かるがも行進局/国よ平穏なれ




童話調/平穏の日


 ある世界、ある大陸の北に、風を司るお城がありました。
 その名はウィード。風の如き自由こそ全て、という教えが広がっている国です。
 ウィードにはそれは可愛いお姫様がいました。
 だけどお姫様は大の冒険好きで、いつも王様を困らせます。
「今日も冒険に行こう!」
 お姫様の名前はイサ。緑色の髪を風で揺らし、今日も元気に飛び出します。

「ラグド、冒険に行こうよ!」
 イサはお城の騎士、ラグドに誘いの声をかけました。
 ラグドはぼさぼさに伸びている茶色の髪を、困ったようにかきました。
「いえ、その、今日は……すみません!」
 どもった後、ラグドは逃げるようにイサの前から走り去ってしまいました。
 彼の様子がおかしかったので、イサは、どうしたんだろう、と首をひねりました。
 ラグドを追いかけることも叶わず、イサはしかたなく歩き出します。
 他の人を誘おう!

「ねぇムーナ、冒険に行きましょう!」
 イサが誘ったのは、お城の魔道士、ムーナです。
 白銀の髪を持ち、いつも笑顔を絶やさない彼女は、笑いながらもどこか様子が変です。
「うぅん、ごめんね。今日はちょっとした用があるんだぁ」
「そんなぁ」
 また断られてしまい、イサは残念そうな顔をしました。
 それを見たムーナは何か言いかけましたが、頭を振って、ごめんねと言ってどこかへ行ってしまいました。
 まだ誘っていない人を探すため、イサはまた歩き出します。

「あ、リィダ、キラパン! 私と冒険に行かない?」
 次に誘ったのは、不幸少女の魔物使いリィダと、キラーパンサーのキラパンです。
「ほぇ、冒険っすか? あの……姐御は?」
 リィダはムーナのことを姐御と慕っていて、どうやら彼女がいないと乗り気ではないようです。
 キラパンなんて、最初から興味が無いように欠伸しています。
「それが、ムーナには断られちゃった」
「そうなんすか? ……あぁ、そういえば」
 リィダが呟いたのを、イサは聞き逃しません。
「そういえば? なに?」
「え、ぁ、なんでもないっす!」
 リィダは慌ててキラパンの上に乗っかり、逃げ出してしまいました。
 どうやら何か知っているようですが、それを聞くことは出来ませんでした。
「もう、どうなっているのよぉ!」
 イサはむくれてしまいました。

「イサ様ぁ、どうしたのぉ〜?」
 歩いていると、ホイミスライムのホイミンに出会いました。
 ホイミスライムなのにホイミが使えない、不思議なスライムです。
「ねぇホイミン、私、みんなに嫌われちゃったのかなぁ……?」
 イサは度重なる仲間のよそよそしさに、妙な想像をしてしまったようです。
「えぇ〜そんなことないよぉ〜」
 ホイミンが言い切ってくれたので、イサは少しほっとしました。
「でも、なんでみんな、私を避けるんだろ?」
「うぅ〜んと、きっとねぇ〜……あ、蝶々だぁ♪」
「え、ちょっと、ホイミン!」
 ホイミンは最後まで言わず、飛んでいる蝶々を追いかけて始めました。
 こうなっては、しばらく話は聞けそうにありません。

 イサがやってきたのは、お城の外にある高台です。
 目の前には、親友のお墓がありました。
「ねぇコサメ。どうして今日は、みんながよそよそしいんだろうね」
 語りかけると、コサメが答えてくれるような気がしたのです。
「きっとみんな、イサのことが好きなのよ=v
 コサメは薄っすらと姿を見せて言いました。
「だから必死になっているのね=v
 クスクス、とコサメは笑います。イサは首をかしげました。意味がわからなかったからです。
 どうやらコサメも何かを知っているようですが、それを聞き出す事は出来ませんでした。

 次にイサは、医務室にやってきました。
 ここにいる医務長のサラは、その性格を除けば良い相談役だからです。
 いつしか、イサは冒険に出るよりもみんなの様子の原因をさぐることに熱心になっていました。
「サラ、どういうことだか分かる?」
「えぇ、ご存知ですとも」
 イサは目を丸くしました。
「本当?!」
「本当ですよ。訳を知りたいのですね」
「うん!」
 元気に返事をしたイサですが、サラは妙な笑顔を作りました。
「では私と一緒に夜まで二人きりで過ごしましょう!」
「なんでそうなるのよ!」
 これ以上この場にとどまることは、身の危険に繋がると思ったイサは逃げ出しました。
 サラが舌打ちをしたようにも聞こえましたが、気のせいでしょう。

「そろそろ良いかな?」
「大丈夫だ」
 ムーナが覗きこむとラグドは、両手いっぱいの大きさを持つお皿を持っていました。
 そのお皿には、これまた大きなケーキが乗っています。
「もう少しで言っちゃう所だったっす……」
「えへぇ、ボクもだよぉ〜♪」
 リィダとホイミンがそれぞれ豪華な料理を運びながら言います。
 今日は、イサの誕生日だったのです。
 毎年イサはそのことを忘れています。
 なので、どうせだから今年は驚かそうということになって、秘密で準備をしていたのでした。
 リィダとホイミンは危うく言いかけましたが、どうやらイサは気付いていないようです。
「よぉし、準備できたね。そいじゃイサを呼びに行こう」
 ムーナの言葉に、皆が頷きました。

 一方イサは、自室に閉じこもってふて寝をしていました。
 結局、冒険にも行けず、みんなの変な様子の理由も分からないままだったからです。
 もう外はお月様が我が物顔で浮かんでいます。
「良いんだ、良いんだ。もう今日は誰とも話さない!」
 とんとん、とドアがノックされました。
 たった今、妙なことを決断したのに、それを打ち破るかのようなタイミングです。
「むぅ……誰ぇ?」
 ドアを開けると、そこには誰もいません。
「あれ?」
 その代わり、コインが落ちていました。それも点々と落ちており、まるでイサを誘っているかのようです。
「?」
 イサはそれを辿っていきました。

 やがて広間の扉の前でコインはなくなっていました。
 どうしたものかと思い悩んだイサは、思い切って扉を開けます。
「ハッピーバースデー! イサ!」
 パーン、とクラッカーが弾けました。
 そこには、どこから集まったのか、色んな人が礼服を着て立っているではありませんか。
 何事かとイサは呆然としましたが、そんなイサに説明するかのように皆がプレゼントを持ち寄ります。
 ラグドが、綺麗な花束を差し出しました。とても良い香りが、イサのはなをくすぐります。
「十四歳のお誕生日、おめでとうございます。年を重ねるのは人生の経験を重ねるのと同じであり――」
「堅苦しいのはやめなよ」
 話の途中にムーナが割って入ってきます。
「というわけではいこれ、アタイから」
 ムーナからは本です。イサの好きな作家の本で、まだ読んだことの無いものでした。
「えぇと、ウチとキラパンはこれっす」
 城下町で買ってきたのでしょう。たまに見かける、ウィード特有のガラス細工です。
 たまにイサはそれを欲しそうな顔で見るので、そのことをリィダは知っていて覚えていてくれたようです。
「ボクからはねぇ〜♪」
 ホイミンが持っていたのは、彼よりも少し小さいクマのヌイグルミです。
 持っているのが辛そうなので、イサは慌ててそれを受け取りました。
「私からはですね……」
 サラが、うっとりするような顔でイサを見ます。
「『私をあげる』なんて言っても受け取らないよ?」
「そんなぁ……」
 それを考えていたのか、サラは残念そうな顔をしました。
 だけどすぐに翡翠の腕輪を取り出して、イサに持たせます。
 そうこうしてようやく、事態がのみこめました。
 みんなの予想通り、イサは今日が自分の誕生日であることを忘れていました。
 誕生日ケーキは大きく、メッセージ入りです。
 その他にも装飾があって、ウィードの紋章や風を表す記号がふんだんに使われています。
 食べてしまうのがもったいないくらいです。
 いろんな人からプレゼントを受け取り、あちこちでパチパチと拍手が巻き起こりました。
「さぁ皆の者! 我が娘は元気な姿を見せてくれた。今宵は楽しもうぞ!」
 イサの父親、ウィードの王様が高らかに宣言します。
「我が国よ、今年も平穏なれ!」
 わぁぁ、と歓声があがりました。
 豪華な料理を食べたり、綺麗な音楽を奏でたり、それに合わせて踊ったり。
 イサはこれでもか、というほど楽しみました。
 イサのことが好きだからこそ、このために皆は必死でイサに隠していたのです。コサメの言うとおりでした。
 そのことが物凄く嬉しくて、それに応えるために、イサは心の底から誕生日パーティを楽しみます。
 その宴は遅くまで続き、やがて朝になりました。

「あれ?」
 そうして、イサは目を覚ましました。
 チチチ、と雀たちが朝の歌を奏でています。
「夢、か……」
 今日はまだイサの誕生日ではありません。それはもっと先のことです。
「今年は……覚えておこうかな」
 自分の誕生日を毎年忘れているので、夢の精霊様がイサに忠告したのかもしれません。
 だけど、夢の内容を思い返し、イサは首を振りました。
「うぅん、やっぱりいつも通り、忘れよう!」
 夢の中で、とても嬉しかったのです。忘れていることも、たまにはいいかな。
「よぉし、今日は冒険に出るぞぉ!」
 イサは寝台から起きて、仲間たちを誘いに飛び出しました。

お し ま い

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