、やがて笑うことができなくなっていった。それというのも、骨の顎が外れ、地面に落ちると、それが合図であったかのように身体全体が崩れ、砂となって消えてしまった。
 既に身体を維持するだけの体力がほとんど残っていなかったのだろう。そのような身体でエビルエスターク起動のための最終工程を終わらせ、あとはジャミラスに託した。彼自身は満足して死を迎えたことだろう。
「あれを動かすためには膨大な魔力が必要だと思っていたが……そうか、ジャミラス自身があれと同化したか」
 そこまではしまいと思っていたらしく、ムドーは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ここにいても無意味なようだ。外に出るぞ」
 こちらの意見を聞くより先に、身体が浮遊感に包まれた。脱出呪文(リレミト)なのだろう、すぐに景色は一変し、地下から一瞬にして外に出ていた。
「煙……?」
 外に出て最初に目に飛び込んできたのは、あちこちで上がっている黒煙である。火事でも起きているのかと思ったが、そうではないようだ。
「余の部下と、ジャミラスの配下が交戦しているのだよ」
 戦いは既に始まっている。だからムドーはジャミラスに停戦を呼びかけたのだ。それが無意味に等しかろうと、しないよりはやったほうがよかった。
「それにしても、あんなでっかいやつをどうやって地上に出すつもりだ?」
「見たの?」
 エンは素朴な疑問を口にしただけだが、イサが横から聞いた。そういえば、彼女はエビルエスタークの実物をまだ見たことがない。それよりも、古代兵器が何であるかさえ知らなかったのだ。
「ん、ああ。かなり大きいぞ」
 エンが見たのは顔の一部だけであったが、それの大きさから見当をつけると全体像はかなりのものとなる。それだけに、地上へ持ってくるだけでも一苦労のはずだ。
 地下の建造物が不要であるなら壊してでも出てくるのだろうが、魔法装置である以上、起動だけではなく修復のための機能も備えていることだろう。それを壊すとは考えにくい。
「上、だな」
「え?」
 ムドーに言われて、三人は空を見上げた。そして三人とも驚くこととなる。
「でっけー魔法陣だな」
 上空に、ここに来るまではなかったはずのものが描かれている。
 空中に光が走り、それは魔法陣の形を取っているのだ。
「多分、あれ種類的にルーラやリレミトとかの転移系だよ」
 魔法の知識は多少なりとも有るイサが、特徴を探し出して自身の記憶と照らし合わせた。何より、今の状況であれほど巨大な魔法陣を使うということは、大体の予想はできた。
「来ます」
 しびおが言ったと同時に、その魔法陣から巨大な足がぬっと出てきた。
 足だけか思うと、あとは一気に胴体や両腕、頭までがその魔法陣から落ちるように全身が現れた。エビルエスタークは地上に着地し、その質量に伴う衝撃が辺りに走る。
 これがエンたちの真上から落ちてきていたら大変であったが、少し離れた場所に降りたので助かった。
「なんだ、あれ……」
 確かにその全身は巨体だが、エンが想像したものよりも小さかった。それというのも、エンとしびお見た顔が胴体にあたる部分にあり、顔が二つあるようにも見えるが胴体の顔のほうが凶悪そうだ。
「暗かったですからね」
 エンと同じことを思っていたのか、しびおが思いだすように言った。
「まあいいさ。あれくらいなら、なんとかなるかもしれない」
 言うなり、エンは辺りをきょろきょろと見回した。
「なあ、ちょっとあそこまで飛ばしてくれ」
 エンが指したのは、エビルエスタークの方を向けば、ちょうど胴体と同じくらいの高さのちょっとした丘になっている場所だ。どうするつもりかは深く追求はせずに、ムドーは頷くと目を瞑った。すると先ほどと似たような浮遊感に包まれ、一瞬にしてエンが希望した場所に移動できた。

「クハハ! 凄まじい力を感じるぞ!=v

 大音量で聞こえてくるのはジャミラスのものである。どうやら、エビルエスタークと完全に一体化しているらしい。
「見よ、これが世界を統べる力だ!=v
 言うなり、がしゃんと大きな音を立てて胴体の顔が口を開いた。急速に光が集積されたかと思うと、それは一直線状に離れた。
 轟音が過ぎ去り、遅れて衝撃が身を震わせた。そして、そこにある惨劇に目を瞠った。
 光線の軌跡は、焼け野原となっているではないか。どこまでそれが続いているのか分からないが、目視できる範囲では終わりは見えない。
 エンはキラーマジンガの対戦でレーザー光線の鋭さを知ったが、これはそれ以上である。そもそも比べることさえ愚かしい。
「あんなのに動き回られちゃ、さすがに危ねぇな」
「まさか、あれほどの威力とはな=v
 エンが必死にあれに直撃したらという想像を振り払おうとした中で、メイテオギルが感心するように言った。
「(知らなかったのか? お前なら知ってると思ったんだけど)」
「恐らくあれは三界分戦後期に開発途中だったのだろう=v
 それならばやはり知っていたのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「三界分戦の頃、神々は魔力を帯びた武具を用い、魔族は魔力を使い魔法を放っていた。だがそれは初期から中期にかけてだ。後期となれば、神々が魔法を使い、魔族が魔力の武具を用いることは珍しくなかった=v
 その過程で、魔族が切り札として開発していたのが魔力を動力としたこのエビルエスタークなのだろう。完成させる前に三界分戦は終了し、エビルエスタークは地中に埋もれた。それをジャミラスが見つけ、完成させたということになる。
「三界分戦の遺産、か」
未完成であったということは、その戦闘力は未知数であるのと変わらない。だが、強力な兵器である事は間違いないだろう。魔族が神々を滅ぼすために造っていたものなのだから。
「でも、止めて見せるさ」
 エンは大きく深呼吸して、エビルエスタークを睨み据えた。
「なにをするつもりだ?」
 エビルエスタークの持つ機能の一つにしかすぎないのだろうが、それを見せ付けられてさすがにムドーも焦りの色が浮かんでいた。
「なぁに、ちょっとでっかい魔法使うだけさ」
「あれを使う気?!」
 エンは軽く言い放ったが、それに対してイサが狼狽した。今から使うであろう魔法が『ビッグ・バン』であるということが容易に予想できたからである。もともと対魔王戦用に大賢者リリナから教わった魔法であり、その威力は通常の魔法使いが唱えるビッグバンよりも強力だ。
 山を一つほど消し飛ばすほどの破壊力というのは、あくまでエンが精霊力を手に入れる前の話である。炎の精霊の力を得て、その威力は大幅に上がっているはず。それを考えると、今までエンが使用しなかった理由も簡単だ。あまりの威力に、自分が巻き添えを食らってしまう可能性が大きいのだ。
 しかし、今は違う。その大魔法をぶつける標的が、目の前にある。
「こうして使うのも、久々だな」
 炎の精霊の力を得てから、魔法の威力が上がっていることを実感していた。その中で唯一、この魔法だけは試したことがなかったのだ。手加減しようにも無闇に使うこともできないので、いつか強大な敵に遭遇し、広い場所があったら使おうと決めていた。そして今、その条件は満たされている。
「――暗黒の闇よりいでし 力在りし炎の精霊よ 我が名の盟約により深淵の焔を灯し 我が魔力と汝の力を持ちて 破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋……」
 手加減をする必要はない。だから、全身全霊を込めた。
 紋の名を唱える度に、エンの周囲には炎の塊が出現する。その大きさは、エンがかつて使っていたものより明らかに大きく、むしろ四つの塊が合わさった時と同じくらいかもしれない。
「我放つは――」
その四つが、一つにまとまる。大きさ自体は大して変わっていないが、そこに込められている力の質量は桁違いであるということが嫌でも理解できた。横から見ていたイサは、もしこれが自分に向かってきたらと思うだけで震えが来るほどだ。
 ムドーも感心したようにその炎に魅入っている。しびおはエビルエスタークのほうを見ており、どうやらこちらの詠唱中に向こうが攻撃してこないかを見張っていたらしい。エンの周囲に凄まじい魔力の炎があるのだが、まだ相手は気付いていない。

「むぅ?!=v

「気付かれました!」
「――ビッグ・バン!!」
 しびおが叫んだのとほぼ同時に、エンの『ビッグ・バン』は放たれた。
 膨大な破壊力を持った巨大な炎球はエビルエスターク目掛けて直進し、さすがにジャミラスもそれに圧倒されたのか動けずにいる。
 避けることは不可能だ、誰もがそう思ったが、ビッグ・バンが直撃する直前、エビルエスタークの胴体に当たる顔が大口を開いた。レーザー砲で対抗するつもりだったのだろうが、それが発射されるよりもビッグ・バンが到達する方が早い。
 エンが今まで使っていたビッグ・バンよりも強力になっているそれは、今まで以上の爆発を見せることだろう。
 だがしかし、次の瞬間、爆音は響かなかった。
「な……!」
 絶句。
 今見ているものが嘘であって欲しいという淡い願いは、辛く現実に圧し潰される。
 エビルエスタークは、レーザー砲で対抗するようなことはなかった。代わりに、ビッグ・バンの炎球を吸い込んでいるのだ。その影響が周囲に暴風が渦巻いているようだが、確実に炎球は威力を弱めつつある。
 そしてそれは、瞬く間に呆気なく終わった。ビッグ・バンの爆発は無く、エビルエスタークの全体が紅い光に包まれており、どうやらエネルギーに変換されたのだろう。

「……ク、クハハ、クフハハハハ! 素晴らしいぞ!=v

 ジャミラスとしてもこのような機能がついているとは思ってもいなかったようで、助かったこともあって歓喜に打ち震えている。
「ちくしょう……」
 絶望感もあってか、エンはその場でふらついてしまった。もともと炎龍神の斧を使った影響で疲労が溜っている身体で、ビッグ・バンという力を激しく消耗する魔法を放ったのだ。身体が休眠を欲し、睡魔が襲い掛かる。
「ビッグ・バンでも斃せないなんて」
 イサが不安な顔つきでエビルエスタークを見上げた。ビッグ・バンに匹敵する奥義、風死龍を使っても同じく吸い込まれる可能性がある。それを考えると、試すことさえ臆してしまう。
「……後は、余に任せてもらおう」
 三つの視線が、ムドーに集中した。当然、エンとイサとしびおである。
「任せろって言われても……あんなのとまともに戦えるのか?」
 まともに立っていることさえ困難になっているエンの質問に、ムドーは答えなかった。
「……」
 その代わりエンの肩に手を置き、深く息を吸い込み、そして――
「ぬん!」
 気声と共に、エンが翠色の光に包まれた。エンは何事かと目を丸くして、すぐに自分の変化に気付く。
「身体が……」
 疲労が回復しているのである。肉体疲労どころか、魔法力も回復しているらしい。ムドーは続いて、イサの傍に寄った。
「もともと、これは余とジャミラスの戦いだ。決着は、余とジャミラスで行うべきだろう」
 イサにも同じことを施し、ムドーはエビルエスタークを細めで見ながら唐突にそのようなことを言う。エンはきょとんとしたが、先ほどの答えであると遅れて気付いた。
「けど……」
 さらに言い募る前に、ムドーが無言で首を横に振った。
「これから、何を見ても驚かずにいてくれ」
 そう言った途端、ムドーは光に覆われた。エンたちに施した癒しの光とは違う、深緑の光だ。その光はムドーを完全に覆い隠し、光の中はどうなっているのか目視することは出来ない。
 光は巨大化し、それに伴って瘴気の濃さが増してゆく。
「これが……ムドーの本当の姿なのか」
 そこに、エンたちが今まで見ていたムドーの姿は無かった。
 その巨躯はエビルエスタークよりも一回り小さいが充分な威圧感を持ち合わせ、毛の無い緑色の肌には所々に黒いまだらがあり、巨大な尾は太く、瞳は白目がない黄色のみで、頭と顎の付け根から生えている角が雄々しいほどだ。
 カハァァァ――
 一度大きく息を吐いただけで、辺りに瘴気が満ちる。その口はイサやエンを丸呑みできるのではないかと思えるほどで、そこに見える牙も驚異的だ。
 ムドーはエビルエスタークを睨み据え、次の瞬間、跳んだ。
 その巨躯からは想像もできないほどの跳躍力だ。その一跳びでエビルエスタークに踊りかかる。
「ついに偽りの姿を止めたか!=v
 対するジャミラスの声は、どことなく嬉しそうだった。ムドーの全力を潰してこそ、世界の統一者となれるからだろう。エビルエスタークはムドーを避けることはせず、その場で迎え撃つ。
 両手の双剣で斬りつけようとしたが、それよりも速くムドーがエビルエスタークの両腕を掴みそれを封じた。
 ムドーの閉じた口から、ちろちろと炎が漏れる。
「ガァアアア!=v
 人間の姿であった時とは違う、低い声が轟くと共に、咥内に溜め込まれていた炎がエビルエスタークの顔面に放たれた。今度は吸い込まれるようなことはなく、魔法以外のものは吸い込めないらしい。
 しかし、灼熱の炎をまともに浴びたエビルエスタークは目立った損傷はない。
 炎は無駄と判断したのか、ムドーは頭を振りかぶり、そのまま押し出すように頭突く。それと同時に掴んでいた両手を離し、さすがのエビルエスタークもよろめき数歩下がった。
 その隙を、ムドーが見逃すはずが無い。
 素早く身体を反転。その遠心力もあってか、太い尾がエビルエスタークを打ち据えた。
「それが、どうした!=v
 強がりか、それとも本当に無意味であったのか、ジャミラスは怒気を孕んだ声と共に態勢を整える。
 ムドーはそれでも、捨て身にさえ見える体当たりで更に攻めた。
「死なんと解からぬか!=v
 巨大な質量がぶつかり、エビルエスタークもいくばくかの距離ほど吹き飛ばされたが、着地した瞬間、既に身体が変形していた。レーザー砲を放った時と同じ体型だ。
「ぬぅ?!=v
 これにはムドーの危機を感じたのか、横に跳んだ。
 直線状にしか放てないだろうと思っての行動だったが、甘かった。
「ムドー!!」
 エンが思わず叫ぶ。レーザー砲が放たれる直前、エビルエスタークが向きを変えたのである。そして放たれたその先に、跳んだムドーが着地してしまった。さらに躱そうと身体を捻ったが、右肩にレーザー砲が当たり、右腕が吹き飛んだ。
「ぐぅあぁあぁぁぁぁああぁぁ!?=v
 出血するようなことはなかった。傷口が瞬時に焼かれたからだろう。
 次にレーザー砲が放たれたら、避けることさえ難しい。しかしエビルエスタークはもとの形に戻り、双剣でムドーを斬りつけた。
「どうだ、この力! 世界を統べるには相応しいだろう!!=v
 あえて甚振っているのか、致命傷らしい致命傷は与えずに斬り続ける。ムドーは反撃に出ようと動かした所を斬りつけられ、反撃することさえ許されずにエビルエスタークの攻撃を受け続けた。

「どうにかならないのか!」
 見ているだけしかできなかったエンが、悔しそうに叫んだ。
「どうにかって言われても……」
 イサとしてもどうにかしたいのは山々だ。エンのビッグ・バンは吸い込まれるうえ、今は仮に不意をついてもムドーが巻き添えになってしまう。両者とも魔物とはいえ、ムドーを死なせたくは無かった。

「――なんだ、大きな玩具が動いているな」

 その一言が聞こえた時、空気全体が変わった。
 エンは全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、イサも一気に血の気が引いた。
 その声は穏やかでありながら、冷たかったのだ。そして、その声の主が誰であるかを知っている。
 声が聞こえてきたであろう場所を向いても、誰もいなかった。
「なぁぁあ!?=v
 不審に思ったが、ジャミラスの悲鳴ですぐに振り返る。
 見れば、つい先ほどまで在ったエビルエスタークの姿はなかった。
 代わりに、エビルエスタークの半身が二つ、そこに存在している。  半身はそれぞれ左右にゆっくりと倒れ、その過程で身体が石化しつつ、所々崩れ落ちていった。
「なにが……=v
 相対していたムドーも、何が起きたのか解からなかった。ただ、瞬時に何かが一閃しただけにしか見えなかったのだ。その後は、今の状態である。
「なにが、起きたかって? あいつが……一撃でエビルエスタークを斬り裂いたんだろ」
 エンとイサ、そしてしびおが見つめる先。
 レーザー砲や、灼熱の炎で焼け野原と化していた場所に、凛々しく立っている若者がいた。
 飄々とした表情で佇むのは、ロトル。かつての三界分戦を生きた、勇者ロトル=ディアティスである。



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