天空物語 IN ストロス


 波の音……。その漣でまどろみかけるが、目は閉じても眠ることはしなかった。

 ……あれから、一年が過ぎた。それまでは忙しくて、来る暇は無かった。
 グランバニア王とビアンカ、二人の子供のテンとソラ。
 魔界に住まう魔王ミルドラースを倒し、無事帰還。
 そして、グランバニア王とビアンカとの間に新しい子供ができている。
 テンとソラの兄弟になる子だ。さすがに今回も双子、というわけではなかった。
 その子供が生まれて、一年が過ぎている。(ちなみに、子供の名前はここでは省略させてもらう)

「――様、見えましたよ」

 まどろみかけていた耳に、声がかけられる。呼ばれた。

「――様、ドリス様?」
「聞こえてるよ」

 船室のベッドで寝転がっている姿は、多少は女らしくとも、それに王族とつくのは些か一般のイメージとかけはなれるかもしれない。
 これでも、ドリス自身少しは女らしくしているつもりだが、やはり天性のものだろうか。
 寛いでいた船室のドアを開けると、そこにはグランバニア兵士の鎧で身を包んでいる男がおり、直立不動の姿勢で敬礼する。その顔は多少赤らんでいたが、活気に満ちていた。

「……ごめんねピピン。こんなことに付き合わせちゃって」
「いいえ! ドリス様の御役に立てるのならば、どうぞこき使ってやってください!」

 あまりの真面目さにドリスは苦笑しながら視線を変える。向ける先は舟の進行方向。

「(ついに、来たんだ……)」

 『あの時』から、何年が過ぎたのだろう。
 少なくとも、四年は経っているはずだ。
 もっと言うならグランバニア王とビアンカが新たに子供授かって一年は確実に過ぎている。その一年、本当は来ようと思えば来られたのだ。

 しかし来られなかった。決心がつかなかった。不安になる思い。
 どうせなら、そのまま来ない方がよかったのかもしれない。
 それでもやっぱり、来てしまった。

 辺境の国。滅びた国。誇り高き小国、ストロス。

 あの頃の仲間、カデシュと別れた土地だ――。



 テンとソラやサンチョ。それとミニモンにも悪いことをしてしまったかもしれない。
 皆には内緒で旅に出てきたのだ。いや父のオジロンに旅に出ることだけは伝えてあるが……。

「……」

 そっと、ペンダントに触れる。その中心に埋め込まれている朱色の宝石は、年月が経っても光沢を保っていた。
 本当の持ち主が生きていることを暗示するかのように、美しく輝いていた。
 だから、ドリスもここに来ることを決心できたのかもしれない。

「ドリス様。私はここで船の番をしております。どうぞ、行ってきてください」
「うん、ありがと」

 ピピンに言われて、自分が立ち止まっていることにドリスは気付いた。やはり、恐れているのだろうか。……何を?

「それじゃ、行ってくるね」
 笑った、つもりだった。
 ピピンの悲しそうな顔をする反応を見て、あぁ自分は悲しい笑顔をしたんだな、と悟った。やっぱり恐れている……。

 カデシュが生きていることを恐れている。カデシュが死んでいることを恐れている。
 会いたくてどうしようもないのに、会ってどうしたらいいのかもわからない。

「テンとソラなら、こういうことに関しては先輩なんだろうなぁ」

 朧げながら覚えている道を歩きながら呟いた。

 あの双子は、両親と会う前は本当に楽しみにしていた。特にこの国でストロスの杖を手に入れて、グランバニア王の石像の在り処がわかったときは、もの凄く嬉しそうだった。早く会いたい気持ちがこっちにまで伝わってきた。それでも、いざ出発となるとあの二人も緊張したものだ。
 だから、同じなのかもしれない。今の気持ちと、あの時の二人の気持ち。
 砂漠を歩き、やがて見覚えのある――忘れ難いと言っても良い――道に出てきた。
 スザヤが住んでいた小屋。彼が作り続けた、亡骸無き墓の数々。
 スザヤはどうしただろう。王子を、カデシュを待つと言ってこの地に留まることを決意していたが、あの時で既に高齢だったので、『もしや』という考えも浮かんでくる。

「まさか、ね……」

 声に出して頭を振り、その考えを打ち消す。そんなはずはないと信じ込ませるために。
 その時だった。

―――

|