聖夜の日


 
寒冷の日
 寒い。
 目が覚めて、イサが最初に感じたことはそれである。
 どうしてこう寒いのか。今が冬だから、そんなことは分かりきっている。だからと言ってここまで寒いのは異常である。天変地異の前触れか、と不安になって身を起こすと、寒さの理由は明確になった。
 寝ぼけて、寝台の毛布を蹴り飛ばしていたらしく、寒いのは当たり前だったのだ。

 ウィードの気候は安定しており、冬だからと言ってそこまで冷え込むことはない。だから、大した防寒設備もないし、対策もしていない。それなのに今日はいつも以上に寒いではないか。
「あれ? マフラー、どこだったかなぁ」
 廊下に出ただけで冷えた風が骨にまで染みてくるようなので、少しでも暖かい格好をしようとしたのだが、肝心の防寒具が見当たらない。ちなみに室内でマフラー、というのはどうかと思うが気にしてはいけない。
 仕方なく、いつもよりはマシな格好で外に出た。
 その時である。イサの目の前を、『何か』が通過した。
「…………空飛ぶ防寒具?」
 それは毛布やマフラーや毛糸の帽子やらがごちゃごちゃになって浮遊していた。よく見れば、マフラーはイサが探していたものである。
 何故にマフラーが勝手に空を飛んでいるのだろうと疑問に思うまでもなく、浮遊物体に狙いを定めて、威力を抑え気味で技を放つ。
「『風連空爆』!」
 威力を抑えたので、そこまで強くない風爆が浮遊物体に直撃した。
「いったぁ〜〜い!」
 声を上げたのは、もちろんその浮遊物体。
「イサ様、何するのぉ〜」
 頬を膨らませているのはホイミスライムのホイミンである。これこそ浮遊物体の正体。これでもかというほど着込んでいたのだ。
「何をするの……って、それは私の台詞よ! 何してるの!」
「だって寒かったんだもん」
「やりすぎよ。それに、それって私のマフラーじゃない」
「落ちてたのを拾ったんだよぉ」
「そんなわけないでしょー!」
 とにかくマフラーを取り戻さねば、とホイミンに掴みかかるが、ここぞとばかりにそれを回避するホイミン。意外にホイミスライムは回避率が高かったりする。
「寒いのが悪いんだもぉん♪」
 と言いつつ逃げ出すホイミン。
「待ちなさーい!」
 それに対して追いかけるイサ。ウィード城の中をドタバタと駆け巡る姿は、かつてのラグドとイサの光景と酷似していたとかいなかったとか。
 ともかくその追いかけっこの果てには、イサの身体は温まりきったので結果オーライということになるのは言うまでもない。




雪景の日

 いつも通りの朝と違うと分かったのは、今までない寒さ故であった。
「ん〜、これはひょっとしたらひょっとするかもねぃ」
 寝巻きから魔道士のローブに着替え、外を見やる。自室から見える空の色は、いつもと違う雰囲気を醸し出していた。
「これは……なるほど、珍しいじゃないか」
 今日の夜あたりかな、と見立てて、予測が当たるかどうかを楽しみにしつつ今日の一日を過ごすことにした。

「今晩? 特に用件はないが……どうかしたのか?」
 ムーナの今日の仕事は事務系であり、ラグドも同様であったらしい。書類をまとめつつ、夜に予定が入っていないかを確かめた。
「それじゃあさ、ちょいと見張り台のとこまで付き合いなよ。面白いもの見せてあげる」
「俺だけか?」
「さぁ〜て、どうだろうねぃ」
 適当に誤魔化しさえすれば、ラグドはそれ以上の追求することは滅多にない。
「よくわからんが、まあいいだろう」
 狙い通りすぎて思わず苦笑してしまった。それを見たラグドは、変な奴だなと呆れるくらいだった。

 そして、夜。
「今日は冷えるな」
 見張り台の上は、ウィード全土、というわけではないが広範囲を見渡すことが出来る。
 夜の暗がりの中、城下町の明かりがぽつぽつと見える景色は、見ていて心が癒されるくらいだ。たまに、この景色を楽しみに見張りの役を務めたがる兵士もいる。
「うん。でもイサは暖かそうだったよ。ホイミンと追いかけっこしててさ」
「やはりあれはイサ様だったのか……」
 仕事中にドタバタと聞こえてから、恐らくそうだろうと思い、後回しにしていたのだがすっかり忘れていた。
「そろそろだねぃ」
 目を瞑って――元から開けているのかよく分からないが――、ムーナは空を仰いだ。
「何がそろそろなのだ?」
「ん〜。……精霊ってさ、色々存在しているは知っているよね?」
 ラグドの問いかけに明確な答えを返さず、むしろ別の話題に変えた。
「何を今更……。万物には全て精霊が宿っているのだろう」
「そう。地水炎風の四大を元素に、色んな精霊がいる。石ころの精霊、枯れ葉の精霊、糸の精霊、鉄の精霊、木の精霊、雨の精霊――雪の精霊も」
「雪の……?」
「そうさ。今日の朝、感じたんだ。雪の精霊力が徐々に強まっていくのが」
 それが呪文であったかのように、雪がちらほらと降り始めた。積もるほどではなさそうだが、夜景と相まってなかなかの美観である。
「これが、いいものか?」
「そうだけど。つまらなかったかい?」
「いいや」
 微笑して、ラグドは夜景に魅入った。
「イサ様はつれてこなくてよかったのか?」
「ホイミンとの追いかけっこでくたくたになってたからね」
 誘おうとしてやめたよ、と言いつつ見張り台の手すりにもたれかかった。
同じ北大陸にあるエルデルス山脈付近では常に雪景色だが、ウィードでは雪が珍しい。風の精霊力の強さによるものらしいが、地形も関係しているのだろう。
「綺麗だねぃ」
 ウィードから見る雪景色は、その機会が滅多にないものだからか、より綺麗に見えた。それ故の感想だったが、ラグドは雪景色よりムーナを見た。
「そうか? お前の方が綺麗だ」
「……ハァ?!」
 唐突に言われた言葉の意味を理解するのに数秒を要し、そして意味が浸透すると次は呆れた。
「何をいきなり言い出すんだい。気味が悪い」
「いやな。部下から、『風を守りし大地の騎士団』の騎士団長たる者が、恋人(いいひと)の一人もいないのでは面目が立たないと言われてしまってな。教えてもらった口説き文句を、試してみた」
「アタイは練習台かっ」
「そうだ」
 否定するなり曖昧に答えることをするなりすればいいものを、ラグドは至って正直に肯定した。
「それに棒読みだったじゃないか。あれで落ちろっていうのも無理な話さ」
「そうか……難しいものだな」
「というか、それ以前にアンタには似合わないよ」
「俺もそう思う」
「だったらするな!」
 何故に実行したのか問い詰めたくなったが、聞いても呆れるだけだろうからやめておくことにした。
「アンタはさ、そっと隣で寄り添ってくれるようなのがいいんだよ。こんなふうにさ」
 と言って、ムーナはラグドの腕を抱き寄せた。
「…………そうか」
 照れ入るわけでもなく、ラグドらしく淡々とした答えだ。これはこれでつまらないものだが、こっちのほうが彼に似合っている。
 雪は、まだ降り続いていた。
お し ま い

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