-21章-
魔炎、覚醒



 振り下ろされた剣を避けた先に、鉄棍棒が飛ぶ。それに直撃すればただでは済まないのは確かなので、それは火龍の斧で弾いた。重い衝撃が手を痺れさせるが、それでも攻撃を防げたのはよかった。お返しとばかりに距離を取る際に一撃を狙ってみるが、こちらの予想を上回る速さでそれは回避された。
「……やりにくいな」
 もう何度目になるか分からない攻防に、エンは息を切らせながら呟いた。相手は疲れを知らないように――実際に知らないのだろうが――、動きを全く鈍らせない。
 こちらが体勢を整える前に、キラーマジンガは勢いをつけて迫ってきた。
「少しくらいは休ませろよ!」
 次は剣が先か、鉄棍棒が先か。それを予見したところで相手を斃せるわけではないが、攻撃を避けるためにはその機微を見極めなければならない。それほどの速さで、キラーマジンガは攻撃を繰り出してくるのだ。
 剣が先だ――。キラーマジンガは必ず二回攻撃してくるが、それは片手が一回ずつであるという事を今までの戦闘で覚えた。
 予想通り、キラーマジンガは剣を上段から一閃させる。横に跳んでそれを躱し、次の鉄棍棒の追撃に備えた。横殴りに鉄棍棒が振るわれ、後ろに引くことで避けることに成功したのは、運が良かったと言える。
 ちょうど攻撃が終わった瞬間。狙うのはここしかないと、エンは火龍の斧を握る手に力を込める。
「『瞬連』のフレアード・スラッシュ!」
 ただの攻撃では避けられてしまうだろうが、これならばさすがにキラーマジンガは避けられまい。そう思っていたのだが、甘かったようだ。一瞬で連続的に攻撃を行ったFSは確かに全て命中した。
 命中はしたが――。
「損傷率0パーセント ピ 戦闘続行=v
 無機質な音声が、あまり聞きたくないことを教えてくれた。
 全て攻撃は当たったのだが、全くダメージを与えていないのだ。
「く、堅すぎだろ」
 いくらなんでも全く効いていないとは思わなかった。
 技を放った反動で、回避に専念していた先ほどとは違う態勢になっている。その上でキラーマジンガの猛攻を防ぎきれるかどうかは、あまり考えたくないことだ。
 だが唐突に、キラーマジンガの動きが静止した。
「なんだ……?」
 キラーマジンガが一時停止したことも不思議に思ったが、それ以外に妙な感覚が身体に纏わりついている。不明瞭ではあるのだが、確実に感じられる『何か』が、五感を刺激している。それは警戒か、それとも自身で気付かない恐怖か。
「異常魔力ヲ検知 ピ 該当登録データ ピピピ、ピ Null値――=v
 キラーマジンガが何を言っているのか分からなかったが、それでも一つだけ理解し、納得できる単語を聞き取る事ができた。
 異常な魔力がどこかで発生しているのだ。それも、唐突に。
 キラーマジンガの様子を見る限りでは、敵にとっても予想外のことなのだろう。
「検知地点 ガリウロ様 ノ 研究室 至急 救援 ニ 向カウ=v
「こいつ、オレの事は無視するつもりか」
 相手にとって、今の事態にとってエンの存在というのは眼中に無いのだろう。それほどの戦力差があり、今までエンが生きていられたのは、ただじわじわと追い詰めていただけなのだ。機械相手に遊ばれていた、というのが正しいかもしれない。
「時間 ガ 惜シイ オ前 消エロ=v
 がしゃん、と妙な音が聞こえたかと思うと、キラーマジンガの目のような光点がその質量を増した。キラキラと光るそれは、ある意味では見惚れてしまいそうだ。しかし、その光が何であるかを理解する前に、身体が勝手に危険を感知した。
 キラーマジンガから、光線が放たれる。その光線は一直線状に放たれたため、咄嗟にその場を離れていたエンに当たることはなく、そのまま壁にぶつかった。
「なんだよ……あれ」
 エンの代わりに光線が命中した壁を見て、固唾を呑んだ。頑丈そうな壁は、一瞬にしてどろりと溶けているのである。
機械(マシン)族の魔物特有の、レーザー砲だ。当たるだけで消滅するぞ=v
 心の奥底から聞こえてきたメイテオギルの助言に、光線の正体こそ知り得たものの、それと一緒に不安も駆り立てられた。
「(消滅するぞ……って、何か策は?)」
「避けろ=v
「(さっきまでと変わってないじゃないか!!)」
 文句を返しながら、エンは慌ててその場から横に大きく飛び移る。二度目のレーザー砲が、つい先ほどまで立っていた場所をなぞった。あのまま立っているだけだったら、鎧ごと身体が溶けていただろう。
 迂闊に近づけないのは最初からだが、遠距離から凶悪な攻撃が飛んで来るとなると、手段が限られてくる。それでも、何かこちらから仕掛けなければ、何も出来ないまま餌食になってしまうだろう。
「――我が声に従いし焔の精霊の子らよ 数多の飛礫となれ!」
 じっとしていては危険だと判断し、走りながら詠唱を終わらせた。
 エンの周囲に、ふっと小さな火球が幾つも現れる。
「行け! ――メラズ!!」
 ウミナリの村でクォートと戦った時には半ば無意識で使った魔法を、今度は各個たる意志を持って放つ。複数のメラが連続ではなく、同時にキラーマジンガに襲い掛かった。
「解析完了 『メラズ』 消費魔法力、低 複数ノ メラ ヲ 同時発射 局部的ダメージ ハ メラミ ヲ 上回ル。ピ 危険率 1パーセント未満=v
 キラーマジンガは動じることなく、その全てを受ける。
 そして、後に残ったのは無傷のキラーマジンガの姿である。
 焦げ痕一つすらついていない。
「所詮 メラ=v
 エンがやりにくいと言ったのは、このことである。こちらが何かを仕掛けても、瞬時に弱点を見つけ出し、対抗策を練ってくる。メラズは避ける必要は無い、とでも判断されたのだろう。
「また無傷か」
「やはり魔法反射装甲の身体のようだな=v
「(知ってるなら先に言えよ)」
 口ぶりからしてメイテオギルにはある程度の予測はできていたらしい。つまり、複数を同時に叩き込むといっても使っているのは低級呪文であるため、キラーマジンガには通用しないということだ。
 FSにしても、キラーマジンガのスピードに追いつくためには速さを追求したものを放つしかない。そうなると、代わりに威力が落ちてしまう。いくらFSが先頭語によってあらゆる効果を持つといっても、何かしらの反面を持っているのだから、相手を確実に粉砕できるほどの高威力を放つとなると命中率が悪くなる。
「イサがいればよかったんだけどなぁ」
 ぼやきながら、エンは再び立ち位置を変えた。ちょうど直前まで立っていた場所を、レーザー砲が突き抜ける。
 エンは実際に見たことはないが、イサの切り札とも言うべき技、『風死龍』は鉄化防御呪文(アストロン)の鉄壁すらも砕くという。それがあれば、いくらキラーマジンガといえども無事では済まないだろう。今さらながら、イサと別行動を取ってしまったことが悔やまれる。
「そろそろ、まずいな=v
「わかってる!」
 メイテオギルがあくまで淡々とした口調で言ってくれたおかげで、エンはまだ冷静でいられた。しかし彼の言うとおり、状況的に不利どころか、段々と追い詰められている。それというのも、レーザー砲の精密度が徐々に上がってきているのだ。
 あと数回ほど撃たれたら、躱しきれる自信はない。
「(こんなところで、負けられないのに)」
 一瞬だけ、脳裏に『彼』の姿が過ぎる。旅の扉の中で出会い、戦った――いや、あれは戦いですらなかった。一方的な敗北を刻み付けられた、勇者ロトルとの邂逅。何も出来ないまま屈した事実は、圧倒的な戦力差を見せ付けられたのだ。
 強くなるために、炎の精霊の力を得た。そのはずだ。確かに精霊の力を得る前と後では全く違う。だが、結果はどうだ。ウミナリ村ではリビングデッドに追い詰められ、勇者ロトルに敗北し、今はこうして成す術がなく死に近づいている。
 まだ足りない。力が――己の中に住まう精霊を使いこなすための力、そして自分自身の力が。
 こんな所で、負けるわけにはいかない。魔王ジャルートを斃すために力を得て、魔界に来たのだ。それなのに、まだ魔王に相対すらしていないのだ。
「……勝つ方法が、ないわけではない=v
 また放たれたレーザー砲を避けた後、メイテオギルの言葉でエンの目に希望が宿った。
「どうすればいい?」
 このままでは何も出来ずに死んでしまうことは必至である。ならば、どのような方法であれ試すしかない。だからこそエンは、どのような方法かを聞くより、何をすればいいかを問うた。手段がなんであれ、それに賭けるしかない、今は他にない。
「『龍具』の再召還を行え=v
「……一回消して、また出すのか?」
「違う。火龍の斧を持ったまま、もう一度召還を行うのだ=v
 通常の武具召還や武具変換は今まで当たり前のようにやってきた行為のはずだが、さすがに召還した後に再び召還を行うことなど、やった試しは無い。そもそもそのようなことが可能なのかどうかさえ怪しい。
「やってみるしかないか」
 それでも、エンは素直に従った。できるのか、できないのか、それよりも今はやってみることが優先すべきことだ。いつものように、自身の精神を光に変えて、求める武具を想像し、作り出す。
 半信半疑ながらも、変化が起きた。火龍の斧が、召還に応じて紅く輝き始めたのだ。紅い光は、美しい炎を思わせる。何がどうなっているかは分からないままだが、エンはその光を逃さないかのように、火龍の斧を――火龍の斧だったものを強く握り締めた。
「これは……」
 光の残滓が周囲に煌く。エンの手には、炎を模した両刃の斧である火龍の斧よりも、さらに雄々しくなったものが存在していた。火龍の斧であった頃に埋め込まれていた宝玉は輝きを増し、その質量自体も増したようだが軽さは火龍の斧とほぼ変わっていない。それどころか、持ち慣れたはずの火龍の斧よりも手に馴染む。
「今なら、いける!」
 それは直感だった。手にした新しい力に戸惑うより先に、キラーマジンガが更なる追撃を放つより先に、エンは行動を起こした。
「『瞬速』の――」
 斧を構える。同時に、キラーマジンガからレーザー砲が放たれる。
 レーザー砲がエンの身体に届くより先に、エンは目にも留まらぬ速さで動き、それを躱すと同時にキラーマジンガの懐に入り込んだ。火龍の斧のときよりも、『瞬速』の素早さは格段に上がっている。
「『瞬速』 スピード、高 威力、低。 危険率 4パーセント=v
 キラーマジンガが言い終わる頃には、エンは既に通り抜けていた。
「損傷率――=v
 ごとり、と鈍い音が響いた。それと同時に、キラーマジンガから発せられる言葉が途切れる。
 音の発生場所は、キラーマジンガの真下である。そしてその原因は、己の武器であるはずの剣と、鉄棍棒だ。腕の中間あたりからが、まるごと切断されている。
「ピ、ピピピピ=v
 キラーマジンガ自身が想定していた事とは全く異なる事態に、必死で解析しようとしているのだろうか。目の光を忙しく明滅させている。だが、それが終わるよりも早く、エンは次の行動に移していた。
「『連撃』の――」
 キラーマジンガが振り返りエンと向き合う形になるが、迎撃にレーザー砲を放つ間さえなかった。
「――フレアード・クラッシュ!」
 一瞬にして連続で斬撃を浴びせかける。一撃一撃がキラーマジンガの身体を砕き、火花を散らした。
「エネルギー回路ショート ダメージコントロール不能=v
 ガガガと何かが削れるような異音と共に、身体中からばちばちと火花が飛び散る。
 それを要領よく避け、エンは飛び退いた。なんとなく傍にいたら危険だと思ったのだが、どうやらその予想は当たっていたようだ。
 キラーマジンガが、その肉体を保つことが出来ずに爆発したのだ。

 離れていたため、爆発に巻き込まれることはなかったが、それでもその余波はすさまじく、軽く吹き飛ばされてしまった。まだ無事だった壁に激突し、その場に座り込む。
「……勝ったんだよ、な?」
 心の奥に在るメイテオギルに語りかけたつもりだが、返事は無かった。
 そのことを不思議に思いながらも、エンは自分の武器に視線を落とした。火龍の斧ではない、なにか。そこに秘められている力を、自然と扱えた。
 部屋の中央にキラーマジンガだったものであろう部品が散乱しているのを見ると、幻ではないことは容易に理解できる。安堵と共に、妙に身体が重く感じられた。脅威から解放された直後のためかと思ったが、それにしてはあまりの疲労感である。
 武具を精神に戻し、一度大きく深呼吸すると、そのまま眠りについてしまいそうだった。
「無事のようだな=v
「メイテオギル……」
 先ほどは返事をしなかったわりに、今度は彼のほうから語りかけてきた。そのことで、だいたいの予測はついた。それでも確証はないため、エンは壁に背を預けたまま呟くように聞いた。
「あれはなんだ?」
 『龍具』である火龍の斧とは比べ物にならないほどの力を持っていたもの。その凄まじさは、扱ったエン自身が驚いている。
「……炎龍神の斧。冒険者の武具召還は、もともと人の精神力を武器に具現化しているものだ=v
 それくらいのことは知っている。今のルビスフィアでは当たり前のことなのだ。エンの住んでいたヒアイ村もかつてはルビスフィアの一部だったのだが、遥かな時の流れでそれは衰退し、なくなってしまったのだろう。
「オレという精霊はお前の精神と同化しているとはいえ、武具召還の具現化とは異なる部分になる。だが、それをあえて武具召還に使うことで、お前の武器を進化させることが可能になる=v
 龍の力が秘められていると言われる『龍具』に、精霊の力を加えることで更なる力を得ることができる。それが、エンが使った力の正体である。
「そっか、そりゃあ強いわけだ。これなら、誰にも負ける気がしねぇ」
「だが、あまり使うなよ=v
「なんで?」
「強大な力は、確実にお前の身体を蝕む。今の疲労も、お前自身が思っている以上のはずだ=v
「そんなものなのか」
 確かに疲れてはいるが、だからと言ってこのままじっとしているわけにはいかない。早急にイサやしびおと合流しなければ敵の新手が来るかもしれないうえ、キラーマジンガの言っていたエビルエスタークが起動を開始する前に、魔法装置を破壊しなければならないのだ。
 なんとか立ち上がると、その瞬間、頭から一気に血の気が引くような感覚に襲われ、またその場に座り込んでしまってしまった。
「なん、だ?」
「だから言っただろう。もう少し休め=v
 今のままでは、まともに動くことすらできない。
 そのことを否応無く知らされたエンは、仕方なくメイテオギルに従った。
「炎龍神の斧、か……」
 エンは呟き、少しでも早く回復できるように目を閉じた。


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