-0章-
-夢-
その空間では、強大な厄災を撒き散らすために蠢く闇が存在していた。
存在するだけで威圧し、動くたびに恐怖を与える。発する声で頭がどうにかなりそうになり、襲われると逃げ出すどころか失神してしまいそうなほど、恐慌たる闇だ。
だが、それが人々の世に出るのを防ぐために立ち向かう者たちがいた。
最初に炎を纏った精悍な男が、輝く巨大な斧を持って豪快に闇へとそれを打ち込んだ。
若者が纏った炎と相まって、その一撃は何者をも粉砕する一撃であった。これにより闇は揺れ動き、しかしそれでも尚、衰える事はない。
それどころか闇は質量を増し、ますます凶悪に変貌していく。
闇から、さらなる闇が放出され、立ち向かう者たちへと降り注いだ。それは死の宣告。闇の呪縛という、少しでも侵入を許すことの出来ない悪夢。
その闇が降り注ごうとしているにも関わらず、炎を纏った若者も含めて脅えた様子は誰一人としてない。
それもそうだろう、順調に行けばその闇は立ち向かう者たちへ直撃していたものだが、その直前で闇はまったく的外れの所へと屈折して、かすりもしなかったのだから。
それを成したのは、風を纏った少女であった。片手を掲げて、不敵に笑っている。彼女が、闇の『流れ』を変えたのであった。
忌々しげに闇が咆えた。
闇の咆哮により、若者と少女が方膝を地面につけた。全身全霊の一撃を放った後だったので、また体勢を立て直しきれていなかったのだろう。その二人を差し置いて、大地を象徴する黄色のオーラを纏った男が闇へと突進していく。
その男は炎を纏った男よりも大きく、少女と比べるとその差は大人と子供くらいはある。
巨体の男は気合の声と共に身体と同じく巨大な槍を闇に向けてはなった。
その狙いは誤らず闇に吸い込まれていく。
本来ならばその一撃で何人も死に至るであろう攻撃を二度受けても、闇はまだ衰えを見せない。それどころか闇の咆哮は更に強くなる。闇の目の前にいる巨体の男もさすがに顔をしかめた。
巨体の男は後ろへと下がり、次の者へと場を譲る。
男の代わりに前に進み出たのは、水を纏った女性である。凛とした表情に、苦痛のかけらは見受けられない。
ゆっくりと流れる動作で手を動かすと、それにつられて周囲の水が変形していく。ゆるやかな流れから激流へ。その激流は無尽蔵に放出され、闇を飲み干していく。
このまま水に押し潰されてしまうのかと思いきや、闇は更に巨大化し、水を逆に飲み込み始めた。
もうこれ以上は意味がないと判断したのか、水を纏った女性は激流を止めた。
勝ち誇ったように、闇が嗤う。
その嗤い声に反応したのか――。四人に守られるように、もしくは四人を従えるように、中心にたっていた男が薄っすらと目を明けた。その目には、悲しみと、怒りと、慈愛に満たされている。
黙祷するようにまた目をつむり、その男は剣を真上に掲げた。
たったそれだけで、あれほど暴れ狂っていた闇は脅えたようだった。
男が、剣を振り下ろす。
闇が、その身を震わす。
そして全ては、黄昏色に包まれた――。
そこでエンは目を覚ました。
ここは、先ほどまで見ていた闇が蠢く空間ではない。
目が覚めてしまえばなんてことはない、ただの夢であったらしい。
それを理解するまでに数秒を要したが、頭がはっきりすれば次第に夢の内容も忘れてしまうだろう。
夢とはどうして、こう儚いものなのだろうか。
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