-20章-
魔石、暴走



 ひゅん、と鋭く空気を裂くような音だけが聞こえた。
 手応えがまるでないことに、イサは舌打ちしつつ後ろに跳んで距離を取る。
「もう、なにこれ!」
 文句を言いつつ、もう一度、拳を繰り出した。飛竜の風爪は目標を確かに捕らえたが、触れた瞬間に敵の身体が霧散し、また空振りと同じになってしまった。
「いひひひ、どうかな。我が創りし殺霧魔物(デスミスト)の具合は=v
 デスミストと呼ばれた霧の魔物は、無言のままふよふよと漂う。積極的に攻めては来ないものの、じわじわと近寄ってきていることが嫌でも感じ取れた。
「そうね。苛々する、っていうのがまっ先に浮かぶ感想」
 いくら攻撃を繰り出しても手応えは無い。
「お前は物理的攻撃を主としているようだからな。それではデスミストを斃すことなど、できはしまい=v
 スカルスパイダーのガリウロは、いつの間にか移動して天井の隅に張り付いていた。大きさや見た目は非常識だが、そうしているとやはり蜘蛛であることが様になっている。
「じゃあ、魔法ならいいわけね」
 言って、イサは魔力を高めた。以前までなら使えなかった精霊魔法は、風の精霊の力を得たことで操ることができるようになっているのだ。
「舞え、疾風よ――バギマ=I」
 部屋の中で、急激に風が渦巻き、それは竜巻となってデスミストに襲いかかった。
 幸い相手は動きが鈍く、避けられるということはない。
 巨大な竜巻はデスミストを尽く食らい尽くしていった。
「どう?」
 バギマの竜巻が消える頃には、デスミストたちは消え去ったようだ。視覚的に見えていた霧は、どこにもない。
「残念だ=v
「私が魔法を使えないとでも思った? ホントに残念ね」
 イサは勝ち誇った笑みを浮かべたが、それをからかうようにガリウロは失笑した。
「そうではない。残念とは、お前に言ったのだよ=v
「え――」
 ゆっくりと、それは形を成していった。完全に吹き飛んだはずの霧が、少し、また少しと形状を取り戻して行っているのだ。やがて、デスミストたちは元の形に戻ってしまった。
「魔法が、通用しなかった?」
 ガリウロの言葉からすれば、物理的な攻撃ではなく魔法攻撃ならば効果があるはずだった。それとも、それを匂わすことだけ言っておいて、実際はそうではないのだろうか。
「いいや、効くとも。だが、お前の魔力では足りなかったようだ=v
「そんな」
 イサは魔法を使い始めて日が浅い。エンのようなビッグ・バンという強力な魔法を扱えるわけでもなければ、威力も高いほうではないと自覚はしている。それが、今の状況を作り出してしまっている。
「まあ、低い魔力でも炎の魔法であったら危なかったがね。お前は風……デスミストたちを風の魔法で斃すなら、我が魔力をも超える力ではないと無理だろう=v
 あえて弱点を晒すのは余裕の表れだろうか。しかしイサに炎を操る術はなく、それが得意であるエンは別行動となってしまっている。事実、イサにはどうすることもできないのだ。
「(ウィーザラーの力を使っているのに)」
 ルイナは水の精霊スベリアスの力を行使して、海一面を凍らせていた。それほど、四大精霊の力は強力なのだ。そのはずなのに、己が使っている風の精霊の力で相手を斃すことができない。
「……やっぱり無理ね=v
「(ウィーザラー?!)」
 心の奥から、当の風の精霊が語りかけてきた。
「あなたは魔法の経験が浅いし、私の力を使ってようやく魔法を行使できるの。元から魔法が得意な人があたしたち精霊の力を得たら、それは凄いことになるだろうけど……=v
 言葉は続かず、ウィーザラーは口淀んでしまったが、次に続く言葉は分かった。大きな数字に大きな数字を足すのと、ゼロに大きな数字を足すのでは全く違うのだ。イサは魔法が一切使えなかったため、こうした魔法に対する経験が圧倒的に足りていない。
「でも、他の方法なら、あなたでも充分に風を操れるでしょう=v
「他の……」
 イサの使う武闘神風流は、風の精霊を操って技と共に繰り出すものがほとんどである。魔法とは異なる方法で風の精霊を操っているが、根源は同じである。
「風死龍で、斃せる?」
 生成に時間はかかるが、武闘神風流の『攻』の奥義にして、一撃必殺の技だ。霧の相手であろうと、風の龍は全てを飲み込むだろう。
「わからない。けど、やってみる価値はある=v
 イサにとって、その助言だけで己を奮い立たせるのは充分だった。
 やってみなければ分からないのならば、やるだけだ。
「あたしの力を解放して――風磊を使って一気に攻めましょう=v
 だいぶ慣れたとはいえ、風死龍の生成には時間がかかる。その間をガリウロに攻められれば一巻の終わりであるが、風神石を装着した状態ならば、風死龍であろうと即座に放てる。
 風神石を使っても、身体への影響はさほどなくなっている。それはウミナリの村でクォートと戦った時に分かったことなので、今は風磊を使うことに対する躊躇いは薄い。
「行くよ、ウィーザラー!」
 風磊の一つ、風神石を取り出し、飛竜の風爪のくぼみにそれをはめる――ことは、できなかった。
「ほほぅ=v
 イサが風神石を取り出した、その瞬間、ガリウロの目つきが変わった。
 風神石を飛竜の風爪に装着する前に、ガリウロが口から粘着性の強い糸を勢いよく吐き出し、それは風神石に命中した。
「な――?!」
 驚いたのは一瞬で、その一瞬の間にガリウロは次の行動に移っていた。
「風神石が」
 吐き出した糸を巻き戻し、風神石はガリウロの目の前まで飛んでいってしまったのだ。
「返しなさいよ!」
 そう言って素直に返すとは思えなかったが、それでも訴えずにはいられない。
 ガリウロとしても、イサの言葉は耳にすら入っていないようだ。
「ふむ、これは興味深い=v
 風神石をあらゆる角度から見たり、遠く離したり近くで見たりと、外見の観察に熱心になり、イサのことなど無視しているではないか。
「(でも、今なら――)」
 風死龍の生成で最も恐れていたことは、ガリウロの妨害である。そのガリウロが風神石に夢中になっているのならば、多少時間がかかっても風の龍を無事に生成できるかもしれない。
 やるなら今だ。そう直感し、イサは闘気を高め、周囲の風を操った。
「我が子らよ。早々にこれの研究を開始するためにも、その小娘を早急に始末しろぉ=v
 風の龍が出来上がる前に、ガリウロがまるで明日の天気を語るかのような口調でデスミストらに命じた。ただの偶然か、それともそれなりの力を感じ取ったのか、口調からして前者である。
 命じられたデスミストたちは、動きこそ緩慢であれ、殺意が一気に膨れ上がった。
 ひゅお。
「――つっ!?」
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。妙な音が聞こえたかと思うと唐突に痛みが走り、見れば、腕から血が滴り落ちている。
「なに……?」
 ひゅお。
 また聞こえた。イサが空振りをした時とは違うが、これも空気を裂くかのような音だ。今度は、足から血が流れ出ている。痛覚は遅れてやってくるあたり、余計に混乱しかけた。
鎌鼬(かまいたち)よ! 気をつけて!!=v
 ウィーザラーの警告で、イサは慌ててその場を飛び退いた。どう気をつければいいのかは分からないが、その場に呆然と立っていてはただの的である。
「ダメ……間に合わない」
 鎌鼬が飛び交う中、風死龍を生成できるとは到底思えない。デスミストは複数おり、絶え間なく移動しているため、どこから鎌鼬が飛んでくるかなどの予測は立てるだけ無意味だ。そうなると、常に位置を変えて鎌鼬を避けるしか方法はなかった。
 しかしそれで全てを避けることが出来るのかといえば、それも無理な話である。デスミストたちとて多少の知能は持っているのだから、イサが移動する方向に鎌鼬を放ってくるだろう。
 やがて、避けきれずに鎌鼬が腹部にかする。直接、鎌鼬が身体に触れることはなかったようで、服の切れ端がはらりと落ちた。それだけでも、数センチ横にいたら一重に身体が切断されていたかもしれないと考えると、嫌な汗が全身から溢れ出す。
「風神石を――」
 逃げ回るだけではダメだ。ガリウロから風神石を取り戻し、デスミストを滅する必要がある。だが、ガリウロがへばりついている天井には距離があり、攻撃を当てることすら難しい。
 呪文で狙い落とすという方法は、まず無駄だろう。イサの魔力ではガリウロに到底及ばない。それはデスミストにバギマを放った時のガリウロの言葉で立証されている。例え命中したとしても、ガリウロにとってはそよ風程度のはずだ。
「……仕方ないわ。イサ、風魔石を使いなさい=v
 ウィーザラーの声は、いつもと違い、どこか重たかった。
「風魔石を?」
 かつてエシルリムで入手した風魔石。風神石と同じく、風磊の一つである。
 風神石が取られたことで錯乱していたのか、その存在をすっかり忘れていた。というよりも、思い出したくなかったのかもしれない。風神石を使っても安全であることは確認済みだが、風魔石はどうなるか未だに分からないのだ。できれば、使わずに済ませたかった。
 それに、ウィーザラー自身が、イサに風魔石を使わせることを躊躇っていたようだったのだ。
「ねぇイサ。あたしの力を得たこと、後悔しない?=v
 していないか、ではなく、しないか、という質問に、イサは何か引っ掛かるところがあったが、今はそれどころではないし、答えは決まっている。
「しないよ。するわけ、ないじゃない」
 ウィーザラーは何か隠している。そう思ったが、イサは何も言わずに風魔石を取り出した。今度は、風神石に夢中になっているのかガリウロがそれを奪うというようなことはなかった。
「後悔なんてしない。今も、これからも!」
 何が起きても、それは変わらない。そう誓った。誓った、はずだったのだ――。

 風魔石と風神石は同じ形をしている。もちろん、飛竜の風爪にはすんなりと装着できた。
 風磊は飛竜の風爪と同調し、装備者にその力を与える。それが、どのような力であっても。
「な、なに……?!」
 急に、イサの身体が震え出した。
 それは、決して恐怖によるものでも、寒さによるものでもない。
 有り余る力を抑え切れていないのだ。
 今の自分ならば、何者にも打ち勝つことができる。そんな自信がついた。
 かつて過去のウィードで、王家が持つ『言霊』という士気を鼓舞する恩恵を受けたことがあるが、それに似ているというよりも、それ以上だ。
「凄い。凄いよ!」
 イサは思わず笑みを浮かべた。気分は清々しく、爽快感に包まれている。
 動くもの一つ一つを捕らえることすらできる。それこそ、デスミストの霧の一欠けら全てを見分けられるほどだ。風の精霊力も、自在に操ることが可能だ。
「さぁ、風の精霊たちよ、舞い踊りなさい――バギクロス=I」
 腕を交錯させると、その軌道から激しい風が渦巻き、それは二対の竜巻となってデスミストたちを襲った。
 先ほどと同じく、デスミストたちは霧散し、状況は全く同じ状態になった。
 だが、先ほどと明確な違いがある。
 デスミストたちの自動修復が、先ほどと比べて格段に遅いのだ。一部のデスミストは、修復の途中で耐え切れず消滅している者すらいる。
 確実に効いている。斃すことは可能だ。
「一気に終わらせてあげる!」
 イサは笑みを絶やさず、その笑顔は勇ましいというよりも、どこか狂喜じみていた。
 両腕を掲げ、風を操る。二対の風の龍が現れ、両腕を合わせるとその龍は一つの巨竜となった。
「行け! 『深極・風死龍』」

 ――ォォォォォオオン!

 龍の咆哮は、まるで谷底から響くような、壮麗とは遠く、禍々しいといったほうが正しい。
 真極とも、神極とも違った。その風の龍は、深い闇色の風である。そしてその威力は、バギクロスを逃れていたデスミストも、自動修復が完了したばかりのデスミストも、その途中のデスミストも、全てを飲み込んだ。
「なん、だと……?=v
 残ったのは、呆然としているガリウロただ一体のみである。
 イサの変異に気付き、それが何であるかを理解する前に、デスミストたちが全滅させられた。そのため、ガリウロは現状を理解しようと必死になった。
 何が起きたのか。人間の小娘は、成す術もなくデスミストたちによって死ぬしかなかったはずだ。それが、逆になっている。デスミストたちは消滅し、人間は誇らしげに笑いながら、こちらを睨んでいるではないか。
 しかも、先ほどまでと明らかに様子が違う。微かにしか感じなかった魔力は、圧倒的に膨れ上がり、違いすぎて魔力の発生源が同一人物であることに気付かなかったのだ。
「それか。それのせいか=v
 ようやくガリウロは、イサの飛竜の風爪に装着された風魔石の存在を知った。
「正解。でも、もう遅いよ」
 にこやかに言いながら、イサは腕を振るった。その動作がなんであるかガリウロは分からなかっただろうが、急激に重力により身体が落下して初めて理解した。イサはデスミストたちも使っていた鎌鼬を放ち、ガリウロを天井から切り離したのだ。
「いひひ。そうか、ならば我が直接相手をしようではないか。そうだ、最初からそうすればよかったのだ=v
 もともとデスミストたちを戦わせたのは、戦力実験だったのだ。それが敗れた以上、自ら戦えば済むことだ。そしてガリウロとデスミストとでは、戦力差は大きい。当然、創り主のほうが強いのである。
「いひ……ひ? 小娘はどこだ?=v
 だが、標的がいなかった。すぐそこに立っていたはずなのに、その姿は見当たらない。
「遅いよ」
 声は、ガリウロの耳元で囁かれた。
「なっ!?=v
 いつの間にか、ガリウロの真横にイサはいたのだ。その唐突さに、ガリウロは飛び退こうとしたが、がくりと体勢を崩した。そのため、その場に倒れこむ形になってしまった。
「が、あ?!=v
 どうしたというのだろう。敵が真横にいるというのに、このような無防備を晒すことなどあってはならない。そのはずなのに、考えと反対に身体が思うように動かない。
「これ、なーんだ」
 その様子を少し見ていたイサは、手に持っていたものをガリウロに見せ付けた。
 ガリウロは、それが何なのか、すぐにはわからなかった。骨のようだが、随分と汚れている。そしてその色は、黒ずんではいるが、己の身体と同じものではないだろうかと思い至り、ようやくそれが何かを理解した。
「う、ぁ、が、あ、あああ!?=v
「そんなに大きな身体じゃ、根元なんて見えないでしょ。ちゃんと手入れしたほうがいいよ」
 イサが持っているもの。それは、ガリウロの足であった。その付け根の部分をガリウロに見せていたのだ。
 足が失われている。体勢を崩すのも当たり前だ。身体を支える足が、ないのだから。
 一本程度ならどうにかなる。だが、これほど不安定になるということは少なくとも二本以上は千切り取られているのだろう。
「ひ、ぎゃ、ひぃぃぃ?!=v
 ガリウロの悲鳴に、イサは首を傾げた。
「あなたって骨だけど、痛覚ってあるの?」
 がくり、とガリウロの体勢がまた崩れた。足の一本を、また強引に千切り取られたのだ。
「があ、あぁぁあああ!?=v
 悲鳴ばかり上げるガリウロに対して、イサは嫌な顔一つせず、むしろ満足げであった。
「いいわぁ。あなたの苦痛の声は、どんな名曲よりも勝り、あなたの苦悶の顔はどんな名画より私の心を満たす。もっと、もっと良い声で鳴いて見せてよ」
 骸骨であっても、微かに表情に変化が見て取れた。先ほどまで余裕だった者とは、とても同一とは思えないほど、ガリウロの顔は醜く歪んでいた。そうしているのは、己が他人に与えるはずの感情である。彼は初めて、恐怖というものを感じていた。
「ねぇ、ここで魔法を放ったら、どうなるかな」
 そう言って、イサは自分の腕をガリウロの口の中に押しやった。
 そのまま噛み千切られるかもしれないという警戒などなく、ガリウロとてできることならそうでもして形成を逆転したかった。だが、それができない。圧倒的な恐怖の重みが、判断から行動まで、全てを鈍らせているのだ。
「や、やめ――。石なら、返す!=v
 イサがその気になれば、ガリウロは身体の中から魔法攻撃を受けることになる。しかも、己の魔力では対抗できないほどの力だ。勝ち目が無い事は既に実感してしまっている。
「もちろん返してもらうわ。あなたが物言わぬ屍になった後にね」
 にやり、とイサは笑みを浮かべた。それを見たガリウロは、人間とは恐ろしい笑いをするのだということを、新たな知識として得た。それを最後に、自分は死ぬのだと直感し、全てを諦めた。一旦諦めてしまえば、それほど恐ろしいことはない。感じていた恐怖は、なくなっていた。
「イサさん。もうお止めなさい、勝負はとっくに決していますよ」
 ぴたり、と二人の間だけ時間が止まったようだった。ガリウロはまだ自分が死んでいないことに気付き、しかし代わりに今から死んでもおかしくはない恐怖が再来した。
「……しびお?」
 良い所を邪魔されたことにむくれて、イサは仏頂面で彼を睨んだ。
「どうしたのですか。あなたは、そんな人ではないはずでしょう」
 しびおの言葉に、高揚していた気分が沈んでいった。やがてイサの顔から不機嫌さが消え、それと同時にイサを包んでいた魔力も薄れて行く。残ったのは気だるさで、押し込んだままだったガリウロの口から、ずるりと拳を引き出す。その後すぐに風魔石を取り外したのは、このまま装着していては危ないと直感的に悟ったからだ。
「が、あ=v
 ガリウロは残った足で、無様な格好になりながらもその場を引き退いた。どれだけイサの近くに居たくないかが、その様子から窺い知れた。
「私……どうなったの……?」
 自分は何をしていたのだろうか。
 風神石を初めて使った時のように、自分のやっていたことの記憶は、視覚的には焼き付いている。風神石の時は、聴覚的なことはおぼろげであったが、今回はそれもしっかりと覚えていた。
 覚えているからこそ、イサは混乱した。
 相手を痛めつけ、甚振ることを最高の喜びとしていた自分。
「ウィーザラー……今の、何?!」
 イサは震えながら、己の中に在る精霊に問いかけた。
「あれも、あたしの一部。風魔石に封じられていた、あたしの力……=v
「そんなのわかってるよ! 私は、私は……!」
 今にも泣きそうだった。残虐的なことを好んだ自分が存在していた事実が、しっかりと記憶されている。
「……どうして四大精霊の中で、あたしの力だけが風磊に封じられていると思う?=v
 心の中から響くウィーザラーの声は、どこか自信なさげだった。
「どうしてって……」
「あたしは四大精霊の中で、最も自由な存在。善にも、悪にも偏るの。その拮抗を保つために、風磊にそれぞれの力が封じられた……=v
 風神石には神聖の風が。風魔石には深闇の風が。そしてイサが使用したのは、風魔石である。闇に支配され、悪意の風の力で、性格にも影響が現れたのだという。
「そんな……」
 イサは、ふとガリウロを見た。
 彼はその視線に気付くと短い悲鳴を上げた。イサを、恐れているのだ。
 恐怖の象徴たる魔物すら脅えさせる。それが、イサが風魔石を使って成し得た事だ。
 見ていて虚しかった。勝利するためとはいえ、このような形で勝っても、とても喜ぶことなどできはしない。
 いつの間にか足元に転がっていた風神石をイサは拾い上げ、二つの風磊を仕舞い込む。
「こんなことって……」
 ウィーザラーが、何故『後悔しないか』と問いかけた理由が分かった。風魔石を使うことを、躊躇う理由も。
 後悔などするはずがないと誓ったはずであったのに、今、イサは揺らいでいた。
 何が起きても、後悔しない。そう誓った。誓った、はずだったのだ――。


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