63.風国騎士(ラグド)


 人々の歓喜の声が、国を賑わせていた。
 それは比喩ではなく、確かに国全体を上げての祝宴だったのだ。
 戦争は終わり、ウィードの勝利という正しい歴史は守られた。
「これでもう人と人が争う事はない! 我々は自由を勝ち取ったのだ!!」
 リアッカの演説には、ラグドたちのことを一切触れていなかった。そうしたほうがありがたかったし、それを気遣ってくれたリアッカに幾分か申し訳ないような気もした。
 ザルラーバはウィードと統合され、これで風の大国ウィードとしての歴史が始まる。それをまとめあげる立場にあるリアッカの重圧は計り知れないものだろう。
「ともかく宴だ! ウィードもザルラーバもない! 自由に騒ぎまくれ!」
 しかしそんなこれからのことなど気にした風もなく、リアッカは豪快に笑っていた。
 国を挙げての宴の中心はウィード城である。そこには、ウィードの民もザルラーバの民もそこにいた。だからどうというわけではない。リアッカの言葉通り、二国の境界など見当たる様子がない。
 リアッカの護衛兵を務めたとび宮廷楽士が楽しげな音楽を奏で、それに合わせて踊る人も多くいた。
 騎士団も、鍛治師も、大臣も、王族も、民もない。ただ人としての喜びを分かち合い、楽しんでいる。
 それぞれの表情を見れば、誰もが『戦争が終わったこと』に対して喜んでいるのがよくわかる。
 結局、人と人との争いは虚しいだけなのだ。
 人と話し、笑い、楽しむ。当たり前のできごとがその場で行われ、それに貢献できたという気持ちがイサたちの悲しみを少しでも軽減してくれる。
 そんなわけで、イサたちも城での宴に参加しているわけだが、人々の目から逃れるように飲んだり食べたりしていた。
 とても、皆と一緒に騒げる気にはなれなかったからだ。
 ムーナの死。それがイサたちの気を沈鬱にさせている。
 キュア騎士団長が、既死兵を全滅させた最大の功労者としてあらゆる権限を許してくれたため、ムーナの遺体は遥か未来にコサメの墓が建つ場所に埋葬した。ちょうどその作業が終わり、戻ってきたら宴をするというのだから、乗り気にならないのも当然だった。
「変わった歴史は元に戻った。でも、これでよかったのかな……」
 幾度となく繰り返した疑問に対する答えはない。
 ただ、ラグドは一人いつも以上に黙考し、ムーナのことを思い出すたびに胸を痛める。
 この現状を作り出したのは、ラグドに復讐を誓ったレイゼンこそが根源であるのだが、だからといってレイゼンのせいでもなく、自分自身を攻めることしかできない。だがそれこそ死んだムーナが望んでいないことだと思うと、自分の心に押しつぶされそうだった。
 いつも気楽なホイミンでさえ、困ったように皆の周りをふわふわ浮いているだけで話しかけることもない。そして意外にもリィダが静かであった。手がつけられないくらいに泣き出すかと思ったが、涙は見せず悲しげな表情で俯いているだけである。
「なーんか、ここだけ暗いなー」
 ラックスと、イサたちは初めて会うとび宮廷楽士がいつの間にかすぐ横に来ていた。宴が始まってからというもの、二人がよく一緒にいるところが多く目撃されている。
「君達の正体を暴いてどうこうするってわけじゃないんだし、戦勝の宴なんだから楽しくやりなよ」
 それが戦死してしまった人たちへの手向けにもなるんだからさ、とラックスが諭すように言った。
「特にそこに大きなお兄さん。救いを求めているんじゃないかい?」
 とび宮廷楽士に聞かれて、ラグドは該当するのが自分しかいないのに自分以外の人間が言われていると思って間をあけてしまった。
「俺が?」
 しかも疑ってしまった。落ち込んではいたが、だからといって救いを求めているというのは少し違うかもしれない。だから肯定も否定もできなかったのだが、それすらもとび宮廷楽士は見透かしたようにトゥーラをぽろんと鳴らす。
「音楽は人の心を癒し、救うものだ。ちょっと一曲聴かないか?」
 ここで遠慮しておく、というのも失礼だと思ったので気後れしながらもこくりと頷いた。他の皆も依存はないようだ。
「じゃあ聴いてくれ。『冷たい雨と共に』」
 とび宮廷楽士は一度だけ集中するためか深呼吸し、トゥーラの演奏を始めると同時に歌い出した。それはトゥーラから流れる音と重なり、音はそれに導かれるように、そして音と踊るように歌が交じり合い、二つが互いの要素を美麗に引き出していく。


――いつの頃からか
降り始めてたこの雨は
遠い日のぬくもりを交え

君と別れた記憶の
片隅にも降り走る
二人で一緒に笑ったように
ぽつりぽつと小雨から『雨』に変わる
冷たく 悲しい雨だけれども でも とても心地良い雨に。
この雨と 共に流れる 思い出を 優しく 包んでくれる

いつの時にでも
降り続けてたこの雨は
あの日の思い出が重なる

君と出会えた場所の
透明な空で今一度
二人が一緒に笑うために
ふわりふわとあの雲が空に浮かぶ
寂しく泣きたい雨が降るけど でも とても心地良い雨が。
この雨と 共に流れた 想い出を 優しく 包んでいこう――


 夢のような時間はすぐに終わった。悲しい、とはまた違う感情が心に染み透る。
「その歌は……」
「別れ、そして旅立ちのための決意。とでも言っておこうかな」
 視線はラグドに注がれているが、言葉自体は皆に向けられたのだろう。
「それじゃあね」
 用件はそれだけだったのか、満足したようにラックスを伴ってイサたちから離れていった。
 その行動をどう思うかの前に、イサたちは顔を見合わせた。
「なんか、気を遣わせちゃったみたい」
 自分たちに、そしてラグドに。
「そうですね」
 あの歌を聴いたから、というのもあるのか、幾分か心が軽くなったような気はした。速やかに日常に戻る事、それが残された者が死者に対してできる唯一の手向けなのかもしれない。そしてそれは、死を悼み悲しみ続け悩みことではない。ラグドにとっての日常、それは主君(イサ)を守り、助け、導く事。
 それはわかっているのだが、実行に移すのは難しい。それでも、まだ会って間もない人間に背中を後押しされてまで歩き出さないほど、愚かでもない。
 仲間の死に対してどうすべきか、それは人それぞれだが、最終的には立ち上がるしかない。だから、笑顔を取り戻そう。笑っていよう。皆と一緒に喜びを分かち合おう。そう思った。
 それが、ムーナも望んでいることでもあるはずだから。


「人相占いでもしてるわけ?」
 ラックスに問われて、とび宮廷楽士はきょとんとした顔になった。
「なんのこと?」
「さっきのことだよ。いきなり救いを求めるだろ、なんて聞かれて「はいそーです」なんて答える人なんていないだろう」
「いやぁ。吟遊詩人をしているとね、いろいろとわかるんだよ。人の心ってやつがね」
「そんなものかね」
「鍛冶師やってて何も感じたりしない?」
「う〜ん、武具の心ならなんとなく」
「だったらおれと同じだろう」
「なるほど」
 なんだかかんだと二人は意気投合しているのは間違いなかった。
「楽しそうだな」
 会話が弾んでいた所に凛々しい声がかけられる。騎士団長の鎧ではなく、礼服に身を包んでいるキュア騎士団長だ。隣にはリアッカもついている。恐らく、リアッカの護衛なのだろう。
「キュア騎士団長も楽しんでる?」
 リアッカより先に聞く辺り無礼なもので、これではまるでリアッカがキュア騎士団長を縛っているかのような質問になっていることに気付いていない。
「楽しんでいるさ」
 仕方なくな、と言いたげだった。ラックスはどうしたのだろうと疑問に思ったが、とび宮廷楽士はにやにやしている。楽しんでいないと答えればリアッカが何をしだすかわからないのだ。
 ラックスの無礼も気にした様子もなく、むしろ堅苦しくしたらいきなり殴ってくるかもしれない。
「もっと華やかにするためにおれが演奏してやるよ」
 トゥーラを弾くと、イサたちに聴かせた時とは違う音律が流れた。
「落ち込んだ民たちを立ち上がらせるために創った希望の歌『立て! 市民よ!』」
「いらんいらん」
 歌い出そうとしたとび宮廷楽士をキュア騎士団長が止めた。これでリアッカが調子になればもっと弾けもっと歌え、皆の者これに合わせて踊りまくれと要求をしたりするに違いない。
「えー。だめなの?」
「そうだね」
 同意したのはラックスだ。思わぬ同意にキュア騎士団長が目を丸くした――のも束の間で、ラックスは違うところに着目していたようだ。
「そこは『立ち上がれ! 市民よ!』のほうがよくないか」
 非常にどうでもいい着眼点であった。
「お前らな……」
 呆れたのはリアッカだ。これまた珍しい、と思う前にこの流れだときっと……と次の言葉を予想した。
「(『立ち上がれ! 市民たちよ!』にするべきだ! ……とでも言うかもな)」
「『立ち上がれ! 市民たちよ!』にするべきだ!」
 これで一字一句間違っていないのだから悲しくなる。
 呆れるのも疲れてきたので、そろそろ諌めの言葉を口にしようかと思った矢先、また違う人物がそこに現れる。
「キュア!」
 呼ばれて、誰かを目で確認する必要はない。その声を聞いただけで、そして気配だけですぐに分かる。
「ここで騎士団長としての云々とかしでかしたら、本気で殴るぞ」
 リアッカの言葉が耳元で囁かれた。行って来い、と背中を軽く押される。
 振り返ると、そこにはキュア騎士団長とは違う高位を示す礼服に身を包んだ男性が清々しい笑顔で立っていた。
「ピッド!」
 彼の名を口にしながら、キュア騎士団長は小走りに近づき――そして、人目を憚らずに抱き合った。
「えぇええぇ!?」
 その行為に最も驚いたのはラックスだろう。
 キュア騎士団長に好意を寄せていただけにショックも大きい。
「二人は恋仲でな。婚約もしている」
 ラックスの心うちでも見透かしたようにリアッカが意地悪そうに説明した。
 彼がキュア騎士団長にさり気なくアタックしても尽く否定された理由はそれだけで充分だった。最初から男付なら余ほどのことでもない限り乗り換えたりしないだろう。相手がキュア騎士団長であるならばその可能性はないと断言できるかもしれない。
 敵国の騎士団長であるのにも関わらず、絶対の信頼を置いているような発言もあったが、そういうことなら納得もできる。
 とび宮廷楽士が同情するように、ぽんと肩に手を置いた。
「失恋から立ちなれるような曲、奏でてやろうか?」
 人の心に敏感でなくても、ラックスの心情は誰にでも分かった。


 宴は夜になっても尚続いている。いったいどれだけ騒げば気が済むのか、まだ熱が冷める予兆さえない。だから、というわけでもないが、イサたちもそれぞれに参加していった。もちろん、イサだけは髪型や色を変えており、そうでもしなければリアッカの娘と間違えてしまう人間が出てしまうかもしれないからだ。
 だがそんな宴の輪から外れて、ラグドは夜風に当たっていた。
 目の前にあるのはムーナの墓で、墓標のように魔龍の晶杖が突き刺さっている。
「迷っていたら、お前は怒るだろうな」
 嘆息交じりに呟くラグドは、幾分か気安くなっているようだ。死の際の告白で、想いを打ち明けたせいだろうか。
「俺はもう、歩き出す。ムーナ……お前が、安らかな眠りにつけるように。だから――」
 ラグドは地龍の大槍を召還した。以前は感じられなかった気配だが、何故だか手に取るようにわかる。
「だから、お前を倒す。レイゼン!」
 振り返った先、そこに老騎士レイゼンは冷たい表情で佇んでいた。
「わかって、いるようだな。今この瞬間、我輩の最終目的が成されようとしている」
 一騎打ち。ラグドをどのような形であれ王家に加え、そしてこの勝負で全てを決する。たとえラグドが王になったところで、レイゼンに負けるようでは彼の怒りは収まらないどころか倍増しにでもなるかもしれない。
 互いに己の武器を構えて、冷たい風が去っていくのを待った。
「我が名はラグド。ウィードの騎士」
「我が名はレイゼン。誇り高きグランエイス最後の騎士にして、『大地の神将』也」
 名乗り、彼の言葉にラグドは訝しんだ。
「神……将……?」
「そうとも。グランエイスは大地の精霊ヴァルグラッドの眠る地。その力を行使できるのはグランエイス王家のみ。だが、我輩はヴァルグラッドに認められし神将」
 精霊の完全支配。それは高度の魔法使いか、精霊に認められた者しか発動できない。レイゼンの場合は後者であった。
 一介の騎士たるレイゼンが大地の精霊の完全支配を発動でいたのはそのためだ。
 大地神(ヴァルグラッド)の将。即ち大地の神将。レイゼンはただ、グランエイスの生き残りとして戦うだけではないことを示した。それがどういう意味なのか、薄々ラグドも感づいている。彼は、ラグドを試そうとしているのだ。
「行くぞ」
 どちらの言葉であったかわからないが、もしかしたら同時であったかもしれない。ただ、同じ瞬間に行動した。
「『岩塵衝』!」
 先に技を繰り出したのはレイゼンである。砂塵の槍を地面に突き刺し、大地を爆発させる。それに対してラグドは――。
「っ!」
 避けるも受け流すもしなかった。一定の構えをとっての防御。それはどこを狙おうと術者に向かう身代わりの防御。
「『仁王立ち』、だと?」
 レイゼンが訝しむと同時に睨む。この場に守るべき他はない。攻防だけのはずだ。それであるのに、ラグドは身代わりの防御を実行し、何を考えているのか表情には自信が満ち溢れている。
「ふざけているのか!」
 レイゼンが激昂すると共に、目に留まらぬ五連突きを放つ。それでもなお、ラグドは仁王立ちを止めない。
「どうした、それで終わりか! それがお前の全てをかけた一撃か!」
 レイゼンの疑問に対して、ラグドは煽るように言った。それで冷静さを失うということはないが、かなり立腹したようで容赦はいっさいしないとでも言うかのように次の技を放つ。
 頭上で砂塵の槍を旋廻、そして岩をも打ち砕く一撃にさせる。
「『岩閃発破』!」
 それをもラグドは受け止めた。新調した鎧を貫かれ、腹部に強力な一撃が打ち込まれたというのに、仁王立ちの構えを止めない。
「そのまま死を選ぶか!!」
 技から技へ流れるように打ち出すことでさらに強力な技を打ち出す。次の打つは、龍の奥義。
「『岩龍爆極槍破』!!」

 ――オオォォオオォオォン!!――

 力強い龍の咆哮。それは夜中に鳴り響き、その直撃をラグドは身に受けた。
 ラックスに譲ってもらった鎧は襤褸屑のようになり、邪魔になるようなら棄てた方がいいかもしれない。
 ベンガーナでも受けた、岩龍爆極槍破の直撃。それでもラグドは、そこに立っていた。あの頃は一撃で意識が朦朧としたのだが、今回はそういうことはなかった――ということはない。今にも意識を失って倒れてしまいそうであった。
「受け止めたぞ……」
 しかし立っていた。倒れない。
「お前の渾身の一撃。余すことなく、受け止めた。次はこちらの番だ」
 一歩、また一歩、足を進める。その度に受けたダメージが身体全身を揺るがし、倒れてしまったほうが楽だと思わせる。
 それでも、ラグドは倒れない。
「おぉおおおおぉぉ!!!」
 地龍の大槍を握る手に力を込めて、ラグドは咆えた。意識が飛びそうになるのをそれで押さえ、地を蹴る。
「そんな状態で、我輩に勝てると思っているのか!」
 ラグドは答えず、地龍の大槍を地面に突き立てる。
「「『岩塵衝』!」」
 ラグドとレイゼン、同時に同じ技を放ち、大地の精霊に干渉させ爆発を起こす。どちらの効果も発揮した。それ一つをとっても、気後れしたのはレイゼンであった。ベンガーナでは精霊の完全支配ができていた。だが、こうして同じ技が効果を表すということは、大地の精霊に対する支配力が拮抗を保っているということだ。
「(ヴァルグラッドが、認め始めている……?)」
 しかしその驚愕も一瞬より短く、互いに次の技へ移る。
「「『岩砕槍』!」」
 目にも留まらぬ五連突き。それは互いが狙った場所に打ち合い、相殺された。ここでまた、レイゼンは驚愕する。重傷を負っているはずのラグドが、自分と同じ速度についてこれたのだ。
「「『岩閃発破』!!」」
 頭上で互いは槍を旋廻させ、そのまま地激を叩き込む。今度も相殺し、お互いの槍は弾かれた。
 同じ流れ、同じ速度、同じ力。単純な力はラグドの方が上で、それが傷のせいで衰えているとしても、速度ばかりは同じというはずがない。もとからレイゼンほうが速かったはずだ。それでもラグドはレイゼンと全く同じであった。
「「『岩龍爆極槍破!!』」」

 ――オオォォオオォオォン!!!!――

 二つの龍が重なり、先ほどとは比べ物にならない咆哮が立ち上る。ウィード城にいる人間たちは何事かと驚いたことだろう。
 その二龍との決着は、またも互角であった。ぶつかり合い、龍は消滅し、二人は槍を突き出しまま硬直状態にあった。
 槍はどちらも届いておらず、レイゼンは冷たい眼差しでラグドを睨んでいた。それを、ラグドは静かに受け止める。
「まともにやれば貴様が勝利していたやもしれんな」
 それは認める所だった。重傷を負ったままの攻防で全くの互角であったのだから、万全な状態ではラグドが勝っていた。
「だが、貴様の負けだ」
 この攻防だけでラグドは体力を使い果たしているだろう。直接的なダメージこそなかったが、だからといって無事でいられるような傷ではない。
「負けるわけにはいかない」
 満身創痍の身体で、よくもそのような事が言えたものだ。
「負けるわけには、いかないんだ!」
 大技を放った反動で動かない身体を無理やりに動かし、流れを作る。
 地龍の大槍に埋め込まれている宝玉が眩い光を放った。
「なに!?」
 片足を軸にして身体を一度だけ旋廻させる。その回転から正面に戻る際に、ラグドは腕に、槍に、想いを乗せ、突き出した。
「『岩龍爆極槍破』!!!」

 ――オオオオォォォオオォオォォン!!!!!――

 最初に放ったレイゼンのそれよりも力強く、同時に打った時のそれよりも気高く、そして高く、龍は咆えた。どれほどの力を出せば、つい先ほどの龍の咆哮を超えられるというのか。それでもラグドは超えて見せた。
「があぁぁっ」
 そして強大にして強力な一撃を、レイゼンはその身に受けることになった。単純計算だけで、通常の二倍以上の威力を持つ奥義が直撃したことになる。
 鎧は瞬時にして全壊し、それがなければ即死であっただろう。気が付けば夜空が見えていた。吹き飛ばされたあと仰向けに倒れ、それまでの間は気を失っていたらしい。
「……何故……」
 レイゼンの、その『何故』にはいろいろ含まれていたのだろう。だが、ラグドはあえて一つだけを選択した。
「地龍の大槍の特性。それは、『技の記憶』だ」
 一度使った技ならば、一定時間内であればさしたる時間もなく放つことが出来る。いわば、呪文を二回唱えられる『山彦の帽子』と同じで、その対象が物理攻撃なだけだ。このことには、既死兵と戦っているときに気付かされた。
 武器仙人は、真面目に特性を組み込んでいたのだ。それぞれが、より強くなれるように。より戦えるように。
「だが、お前に勝てたのはそれだけじゃない」
 地龍の大槍に目を落とし、次いでレイゼンを見やる。彼なら知っているはずだ。
「……そうか、貴様も気付いたか。……そうとも、グランエイス槍殺術は、打ち出す技に想いを乗せて放つもの。乗せた想いが強いほど、技の威力は高まる」
 淡々と語るレイゼンには、もう刺々しさがなくなっていた。年相応の、のんびりとした口調であった。
「レイゼン、これで終わりだ。星降りの精霊をどうにかしたのはお前だろう。俺たちを、元の時代に戻せるようにしてくれ」
 この時代に来て星降りの精霊と話せなくなった直後、レイゼンは何かを知り得ているような口ぶりだった。ならば、彼がイサたちと星降りの精霊との接触を断ったのだと見るのが妥当だ。そしてそれは間違いではなかった。
「確かに、このままでは貴様らはこの時代を永久に彷徨うことになるだろうな」
 皮肉げにレイゼンは笑った。そのままの顔で、レイゼンは告げる。
「だから――我輩を殺せ」
 その言葉に、ラグドはかぶりを振る。
「俺はお前を殺したいわけじゃないんだ」
「……甘いな。我が命こそ、星降りの精霊との接触を断ち切る呪い也」
「な!?」
 その驚愕が満足だったかのように、レイゼンは低く笑った。
「さあ殺せ。そうしなければ、貴様らは元の時代へ戻ることはできない」
 ラグドは色々な考えを巡らせた。この時代にも星降りの精霊はいるはずだ。だが、それを探したとしても、人の目の前に姿を現すには五年先かもしれない。それほど悠長にこの時代に留まることはしたくないし、それに――。
「全く、何を迷う必要があるんだい? アンタの悪い癖だよねぃ。相手の気持ちも汲み取ってやりなよ」
 彼女の墓を背にしていたせいだろうか、ムーナの声が聞こえてきたがした。
 幻聴にしては、やたらはっきりとしており、ラグドは目を瞑って夜空を仰いだ。
 目を閉じていても星空は変わらず存在しているのがわかる。いい夜であるというのに、今から自らの手で人を殺めなければならないという罪悪感と共に、言い知れない感情がラグドを覆う。
「これしか、方法はないのか?」
「無論」
 言葉少なに肯定したレイゼンの喉元に地龍の大槍の切っ先を突きつける。
 どれくらい、そうしていただろうか。長い時間をかけ、出てきた言葉は短かった。
「……すまない――」
「あやまるな。全ては我輩の、思惑通りだ。貴様は王となり、我輩は貴様の手で死ぬ。我が望みは、達せられた」
「そうじゃない。そうじゃ、ないんだ…………」
 レイゼンが鬱屈そうに首を動かし、ラグドの顔を見た。
 彼は、泣いていた。涙を流していた。悔やみの表情であった。
 訝しみの言葉を発する前に、ラグドが嗚咽交じりに呟いた。
私は(,,,,)、ウィードの騎士として生きていくことを選ぶ」
 その言葉だけで、レイゼンの表情が変わる。
 驚き、次いで優しい笑みを浮かべたがそれも一瞬で、ひねくれたようにふんと鼻を鳴らす。
「早く殺せ」
 記憶は、もともと戻りかけていた。地下教会でムーナを発見した時から徐々に戻っていたのだ。それが、レイゼンとの一騎打ちの影響か、覚えている限りのことは思い出したのだ。
 今や、ラグドにはセルディウスとして生きた記憶も明確に存在している。
 己の臣下を手にかけるなど、セルディウスは何があっても実行しないだろう。だが、ウィードの騎士として、ラグドとしてなら。
 もちろん人の命がそれで割り切れるわけではない。
 それでも、だからこそ、ラグドは謝罪したのだ。
「さらばだ、レイゼン」
「ああ、さらばだ―――――」
 レイゼンが最後にラグドのことを何と呼んだのか、知り得るのは、聞いた本人と、星空、そして流れる夜風だけだった。

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