60.闇魔術士(ムーナ)


 先行隊が既に野営地を設けていたのだろう。イサたちがその砦に辿り着いたころには、ほとんどの準備が完了していた。
 遠くにはザルラーバの砦が薄っすらと見え、ザルラーバ兵士の姿も小さい也に、黒い雲が覆っているかのように見える。それほどまでに相手の人数が多く、もともとのザルラーバ兵士の人数に加えて既死兵もいるのだから当然か。
 リアッカがいないことは、「急病に倒れた」ということにしてあるらしい。当然、疑いの声もあがったが確かめようも無く、仕方なくそれ以上の追求は誰もしなかった。
 真実は伝えていないにしろ、『言霊』がないことで兵士たちも緊張感に包まれている。それほどまでに、この時代では王族の力に依存しており、頼りにもしていたのだろう。
 砦から出た平野にそれぞれの部隊が集まり、イサたちも適当な場所を選んで待機していた。
 そろそろ開戦の時間か、という頃に、平野に面した砦の露台(バルコニー)からキュア騎士団長が姿を見せ、兵士たちに激を飛ばす。
「皆の者、聞け! 此度の戦で勝利する事をリアッカ様は望んでおられる。その期待に、応えてみせようではないか!」
「おおおおおっ!」
 キュア騎士団長のおかげで不安が全て消え去った、というわけではないが、いくらか軽減はされたらしい。短い言葉だけで兵士に活力を与えているのだからたいしたものだ。
「必ず勝つぞーーーー!!!」
「おおおおおおおーーーーっ!!」
 その猛りは、みなの気持ちを鼓舞するには充分であった。
 開戦の合図が上がるのも、あと少しのことだった。


 バルコニーから戻り、キュア騎士団長も戦の準備を始めた。とはいえ、戦装束には既に着替えているし準備運動も軽く済ませている。あとは気持ちの問題であった。
「必ず勝つぞ、かぁ。向こうも同じ気持ちでかかってくるんだろうね」
 ラックスが気軽に声をかけるが、キュア騎士団長は一瞥するだけで答えはしなかった。
「とりあえず、リアッカ女王救出隊が成功するか否かの問題だし……」
「既死兵という厄介なやつが残っている」
 ザルラーバの既死兵については、全部隊に話してある。倒せないと昨日のうちに把握している部隊は戦闘を避け、ザルラーバの正規兵に当たることと、倒すことが出来る少数の部隊は積極的に既死兵の数を少しでも減らすことを作戦としている。
 ラックスの考案したそれぞれの部隊への指示は、悪あがきにしても良い勝負ができるはずだ。
 それでもやはり、ウィード劣勢は変わらない。
「震えているね……武者震いかい?」
「…………自国の運命が決まる日だ。誰だって震える」
 強がるわけでもなく、自分を押さえつけるように自らの腕を抱えた。それでも細かい震えは止まらない。
「――行くぞ」
 これ以上の会話は無用、ということかキュア騎士団長は真直ぐに歩き出した。
 扉を開けようと手を伸ばしたが、それよりも早く扉が開く。もちろん、第三者の誰かが外から開けたのだ。
「貴公は……」
 扉を開けたのは、ムーナだった。
「何の用だ?」
 ラックスと同じく軽薄そうな――といっては失礼なのでラックスに比べれば断然やわらかい笑顔を常に保っている彼女の表情は曇っており、しかも自分からすぐに用件を言い出さない辺り只事ではないと悟ったキュア騎士団長は先に質問を切り出した。
「……『棄てられた教会』ってのがどこにあるか、教えてくれる?」
 ラックスは首をひねったが、予想外の反応をしたのはキュア騎士団長だ。
「何故、その存在を知っている?」
「秘密。ちょいと用ができたの。でも信用してよ、既死兵を一気に倒せるかもしれないから」
 キュア騎士団長は明らかに動揺している。それは後ろから見ていたラックスにも手に取るようにわかった。
「…………簡易地図を作ろう」
 作ってもらった地図を見ると、ここから思ったより遠くは無いらしい。これならすぐに行けるかな、とムーナは計算した。
「ありがと。邪魔したね」
 用件はそれだけだったのか、ムーナは踵を返して来た道を戻って行った。
 俯いていたキュア騎士団長の顔を、ラックスが覗き込む。
「理由が知りたくてたまらないって顔してるね」
「なんでもない!」
 また怒られたぁ、とラックスは心の中で軽く泣いておいた。どうしてこう、地雷ばかり踏むのかね、オイラは……。
「ねー。今日の戦に勝てたらさ、オイラご褒美とかがほしいなー」
 とりあえず話題を変えてみたが、キュア騎士団長はすぐに返事をしてくれなかった。無視しているのではなく、聞こえていないほど塞ぎこんでいるのだ。これでは今から戦が始まっても支障が出るかもしれない。
「キュア騎士団長! しっかりしろ!!」
 普段からは信じられない野太い声に驚き、キュア騎士団長は思わず姿勢を正した。
「ラックス、殿?」
「ほら、騎士団長様が落ち込んでると、さっきの激で元気になった皆も落ち込んじゃうよ」
 また気軽な声に戻り、口調もいつものそれであった。
「……すまない」
 自分の顔を両手でパン、と叩き、気合を入れなおす。
「うんうん。そうでなくちゃ。それでさ……」
 ついでだからとラックスは先ほどの褒美の話を持ち出した。
「褒美? 報奨金なら支給されると思うのだが……」
「現金じゃなくてもいいんだよ」
「ではなんだ? 出来る限りのことはさせてもらう」
「キュア騎士団長とキスとか」
 怒ったのか照れたのか恥ずかしかったのかその他なのか、全てが該当するだろう、キュア騎士団長は顔を真っ赤にした。
「ふざけるな!!」
 そう言ってさっさと部屋を出て行く。
「本気だったんだけどなぁ」
 そのぼやきは、もうキュア騎士団長には届いていない。
 それから、開戦の合図を告げる轟音が、平野に響き渡った――。


 九体目を倒したあたりで、ラグドは数えることをやめた。キリがない上に、虚しくなるだけだからだ。
 聖浄の槍で既死兵を貫いて斃せるものの、動きが変わっている既死兵が多い。別の場所で攻撃を受けて強くなっているのだ。そのためイサは、ラグドが少しでも不利にならないように既死兵を吹き飛ばしては援護している。
「聖風を巻き起こす技、練習しておけばよかった!」
 武闘神風流にはバギマなどの聖風と同じ作用を及ぼす技も存在するが、悲しいかなイサは成功させたことはなく、つい先ほども土壇場で使ってみたが失敗に終わった。それからはラグドの援護に回っている。
 キラパンはクラエスと化してリィダと共に戦っている。既死兵を倒す能力はないので、主にザルラーバ正規兵を相手にしてもらっていた。その効果は抜群で、既死兵の存在で高をくくっていたザルラーバ兵は足元をすくわれたように次々と倒れている。
「ていうか、ムーナはどこに行ったのよーーー!!」
 このウィードの砦に来るまでは一緒に行動していたが、待機時間の時にふらりといなくなったのだ。
「こんな肝心な時にいなくなるなんて、しっかりしてほしいよね〜」
 と、ホイミンに言われてしまっては情けない。全面同意というわけではないが、せめてどこにいるかだけでも知りたかった。
「イサ様!」
「へ?」
 いつの間にか背後に既死兵が回りこんでいた。
 慌てて攻撃を回避すると同時に、ラグドが入れ替わり聖浄の槍を突き出した。
「くっ」
 無理な体勢から突きを放ったせいか、既死兵の槍もラグドに届いていた。出血の量からして、思ったより深手らしい。
「ホイミン!」
 イサの指示に従い、ホイミンはすぐさま完治呪文(ベホマ)を唱えてラグドの傷を癒す。
「もう、ほんとにどこにいったのよぉ……」
 時間を稼げればバギクロスでかなりの数を一掃できるはずのムーナは、やはりどこを見てもいなかった――。


 戦場から遠く離れた地、というわけでもなく、風に乗って兵士たちの雄叫びが届いている。
「ここが、『棄てられた教会』……」
 その言葉通りの建物だった。教会の原型を保っているが、かつて火災にあったのだろうか、いたる所に焦げ痕が痛々しく残っている。
 ムーナは廃墟然とした風景を恐れるわけでもなく、その教会に足を踏み入れた。ステンドグラスは砕け散り、十字架はなんとか焦げ目を残しながらも折れたりはしていないようだ。
「うわ、ほんとにあったよ」
 地表の部分は天井も崩れているが、地下通路は残っている。そう云われていたので中に踏み入ると、確かに最近になって開けたような地下に続くであろう通路が在った。
 歩いてみると、地下通路は残っているが上が崩れた時の影響で、崩れ落ちた残骸がそこここに落ちている。
「いきなり地下も崩れてぺしゃんこになるのだけは勘弁してほしいんだけど」
 階段が終わり、やがて地下室に出た。
 そこは、信じれないほど大きな、『地下教会』であった。エシルリムで見たナジミの洞窟の、戦母竜(バトルレックス・マザー)がいたような大空洞に教会の中身を作った、といった感じだ。隠れ神教でもあったのかね、と首ひねる。
 それに地下なのに明るい。青白い光が、朝日のように地下全体を照らしているのだ。

 ――明日の戦が始まると共に、誰にも知られること無く『棄てられた教会』に一人で来い。そこに貴様らが既死兵と呼んでいる兵を操っている大元の仕掛けがある。ウィードを勝利に導きたければ、それを壊すのは得策だろう――

 昨夜、レイゼンにそう云われた。何故そのようなことを自分に云ったのかわからなかったが、相手の要求どおりイサたちには秘密にしてやってきた。唯一行き先を尋ねたキュア騎士団長にも目的は話していない。
 辺りを見回すと、祭壇の上に何かが安置されていた。
 骸骨を蛇で囲んだような像。
 邪神の像、という単語を連想させるそれは、周囲とは違う不気味な紅い光を薄っすらと出している。
「これだね……」
 レイゼンの言葉が本当なら、これを壊すだけで既死兵は土に還るということだ。もともと既死兵は死んだ人間の肉体を魔力で操っているらしく、その魔力の発生源が、この像というわけだ。
「遠慮なく壊させてもらうよ!」
 魔龍の晶杖を取り出して、魔力を込める。
 叩いても割れるかな、と思い、とりあえずなんでも試してみるしかないという結論になった。そのため、魔龍の晶杖をふりかぶったのだが、それを成す前に低い声が邪魔をした。
「まてええぇえい!」
 それは頭上から降ってきた。その場に立っていたら危険であることは明白なので、ムーナは慌てて後退した。ちょうど彼女の立っていた場所に、それが着地して盛大な音を立てる。
「なんだい、アンタ」
 巨大な鉈を持ち、豪奢な鎧に身を包んだ既死兵だろうか。人間であるはずがない、と魔物殺としての勘が告げていた。
「見ての通ぉぉぉり! 貴様らがぁぁ、既死兵と呼ぶ我々の中でもおお、最も強い力を持ったのが私だぁぁぁ!!」
 思わず耳を塞ぎたくなった。それほどまでにうるさく、やたら言葉を伸ばすので鬱陶しい。
「レイゼン様の命によりぃぃ! この邪神像を壊しに来る者はぁぁぁ、私が制裁を与えてくれるぅぅぁぁ!」
 喋るだけ喋って、いきなり襲い掛かってきた。図体もでかく、ラグドを超えているだろう。ムーナは慌てて更に後退した。
「接近戦ねぃ……これでもくらいな! バギマ・ブレード=v
 巨既死兵の口上がやや長かったおかげで、魔力を込めることに成功していた。振り下ろした鉈を避けて、その腕にバギマ・ブレードを叩きつける。
「痛くもぉ、痒くもぉ、全くないぞおおおおおお!」
「効いていない?!」
 既死兵には聖風呪文が効果的だ。バギマ・ブレードも同じ作用のはずだが、なんの痛痒を受けた様子も無いし、部分的に消滅することさえなかった。
「最も強いとぉぉ、言っただろうーーー! そこらの奴とぉぉ、一緒にされては困るぅ! 例えバギクロスだろうがゾンビキラーだろうが、私にはぁぁ、効っっかーーーーぬ!!!」
「チィっ」
 せめて動きを封じなければと魔力を急いで魔龍の晶杖に込めるが、その行動は中断された。
「んんん〜〜〜〜〜〜?」
 巨既死兵はいきなりのことに拍子抜けした。それも当然で、攻撃をかわされたうえにカウンターまでされたのに、相手が勝手に血を吐いて倒れかけたのだ。巨既死兵はダメージこそ受けなかったが、何もしていない。
「(マズイねぃ……)」
 ローブの下に携帯している、栄養剤と書かれたラベルの貼ってある瓶を取り出し、中身を一気に飲み干す。舌が痺れそうになるのはいつも通りだが、戻ってくる感覚が少ない。
「(足りない!)」
 もう一瓶、いや三瓶ほど――残りの全てを取り出し、顔を歪めながらも飲み干した。
「なぁんだぁぁぁ? 一度の攻防でぇぇ、虫の息じゃないかぁぁぁ?」
 余裕と判断したのだろう、巨既死兵は笑いながら持っている鉈をその場で振り回した。
「(そろそろ、潮時か……)」
 これだけ一度に飲んだのは初めてなので、最早なんの感覚もない。全身の感覚が麻痺しているのだろう、自分の身体が自分のものではないような浮遊感さえある。
 それでもなんとか立ち上がってが、まっすぐ立つことはできずにふらりとしては踏みとどまる。息遣いも激しく、呼吸は正常ではない。
「(せめてアタイの仕事、終わらせてからにするよ)」
 覚悟――。
 それは今まで保ってきたものを棄てる覚悟、そして守りたい人の戦うための決意。
 魔龍の晶杖ではなく、自分自身に魔力を込めた。
 魔力で生み出された怪物であればこそ、魔力に敏感なのだろう、急速な魔力の収束に、笑っていた巨既死兵は愕然とした。
「んんん!? な、なんだぁぁ? 貴様ぁぁぁ! いったいそれはなんだああああ!?」
 先ほどとは違い、狼狽して聞く。言葉を話せる分、感情もあるのか恐怖に彩られているのは確かだ。
「……なんでアタイが、闇魔術士って名乗っているか知ってるかい?」
 魔力の渦が、黒一色に変わる。いや、それは黒ではなく闇の色だ。
「イサやラグドにも見せた事のないアタイの戦闘スタイルだ。アンタが最期に拝むことになるんだから、感謝しなよ」
 魔力の収束が終わった。
 そこには、闇に覆われたムーナの姿がある。
 顔の半分を覆う覆面、そこから見える細長い目は笑っておらず、冷たく相手を睨みつけている。黒一色だが、頭髪の白銀と冷たい眼が闇夜に浮かんでいるようだ。
「なんだ、なんだそれはーーー!」
 鉈を旋廻させながら、巨既死兵は襲い掛かってきた。さっきは慌てて避けたものを、今度はあっさりと躱す。
「ぬぅぅん!!」
 下手な鉄砲数打てばなんとやら。滅茶苦茶に振り回すが、しかしムーナは全てを避けた。それも全てを見切って、である。
「なにが、起きたとぉぉ、言うのだぁぁぁ!!」
 大きく振りかぶり、力任せに振り下ろした。今度は避けられもせず、しかしムーナはそれを闇色に包まれた魔龍の晶杖で受け止めた。巨大な質量を持つ鉈を、その細腕で。
「――『闇の衣』さ」
 巨既死兵は、はっとして息を一瞬だけ詰まらせた。いつの間にか、気付かない内に、目の前にいたはずの獲物の声が背後から聞こえてきたのだから驚くのも無理はない。鉈を受け止めていた相手はおらず、それは地面に突き刺さっていた。
 慌てて身体を反転させるが、そこにもいない。
「遅いよ」
 また背後から声が聞こえた。そして、地下教会を照らしている光とは違う発光体が背中に収束されている。
「――メラミ・ブレード=I」
「ぐぬぅぅう!!!」
 炎の魔法剣は、巨既死兵をよろめかせるだけにとどめた。さすがにこれで倒せるとは思っていなかったので、ムーナは次の行動に移していた。
「小癪なぁぁぁぁぁ!!!」
 巨既死兵が向き変えると、やはりそこにはムーナはいない。
「悪いけど、こっちを最優先させるから」
 どこからの声でも関係ない。巨既死兵は、その言葉の内容で反応したのだ。
 邪神像が安置されている祭壇を見ると、やはりそこにいた。
「さぁぁせぇぇるぅぅかぁぁぁぁぁ!!」
 全力で走りだした巨既死兵が祭壇に辿り着くよりも先に、ムーナの魔法は完成していた。
「イオラ・ブレード!!」
 邪神像は、高い音を奏でながら粉々に砕けた――。

 これさえ砕ければ、既死兵の全ては土に還り、機能しなくなるはずだ。不利条件の一つを消化することができる。
「…………っ!」
 危険を感じ取り、ムーナは立ち位置から大きく横に跳躍した。ちょうど立っていた場所に、鉈が振り下ろされる。
「な!」
「どぅしたぁぁ! 私の顔にぃぃ、何かついているかぁぁぁ?」
 巨既死兵が、変わらず平然と立っている。邪神像を壊せば既死兵の全てが機能しなくなるのだから、この巨既死兵も土に還っていなければならない。しかし、目の前にいるのは紛れもない事実。レイゼンが嘘をついたのか、それとも――。
「使命を果たしたとぉぉ、思ったかぁぁぁ?」
 巨既死兵の身体が紅い不気味な光に覆われる。すると、粉々に砕けた邪神像の欠片も同じ光に包まれ、あとは元の姿に戻るまで一瞬の出来事であった。
「なるほど。邪神像を壊せばアンタが再生させ、アンタを倒せば邪神像が復活させるって仕組みかい」
「そのとおぉぉぉり! 私を倒すことは不可能ぅぅ! 邪神像を壊すことも不可能ぅぅ!」
「同時にやりゃいいんでしょ」
 と言って、ムーナは闇に溶けるように姿を消した。
「またかぁぁぁ!」
 どうせ背後に回るだろうと思い、先に巨既死兵は身体を旋廻させた。しかし、当てがはずれてどこにもいない。
「残念。下だよ」
 巨既死兵の足元に、ムーナはいた。
「ヒャダル・ブレード!!」
 氷の魔法剣で足を切り裂くが、その傷は紅い光を発するとすぐに癒えてしまう。
 ならば、再生させる暇を与えなければいい。それでいて邪神像も一緒に壊さねばならない。
「(次の四大精霊の宝剣(エレメンタル・ブレード)で決める)」
 魔龍の晶杖への魔力蓄積は完了している。エレメンタル・ブレードならば同時に破壊するほどの威力を有しているが、魔力の衝撃波は直線状に飛ぶので現状位置では都合が悪く、ムーナは移動しながら魔龍の晶杖に残された魔力を操り始めた。
「く、っく、くはーーーっはっはっはーーーーー!」
「?」
 唐突に巨既死兵が笑い出したので、ムーナはつい動きを止めてしまった。
「貴様ぁ! 感謝するぞぉぉ! 先ほどの一撃でぇぇ! 私は『精霊魔法』に対する抵抗力を身につけたぁぁ!」
「なんだって?!」
 既死兵は受けた攻撃と同じ力を得るか、それが効かなくなるかのどちらかだが、魔法の場合は後者だ。
 イオラ・ブレードは邪神像に放ったが、それ以外の全てを巨既死兵は受けている。抵抗力の上がり方も、普通の既死兵以上だとしたら――エレメンタル・ブレードでさえ効かないかもしれない。
「貴様はぁぁ! 使命を果たせずにぃぃ! ここでぇぇ! 終わるのだぁぁ!!」
 もう魔法を恐れることはないと判断したのだろう、巨既死兵はまた余裕顔で鉈を振り回しながら迫ってくる。
「使命? 使命なんて、関係ないさ」
 そう嘯くムーナの表情は苦痛に彩られていた。麻痺していた感覚が戻ってきたのだ。下手に戻るくらいならば麻痺したままの方がよかった。それでも、魔龍の晶杖に力を込めた。
 純粋に、巨既死兵を睨み据える。
「アタイは、ただ守るって決めたんだ。例え皆を騙していたとしても、それだけは譲れない!!」
 この戦いに全てを投じる。それはこの姿になった時に決めていた。何も恐れることはない。
「(この期に及んで、まだアタイは自分を守ろうとしていた。だけど、もうそんなことしなくていいんだ!!)」
 込めている『力』が激しく渦を巻き、巨既死兵をも震わせる。
「んん! ん、んんん?! ど、どのような魔法が来ようとぉぉ! わ、私にはぁぁ!!」
 その自信が揺らぐほど、ムーナから感じられるものは大きかった。
 魔龍の晶杖に蓄積されているのは四つの精霊力。それにもう一つの力を加える。
「どうせ最期だ。この命、くれてやる!!」
 それは、ムーナの生命力。
 五つの力を合成、そして昇華。
 強大にして巨大な漆黒の刃。その形は竜を模しており、唸る異音は竜の雄叫びのようだ。
「全てを滅せよ――深闇竜の破砕刃(ドラゴレム・ブレード)!!」
 エレメンタル・ブレードよりも遥かに巨大な漆黒の衝撃波は、巨既死兵と、その直線上に置かれていた邪神像もろとも木っ端微塵に砕いていく。
「あぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」
 その声はムーナ自身だったのか巨既死兵のものだったのかは判別できなかった。ただひたすらに、全てを込めた。闇の刃は言葉通りに全てを滅し、そして――漆黒の輝きは、竜の咆哮を上げながら、美しさを兼ね備えていた。
 その輝き、まさに命の神秘そのもの――。

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