64.風国王女
そこは闇の中だった。
いや、ぼんやりとだが風景が見え始めた。しかし光景の周囲はぼやけており、それが夢の中である事をイサは悟った。
鮮明に見えている部分が、より鮮明になっていく。広い空、青々とした草原。ぽつぽつと背を伸ばしている木には、まだ熟していない果物がぶら下がっている。その木々に囲まれるようになっている建物が一つ。
佇む建物は、教会らしい。
遥か上空から見下ろしているようだったが、一瞬の間に地面に近づいた。
上空から見たときには気付かなかったが、二人の子供が外に出て駆け回っていた。
「待って、待ってよ」
限りなく茶に近い金色の髪に、淡い鳶色の瞳の少女が、前を走る少年に走りながら訴える。息を上がらせているわけではないし、困ったような声でもなく、いわゆる月並みな男女のカップルが浜辺で「待ってよ〜」というのに対して「うふふ、捕まえてごらんなさ〜い」と最後にハートマークをつけそうな場面である。
その月並みな場面と違うのは、男性が女性を追いかけるのではなく、少女が少年を追いかけている、ということと、互いに恋愛意識という概念なさそうなことくらいだ。まだ七,八歳だろうか、まだ男女の区別をはっきりさせていないのかもしれない。
「ほら、早く早く」
少年は少女のリクエストとは反して、相手を急かした。それで少女が気分を害したということもなく、二人は円満の笑みを浮かべて楽しんでいるようだ。その光景は微笑ましく、眩しいものだった。
だが楽しい追いかけっこも唐突に終わることになる。
少年が足を止め、その幼さに似合わぬ冷たい表情で教会と逆の方向を睨んだ。
少女も前の少年が止まったので必然的に追いついてから足を止めたが、少年と違って脅えた表情で少年の影に隠れるように、彼の服の裾を軽く握った。それに気付いたのか、宥めるように少女の頭を軽く撫でる。
少年が睨んだ先、まだ視界がぼやけている部分であったが、そこから無駄に豪奢な僧侶服を着た、神に仕える者とは思えない太った男が現れた。後ろにはこれまた武装した僧侶が続いており、少年と少女を一瞥した後、ふんと鼻を鳴らすと卑しい笑みを浮かべた。
「シスターはおるかね?」
少年と少女は答えない。口も利きたくないというのと、敢然としているもののよく見れば微かに震えているようだ。
何も答えない二人に怒った様子もなく、あくまで良質的な笑みを浮かべているつもりなのだろう、笑顔を保ったまま少年達の横を通ってずかずかと教会へ歩いていく。その姿を、二人はただ不安ながら見ることしか出来なかった。
場面が急に変わる。
見ていたものは屋外の光景であったが、今度は教会の中のようだ。さっきの神職とは思えない僧侶と、困り顔のシスターが口論しているようだ。夢なのだから仕方ないのだが、どうも聞き取れなくて音量を上げてくれと注文したくなる。
「もういい! 早々にこの地を明け渡さなかったことを後悔することになるぞ!!」
だからといってこれは音量が大き過ぎた。夢を見ている自分は顔を歪めているのではないだろうか。
来た時と同じく唐突に、その男は出て行った。
それを見送ったシスターはため息をついて、胸の前で十字を切り神の名を呟く。
その更に後方、シスターがあの男の背中を悲しげに見ていたのならば、複数の目が不安気に彼女の背中を眺めていた。それに気付いたのだろう、彼女はあの男と比べるのも失礼なくらい柔らかな笑みを浮かべて複数の視線を受け入れた。
複数の視線の正体は、幼い子供達である。男の子もいれば女の子もいる。まだ一人で遠くまで歩けそうにないほどの子もいれば、先ほど外で駆け回っていたような子供もいる。その中で最年長であろう年頃は、やはり外に出ていた二人のようだ。
「孤児院おうち、なくなっちゃうの?」
誰かの発した言葉は、皆の言葉であった。
「嘘はつけないわね。うん、もしかしたらなくなっちゃうかもしれない」
隠すことなく、真実を告げるシスター。嘘も方便というが、この場合は隠しようがないのだから仕方ない。それでも、シスターは柔らかい笑みのままだ。
「でも大丈夫。別の土地へ行って、そこで新しい生活を始めましょう」
言葉だけならまだ希望があるが、実際は難しい。これだけの人数の子供を抱えたシスターが一人では、職もままならないだろう。教会の外には畑などもあり、また周囲の木々には果物が実っているので食料はあったが、これからはそうもいかない。
「別の土地……ウィードかザルラーバに行くの?」
住んでいる土地とは別の場所へ行く、というのは子供の好奇心を刺激したらしい。現実の辛さを想像することすらできずに、顔を輝かせて聞いてきた。
「そうね。どうせならウィードに行きましょうか」
ザルラーバは治安が悪い、という印象があったらしく、もしかしたらあの僧侶もザルラーバの人間なのかもしれない。
「ザルラーバに行って兵士になりたかったんだけどなぁ」
男の子たちが口々にそう言ったりしている光景を、シスターは微笑ましげに眺めていた。
これからの生活に希望を見出し、心を躍らせる。
そのささやかな幸せは、すぐ消えることになった。
その夜。皆が寝静まった中、二人の子供が教会を抜け出した。最初に外を駆け回っていた少年と少女だ。二人は暗闇の中を慣れた足取りで進んでいく。
その先は、小高い丘であった。見惚れるような星空が世界を支配しており、二人はしばらく無言でその空を見続けた。
「ここに来ることも、なくなっちゃうのかな」
「…………」
少女の寂しげな問いに、少年は黙って頷いた。
「また、来たいよね」
「うん」
今度は頷かず、言葉で答えた。
「ねぇ、指きりしよ」
「なにを?」
「二人でまた、ここの空を眺められるようにって」
少女は言って、小指を少年に向けた。最初は驚いたように目をぱちぱちとしていた少年は、笑みを浮かべてそれに応える。二人の指が、交錯した。
「約束よ」
「約束だ」
二人の約束が果たされる時は、来るのだろうか。
それから少年と少女は来た道を戻ろうとした。だが、視線を教会の方へ向けた途端、その目が大きく見開かれる。
今は、夜だ。それなのに、教会の方が赤々と明るい。それは篝火とか、焚き火とか、そのようなもので見える明かりではない。それは凶悪な炎で、燃えているものは――。
走った。二人は走った。嘘だ、と心の中で呟きながら。
しかし現実は真実のみを伝えた。燃えていく教会、それを眺めている人間が数人。何人もの従者を連れた、あの僧侶だ。厭な笑みを浮かべて、人の命を奪っているというのに楽しそうにしている。
―――目的は地下の…………地表の建物がどうなろうと――。
風向きの影響か、男の言葉が少しだけ聞き取れた。
さすがに幼くても、二人の子供は彼に見つかればどうなるか想像がついた。燃え盛る炎の中に放り込まれるなり、とにかく良いことはあるまい、そしてその想像は外れることはないだろう。見つかる前に逃げなければならないが、足が竦んで動けない。
教会の大黒柱が焼け崩れたのだろうか、一際大きな音を立てて、教会そのものが崩れ落ちた。
「ああぁぁあぁああぁああぁぁぁぁ!!!」
それが引き金になったのか、二人は堪えきれず叫びながら逃げた。ちょうどその音は炎の轟音にかき消され、あの男は気付かなかったようだが、それでも二人は逃げた。どこに走っているのかも分からず、互いがはぐれてしまったことにも気付かないままに。
走って、走って、逃げて、逃げて、ようやく落ち着いた頃にあたりを見回す。
その場に立ち尽くすのは自分ひとりだけ。
少年は少女の名を叫び、少女は少年の名を叫んだ。
二人がその場で合流することは、なかった……。
そこでイサは目を覚ました。
宴で騒ぎ疲れて眠ってしまったのだ、ということを自覚するには数秒の時を要したが、窓から差し込む朝日の光を見ているうちに頭も冴えてきたようだ。
「……朝、かぁ」
欠伸をしながら、イサは身を起こした。
「って、あれ?」
そこでようやく気付く。自分が眠っていた場所は、客室のベッドではなかったのだ。
周囲には複数の妙な男どもが妙な格好で寝ており、その中心にイサはいたのだ。
「え、え、え、なんで!?」
顔を赤らめながら左右を見渡す。知り合いは誰もいない。昨夜、眠る前の記憶を引っ張り出そうとするが、さっぱり思い出せない。何故にこんな場所で無防備に眠ってしまったのだろうか。
「おや、おはようございます」
「ラグド!?」
よく知っている人物の登場に、イサは嬉しいやら恥ずかしいやら、狼狽気味に名を叫んだ。
「いやはや、昨日は凄かったですね」
「へ?」
「覚えていないのですか? 酔っていらしたようですからね」
「……私、何したの?」
「腕自慢ですよ」
言われて、思い出した。宴の途中で、武闘家を名乗る男が、「オレは最強だー」と豪語していたので、イサが勝負を仕掛け、赤子の手を捻るように倒してしまったのだ。そこから、次々と挑戦者が現れ、イサはその全てを蹴散らし……最後の一人を倒した後に疲れて眠ってしまったのだ。
そういえば、眠っていたこの場所も広間の一角である。
「武闘神風流には酔拳でもあるのですか?」
真面目に聞いているのではなく、さすがに冗談として言っている。
「もう言わないで……」
どっちにしても恥ずかしくなるから、とまでは言えなかった。
その様子を、どう誤解したのかラグドは心配そうな顔つきになった。
「どうかなさったんですか?」
「え、いや、その……えっと、変な夢を見て、ちょっとね」
と、誤魔化したものの、嘘は言ってない。
「変な夢、ですか」
「うん……」
自分で言って、本当に変な夢だったと思う。まるで、過去に起きた事がそのまま映し出されたかのような夢。
もしかしたら、あれは『棄てられた教会』だったのかもしれない。昨夜、誰かが教えてくれた話。かつてあの教会は孤児院を運営して慎ましく生活していたようだが、その地下には莫大な財宝が眠っているという噂が流れていた。その噂を聞きつけ、ザルラーバの強欲な神官が強引に教会を奪ったのだという。
結果、膨大な地下空間はあったものの、莫大な財産といえるものは何も見つからなかったそうだ。
その腹いせに教会を焼き崩した、ということらしいが事実はわからない。もしかしたら先ほど見た夢こそ、真実なのかもしれなかった。
そして、二人の幼い子供。
少年は、少女の名前をキュアと呼び。
少女は、少年の名前をピッドと呼んでいた。
「声が聞こえるかって? 誰の?」
朝食の際にラグドに問われ、何のことだかすぐに思いつくことが出来なかった。
「……星降りの精霊です」
レイゼンが命を落とすことで星降りの精霊との接触が可能になるらしいのだが、具体的にいつ接触できるようになるのかはわからないままだ。だからイサに聞いてみたのだが、どうやら未だ星降りの精霊の声は届いていないらしい。
「そういえば、私達ってどうやったら元の時代に戻れるのかな?」
歴史が改変されたらしいことを知ってからは、正史に戻すことで慌ただしかったため、重要なことをすっかり忘れていた。
「ずっとこのままかもぉ〜」
不吉なことを言ったのはホイミンで、触手の一本でバター麺麭、もう一本でミルクをと器用に持っていた。
「変なこと言わないでよね……って、ああぁぁ!!」
口を尖らせた矢先、イサは大声を上げて席を立った。
「ど、どうしたんすか?」
幸い、この朝食の席にはイサたちだけだったので目立つ事はなかったが、仲間内でも驚くものは驚く。
「そういえば! ホイミン、あれって何だったの?」
「え〜? あれって〜〜?」
「あなた、人間に変身したじゃない」
「知らないよぉ〜♪」
あはあはと笑いっぱなしのホイミンは何を言ってもとぼけ通すだろう。故に、標的を変えた。
「リ・ィ・ダぁ。あなたも何か知ってたよね?」
『死神』を名乗る青年から『棄てられた教会』のことを教えられたその後、ホイミンに何か頼んだのは他でもないリィダ自身である。あの『死神』の存在も気になるが、今はそれよりホイミンのことである。
「う、ウチも知らないっすぅ」
汗だくのまま目を逸らされては知っていると教えているようなものである。
「隠し事する気?」
「いや、その……」
顔も青ざめ、がたがたと震えられては、さすがにこれ以上追求するのがかわいそうになってきた。
「……まあいいわ。その内、じっくり聞くことにする」
「あぅ……助かったっす……」
「というか、そもそも色んなことが起き過ぎたのよ」
ホイミンの事や、ラグドから聞いた、ムーナがイサの姉であったという事、ムーナの死、元凶はレイゼンであったという事、多くの出来事を一度に聞かされたりしたため、感覚が麻痺したのか物事にそう動じなくなってしまった。
なんだか悲しいことだが、いちいち迷っていたりしたら今の状況に押しつぶされてしまう。
「全くだわ。そっちも大変だったみたいね。こっちも大変だったわ=v
「お互いに苦労するね」
食後のミルクコーヒーを飲みながら、イサは相槌をうった。
「……イサ様。今、誰と話したんですか?」
「え? 誰って……あれ?!」
この場にいるのは、イサとラグドとホイミンとリィダとキラパンだけである。聞こえてきた声は、誰の声でもなかった。
「はぁ〜い! お疲れ様ぁ!=v
「あ、星降りの精霊!!」
聞こえてこなくなっていた星降りの精霊の声。久々に聞いても、やはり楽天的な調子は変わっていないようだ。最初の一声こそ他の皆は聞こえなかったものの、星降りの精霊の声は行き届いているようだ。皆も驚いた顔をしている。
「今までどうしてたの?」
虚空に向けて問いかけると、答えはすぐに返ってこなかった。
「……色々あったのよ。ともかく、こっちに戻ってきたから話すわ。この時代に来た目的、忘れたりなんかしてないよね?=v
「それは、もちろん」
現代の風神石を守るために『永久への風結界エターナル・ストーム』を作り出す『風種』を植える。本来ならそれだけだったのに、歴史改変のおかげで随分と長居をしてしまったものだ。
「それじゃ、ぱぱっとやっちゃいましょう。宝物庫にレッツゴー=v
この時代の宝物庫は、現代のウィード城と同じ場所にあるらしく、その場に『風種』を撒くだけでいいらしい。
しかしいくら何でも勝手に宝物庫に入っていいものかと思ったし、さすがに警備兵もいるかと思ったのだが、行ってみて唖然とした。無防備にも誰もいないという事実が待ち構えていた。
すんなりと宝物庫に入ることができ、風神石が安置されているだろう祭壇もすぐに見つかった。
「『風種』をその辺に撒いてちょうだい=v
言われた通りにその場に振り撒くと、『風種』は溶けるように消えて……なくなった。
「これで本当にいいの?」
「いいのよ=v
「うん、いいね」
イサの問いかけに星降りの精霊が返し、イサたち以外の人間も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気楽に答えた。
「ラックスさん……」
振り返ると、そこには寝ぼけ眼のラックスが突っ立っているではないか。今の状況をどう説明するべきか、全員が動揺した。だがラックスはその動揺をからかうように微笑むと、イサの手を指差した。
「面白そうなもの持ってたね。それ、オイラにもくれないかな?」
「……『風種』のこと?」
「『風種』っていうか。うん、それだ。悪いようにはしないからさ」
「でも……」
どうしよう、とラグドに問いかけるような視線を向けるが、イサ様が決めてくださいと言わんばかりの視線が返ってきた。くれと言われて、はいとあげられるものなのだろうか。そもそも、所持していた『風種』は撒いてしまった。
「いいんじゃない=v
「いいの?!」
星降りの精霊があっさりと承諾したものだから、つい声を上げて聞き返してしまった。
「いいのよ。どうせ五百年くらい経たないと効力発揮しないんだし。はいこれ、追加の分=v
イサの手元が光り、先ほど撒いた『風種』と同じものが現れた。
「……まだあったんだ」
それをラックスに手渡す。彼は円満の笑みを浮かべると、腕まくりをしてばしーんと自分の腕を叩いて見せた。
「オイラの鍛冶師としての力、披露してやるよ」
「う〜ん、それはありがたいんだけど……」
この時代での用件は終わった。元の時代に戻って、風神石の有無を確認しなければならない。
「なに、心配するな。考えはあるさ。あ、それから君たちはもう帰るんだろう? その、元の時代ってやつにさ」
ザルラーバとの決戦時に未来から来たと公言したからには、彼なりに理解しているところもあるのだろう。ここで嘘をついてもどうしようもないので、素直に頷いた。
「このまま帰えるんだろ。長居はしないほうがよさそうだし」
確かに、過去に来ている時点で何かする度に未来へ影響してしまうかもしれない。余計なことは自分たちの時代の改変に繋がってしまう。
「ま、キュア騎士団長やリアッカ女王様とかにもよろしく言っておくよ」
「うん、いろいろとありがとう」
最後にラックスと握手をして、別れの言葉を交わす。
後は、唐突に現れた時と同様に唐突に去っていった――と思ったが、思い出したようにラックスは背を向けたまま顔だけをこちらに見せた。
「そうそう、リアッカ女王様から伝言だ。未来のウィードをよろしく!=@だってさ」
「うん! もちろん≠チて言っておいて!」
「オッケーイ。それじゃ、バイバイ」
ラックスがにっこりと笑って手を振る。それからはもう振り返ることもなく、足を止めることもなかった。その姿が見えなくなるまで、イサたちは何となく立ちっぱなしだったが、やがてイサが笑みを浮かべて言った。
「良い人だったね」
「ええ、そうですね」
「張り切ってたねぇ〜♪」
「面白い人だったっす」
「…………まあな=v
キラパンの意味深げな同意にリィダは小首を傾げながらも、問い詰める余裕はなかった。
「それじゃあ、さっさと元の時代に戻りましょうか!=v
星降りの精霊がタイミングを見計らったように促したからだ。
「ちょっと待って」
それを止めたのはイサで、みなの注目を一斉に浴びることになった。姿が見えない星降りの精霊の視線も確かに感じた。
「『風種』って、まだあるんだよね?」
景色が、そして風が変わる。星降りの山ではなく、ウィード城のあった場所だ。
「帰って、来たんだね」
過去へ飛ぶ前の、自分たちが生きてきた時代。魔王が復活し、ウィード城が崩壊してしまった時代。
「って、あれ? こんなものだったっけ?」
いくら向こうにいた時間がやや長かったとはいえ、過去へ飛ぶ前の風景と違う部分があった。
「なんか、すっきりしてるっす」
瓦礫の山が片付けられ、リィダの言うとおりすっきりしている。知らない間に誰かが掃除したのかしら。
「う〜ん、ごめんね=v
「え?」
星降りの精霊が謝ったものだから、全員が不安顔になってしまった。
「どうしたの?」
「それがねぇ。変なおじいさんに封印されたと思ったら、その間に『世界』が暴走しちゃってねぇ。どうもその影響で……=v
本当に申し訳なさそうに、星降りの精霊はもごもごと小声で続けた。
「半年くらい経ってるの?!」
その言葉の意味が染みとおるなり、狼狽して言われたことをそのまま繰り返した。
しかも半年くらいというだけで本当に半年なのか分からないらしい。もしかしたら一年くらいかも、と星降りの精霊は続けた。
「半年もすれば町の人々が片付けるなりするでしょうなぁ」
ラグドは驚愕の事実を冷静に受け止めたらしく、のんびりと判断している。
「なんなの? 『世界』が暴走って……」
「それは話すと長くなるから、また後で。先に風神石の無事を確認しましょう=v
誤魔化された感があるなか、イサたちは宝物庫があった場所へと向かった。
ラグドの言った通り城下町の人々が片付けをしてくれたのか、随分と歩きやすくなっているし、かつて見た寂しい風景をまた見ずに済んだ。
「この辺、だよね」
何もない。宝物庫があった場所を間違えているわけでもないし、確かにここに『風種』を植えた。
「何か、感じるっす……これは、風の精霊力?」
リィダが魔道士経験者らしい発言をすると、それに呼応したようにイサたちの前に渦が発生した。それは一瞬の事で、風の渦がなくなるとそこには風神石を祀っていた祭壇が出現した。
「風神石……!」
祭壇に祀られているのは、確かに風神石だ。壊れていない。
「よかった。成功したみたい=v
もしかしたら失敗する可能性があったような事を言う星降りの精霊をよそに、風神石を取り出す。
と、その横に何かが安置されていた。一抱えのある宝箱。文字が刻まれているようだが、掠れて読めない。
「なにかな、これ?」
宝箱を開けると、中身が光り出した。
「これは……」
「…………」
ドクン――。
イサと、そしてラグドの心臓が一際強く高鳴った。
光は、武具召還の光と酷似している。いや、同じだ。
ラグドの胸元に地龍の大槍が召還された。彼が意識的にしたことではない。地龍の大槍の方が勝手に出てきたのだ。イサの、飛竜の風爪も同じである。光に包まれて、目の前の光と踊るようにしている。
そして光は地龍の大槍に絡み、飛竜の風爪に纏わり突いた。
今度は掠れて読めなくなっていた文字が光だし、ついさっき書かれたようにくっきりと見え出した。
「神爪『グラン・ウィード』 神槍『ギガン・ウィード』。
我らを救った未来の英雄たちへ送る。 ラックス・ミィブース」
やがて光が消える。見た目は全く変わっていないものの、二人は感じた。そこから溢れる力を。間違いなく、飛竜の風爪と地龍の大槍は強化されている。
「これは……」
暖かな光。心に染み透るそれは、無意識のうちに涙を流すほどだった。
ああ、そうか――。ずっとずっと、繋がっていたのだ。五百年も前から。今の時代の人々だけではない。リアッカ女王や、キュア騎士団長、ラックス、ウィードの皆。色んな人の想いが、この国には在る。
「多くの人たちの想いが集まっている、私達の国……。守らなきゃ、ね」
「はい……」
ラグドも何か思うことがあったのだろう。彼の首肯も、重たいものがあった。
ただ復興するだけでは、またも魔王に目をつけられてしまうかもしれない。守るだけでは、駄目だったのだ。
「だから、私は――」
その為に何をすべきか。ウィードの守りは落ちた。本当の意味でウィードを守るには……。
「魔王を、斃す」
イサの瞳が爛々と輝くようだった。それは決意の眼差し。
かつて勇者ロベルが成した魔王討伐。それを、今度は自分たちで行う。
リアッカには、未来のウィードを預けられた。返した言葉に偽りはない。
ウィード王家の、血の連なり。イサーリン=ラウ=ワイズ=ウィードの名を持つ者として。
そして、イサが国を守りたいと言う意志のもとに。
その言葉を待っていた、とでも言うかのように風神石が輝き、道具袋に入れていた風魔石も同じ光を放った。
一陣の風がイサたちを包みこむ。
「わたしの名は、ウィーザラー。自由を愛し、育む者――=v
風が、舞い降りた。
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