-18章-
魔頼、成立



 ルーラで転移した場所は、先ほどまでいた森を見下ろせる丘の上だ。
 夜の帳に包まれた森は、どこか不気味さを醸し出していた。
 どんよりと暗い影に覆われているにしろ、森育ちのエンでさえ気の抜けない状態でいる。
 それは、今いる場所がただの森ではないからだ。微かだが確実に感じるもの――魔物特有の瘴気が、エンたちの感覚を刺激しているのだ。
「ここだ=v
 スターキメラに案内された場所は、高貴な貴族が住んでいそうな館である。まるで人間の建築物ようだが、もしかしたら三界分戦以前にこの辺りには人間が住んでいたのかもしれない。
 重々しく開いた扉の中は、美麗な装飾で彩られていた。外見通りの中身というべきか、ここがどこかの貴族の館だと言われたら信じてしまうだろう。
 左右対称に設計された階段を登り、最上階であろう場所に出た。
 途中、他の魔物の姿を見かけることは無く、気配すら感じることはなかった。
 エンたちはもちろん、自らの足でここまできた。それに対してスターキメラはずっと羽ばたいていているので、静寂気味なこの館に似つかわしくないのはむしろスターキメラのほうであった。
「入れ=v
「入れって……」
 スターキメラが指したのは、やはり何の変哲も無い扉である。ここが魔物を仕切っている魔族の居城なのかと疑ってしまう。それはイサも同じで、しかしその隣にいるしびおは相変わらず笑みを保っているためよくわからない。
「(入ったら人間が迎えてくれたりしてな)」
 そんなわけないだろうと自分に冗談を投げかけ、気を引き締めて扉を開けた。
「――ようこそ、人間諸君。余がムドーである」
「……は?」
 部屋の主が挨拶のタイミングを間違えたというわけではない。エンたちと目があったことを確認してのことだ。それでもエンが間の抜けた声を出したのは、部屋の主が人間だったからである。
 部屋の中央に置かれた真っ白なテーブルクロスには葡萄酒が置かれ、それがいつでも手に取れる位置に座っている『彼』は、エメラルドグリーンの瞳に、腰まで伸びているのではないかと思われるストレートの金髪、服装も色を除けば聖職者風情で、とても魔物を束ねている者には見えないのだ。
「に、人間?!」
 改めて相手の姿を見て、エンは声をあげる。だが、相手は怪訝そうな顔をした後、自身の姿を見下ろして納得したように頷いた。
「ああ、この姿のことなら念のためと言っておこう。これから話をする相手に合わせたつもりだ」
「合わせた……って?」
「……変身呪文(モシャス)
 未だ理解できていなかったエンの横で、相手の言わんとしていることに気付いたイサが呟いた。
「その通りだ。人間と話をするには人間の姿が良いと思ってな」
「本当の姿を隠したままってのも、どうかと思うけどな」
 皮肉のつもりで言ったのだが、相手は特に気にした様子は見せなかった。
「元の人間にとって禍々しい身体に戻ると、君たちが警戒してしまい話にならないだろう。事実、今の瘴気を極力抑えているにも関わらず、君たちの闘争心は昂ぶっている」
 どこまでも落ち着き払った彼は、本当に魔物であるのか疑ってしまうほどだ。彼の言う通り、エンとイサはいつでも戦いに移せる状態にあった。向こうはただの話し合いを望んでいるらしく、確かに今の姿で相手をされるほうが余計な感情は湧いてこないだろう。
「ともかく掛けたまえ。立ったままというのも疲れるだろう」
 彼と対面する位置に、二つの椅子が置かれており、まるで貴族の館に招待されたような錯覚に陥ってしまう。ここが魔物を束ねている者の居城であるという事実を除けば、その錯覚は現実となってしまうだろう。
「ワインはいかがかな?」
「オレは遠慮しておく」
「私も」
 エンが悔しそうに、イサは真顔で答えた。イサはあくまでここは魔物の住処であることを念頭に置いているための警戒によるものだが、エンはどちらかというと酔い潰れ易い体質を自覚してのことである。話とやらがなければ喜んで頂いていただろう。
「では私は頂きましょう」
 と言ったのはしびおである。警戒する必要なし、と判断したのか至って冷静だ。
 そのしびおの様子を彼は微笑ましく見た後、真剣な表情でエンたちを見た。
「さて、話というのは至って簡単だ」
 見方によってはかなり追い込まれたようにも見える彼の表情のために、エンたちもそれに釣られて顔つきが厳しくなった。
 そして一層それが険しくなったのは、言葉の続きのためである。
 彼は、
「どうか、我々の力になって欲しい」
 と言って頭を下げたのである。

 その言葉の意味を理解し、浸透させるまでに、どれだけの沈黙が続いただろうか。
 何か言わなければならないのだが、何を言って良いのか分からず、重苦しい空気だけが残った。
「どういうことだ?」
 ようやく切り出したエンは、まだ動揺しているのか妙な声音だった。
「ふむ、どこから語ったものか……まずはこの魔界の成り立ちからか」
「空間世界が複数あるってやつか?」
 ネカルクに聞いた話を思い出し、何気なしに言ってみただけだがどうやら向こうは納得したようだ。
「そこまで知っているのならば話は早い。――君たち人間に『国』という概念があるように、我々にも領域というものがある。空間世界の一つの支配領域……置き換えるとするならば、この世界そのものが余の国ということだ」
「スケールのでっかい国だなぁ……」
 置き換えられるまでよく理解していなかったエンが、呆れたように言った。
「その国に、部外者が現れたのだ」
 途端に、彼の目つきが鋭くなった。ここにはいない者を睨んでいるのだろうが、端から見るとその鋭さには畏怖するほどだ。
「部外者って……別の空間世界の住人ってこと?」
 イサの言葉に、彼が頷く。
「今までこの魔界が『分離』や『増殖』をすることがあっても、決して『結合』はしなかった……」
 それが今回、別の空間世界と重なり合い、新たな世界が広がった。ただ単純に広がったというよりも、水に水を足したようにごちゃ混ぜになっているらしい。
「結合する前の世界を支配していた魔族が、我々を滅ぼし、この世界を支配しようと目論んでいるのだ」
 やり方や思想の違う支配者が二人もいれば、当然の如く道が違う。どちらかが消え、どちらかが生き残らなければならない。
「国取り合戦に付き合えってことか?」
 話を要約するとそういうことになるだろう。相手は未知なる力を持っていると言っても良いのだから、戦力は何であれ欲しいはずだ。
「そう取って貰っても構わない。そろそろ返答を聞かせてもらおうか」
「随分と急いでるようだけど、オレたちでいいのか? あんたとは初対面なんだぜ」
 こんな所にいる人間ならばそれ相応の実力があると思われているのか、それとも人間が必要なのかはわからないが、彼らにとってもエンたちは未知数の相手のはずだ。そこまで入れ込む必要があるのだろうか。
 ムドーは少し考え込んだ後、ぱちんと指を鳴らした。
「……?」
 エンたちと彼の間の空間が、ぐにゃりと変化し、様々な色に変化していく。それはやがて明確な映像へと変わっていった。
「これは……」
「君たちの実力は、察しているつもりだ」
 流れている映像は、この世界に着いたときに居た森である。
 視点は、エンたちを襲ったヘルホーネットだろう。三人を追いかけている途中で、イサが振り向きざまに放った風連空爆が仲間の一匹を吹き飛ばした。
「ただの人間であれば、すぐに追いつかれて餌になっていただろう。だが君たちは逃げ切り、それどころか果敢にも反撃に出た。結果はともかく、それなりの力を持っているのだろう」
 言い逃れは出来そうにない。そう思ったのかエンは肩をすくめた。
「だけど、オレたちは国争いの道具になるためにここに来たんじゃない」
 復活のオーブを探すために通っていた旅の扉から、強制的に投げ出された形でこの空間世界に辿り着いたのだ。ルイナとラグドを探さねばならないので、今は時間が惜しい。
「……復活の宝珠を、探しているのだろう」
 ムドーが薄く笑い、組んだ両手に顎を乗せた。
「何で知っている?」
 彼には話した覚えはない。先ほどの映像だけではそれは分からないはずだ。
「あのホビットに語ったことは筒抜けに伝わっているのだよ」
 確かに、ダガカには宝珠のことを話したし聞きもした。まさかここまで細かく調べられているとは思わなかったが。
「報酬は復活の宝珠の在り処、ということでどうかな?」
「オーブの場所を知っているのか?!」
 この空間世界はオーブに導かれて来た場所というわけではない。そのため、復活の宝珠の一つがあるとは思っていなかったのだ。しかしムドーの言葉からは、この空間世界にオーブがあるらしい。
「成功すれば自ずと答えは出る」
「なんか遠回しな言い方だな……」
「でもエン……オーブが見つかるなら」
 オーブ同士は引き合うようなので、オーブを探していればブルーオーブを所持しているルイナとは合流できる可能性がある。ラグドがルイナと一緒に居るかどうかまでは分からないが、ラグドもオーブを探していることだろう。
「わかってるさ。いいぜ、あんたらの力になってやる」
「協力に感謝する」
 そう言ってムドーは席を離れ、ゆったりとした足取りでエンたちの前に立った。そして、手を差し伸べる。
 それがどういう意味なのか分からなかったため、妙な間が空いてしまった。
「なんだ?」
「人間たちはこのような時、こうするのではないのか?」
 ただ単に、相手は握手を求めていたようだ。あくまでも相手は人間の姿をした魔物、という概念があったため、そのような行動に出るとは思っていなかった。気後れしながらも、エンはその手を取り、硬い握手を交わす。
 続いてイサとも握手し、しびおとは触手の一本で握手――なのかはどうかはよくわからないが――を交わした。
「んで、実際に何をすりゃあ良いんだ?」
 ムドーが元の席に戻ったのを見て、これからのことを聞く。力になって欲しいと言われても、具体的に何をすればいいのかという話は全く聞いていないのだ。
 彼は再び指をぱちんと鳴らした。
 先ほどの、ヘルホーネットの視点の映像が流れていた空間に、別の映像が映る。
 森の中ではなく、荒野のようだ。殺風景な映像の中に、一つ異物が映る。明らかに不自然な建物があるのだ。そこまで大きくはない黒い円錐形の建物は、妙に目立っている。
「我々に敵対する勢力の居城だ」
「居城……? えらく小さくないか」
 大きさだけならダガカの小屋より小さい。いや、普通の民家よりも小さいのではないだろうか。
「地面に埋まっているのだよ。地底城というべきか……。その先端が地表に出ているのだ」
 ということは、実際はもっと大きいのだろう。さすがは別世界の統治者というべきか。
「ここに侵入し、魔法装置を止めてほしい。可能ならば、首脳を斃してくれればいいのだが、それは余の役目だ」
「魔法装置って……どんな?」
 一言に魔法装置と言っても、あらゆるものが存在する。ルビスフィアでも何度か見かけたことはあるが、それも多種多様である。
「部下の情報によると古代兵器の開発を行うものらしい」
「『らしい』って……」
 曖昧な情報ではあるが、間違いは無いらしい。古代兵器というのは、それ一つで戦況を左右するのだろう。
「出発は明日でいいか。夜中に叩き起こされて、まだ眠いんだ」
「構わぬよ。明日、行動に移してくれ」
 そこで会談は終わり、ということになり、エンたちは部屋を出た。
 部屋の外でずっと待機していたスターキメラに、寝室へと案内された。やはりもともとは人間の住まいだったのか、部屋や通路の大きさは人間のそれと変わらない。
「あぁそういや、聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?=v
 部屋の扉を閉じようとした途端、おもむろにエンが切り出した。スターキメラはもう去ろうとしていた所を呼び止められたので、妙な体制になっている。
「なんだか、お前らは悪い魔物って気がしないんだ。だけど、ホビットの集落との契約ってどういうことなんだ?」
 ダガカが一人、ムドーのもとで働く代わりに集落を襲わないという契約。ムドーの部下たちが集落を襲っていたために仕方なく交わした約束だと聞いたが、無意味に集落を襲わせるような者には感じなかった。
 それに加え、スターキメラも心からダガカの心配をしていたようにも感じた。
「……私やムドー様のように他種族の言葉を理解する者は、そう多くない。お前達を襲ったヘルホーネットのような者達を納得させるためだ=v
 知性のない魔物たちは、本能のままに行動する。魔物にある本能――他種族に対する殺戮衝動は、そう簡単に抑えられるものではない。それを抑えるための儀式のようなものだ、とスターキメラは語った。
「じゃあ、ずっとダガカはあそこで独りになってしまうのか……」
「エン?」
 何かを急に考え込んだため、イサが彼の名を呼んだ。だが、その顔つきを見た途端、イサもエンが今から言わんとしていることが何となくだが分かった気がした。
「(成功報酬にダガカを解放しろって言うんじゃ……)」
「報酬にダガカを解放するようムドーに伝えてくれ」
 思ったことが一致するというのも、何だか気持ちが良いような、呆れてしまうような、複雑な気分だ。
「(その上でホビットの集落も襲うな……かな?)」
「そんでもって、それでもホビットの集落は変わらず襲うなってこともだ」
 エンの言い出しそうなことが分かってしまうのは、それなりに時間を共に過ごしたためだろうか、それとも彼が単純だからだろうか。恐らくは後者だろう。
「……伝えておこう=v
 スターキメラはそれだけを言って、去っていった。
「さて、オレたちも寝るか」
 と言って、エンは寝台に直行。ごろりと横になると、すぐに規則的な寝息を立て始めた。
「私が女として認めれてないような気がするのは何故かしら……」
 同じ部屋でも別に構わないのだが、何かしらエンが気を遣ってもいいのではないだろうか。男性二人(しびおの性別はオスらしいし)の寝ている場所で女性が一人。何かされる可能性は無いようだが、それはそれで何故だか悔しい気がした。
 しびおもエンと同じく、早々に寝息を立てている。その寝顔や眠り方など、どこからどこまでホイミンにそっくりである。言葉の丁寧さはしびおの方に品があるが、黙っていれば色以外は全て同じに見えてしまう。
「あ〜あ、ホイミンはどうしてるのかなぁ」
 と呟いて、イサも横になる。もともと夜中に連れ出されてここまで来たため、眠気があっさりと支配した。ホイミンやラグドやルイナに対する心配も、この睡魔には負けるようで、イサもすぐに深い眠りについたのだった。


「ぶぇーっくしょい!!!」
 盛大にくしゃみを放ったのは、長い銀髪の男である。その顔は端麗で、どこぞの貴族を思わせる。
「埃臭かぁ場所やねぇ。ほっ散らかしたまんまやし、趣味は悪いし」
 彼がいる場所は、人間界(ルビスフィア)の、ある洞窟の中であった。
 じめじめとしたこの洞窟は、そこ立っているだけで怖気が走るほどだ。潔癖症のものがいたなら、ほんの数秒で失神するかもしれない。
「口より手を動かせ」
「へぇ〜い」
 銀髪の男――ホイミンに厳しい言葉を送ったのは、こちらは長い赤髪を無造作に縛った男である。体つきがよく、武闘家を思わせるが、事実に彼は武闘の達人である。
「ばってん、ここにもなかったらどげんしましょうかねぇ」
 言われたとおり手を動かしながらホイミンが冗談交じりに言った。
「次を探すだけだ」
 相手は冗談に乗るつもりは無いのか無愛想に返し、そこで会話が終了。似たような会話が今までに幾度かあったとはいえ、必要以上に話したことはない。ホイミンと彼では面識が薄いためか、それとも相性が悪いのか。
 ともかく、会話で賑わったことなどない。
「あ、一つ謝っとってもよか?」
 ホイミンが手当たり次第に『探し物』をしている途中に、引きつった笑顔で彼に聞いた。
「……またか」
 向こうもいい加減に慣れて来たらしい。
 ホイミンが何かの装置を触ったのだが、どうやら罠が作動するためのものらしく、妙な異音が辺りに響いた。
 その異音を聞いて、続々と魔物たちが集まってくる。
 二人が回っている、ある拠点では似たような――というか同じ罠が仕掛けてあり、毎回ホイミンが引っ掛かっている。だから彼は、またかと言ったのである。そしてそう言われる程にまで拠点を回っているため、そろそろ見つかって欲しいと願いつつ、二人は戦闘体制を取った。
「行くぞ」
「うぃっす!」
 会話が盛り上がらないのはいつものことだが、戦いで熱くなるのもいつものことであった。


 その建物は、周囲の色とまるで違うためか浮いているように見えた。
「実際に見てみると、映像で見るより不自然だなぁ」
 エンは遠くからそれを眺めがならぼやいた。
 朝早くから指示通りの道を進んでいたら、昨夜ムドーに見せられた景色と同じ場所に出て、無事に目的地に着いたのだ。映像では荒野と思っていたが、草木の無い崖に囲まれており、エンたちはその建物を見下ろす形で立っていた。
「魔物がいる。それなりに多そうだけど……どうしようか」
 建物の周囲に、警備でもしているのか複数の魔物が飛び回っていた。ムドーの部下ではなさそうなので、恐らくは敵の魔物だろう。魔物同士の戦いだと、どちらが味方なのかが分かりにくいという不満を抱きつつ、イサはざっと魔物を数えた。正確ではないにしろ、十数匹はいるだろう。
「あそこを守ってるってことは、あそこが入り口なんだろ」
確かに無意味に魔物を配置するわけがないだろう。
「私が聞いてきましょうか?」
 しびおが数多くある触手の一本で挙手をして言った。
「大丈夫なのか?」
 ムドーの部下でないにしろ、敵の仲間というわけでもない。いくら同じ魔物とはいえ、今は魔物同士が戦っている状況だ。何かしらの問題はあるのではないだろうか。
「私はどこにも属していませんから、言わば中立的立場なのです。ちょっとフレンドリーに話せば向こうも分かってくれます」
 と自信満々に言って、しびおは崖を下り始めた。
崖とはいえ、人が通れるくらいの道もあれば、ちょうど良い隠れ場所もあるので、エンとイサはこっそり付いて行くことにして、しびおを見送る。
「……大丈夫かな?」
 崖を下りる途中、イサが不安気に呟いた。
 その不安を否定してほしいという思いが、なかったわけではないだろうが、エンはあえて別の言葉を選んだ。
「あんまり信用してないんだな」
「そんなこと……」
 とは言っても、しびおに関してはないとは言い切れない。見た目がホイミンに似ているからということもあるが、もちろんそれだけではない。
「ラグドに聞いたぜ。お前の母親、魔物に殺されたらしいな」
 その言葉で、イサは大声をあげそうになるほどはっとした。
 ウミナリ村を発った晩に二人で話し合っていたことは知っていたが、内容までは聞いていなかった。まさかそんなことまでラグドが話しているとは思ってもいなかったのである。
「まあ、そんなことがあったんじゃ魔物を信用できないかもしれないけどさ」
「そんなのじゃないよ」
 エンがまだ言いかけている途中で、イサが遮った。
 これにはエンも驚いて、言葉に詰まって二,三回ほど目を瞬かせる。
「別に……魔物だからってだけで疑っているわけじゃない」
 憎しみが無いわけではない。だが、魔物だからという理由だけで恨むつもりはないのだ。風雨凛翔のメンバーには、ホイミンやキラパンという魔物も居た。後から聞いた話によると元は人間だったらしいが、それを知るまではずっと魔物と思っていたので変わりない。
「ただ……」
「っと、お喋りはここまでみたいだな」
 言われて気付く。いつの間にか崖を下りきっていたのだ。
 しびおは既に話し始めているようだが、良い状況とは言いきれないらしい。明らかに相手の魔物が殺気立っている上に、警戒もしている。
 やがて、しびおはこちらが後をついて来ていたことを知っていたらしく、くりると二人のほうを向き、触手を二本掲げてそれを交差させる。
「……何の合図だと思う?」
 明らかにわかっているのだが、エンはあえて聞いた。
「私にはバツ印に見える」
「奇遇だな。オレもだ」
 途端に、魔物が奇声をあげた。その声に反応し、辺りを飛び回っていた魔物たちが反応する。
「仕方ない。正面突破だ!」
「最初からそうしたほうがよかったんじゃない」
 エンが火龍の斧を召還しながら言ったのに対し、イサは戦闘態勢を取りながら言った。


 ――そこは、淡い照明に照らされた部屋だった。
 その部屋の主は、目の前に映る映像を見て薄く笑った。
「これはこれは=v
 その映像は、地表の映像が流れている。
人間二人が、屈強な魔物相手に互角に――いや、圧倒的な強さで戦い、次々に倒していた。
「ムドーめ。ついに攻め入ってきたか=v
 だが違う。これはムドーの部下ではないはずだ。それ以前に、この空間世界に人間はいないはずである。既に絶滅していたと思っていたが、どこかに潜んで暮らしていたのだろうか、それとも……ともかく疑問は尽きない。
「まあいいだろう。敬意を表して、もてなしてやろうではないか=v
 そう言うと、部屋の主は目の前にあるボタンを一つ押した。
 うぅん、という低い音が唸ったことを確認して、視線を映像に戻す。
 映像は実時間で流れているが、既に人間の姿は消えていた。
 それを見て、主はにやりと笑みを浮かべた。その笑みは、人間にはできない邪笑であった――。


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