65.そして新たな物語の時が動く
風が、吹きぬけた。
心地よい風が頬を撫で、髪を揺らす。この風と一緒に心も何処か遠くへ行ってしまいそうだ。だが実際にそうなるわけもなく、しばしその余韻を楽しんだ。
イサ、ラグド、ホイミン、リィダ、キラパンの五人(三人と二匹)たる『風雨凛翔』は、一つの墓石を前に佇んでいた。
花に囲まれた、コサメのお墓である。
城の近くにあったそれは、ウィード城崩壊と共に消え去ったはずであった。だが、こうして無事な姿を見せている。
過去のウィードでラックスに『風種』を渡した後、イサはもう一つ『風種』を星降りの精霊から貰っていた。守った場所は、ここであったのだ。風神石と同じく、壊滅は免れていた。
ここにはムーナも眠っている。どうしても守りたい場所の一つであったのだ。
そういえば、魔道士の墓には色々な作用があると聞く。ときたまコサメがイサに姿を見せて励ましてくれたのは、彼女のおかげだったのかもしれない。
「必ず、戻ってくるから――」
帰るべき場所を改めて知り、そのために戦いの地へ赴く。これは別れではない。そのための言葉だった――。
――ウィーザラーの姿こそ見えないもの、全員がそこに存在することを感じる事ができた。
「よかった、元に戻れたんだ」
過去の旅へ赴く前は、今にも消えてしまいそうな別れ方であったので不安だったが、前のような弱々しさは感じられない。
「あなた達のおかげです。本当に、ありがとう=v
神と崇めている相手から礼を言われるとなると、どうも気恥ずかしくなってしまう。
「そういえば、星降りの精霊はどこに行ったんすかね?」
リィダがくるりと辺りを見回す。一番はしゃいでもよさそうな、と言ってはおかしいが、ともかくまず黙ってられそうにない星降りの精霊の声が全く聞こえない。それどころか、かすかに感じていた精霊力もなくなっている。
「深き眠りについたのでしょう。わたしのために無理をさせてしまいましたから=v
星降りの精霊は五年に一度の割合で姿を見せ、その力を行使する。
今回は例外であったとしても、深刻な負担をかけていたらしい。
それはさておき、とウィーザラーが前置きすると、風向きが変わったように思えた。
「イサーリン=ラウ=ワイズ=ウィードに問います。先ほどの言葉、偽りではありませんね=v
何のこと? と聞くまでもない。
魔王を斃す。
それがウィードを守るために必要な事だ。
「もちろん」
「それでは、あなたにわたしの力をお貸ししましょう=v
喜ばしいことのはずなのに、イサの身体は恐怖に震えた。これは歓喜の震えだ、と思い込もうとしても、それさえも拒絶するほどに恐怖の感情が叫んでいる。
圧し潰されそうだ。
「恐れることはありません。わたしは長い間、この地であなたを見ていました。自分を信じなさい=v
「…………はい」
イサが頷くと、風の流れがまた変わった。みなの中で一人だけ、イサだけの周囲に烈風が巻き起こった。
目も開けていられないほどの風が渦を巻き、唐突に消える。
その風と同時に、イサの姿も消えていた。
吹き抜ける風そのものに溶け込んだ感覚。まるで空の上にいるようにふわふわとしている。
「ここは?」
空の上、という感想を抱いた要素はその風景からでもある。
足元は雲のように白く、周囲は青空のようだ。常に感じるのは、風。
「ここはわたしの世界。そして、あなたが受けるべき試練の場=v
「ウィーザラー……?」
イサは目を瞠った。口ぶりからしてウィーザラーに間違いないだろうが、その姿形はイサそのものだったからだ。武具も同じで、飛竜の風爪を装備している。
「わたしは実体無き存在。アナタの姿を借りました=v
自分と全く同じ姿をしている人間――正確に言えば精霊だが――が目の前にいるというのはどうも気味が悪い。
「それはいいけど、私が受けるべき試練って?」
イサの姿をしたウィーザラーは目を伏せて、黙り込んでしまった。
言い辛いことなのか、と不安に思った矢先、ウィーザラーはいきなり目を見開いてイサに飛び掛った。
「え?!」
唐突な攻撃。身体が反応してくれたからよかったものの、何もしていなかったら飛竜の風爪の餌食になっていただろう。
「わたしはあなたとなって戦います。私・・・に勝ちなさい!=v
ウィーザラーが一度だけ目を閉じた理由がわかった。目の色が、輝きが違っている。それはまさしく、イサそのものだ。いつでもその煌きを伴って立ち向かっていく、その時の自分自身である。相手はウィーザラーではない。自分だ!
「遠慮はしないよ!」
素早い攻撃を繰り出され、イサはその全てを見切って躱した。
――周囲の映像が変わる。森の中のようだ。夜の森の中、下品な男たちが焚き火を囲んでいる映像。それが砕けて、元の青空に戻る。あれは――そう、旅立ちの許可を貰う前に討伐した野盗だ。
「『閃風砲』!=v
風の衝撃波がまっすぐイサに向かって飛んだ。
「飛竜の風爪よ!」
両手を掲げると、飛竜の風爪から風の防御壁が発生し、閃風砲の衝撃波を緩和し、そのまま軌道を逸らした。
また周囲に映像が浮かび上がる。先ほどとは違う森の中、赤い髪の戦士が特攻しようとしている。あの迷い無き瞳の持ち主はハーベストだ。彼は最初、イサをエルフと勘違いして襲い掛かってきたのだった。
「今度はこっちから行かせてもらうからね」
お返しとばかりにイサも閃風砲を放った。相手も飛竜の風爪による防御を行うかと思ったが、違う。
自分自身が風を纏った。『鎧風纏がいふうてん』だ。しかし閃風砲の直撃を受けると、纏った風の鎧は霧散した。
「『颯突き』!」
速度だけなら何よりも速い攻撃。しかしそれが命中する事はなかった。自分の飛竜の風爪が当たる直前に、強制的に移動させられた。その後に風の束縛で身動きが出来なくなる。『風流し』を使われたのだ。
理解が早かったためか、その束縛を解く事は簡単だった。本当に簡単に抜け出せたので、これが自分の実力かと思うと悲しくもなるが。
また映像が浮き出た。また森の中であり、これまた最初と同じ夜である。キメラとメイジキメラの群。エルフの森は神聖な力に守られて魔物の侵入など許さないはずなのに、多数の魔物に襲われた。不思議でたまらなかったが、今なら判る気がする。あれはネクロゼイムが放った魔物だったのだ。魔霊病♀ウ者たるコサメの監視のために。
そのコサメのために、まだあの時は名前も知らなかったが、守るために戦った。
「『颯突き』!=v
右肩を狙ったその攻撃は当たる事がなかった。躱すなり受け流すなりができなかったにしろ、その攻撃の目的が瞬時に理解できたので防御するのは簡単だった。
これはきっとカエン師匠と戦った時だ。人間は右利きが多いのでそこに不備を生じさせることは正しい判断だが、型にはまりすぎていると怒られてしまった。確かに、行動パターンが一目瞭然で、構える猶予はいくらでもあった。
「『風陣烈羽』!=v
全身に風を纏い、上空から直接攻撃する技だ。一旦飛び上がるため、これも隙の多いことこの上ない。自分でやっている時はそう感じないものの、他人がやるのを見るとこうまで違う物なのか。
「『風連空爆』!」
空中で撃墜。思ったとおり、相手の纏っていた風は消え去った。
映像が流れる――カエン師匠が不敵に立ち塞がる映像。あの時に『風死龍』を習得したのだ。
その映像が砕け、また青空に戻ると同時に相手は着地し、信じられない速度で接近した。再びの『颯突き』だ。
「こっちも『颯突き』!」
相手が狙っている場所を狙ったので、上手く相殺することができた。
二人はぶつかりあい、その反動で互いは後ろへ跳んだ。
「はぁぁあぁぁ!=v
風を大きく操る。大きな風の流れが、相手の頭上に巻き起ころうとしていた。
大いなる龍が生成されようとしている。
だが、そんなことを悠長に待つ必要はない。
「『閃風砲』!」
龍の生成で無防備になっていた相手は、イサの放った風の衝撃波で勢いよく吹き飛んだ。
映像は、山地だ。通常のものとは思えない、巨大なボストロール。コサメの魔霊病≠何とかするために登った、星降りの山。そこに立ち塞がった魔物だ。そういえば、あの時は気が付けばいなくなっていた。映像がまた砕ける前に、視界の隅に何かが見えた。それが何かを認識する前に映像は砕けて青空に戻ったが、あれは人間の姿をしたホイミンだったように思えた。
「『風連空爆』!=v
風の爆発。映像に気を取られてしまっていたため、反応が遅れた。まともに食らい、一気に吹き飛ばされる。
「この!」
相手は吹き飛ばしただけでそれ以上の追撃はなかったが、イサは不意打ちを受けた感があったために腹が立ったのか大して気にしてはいなかった。相手があえてこちらの攻撃を待っているなんてことを。
「『颶爆烈撃掌』!」
風連空爆を打撃に載せ、強力な一撃を叩き込む――はずだった。いつの間にか相手の背後に回っている。そして互いに背中を見せているではないか。『風流し』をまた受けたのだが、風の束縛はない。失敗している。
映像は、『風を守りし大地の騎士団』とラグドたちのものだ。雨が降ろうとしている。
コサメを助けようとして、ウィードを見捨てようとした。そのための決別であり、そのための衝突であった。ラグドがああでもして止めたくれなければ、イサはもっと皆に迷惑をかけていただろう。
互いに向き直ると、同時に地を蹴った。
「連続で行くわよ。――『颯突き』! 『颯突き』! 『風連空爆』! 『閃風砲』!=v
最初の颯突きは躱し、二度目の颯突きは自分の飛竜の風爪で弾き、風連空爆は同じタイミングで相殺し、閃風砲には飛竜の風爪を掲げて防御壁に任せた。
おまけとばかりにイサも閃風砲を放ったが、風の衝撃波は軌道が逸らされた。『風流し』でも使われたのだろうが、これって無形のものにも使えたのかしら。
「『風牙・連砕拳』=I」
「こっちだって!」
瞬時に六連続の打撃を放つ技には、こちらも同じ技で対抗した。
今度は雪道が映った。ファイマと戦った時だ。あの時はいつも以上に体力の減りが早く、苦労したものだ。そして愛用した風の爪が壊れてしまった場所でもある。
「『旋風つむじかぜ』!=v
相手は敏捷上昇の風を纏った。それに対抗すべく、自分も『旋風』を纏う。
「『颯突き』!=v
『旋風』との併用は恐ろしく速い攻撃を実現する。それでも、イサは対抗手段を考える余裕があった。
「!」
思い切り後ろへの跳躍。相手の攻撃を楽に避けることが出来た。
「『風連空爆』!=v
風の爆発は、横へ跳んで躱した。爆発の起こる場所が予測できていたので、妙な場所で風連空爆は発動し、消えていく。
「『閃風砲』!」
近づくより先に風の衝撃波を飛ばす。また『風流し』を受けたらとんでもないことになってしまうからだ。
「『風魔・鏡影輪』!=v
激しい風の渦が相手の目の前で発生し、閃風砲の衝撃波を弾き返した。弾き返したものの、それは見当違いの方向へ飛んでいったため、防御を気にする事はないようだ。
切り替わった映像は、ベンガーナの闘技場だ。悪魔神官アントリアが厭らしく笑っている。あの時、初めて風磊と飛竜の風爪の関わりを知った。風神石を使っただけであれだけ強大な力を得るのだから、風磊全てが揃えば一体どうなるのだろう。
「『風連空爆』!=v
またも風の爆発。今度は先ほどより爆発のタイミングが早い。それでもイサは、あえて相手に接近することでそれを躱した。
それを待っていましたとばかりに、相手は飛竜の風爪を繰り出す。
「『風牙・連砕拳』!=v
「『鎧風纏』!」
自らが風の防御壁を纏う事により、相手の六打撃を受けずに済んだ。
見えたのは、リザードマンの群。東大陸ルームロイに渡り、リィダに道案内を任せたら増殖したリザードマンに襲われたのだった。偶然調査に取り組んでいた東大陸最強の冒険者『マナ・アルティ』が助けてくれたから良かったものの、あのままだと力尽きていたかもしれない。
相手はイサとは全く関係ない方向に走り出したかと思うと、周囲をぐるぐる回り始めた。少しずつだが距離が近づいている。
「それで撹乱させてるつもり?」
イサは笑いながら相手の動きを読んで、こちらから一気に距離を詰めた。だが、思わずにやりとしたのは相手の方だ。
「『風連空爆』!=v
超至近距離での風連空爆。これにはイサもぎょっとしたが、何の痛痒もなかったし、吹き飛ぶことも無かった。先ほどの『鎧風纏』の効果は持続しており、それが消え去るだけで済んだのだ。
しかし、下手をすれば首の骨が折れていたかもしれない。風連空爆は術者に近ければ近いほど爆発の威力が増すので、本当に危ない所であった。
「まだまだ! 『閃風砲』!=v
風の衝撃波が無防備なイサに飛ぶ。横に転びこむことで躱すことができたが、妙な体勢で躱したために足を挫きかけた。それでも負けられないという意志が、無意識にイサの身体を動かす。倒れかけながらも振るった腕の軌跡から風の衝撃波――閃風砲が飛び、相手を捕らえる。
映像は、シャンパーニ砦地下のアームライオンと戦った時の光景だ。
ムーナとラグドと自分の三人で協力して斃した魔物は、なかなかの強敵だった。あの場所で、エシルリムに眠る究極魔法の手掛かりを得たのだった。
「たぁっ!=v
閃風砲は直撃したはずだが相手は怯まず、まだ体勢を立て直しきれていないイサへ、痛恨の一撃を叩き込もうとする。
「『風連空爆』!」
少しくらい時間をちょうだいよ、と文句を言わんばかりにイサは風の爆発を起こさせた。中々の至近距離であったものの、やはり相手は痛手を受けた様子は微塵もない。
周囲の光景は、どこか広い玄室のようだった。あれはエシルリム塔城内の、ラキエルペルがマナスティス・ムグルを復活させた場所だろう。あの時を境に、リィダは少し強くなっていた。
「じゃあこっちも『風連空爆』!=v
「わっ」
今までで一番発動速度が早かったために、躱すことも防ぐこともできなかった。素直に吹き飛ばされている最中に、相手はそれを超える速度で急接近してくる。
「『颯突き』!=v
これまた速い速度の颯突きで、しかしイサは何が来るか分かっていたために迎え撃つことが出来た。狙う場所も分かっていたために、身体を少し捻るだけでそれを回避することは可能であったのだ。
「ならこれはどう?『風牙・連砕拳』!=v
急所を狙う六連続の打撃技。それに対する準備は既に整っていた。
「『風流し』!」
攻撃を受け流し、相手を風の流れに乗せて強制的に背後へ回らせる。その後は風の束縛により自由を奪い、あとは好きにするだけだ。
この返し技は成功し、相手は動けない様子。ふふ、どう料理してやろうか。
「『閃風砲』!=v
「え?!」
相手は振り返り、風の衝撃波を放った。慌てて躱したが、いくら何でも束縛から抜けるのが速すぎるように感じた。もしかしたら失敗していたのだろうか。
「『颶爆烈撃掌』!=v
風連空爆の打撃に載せ、強力な一撃に昇華させる奥義技。まともに受ければ骨が折れたりするのだが、要は当たらなければいい。
「もう一回『風流し』!」
苦手分野にあるこの技を使うのは気が進まなかったが、仕方ない。
しかも成功したのだから、結果オーライと言った所か。
「『颯突き』『風牙・連砕拳』『颶爆烈撃掌』!!」
相手が動けないのを好機に、一気に攻め込んだ。相手は躱すことなく、その全てを身に受ける。
相手がよろめくと、それの入れ替わりかのように周囲はザルラーバの兵士の映像になった。全身鎧を着ているのは既死兵だろう。過去のウィードの魂は、今も連なっている。もう会うことの無い皆のためにも、屈するわけにはいかない。
映像が青空に戻ると、相手はゆらりと佇んだ。攻めるわけでも、身構えるわけでもない。
試練とやらが終わったのだろうか。否、終わってなどいない。相手の目は、闘争本能のためにぎらついているようだ。それが静まっていないのは、まだ闘う意志があるということ。
「……まだ終わっていないよ=v
イサの声で、イサの口調で、彼女はそう言った。
「これが最後。さあ、超えてご覧なさい!=v
言って、相手は片腕を上げた。何をするつもりなのか、イサは分かっているつもりだ。創りかけはあったものの、それ以降も以前も、一度も使用していないもの。
自分が最大の攻撃力を誇る『攻』の最終奥義『風死龍』。
想像通り、相手の頭上に巨大な風の龍が生成された。
相殺ではだめだ。相手の『風死龍』以上の『風死龍』を打たなければ、試練に打ち勝ったとは言えない。
「まだよ=v
「え?」
相手は空いた片腕を掲げた。すると――もう一体の龍が生成された。
「まさか」
「そう、『神極・風死龍』よ=v
言いつつ、龍は重なり合い、聖なる風の巨竜へと変貌した。
ベンガーナで、風神石の力を借りて一度だけ使ったことがある。ウィーザラーに半ば意識を乗っ取られてのことだから、自分でどうやったのか全く分からない技だ。
「自分だけじゃ使えないのに」
と文句を言ってみるが、相手はそれに応答する様子はないようだ。
しかしこうなると、自分の『風死龍』では太刀打ちできまい。仮に、カエン師匠に見せてもらった『真極・風死龍』を放てたとしても、相手はそれ以上の威力を持っているのは明白だ。勝てるはずが無い。
「(だったら、どうすればいい?)」
自問して、すぐに答えが帰ってくるくらいなら迷いはしない。
「(だったら、だったら――)」
――だったら、何のために闘うか今一度思い出してみろ――
カエンのことを思い出したためか、それとも先ほどカエンと戦っている時の映像を見たためか、彼の言葉が思い出された。まだ彼がウィード城に留まり、イサに武闘神風流を教えていた頃の言葉だ。
あれは確か、『守』の技よりも『攻』の技が得意で、うまく『守』の技が成功しないために愚痴をこぼした時に言われた。
「何かコツとかないんですか?」
「それを含めたことは全て教えた」
「それでもできないんですもの。きっと師匠の教え方が間違ってます」
「……だったら、何のために闘うか今一度思い出してみろ」
「なんのためって……強くなりたいからですよ」
「…………」
そう、あの時カエンは黙り込んでしまった。あれは納得したから黙ったのではない。呆れてしまったのだ。
あの時のままなら分からなかっただろう。しかし、今なら分かる。
何のために闘うか――強くなりたいから。
ならば何故、強くなりたいか――。それこそ、カエンの求めていた応えであり、提示した答えでもある。
強くなりたい理由。ウィードを、守りたいから。自身が強くなれば、自らがウィードを守ることが出来る。だから、何者にも屈しない強さが欲しかった。過去にウィードを勝利に導いたリアッカ女王のように。単純な力だけではない心の強さも同時に求めた。
そのことを、イサは自覚していなかったのだ。
攻撃的な精神は『守』の技を使うには全く逆の素材だ。だから成功する確率は低かった。
カエンが常に完璧だったのは、彼にも守るべきものがあったから。その守るべきもののために攻めるから。
その理が、今のイサにも在る。
だから、今なら、今だからこそ、イサは恐れない。
「だったら――全ての風を、操る!」
声に出して、宣言した事に集中する。
この空間は風の精霊の中にいるようなものだ。周囲全てが風。その流れを自分のものにする。
相手の『神極・風死龍』が放たれた。
それでも臆する事はない。
風の流れは自分の味方だ。万事には全て流れが存在する。その流れを象徴する『風』を己が物とすることで何人たりとも近づくことさえ許さない風の要塞が作られる。風の王が住まう場所へ侵入を試みようとする愚者は、その風と共に自分が自分を喰うはめになる。それが――。
「武闘神風流『守』の最終奥義――『風王鏡塞陣ふおうきょうさいじん』!!」
風の要塞は完成し、それを飲み込もうとした聖なる風の巨竜は、強制的に流れを変えさせられ、相手に向かった。要塞の風を纏い、更に強力な威力を持って、術者を襲う。
――オオオォォォオオォオォン!!!
壮麗なる龍の鳴音は、相手を飲み込んだ。
余波が静まるのをじっと待ち、やがて荒れ狂っていた風が雲散霧消する。
「これでよかった?」
「ええ、上出来=v
相手は、無傷で立っていた。
イサの技が失敗したとかではなく、ただ単純にこの空間そのものがウィーザラーのような物なのだろう。
「ご存知の通り、わたしの力は三つに分けられ、封じられています。他の四大精霊エレメンタルに比べると、恐らくわたしが最も力が出せないでしょう。だから、あなたにはそれでなくても充分な力が発揮できることを知ってほしかった。そのための試練でした=v
風磊のうち、風神石と風魔石は所有している。しかし風龍石は行方知れずで、それを探すのも手間がかかるだろう。まずは魔竜神と融合してしまったらしいというファイマを探すのが得策か。
「あなたは魔王を斃す決意を固めた。そのためには、四大精霊の全てが協力しないといけないでしょう=v
「四大精霊、全て……。……他の精霊はどこにいるの?」
イサの問いかけに、ウィーザラーは微笑みながら首を振った。
「自然と集まりますよ=v
それだけを言うと、周囲が変化し始めた。流れが、風が、イサに流れ込もうとしている。
「恐れること無かれ。震えること無かれ。嘆くこと無かれ。風の如き自由こそ全て。風はあなたの味方です=v
流れて込んでくる物を、イサは怯むことなく受け止めようとした。
次々に見た過去の映像。自分の旅の記録。映像は戦いばかりだったが、実際はそうではなかった。
戦いだけでない。悲しい事も、楽しい事も、嬉しい事も、憎しみを抱いた事も、いろいろあった。
それでも、その過去が積み上がって、今のイサがいる。
これが――これが私の旅だった。憧れていた冒険だった。
その旅を経て、そしてその時その時の自分を乗り越えて、強くなった。
「あとは、運命の意志に従いなさい=v
ウィーザラーの声は、遠くから喋っているようにも、耳元で囁かれているようにも聞こえた。
目を開けると、もと立っていた場所だった。
「イサ様!」
「イサさん!」
ラグドとリィダが安堵したような、驚愕したような、もしくは両方のような声でイサの名を呼んだ。リィダなど、涙ぐんでいる。
「よかったっす、消えちゃった時はどうしようかと思っていたっすぅ」
「う、うん、大丈夫、だから」
イサの手を取ってぶんぶんと上下に激しく揺らすものだからぶつ切りの言葉になってしまった。それでも放そうとしないものだから、いい加減にしろと言わんばかりにキラパンがリィダを引っ張る。
「ご無事だったのですね」
ラグドが心底安心したように言った。
「私が無事じゃない状況に置かれているとでも思ったの?」
「いえ、そういうわけではありませんが、心配でした」
からかったつもりが真面目に返されてしまったので、イサとしては複雑であった。
「ウィーザラーの、力を借りることが出来たの」
何が起きたのかを説明するために、まずはそれを言った。
ここに感じる力は、ウィーザラーを秘めた自分のものである。
「四大精霊全員が協力しないと魔王は斃せないだろう、って。他の精霊は自然に集まるってウィーザラーは言っていたけど、その意味がなんとなくわかった」
言って、視線をラグドに向ける。
ウィーザラーの空間に行く前こそ気付かなかったが、今なら分かる。
四大精霊の力を得たからだろう、それはすぐに理解できた。
「ラグド、あなたってば大地の四大精霊ヴァルグラッドの力を得ていたのね」
「……はい」
間はあったものの、ラグドは素直に頷いた。
「申し訳ありません。隠し立てするつもりはなかったのですが」
「ううん、いいの」
元々が多くを語らない性格だし、ウィーザラーの力を得る前なら抜け駆けのように感じてしまっていたのだろう。
「ね、言った通りでしょ=v
どこからともなく声が聞こえてきた。
「へ? なに? 今の声、誰?」
誰の声かと周囲を見渡すが、誰もいない。それに、他の皆は聞こえていないようだ。聞こえてきた方向も、具体的に何処というより心の奥底から湧き上がってくるようなものだった。
「ウィーザラーなのではありませんか?」
何かを察したのか、ラグドが言った。彼も似たような体験をしたのだろう。
「正解。まあ、あなたにしか聞こえてないんだけどね=v
イサは目を丸くして、「へぇ」と言うくらいしかできなかった。
それというのも、幾分かウィーザラーが気安くなっているように感じたからだ。それこそ、先ほどまでは威厳に満ち溢れていたものだったが、今はなんだか星降りの精霊に似ている。友達だと言っていたのも頷けるくらいに。
「いやぁ、一応わたしってばこの地方じゃ神様みたいなものでしょ。だから人前では威厳を保たないといけないんだけど、今はあなた一人だからいいかなって=v
「はぁ……」
「まぁわたしのことなんていーの。それよりも、魔王を斃すのでしょう。今は人間界ルビスフィアにいないわよ=v
「それじゃあどこに……?」
「魔界。ついでにいうと、魔界のほうが風龍石が見つかるかもしれないわ=v
「魔界って……あの魔界?」
事前にヴァルグラッドから情報を得ていたラグドは表情一つ変えなかったが、イサの口走ったその言葉で、何も知らないリィダとキラパンは何が何だか分からないと言った様子で首をかしげている。ついでにホイミンはいつも通り笑っているだけだ。
かつて世界が三つに別れた三界分戦。その時に世界は人間界、神界、魔界に分かれたという。
その魔界に、魔王がいる。戻っていると言ったほうが正しいのだろうか。
「魔界だろうと神界だろうと関係ないわ。どこまでも追いかける!」
と意気込んだものはいいものの、肝心なことをまだ聞いていない。
「ねーねー。魔界ってどうやって行くのぉ?」
ホイミンがくるくるふわふわしながら最もなことを言った。魔界へ行く手段など知るわけが無い。
「って……そういえばホイミン、あなたは魔界の住人じゃなかったの?」
ウィード王から紹介された時、間違いなくホイミンはそのような名目で仲間になったのだった。
魔界と人間界の行き来の仕方を知っていてもおかしくない。
「気付いたらこっちの世界にいたから、どうやって来たか知らないよ♪」
どうして嬉しそうにいうかなこのホイミスライムは。
「じゃあどうすればいいのよ」
ムーナなら何かしら知識があったかもしれないが、もう彼女はいない。頭脳派の要であったムーナを失ったのは、こうした状況としても辛いものがあった。
「――その問いには僕が答えてあげよう、『神風の王女』」
いつの間にそこにいたのだろう、巨大な鎌を抱えるように胡坐を組んでいる青年がいた。
「あなたは……」
イサとリィダ、そしてホイミンとキラパンはその青年を見たことがある。人の形をしているが人間ではないことを証明する要素に満ち溢れたその者は『死神』を名乗っていた。
「なんで、この時代にいるの……?」
驚きよりも恐怖があった。
彼と会ったのは五百年も昔の時代、風地戦争の真っ最中である。
今は間違いなく魔王が復活した元の時代――半年ほど過ぎているが――だ。人間ではないことなど分かりきっているが、それでも恐ろしいことには変わりない。
「僕はどこの時代だろうと何処の世界だろうと存在する。それが僕という存在だからね」
「お前は、何者だ?」
ラグドが地龍の大槍の先端を『死神』に向けた。
「やだなぁ、自己紹介は済ませているはずだよ。ん? おっと、君にはまだったかな。僕は『死神』。それ以上は何もない」
くくっと『死神』が笑う。
「……さっきの話は、本当なの?」
「魔界への行き方? もちろんだとも」
「信用するのですか?」
ラグドが非難するように言う。それもそうだろう、イサとて相手を信用できるとは思っていない。心の奥底に居るウィーザラーも警戒しているようだ。
「でも、情報は必要だもの。私たちには手段も知識もない。利用できるものはなんでも利用しなきゃ」
イサの言葉に、うんうんと『死神』がにこやかに頷いた。
「主君がそう言っているんだ。君はどうするんだい?」
「…………」
ラグドは無言で、地龍の大槍を消した。戦意はないということを遠回しに伝えたのだろう。
「ふふん♪ それじゃあ教えてあげよう。とは言っても、これを使えば大体分かると思うよ」
そう言って『死神』がどこからともなく取り出したのは、四冊の本であった。二冊は赤と青のグラデーションがかかった装丁に、複雑な文字が書かれている。もう二冊は翠と茶のグラデーションで、こちらも複雑な文字が書かれている。
「これは?」
「魔書さ」
ムーナがエシルリムでマジャスティスを使用した際に媒体としたもの。それが魔書だ。
キメラの翼などの魔法効果を持つ道具と同じ分類にあたる本であり、様々な魔書が存在する。
「でも私、魔書の使い方なんて知らないよ。魔法なんて使えないし」
魔書を使用するのは主に魔道士だ。ムーナなら扱えただろうが、イサやラグドは魔法を使ったことなどない。
「四大精霊の力を得た今なら大丈夫。それに、これは魔法を行使する為のものじゃない。魔法を受ける為の魔書だ」
言いつつ、『死神』はイサとラグドの二人に二冊ずつ手渡した。
「開いてご覧。読むんじゃなくて、観るんだ。そして、知ろうとする。それがその魔書の使い方ダヨ」
笑みを浮かべた『死神』だが、とても爽やかな笑みとは言えず、どちらかというと何かを企んでいるような笑みだったので、やはり信用できそうにない。本当に大丈夫だろうか。
「これ、何の魔法が封じられているの?」
恐るおそる、最初のページを開きながら聞いた。
「物語さ。君達の仲間になる人たちの、ね」
ラグドも同じく魔書を開いた。
「ああ、そうそう。その表紙に書いてあることね。古代文字でこう書いてあるんだヨ」
光のような、闇のような、何かが溢れ出て、視界と脳を揺さぶる。何かが入り込んでくる感覚、これは――なんだろう。
「――『精霊伝説-炎水龍具-』」
これは、情報だ。
炎の精霊の力を得た人間と、水の精霊の力を得た人間の経緯の情報。
炎の戦士と、水の魔道士。二人の物語。そして自分たちが互いに交わる物語。
イサとラグドは知った。ウィード城を崩壊させたのが誰なのかを。星降りの精霊が語っていた「世界の暴走」がなんであるかを。かつて出会ったファイマと旅を共にした赤髪の戦士、青髪の魔道士のことを。今の時代の『龍具』使いのことを。魔王の計略によりこの世界にきた彼と彼女のことを。
そして勇者ロベルが、この世を去っていたことを――。
「エンと、ルイナ……。炎の精霊と、水の精霊の力を得た人」
ウィーザラーは言った。他の精霊は自然と集まる、と。彼らは、今まさに魔界へ赴こうとしていた。
目的は同じ、魔王を斃すということ。
魔界へ行くには、東大陸に存在する魔界紋を目指せばいい。
流れ込んできた情報は、余すことなく受け止めることが出来た。
たった一瞬の出来事だったが、これがこの魔書の力なのだろう。
「君たちは今、仲間になる人たちのこと、そして行くべき場所を知った。それに、自分の役割をしっかり把握しているみたいだから、調節しなくても良さそうだね」
嬉しそうに『死神』が笑った。
「向こうの人たちは突っ走るから抑え込むのが大変なんだよね。それじゃあ、後は勝手に宜しく。縁があったらまた会おう」
「え、ちょっと!」
イサが呼び止めても、『死神』を名乗る青年は登場と同じく唐突に消え去っていた。
その後、皆はコサメの墓前に集まった。
この場所が無事であるかを確認もしたかったし、ここを帰るべき場所としたからだ。
「必ず、戻ってくるから。だから、行って来ます」
迷うことなく、躊躇うことなく、イサは言った。
それを祝福するかのように、優しい風が流れた。
「それじゃあ、本当にいいの?」
イサの問いに、リィダは頷いた。
彼女は魔界へ行かず、この地に留まると言ったのだ。
「ウチが行っても、足手まといになるっす。だから、ここで姐御とコサメさんのお墓の、墓守になるっすよ」
確かにいくら闇化の力を得たとはいえ、リィダの実力では魔界へ行って生き残れる保証はない。それを言うならホイミンも同じはずなのだが、彼はもともと魔界に住んでいたこともあるので大丈夫なのだろう。
「それに調べたい事もあるから、墓守をしながらそれをするつもりっす」
こちらも無理に魔界へ連れて行く理由もないので、リィダとはここでお別れということになる。しかし、永遠の別れにするつもりなど、毛ほどもなかった。
「イサさん、ラグドさん、ホイミンさん。またここに帰ってきてくれるっすよね」
「うん」
「無論だ」
「当たり前だよ〜♪」
イサとラグドとホイミン、それぞれに握手をしながら、リィダは泣きそうになるのを堪えていた。
前なら泣き出していたかもしれないが、リィダもまた強くなっていた。最後まで泣かず、皆を見送ることが出来そうだ。
「行って来ます!」
イサの元気な言葉と一緒に、三人は姿を消した。
ウィーザラーの力を借りて、初めての魔法ルーラを使ったらしいが、どうやら成功したらしい。
東へ向けて、光が飛んで行った。
「……墓守はいいけどよ。なんだ、調べたい事って=v
それを見送っていたリィダに、キラパンが不思議そうに聞いた。
「あれ? 言ってなかったすか?」
「言ってねー聞いてねー=v
「キラパンを、人間に戻す方法っす」
「…………はぁ?!=v
キラパンが今までに見せたこともないような表情になったので、リィダは思わず笑ってしまった。
「笑うな! お前が変なこと言いうからだ!!=v
「あはは、ごめんっす」
キラパンの首筋辺りを撫でてあげながら、リィダは素直に謝った。
「でも、本当のことっす。いつか、キラパンを元の人間に戻してみせるっすよ」
「どうやって調べる気だ?=v
「そうっすねぇ。まずはハーベストさん達に連絡でも取るっすよ。あの人たち、色んなこと調べまわっているっすから」
「本気か?=v
「本気っす」
「………………ふん=v
キラパンはそっぽを向いてしまったが、その仕草をする前は明らかに照れていたように見えた。嬉しかったのだろう。
リィダは、改めて誓った。必ず人間に戻してやろう、と。
「――ぶぇっっくしょぉぉい!」
派手なくしゃみをしたのは、赤髪の戦士である。――とはいえ、イサたちがつい先ほど知った人間ではない。
「なにどうしたの? ハーちゃん、風邪でもひいた?」
盛大なくしゃみをした当人、ハーベスト=カエイルは、リシアに心配されつつも、ううんと首をかしげた。
「これって風邪っていうのか?」
「知るか」
残念な事にハーベストは風邪にかかったことがないらしく、風邪がどういうものか知らないらしい。そして素早くツッコミをいれたヴァンドも健康体で風邪など知らない。
結局はただのなんでもないくしゃみであった。
二人が、走ってくる。
「それじゃあ、準備はいい?」
二人が間違いなくその二人であることを確認して、イサはラグドに振り返った。
「いいですが……本当にやるのですか?」
困ったようにラグドが言うのも当然のことで、なんだか卑怯な気がしてならないのだ。
「当たり前でしょ。こうでもしないと、いきなり信じてもらえたりしないでしょうから」
最もな理由だが、どうも悪戯心でやっているとしか思えない。
しかし、もう引き返すことは出来ないため、やるしかないのだ。
赤髪の戦士と、青髪の魔道士はすぐそこに来てしまったのだから。
「よし、行くぞ」
赤髪の戦士――エンが言った。それを合図に、イサが計画を実行に移す。
ヴヴン―――。
虫の羽音のような、妙な音。ルーラの応用で、短距離ながらも大人数を一斉に運んだのだ
「今度は……なんだよ?」
エンの顔が青ざめる。それもそうだろう、周囲は兵士、兵士、兵士、兵士、兵士と兵士に囲まれているのだから。
「見つけた! 『炎水龍具』リーダー、エン!!」
目の前で言ったつもりだが、相手は慌てて左右を見渡している。もしかして見えてない。見られてない。そりゃあ身長差はあるけど、ラグドほどじゃないのに!
エンはふと横を見て、ルイナの視線がやや下を向いることに気付いたらしく、その視線を追って、ようやくイサを見た。
「……誰だ?」
エンが聞くより先に、イサは不機嫌の三文字に支配されていた。直接言われたわけではないにしろ、なんだか久々に『小さい』と言われた気がしたのだ。見えないほどそんなに私は小さいか!
「犯罪者エン! あなたは牢獄で一生罪を償いなさい!」
だからだろうか、演技のための言葉は怒気を含んでいた。
「は、え、ちょっ、ま……。……犯罪者ぁ?!」
相手が思った以上に取り乱したので、イサの溜飲もやや下がった。あくまでやや、である。
「第一に、豪華客船『エスタード号』の撃沈」
その言葉で、彼の額に汗が滝のように流れた。
「第二に、エルデルス山脈の国宝山『フリーザル』の破壊」
その言葉で、エンはさらに慌てた。
「第三に、ウィード城に深夜の不法侵入」
これも魔書で得た情報である。まさかあれがこの二人だったとは思わなかったが。
「第四に、古代遺跡の破壊」
思い当たるものがやはりあるのだろう、口をぱくぱくさせてまるで金魚のようだ。
「そして、これが一番許せない……ウィード城、崩壊……」
「ちょ、ちょっと待て!? オレは城を壊したことなんかねぇぞ?!」
慌てふためいて弁明しようとしているが、はたとエンは気付いた。
「――エルマートンだ……」
自分じゃない、というのはもちろん知っているが、イサはそれを無視した
「問答無用! 皆の仇!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 頼むから!!」
イサは聞かず、威嚇するように睨みつけてきた。周りの兵士も、槍やら剣やらをエンに向けている。どうにかしてくれ、とエンは目でルイナに訴えたが、彼女は首を傾げるだけで終わらせた。
「どうしろってんだよ……」
「どうもしなくてもいいわ。半分以上、冗談だから」
「そうか…………って、は?」
エンはぱちぱちと目を瞬かせた。
「もういいよ、ラグド」
「御意」
草むらに隠れていたラグドは、地龍の大槍を地面から抜いた。
それと同時に、エンたちを囲んでいた兵士は泥になり土になり大地になり、消えた。
あの兵士たちは、大地の精霊を操って作り出した土人形だったのだ。
「なんだったんだ?」
エンが驚くのも無理はない。状況がまるで分からないのだ。
「私はイサ。風の精霊ウィーザラーの力を持つ者よ」
「同じくラグド。大地の精霊ヴァルグラッドの助力を得た」
「え、えっと。エンだ。こっちはルイナで……」
「知ってるわ。炎の精霊と、水の精霊でしょう」
エンが自分たちを紹介しようとするのを遮って、イサが喋った。
「あ、ああ。そうだけどさ、結局お前ら何者なんだ?」
「それを知りたいなら、これを使って」
イサは『死神』から受け取った魔書の、翠と茶のグラデーションがかかった方を渡した。イサたちが使ったのが『炎水龍具』に関するものなら、こちらは自分たちに関するもののはずだ。
「私たちがあなた達の過去を知っているのは、さっきのやり取りでわかったでしょう。それもこれのおかげなの。だから――」
「あー、まあ待て。つまり、味方なんだよな?」
「え? ええ、そうなるよ。同じ魔王を斃すっていう目的があるし……」
「じゃあいいや。要らない」
言って、エンは魔書を押し返した。
「で、でも」
「いいんだよ。味方なら、今から知っていけばいい。お前達の過去より、今からのほうが大切だ」
「そうかもしれないけど……」
納得してもらうためにちょっとした悪戯をけしかけたのに、なんだか器の大きさが違うように思えてしまった。
「貴女もよろしいのですか?」
ラグドはルイナに聞いた。魔書で知った彼女の性格なら、答えは一つだ。
「……はい」
やはりな、と思いつつラグドは返却された魔書を受け取った。
「そんじゃ、改めて行こうぜ!」
四人を代表するように、エンが歩み出る。
その先は、魔界紋。魔界へ通ずる道。
迷いなくそれに立ち向かおうとする者、四人。
……ここで、イサとラグドに関わる話は一旦終わる。これからの物語は彼女等だけのものではなくなったから。伝説の片割れにしかすぎなかった彼女等は、もう一つの片割れと出会ったから。
風と地が歩んできた道は、神将となることで終わりを告げた。
そして、四大の精霊達は交わり、全てに繋がる物語にして全てに終わりを告げる物語がここから始まる。
“時”は、動き出したのだ。
〜精霊伝説第2部 『風地神将』 完〜
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