天空物語 of ドッグV
波の音……。
山国とも言えるグランバニアの出身者にしては、その音は決して違和感があるものではない。それというのも、しばらくは船であっちらこっちら旅をしていたからだろう。いくら旅をやめて王室にいたとはいえ、まだ波音を枕にする余裕はある。
ドリスは辺境の地、ストロスへ向かっていた。
テンやソラには内緒にして、お忍びの旅ということになる。
「――様! ドリス様!」
兵士ピピンがドアをノックし、ドリスの返事を待つ。彼の声だけで判断すると、何かあったらしい。時間からして、まだストロスは見えてこないはずだが……。
「どうしたの?」
ドアを開けると、やはり困り果てた顔のピピンが直立不動の姿勢で彼女を出迎えた。
「あのそれが……海上に妙なものがありまして、その……」
ピピンは言い淀んでしまい、ドリスは首を傾げた。
「妙なもの?」
「はい、それが――」
彼の口から出た言葉は、さすがのドリスも拍子抜けであった。
念のために聞き返すが、あくまで確認だ。
ドリスがピピンから聞いた『妙なもの』。
それは――。
「は? ――タライ?」
ピピンに案内され、甲板に出てみると確かにタライ舟が五つ。
「一つにつき一人の人間らしきものが見えるねえ……」
人間らしき、と称したのは、ドリスはそれらに見覚えがあったわけで、いつかの旅の記憶が蘇っていた。これが彼らの常なる作戦なのか、それとも本当の行き倒れか。ともかく、知り合いである以上は助けねばなるまい。
ナワ梯子を放り投げ、呼びかけてみる――までもなかった。
梯子がきたと解かった途端、信じられないスピードで梯子を駆け上り、甲板に辿り着いた。
「うははは! ひっかかったのだ!」
これはデジャヴだろうか、とドリスは思ったが、否……前と全く同じ登場方法である。
梯子から登ってきたのは、犬型魔物の海洋種……シードッグである。赤っぽい色、桃色、黄色、青色、緑色、とそれぞれ毛の色が違うのが『彼ら』の特徴である。
しかし、黄色がいない。目の前にいるのは四匹だけだ。
『またか』と思いつつ、ドリスはとりあえず指摘。
「ねぇ、イエロー忘れてるよ」
目の前の四匹がはたと動きを止め、背後を――自分たちが乗っていたタライ舟を振り返る。そこには鈍重そうな最後の一匹が甲板を見上げている。
「忘れていたのだ! イエローは一人じゃ上がれないのだ!」
赤っぽいやつの発言。
「大丈夫! 頑張ればきっと上がれるわ」
桃色の子の発言。
「イエロー……一人だと途中で転がって海に落ちるだろな」
青色の。
「そしたらエサつけた竿で釣れるかもね〜」
緑色の発言だ。
「えぇい! ここで話合っていても埒が明かん!」
彼は言って、イエローを助けに戻る。
無論、他の三匹も一緒で、時間をかけながらも何とか最後の一匹も甲板に上がって来られた。
赤っぽい彼は、一度深呼吸して、小声で「せーの」と呟く。
「われら激烈海賊! 『ドッグV』!!!」
それぞれがポーズを決め、ようやく『登場』が終わった。
これが前と同じならば、次に来るのは――。
「この船はたった今、我々のものになったのだ!」
「乗っ取り! 乗っ取りだよ! ウケる? ウケる?」
赤っぽい彼の言葉に、軽く緑色が便乗する。
とりあえず、ドリスとて最後まで聞き流すつもりはない。
「はいはい。ウケるから、ちょっとは落ち着きなさいな」
「ひゃっほう! ウケるってよ!」
「いいから! あんたも少し黙りなさいグリーン!」
名指しで言うと、さすがに彼らも疑うようになった。
「き、貴様、なぜグリーンの名前を知っているのだ? そういえばイエローの名前も知っていたような……」
「なんでって言われても……レッド、忘れたの?」
ドリスが問うが、レッドははてと首を捻る。そしておもむろにドリスの匂いを嗅ぎ始めた。他の四匹もそれに習う。
「ムム! なにか思い出せそうな気がするのだ! みんな、何か思い出さないか!」
「……でも物覚えが悪いボク如きに思い出せるはずないし……」
「頑張って思い出すのよ! ファイト、ファイト! 皆ファイト、あたしファイト!」
「美味しそうな匂いだよ。オイラ腹減ったぁ」
「これが生き別れのお兄様だったらウケない?」
グリーンの言葉に反応して、というか単に偶然か、レッドがようやく思い出したようだ。
「ムムムム! これは、かすかだがテンの匂いなのだぁぁ!」
犬は一度嗅いだ匂いを忘れないというが、海賊犬も同じことが言えるのかもしれない。
「思い出したのだ! テンと一緒にいた人間の女なのだ!」
テン、テン……とどうやらテンの名前以外は覚えていないらしい。
ドッグVとは、旅の都合でサラボナへ向かう時にあった海賊犬である。
リーダーのレッド、落ち込みのブルー、お笑いのグリーン、頑張りのピンク、食欲のイエローと、なんだか色物揃いの集団だ。
「あぁうん。あたしはドリスっていう名前があるんだけど……あの時は自己紹介してなかったっけ?」
「忘れたのだ!」
「……ヲイ」
「忘れられても頑張ってドリスさん!」
何を頑張ればいいのやら。そういえば自分自身、名乗ったかどうかなど覚えていない。
「ところで、また海賊家業やってるんだね」
「む! それは違うのだ」
「違うの? だって、この船を乗っ取ろうとしたんでしょ」
「それはそうなのだが――」
「ともかくメシくらさい」
レッドとの会話に割り込んできたイエローの腹の虫が、盛大に鳴いた……。
「うまい! 前ほどではなくともやはりメシはうまいのだ!」
「だけどボクたちなんかがまたタダで食べさせてもらっちゃっていいのかな……」
「おかわりぃ〜」
レッドが前ほどでもない、というのも当然で、前回に調理を担当していたサンチョは同船していない。食料は余分に積んであるが、帰り道はどこかの港で補給しなければならないことは、今この時をもって確定された。
「それで……海賊家業とは違うっていうのはどういう意味? 『激烈海賊』って名乗ってたじゃない」
「あれはルールみたいなもんで、キメ台詞とかポーズとかあったら笑えるじゃん」
確かに色んな意味の笑みを浮かべることができそうだ。特に苦笑とか。
「我輩は、テンの水先案内人を請け負ってサボラナを目指していたのだが迷ってしまった。そこで、てきとうな船を乗っ取ってそれに案内させれば、見事サボラナにつくと考え継いだのだ。われながら良い作戦なのだ」
「サボラナ……サラボナじゃないの?」
「む!? そうなのか? しかしグリーンがサボラナサボラナ言っていたのだ!」
「冗談を言ってたのに誰もツッコミをいれてくれなくて悲しかったよメソメソ」
「ちょっとくらい騙されても頑張りましょう!」
グリーンとピンクが微妙にグルなのは気のせいだろうか。
それにしても驚いたことに、サラボナへ向かう途中に彼らと知り合ったことは確かだし、水先案内を買って出たわりにどこかへ消えてしまっていたのだが、そのまま今の今までずっとサラボナを目指していたということになる。その挫けない心というか、諦めない心というか、もっと驚いたのは、これまでの期間にタライ船とはいえサラボナに着かなかったことも驚きだ。
「今日のご飯は八日ぶりだったけど今食べたらもう何も食べれない気がする……だってボクは不幸だし役立たずだし……」
いつの間にか食事を終えたブルーがぶつぶつ言っている。落ち込んでいるのだが、これが彼の特徴であるためどうしようもない。
ともかくドッグVにサラボナには無事に着いて、用事も済ませ、その後も旅を続け、グランバニアに落ち着いたことを話した。
「いつか遊びにきなよ。テンとソラ、きっと喜ぶよ」
「うぅむ……我輩もそうしたいのはやまやまなのだが……」
「グランバニラって陸地なんだよね?」
「グランバニアよ」
グリーンの質問に、ドリスはとっさに答えた。自分の故郷の名前が間違えられると少し傷つく。いや、テンが幼いころにグランバニラグランバニラと言って、でっかいバニラアイスのことと勘違いしていたことがあったような、なかったような。
「陸地か〜。うっはぁ〜面白い! レッドね、『陸酔い』するんだ」
「お……おかよい?」
船酔いなら聞いたことがあるが、陸酔いはあまり聞いた事がない。陸に上がると気分が悪くなるのだろうか。
「それでなくても船によっちゃ酔う時もあるし、でもタライだけは酔わない」
そうか。だからタライで旅をしているわけか。
「酔っても頑張りましょう。友達に会うためですもの!」
ピンクの前向きな頑張り発言も、今は残酷に聞こえる。
「陸にあがったらシードッグじゃなくてランドドッグ? マウンテンドッグ? うん、ウケそう!」
「でも陸は恐い所だってレッド言ってたし二度と海に戻れなくなるかもしれないし……」
「陸にはうまいメシたくさんあるかな?」
他の皆がざわつきだしても、レッドは腕組をしたまま考えこみ、やがて顔を開ける。
「話し合うのだ! じいちゃんの遺言の一つ、『困った時は仲間と話し合う』なのだ!」
その言葉に他の四匹がさっと集まり、ごにょごにょと密談を始めた。レッドのじいちゃんとやら、良いことを言うには言っているのだが、レッドはどうも限度を超えている場合もあるし、そのことに執着しているようでもある。
なんといっても、もぐもぐとちゃっかり食事を続けながら話し合っているのだ。
それもついに終わったのか、レッドが大きく頷いた。
「やはり我々は海に生きる激烈海賊ドッグVなのだ。海に全てを捧げ、海でのみ生きる。それが我輩の生き方なのだ。だから、残念だけどグランバニアには行けぬのだ」
「そっか。それなりの信念ってのもありそうだから、無理強いはしないよ」
「うむ。テンによろしく言ってほしいのだ。我輩の代わりに、顔を舐めておいてほしいのだ!」
「それはちょっと……」
約束できないなぁ、と続けたいが、それを言ったらレッドが何をやりだすかわからない。
「グランバニアには行けない……だけど、激烈海賊ドッグVの名声がその国に届くまで名高くなってみせるのだ!」
「自分は笑いの天下を取ってグランバニアに名前を届けるよ!」
「あたしは頑張り世界一!」
「ボクは世界で一番不幸なやつとして世界に名を連ねたいけどやっぱりむりだよね、ボクだけ字が小さいし……」
「オイラはぁ、世界中の食い物くって全世界の食料を食い尽くした男としてだよぅ」
イエローとブルーには心から声援を送ることができないのはなぜかしら。
「ともかくみんなはそれぞれの夢に向かって世界を取るのだ。そしたらこの身は行けずとも、我輩たちの活躍はグランバニアへ届くのだ!」
「そっか。頑張りなよ」
「当然なのだ! さぁみんな、満腹になったことだし、出発なのだ!」
結局メシを食べるだけ食べて、慌ただしく出発の準備を開始した。
「ボクらって何しにきたんだろ。明日には溺れてしまうかもしれないし恐ろしいモンスターに襲われたりするかもしれないしあぁ恐いなぁ」
「ウケル話とか見つけたらすぐ教えてねぇ〜」
「ちょっとオナカすいたかもぉ」
「ちょっとなら頑張りましょう。ファイト!」
それぞれがタライに乗り込み、新たな出航を開始しようとしていた。
「目指すは海賊として名高きライバル『スカルアロウ』を倒すのだぁぁ!」
「おぉぉー!」
出航の合図に新たな目標を掲げて――。
「……って、え!?」
ドリスが驚いたのも当然で、スカルアロウといえばそのキャプテンが乗船していたころに彼らと知り合ったのである。もしかして知らなかったのだろうか……。なんだか不安になってしまったが、彼らのことだから逞しく生きていけるだろう。なんだか既に生死の問題になっているような気もするが、ここはあえて気にしない。
前と同様、しばらくすると勝手にどこかへ進んでしまって見えなくなってしまった。
「なんか、あっと言う間だったなぁ」
ピピンに後のことは任せて、ドリスは自分が寝泊りしている船室に戻った。
波の音に耳を傾けて、目を閉じる。
彼らの物語はある意味では止まったままであった。だけども、今日を機にまた動きだした。縦糸と横糸が交わると別のものが見えてくるように、ただ一直線の縦糸であった彼らは、横糸であるドリスたちに会って生きる道を確かなものにして、それに向かって飛び出していった。
嗚呼、ここでも遥かなる天空の下で新たな物語が綴られて行くのだ。
――これは余談である。
スカルアロウ号の甲板でグドはその巨体をそわそわさせていた。
「おぅ、どうしたグド?」
「あ、うん。お頭に報告したほうがいいのかと迷って」
「報告って何を?」
「さっき船首の近くで海を眺めていたらタライが五つくらい浮いてたんだけど、船の波にまかれちゃって……」
「はぁ、タライ? なに言ってんだ。夢でも見ていたのか? ていうか、タライくらいなら別に報告することじゃないって」
「うん、やっぱりそうかなぁ……」
日差しは暑く照りつけ、海賊団スカルアロウの旅は続く。
「あぅぅ! たす、助けてなのだぁあぁぁ!!」
レッドがじたばたとしながら助けを求める。彼のタライは反転して浮いており、スカルアロウ号に横切られた時にひっくり返ったのだ。
「ボクにはむりだよ、力がないし、助けられそうにないし役立たずだし……」
「そうよイエロー! あなたが頑張って海の水を全部飲み干したらレッドが溺れないわ! さあファイトよ!」
「あぅぅ食べるのは好きだけど飲むのはそこまで好きじゃないよぉ」
「ていうか水が無くなったら陸になっちゃってレッドが陸酔いしちゃうよ」
「あらそうね。陸酔いでも頑張りましょう!」
「おいしいこと言ってくれるね。ネタ帳に書いておこうっと」
微笑ましい仲間同士の会話の中、レッドは叫ぶ。
「助けてほしいのだあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁ!!」
溺れる海賊、ドッグV。彼らの名声が世界に広がるまで、あとどれくらいの時がかかるのだろう……。
-FIN-
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ちょっとしたあとがきという名のいいわけ
なんか急に書きたくなったんです、彼ら。
完全ギャグ要員のドッグVの話は随分と笑わせてもらいました。
それを小説で実行しようとしたら思いっきり落ち込みましたorz
だ、だめだ……気の利いたギャグ小説書けない……!
今回の小説でギャグ小説には向いてないんじゃないかと……。
はい、そこ! これってギャグ小説だったの? とか言わないで!!自覚してるから!(ぉ
時期的には以前書いた天空物語INストロスのちょうど前というところです。
あんまり見るところないな、今回……。
これをドッグVのプロローグとして、
天空物語ofドッグVシリーズを続ければまだいいかもしれない(やりませんが
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