CollapsingDepartment-store
-注文の多い百貨店-


□ □ □ □ □ 2階 呉服売場  □ □ □ □ □


 私はアイドルなのよ!
 だというのに、こんな病院なんかでのんびりしてられないの。百万を越える私のファンが私のコンサートを楽しみにしているのに! さぁて、ドレスの衣装を着て、マイクも持って、あとはコンサートステージに行くだけ。全く、マネージャーったら何しているのかしら。いくら私がベテランの大スターだからって、準備なんかさせなくてもいいじゃない!
 あ、私のポスターが貼ってあるじゃない。でも、随分と紙が痛んであるわね。あとで事務所に頼んで、ポスターを新しくしてもらわないとね。さぁて今日も元気に、二二歳でも一八に見られる、国民的アイドルのお出ましよ!
――「先生……先生!」
「うん? なんだい?」
「なんだい、じゃありませんよ!」
「うん。で、どうしたの?」
「どうしたもこうも。またあの患者さんが」
「あぁ、加広あやね?」
 この精神病院には、昔は大スターであった加広あやねという者がいる。大スターだったのは六十年ほど前で、今ではもうすっかり老いている。しかしその人が車に跳ねられ、約六十年間の記憶を喪失し、今を現役時代の自分と思い込んでいるのだ。
「僕も、昔は好きだったんだけどなぁ」
 などと頭がすっかり白くなった先生はぼやいて病院の窓から外を見た。見れば、一人の老婆が、キラキラ光るヒラヒラなドレスを着て、とても懐かしい歌を歌っている。きっと、驚いて見ている通行人を、ファンだと思っているのだろう。その老婆の来ているドレスは、六十年経った今でも光り輝いていた。


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