天空物語 IN ストロス
人の気配を感じた。
テンやソラたちと旅をしなくなって、トレーニング道具もしまい込み、多少ほど感覚は鈍くなっていたとしても、その気配は明らかに丸出しで、むしろドリスを呼び寄せているようだった。
しかし振り向いても誰もいない。
「幽霊、かな……」
自分で言って、まさかねーと笑い飛ばすつもりだったが、近くに墓地があるため、あながち有り得ないということもないような……。
「……」
ひゅう、と冷たい風が吹く。
風の吹いた方を、ぱっと振り返った。そこに誰かいそうな気がしたのだ。
しかしやはり、誰もいない。
「どうしたもんかね」
とりあえず、小屋の中にでも入ろうかなとした途端、ぱっと何かが光った。
「……?」
その光は、ふわふわと浮いている球体のようだ。幻想的で、何故か吸い寄せられそうな。
人魂かな、という考えもあったが、それほどおどろおどろしいものではない。
ついてきて、とでも言うかのように、それはドリスの目の前で踊るように浮いている。
「待って――」
呆然としていたドリスに呆れたのか、光がどこかへ飛んでいこうとしたのだ。反射的にドリスはそれを追い掛けた。
どこをどう走ったのだろう。
森を抜けたような、砂漠を超えたような、川に入ったような、草原を駆けたような――もちろん気がするだけで、そんな大冒険はしていない。ただ、そんな気になるほど何処を走っていたのか分からなかったのだ。
「何処にいったんだろう……」
ついには見失ってしまった。足にはそれなりの自信があったのに、光は疲れを知らないかのように飛んでいたのだ。光が疲れるのかどうかは知らないが。
「って、あれ?」
ドリスの視界に明らかに怪しい洞窟が写っていた。
いっらしゃいませ、とでも言うかのように怪しさ満点だ。
「行くっきゃないよね、やっぱ」
魔物がいてもなんとかなるかな、とやや楽天的な思考で洞窟の中へと入っていった。
そんな楽天的思考を後悔するような事態にはならなかった。
洞窟は上がり気味の斜面で、道なりに進んでいくと、何処かの丘に出てきたのだ。
やや高い位置にあるのだろう。風が冷たい。
それに、この島全土、というわけではないが、広くを見渡せるほどだ。
「ここは……」
ザ、と風が吹く。
その風の先に何かがあるよ、と教えてくれるような風だった。
だからドリスは、その先を見た。そして眼を見張る。
信じられない、と。
嘘であってほしい、と。
「カデ、シュ……」
そこに在るのは、紛れもない彼だろう。
「あんた、何してんのよ」
ドリスの問いかけに答えない。
「なんで、なんで……」
ドリスの声が震える。
よろりよろりと近付き、カデシュに触れる。冷たく、硬い感触しか戻ってこない。
「なんで、こんなことに」
カデシュは、石像と化していた。
グランバニア王や、ビアンカ妃と同じように……。
もう、夜も近くなっていた。
ドリスは拗ねた子供のように、その場に座り込んだまま動こうとしない。まるで、自分も石像になったかのようだ。カデシュの石像は、雨と風に晒されてか、だいぶ汚れていた。それでも整った顔立ちや、こうして見ると優しそうな顔は健在である。
ドリスは両膝を抱えたまま蹲っていた。
どういう経緯でこうなったかも考えたかったし、カデシュが目の前にいるというのに何もできないのが悔しかったからだ。
ストロスの杖を使えば、グランバニア王やビアンカ妃と同じように助かるかもしれない。
だが、ストロスの杖はもう存在しない。
グランバニア王を助けた時、この国で手に入れたストロスの杖は砕け散った。そして、魔界で手に入れたというもう一本のストロスの杖はビアンカ妃を助ける時に――。
世界中を捜せば、まだ助ける方法があるかもしれない。石像から生身の人間に戻す方法は、ストロスの杖を使う以外にも方法があってもおかしくはないはずだ。それを探してみようか。
――いろいろと考えているうちに、ドリスはまどろんでいた。そして、眠ってしまう。
――。
「困り者だな」
しかたないじゃんかー。あたしは、あんたを探しにきたんだよぅ。
「だから、私がここにいるということを教えたではないか」
でも、なんでこんなことになっちゃんてのさ。
「それは私にもわからない」
カデシュ、あんたは戻りたくないの。元の姿に。
「……私は、正直言ってこのままが良いと思っている」
なんで。
「私の身体のことは、お前も知っているだろう」
うん。
「石と化したこの身体は、もう蝕まれることはない」
そうだろうけどさ。
「私はこの場所で、空を見ていた。澄んだ天空を……。テンは、天空の勇者としての務めを果たしたのだとわかった」
凄いでしょ。テンは、世界を救ったんだよ。
だから、あとはあんたが戻ってくれば……。
「――私の身体は確かにここに在る。だが、心はいつまでもお前たちと共に在る」
でも、あたしは会いたいよ。
「不思議なやつだ。こうして会っているだろう」
そうじゃない。そうじゃないんだよ……。
「ドリス……」
なにさ。
「私はここで、ストロスを見守るつもりだ。それが私にできる――私がやるべきことだ。そしておまえにはおまえの、やるべきことがあるだろう」
分かってるさ。頭では分かっているんだよ。
「……ふん。おまえはいつから、諦めの悪い下衆のような者になったのだ」
な、そんな言い方……!
「こうでも言わないと、おまえは元気を出さないと思ってな」
カデシュ――
――。
はっと目が覚めた。
だいぶ眠っていたのか、もう朝日が昇り始めていた。
「まだ、話したいことあったのに」
言いたいことは、まだいくらでもあったが、幻でも、幽霊でも、話せたことは嬉しかった。
またここで同じように眠っても、カデシュと話すことは、もうできないだろう。愛想を尽かされるかもしれない。
カデシュは言った。やるべきことがあると。ドリスにとってのやるべきことは、カデシュの石像を前にして泣いたりすることでないのは確かだ。それに、心は共に在ると言った。そう、カデシュは『ここ』にいるのだ。何処にいようと、『ここ』に。
「ペンダント……。まだ、借りておくね」
物言わぬ石像にドリスは語りかけた。
何故だろうか。「好きにしろ」という言葉が聞こえてきた気がするのは……。
――辺境の小国ストロス。その丘に、ストロス領土だけでなく、世界すらも見渡しているような石像が置かれている。その石像は美男なもので、どことなく微笑んでいるようであった。そして、月に一度、花が添えられているという。花を添える人物は、ストロスの紋章を象ったペンダントをしていたという。
Fin
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