6.毒滅光波



 イサと同じくらいの年齢の少女。青に近い色をした髪。背丈はイサと同じくらいか、低いくらい。それでもイサが軽々と持ち上げることができたのは、イサの腕力が強いということだけではなく、少女がかなり衰弱しており、軽くなっているのだ。
「どうするべきかしら?」
 イサは少女を抱いて、意見を求めるようにラグドを見た。
「……ハーベストの所へ行きましょう。あそこなら一応休むことができるはずです」
 的確な意見だったものの、ラグド自身はあまり乗り気ではなかった。何か、嫌な予感がするとでも言うのか、厄介なことになりそうだと直感的に悟ったのかもしれない。
 イサ、ラグド、少女、ホイミンの三人と一匹(?)は再び森の中へと入り、記憶を辿ってハーベストの寝床まで辿りついた。
「って、まだ寝てたんだ……」
 イサたちが入ると、家の持ち主であるハーベストは、動いた形跡もなくぐっすりと深い眠りについている。ヴァンドとリシアに付いて行く前と全く同じ状態なのだ。
「そちらの方が、都合がよろしいかと……」
「まぁ、確かにね」
 少女を適当な場所へと寝かせて、イサは少女の顔を覗き込んだ。
 身長の割には軽く、顔にも疲労の色が濃く出ている。見るからにして、一人旅をしていたようだが、このような体調で旅を続けるなど無謀もいいところだ。息苦しそうだったのでローブを脱がし、簡素な服に着替えさせた。この時、当然ラグドとホイミンは家の外へと追い出されている。ハーベストは爆睡しているので大丈夫だろう。
「それにしても、どうしてあんな所にいたのかしらね?」
 少女の着替えが終わり、ラグドたちが入ってくるなりイサはそんな質問をぶつけた。話し合って解決できる問題ではないのだが、それでも聞いてしまうのが人間というものだ。
 イサが調べた所、身元が判明するようなものは見当たらず、この少女の名も、どこから来たのかも判断はできなかった。少なくとも、長旅をできるような身体ではなさそうなので遠国というわけではなさそうである。
「でも、ラグド……この子の足、見た?」
 イサに言われて、ラグドは初めて眠っている少女の足を見た。
 少女と呼べる年齢には似合わない、幾つものマメ、それが潰れた跡、ところどころが膨張しており、偏食している。まるで使い物になるのかどうか解らないほどだ。
「イサ様……これは……」
 どれだけの距離を歩けば、このような足になるのだろうか。まだ幼い少女が、魔物が出没する広野を、獣道を、山道を、砂漠を、たった独りで歩いていたのだとすると、それがどれだけ辛かっただろう。
「とりあえず、傷の手当てだけでもしておきましょう。ホイミン!」
 また眠りかけていたホイミンを呼び、寝ぼけ眼のホイミンがフラフラと飛んできた。
「ふぁ〜い? もう食べられないよぉ」
「変なこと言ってないで! この子のケガを治してよ」
 ホイミンは夢でも見ているかのような目をしたまま、眠っている少女を見た。触手を伸ばし、身体に触れると動じに黄金の光が放たれる。普通のホイミスライムが使えるホイミではない、完治呪文とも呼ばれるベホマである。
「はい、傷は治ったよ〜」
 幾分か少女は安らいだのか、先ほどよりも疲労の色が薄くなった。しかし、まだどこか苦しそうな、身体の奥底から苦しめられているような表情は無くならなかった。幾分かは安らいだとはいえ、苦しそうなことに変わりは無い。
「ベホマをかけたのに……なんで?」
 ベホマは完治呪文のはずだ。ベホマでは治らない何か。回復呪文を受けつけないほどの瀕死ならば、ベホマが効くはずがなかったので傷が原因というわけではないようだ。
「もしや……毒?」
 ラグドの言ったことは、正しいのかもしれない。ベホマやホイミの回復呪文では毒を消し去ることはできないので、可能性としては有り得るだろう。
「ホイミン! キアリーお願いしていい?」
「え〜と、え〜と……」
 何故かホイミンは考え込み、それを見たイサとラグドはもしや、と思った。いや、そのもしやと思ったものは、正解だろう。予測でも予想でもない、確信からの答えである。
「きあり〜って、何?」
 やっぱり、とイサは落ち込み、やはり、とラグドは呆れた。
「あ〜、どうしよう……毒消し草無いし……」
 このようになるのだったら、武闘の師から解毒の技を詳しく教えてもらっておくべきだったとイサは今更後悔した。
 ハーベストなら狩り生活をしているため、毒消し草の一枚や二枚は持っているかもしれないし、冒険者の職をしているのでキアリーを会得しているかもしれない。眠っているところを悪いが、起こそうかという結論になったが、それは必要無かった。
 ハーベストが、文字通り飛び起きたのだ。

「敵だ!!」
 今の今まで深い眠りについていたはずのハーベストが瞬間的に剣を召還して、家の外へと走り出した。毒消し草のことを言おうとしたイサを突き飛ばして、である。
 立ち上がったイサと後の二人がハーベストを追って外へ出ると、ハーベストの言った“敵”に囲まれているのを発見。周囲は魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物だらけである。
「神聖なるエルフの森に、何故このような魔物の群が……?」
「知るかよ。けどな、俺の寝床を荒らそうとするなら……狩る!」
 剣を握る手に力を込め、ハーベストは魔物に向かって剣を構えた。
「毒消し草を探してもらっている暇は、なさそうね……」
 風の爪を両手にはめ、魔物の群生を見回す。森に住まうような魔物や、ちょっと外に出ればいるような魔物。厄介なのは、上空にいるキメラやメイジキメラである。下で戦っている間に上から攻められると不利だ。
「ラグド。私は上の魔物を主に狙うから、あなたは下の魔物を狙って。余裕があったら援護してね。で、ホイミンは後方で私たちの回復支援をお願い」
 ラグドは既にグラウンドスピアを召還しており、ホイミンはイサに言われた通り後方へと下がった。戦闘態勢は、整ったのだ。
「行くぜ!」
 ハーベストが仕切っているわけではないが、攻め始めなければ魔物たちが先制攻撃を仕掛けてきただろう。切り込み隊長の如く突っ走ったハーベストは、見事に魔物たちの不意をついて一匹を切り倒した。

「さて、と!」
 イサはまず、近くの小石をキメラの群へと投げ込んだ。
 いきなり飛んできた小石に、キメラたちはそうとう慌てている様子だ。しかしすぐにその眼は殺気の篭もった、悪質なものへと変わる。うまくイサの挑発に乗った証拠である。キメラたちは、イサを最優先に狙う敵として見なした。
「ほら、こっちよ!」
 イサが移動すると、キメラたちもそれを追った。ハーベストやラグドたちと少し離れた場所に誘導し、イサは最初の作戦成功に薄く微笑んだ。
「それじゃ、一気に行きますか!」
 風を巧みに操り、怒りで我を忘れて向ってくるキメラに風の爪を振るう。人間相手とは違って、魔物には容赦はしない。魔物は、敵だから。魔物は、憎むべき仇だから。
 ただ突進してきただけのキメラの一匹は一撃で斃れ、その身体は貨幣となって落下した。イサは魔物殺(モンスターバスター)であるから、魔物を斃すとそれは貨幣となるのだ。
 続いてメイジキメラ。マヌーサやベギラマを使うので、その呪文を使わせる前に倒さないと厄介なことになるだろう。
「はっ!!」
 風の爪が、メイジキメラの羽を貫き、斃す――までは行かなかった。分厚い羽で威力が半減、まではいかないものの、一撃で倒すということにはならず、メイジキメラはまだ生きていたのだ。
 それでも激しい鮮血が、闇夜を染める。瀕死状態だったのだろうか、数秒後にそのメイジキメラは出血多量で死んでしまった。しかし、その死と引き換えにイサに呪文をかけた。
 幻霧呪文(マヌーサ)。霧を作りだし、視界を悪化させ命中率を下げる呪文だ。イサは格闘タイプなので、この呪文が一番厄介なのだ。どれだけ素早く強力な打撃を振るっても、当らなければ意味が無い。
 霧はイサに纏いつき、全方向がぼやけて見える。キメラからして見れば、イサに霧が纏わりついているだけなので何ら支障はない。
「うわ……どうしよう……」
 一度、移動しようか。そう迷った隙を突かれたのだろう。咄嗟に身をかわしたが、右腕に激痛が走った。キメラの嘴にやられたのだ。血が滴り落ち、腕が痺れる。このままでは、負けてしまう。
「……」
 まだハーベストの寝床に少女が眠っている。狂暴な魔物が多いので、もし自分たちが負ければあの少女も喰らわれるだろう。
「そんなことはさせない!」
 まだ動く左腕で、風の精霊力を操作する。精霊魔法とは異なる、武闘神風流の風の技。
鎧風纏(がいふうてん)!!」
 本来、風の鎧を纏う防御の技ではあるのだが、風の鎧の発動位置を極端に己へと近付ける。纏わりついた霧を、無理矢理に消し飛ばしたのだ。多少は傷ついたものの、あとでベホマをかければいいのだ。これくらい、どうということもない。
 霧が消え、視界が元に戻る。キメラたちは、立ち直ったイサたちに怒りを覚えたのか一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「武闘神風流。返し技――」
 キメラたちの嘴が、イサを貫くその前に、イサはその技を使った。
「――風流(かざなが)し=v
 キメラたちからすれば、何が起こったのか解らなかっただろう。イサが目の前から移動し、キメラたちの後方にいたのだ。
 否、イサが移動したのではない。キメラたちが、移動させられたのだ。その証拠に、イサはその場から動いておらず、キメラたちはイサの後にいる。互いに、背を向けたままで。
「この技って、結構難しいんだけどね。決まってよかったわ」
 くるり、と後を向き、まだ動かず固まっているキメラたちをイサは笑みを浮かべながらに見た。キメラたちは動かないのではなく、動けないのだ。目に見えない真空で、相手を束縛する。かなり高度な技――奥義と言っても良いものが完璧に決まったのだ。しばらく動けないだろう。
「それじゃ、この間に斃させてもらうわよ!」
 このあと、大量の貨幣が周囲に落ちていたをラグドやホイミン、ハーベストは知っている。

「思ったより遅かったですな」
 イサがもとの場所に戻ってきて迎えられた言葉がこれである。
「そっちは……心配するほどでもなかったようね」
 かなりの数だった魔物は、全て消えて無くなっている。ラグドとハーベストが残らず斃してしまったのだ。
「あ、そうだ。ハーベスト、毒消し草持ってない?」
「は? え、ああ。あるぜ」
 剣を戻し、ホイミンから傷の手当てを受けながら彼は家の中へと戻って行った。
「よかった、毒消し草があって」
 もしなかったら、イサは夜であろうと関係無しに毒消し草を探しにいくつもりだったのだ。ラグドもそのことに気付いていたのか、ホッとした様子である。
「ほら、毒消し草だ!」
 ハーベストが投げ渡し、それをイサが歓喜の表情で受け取った。しかし、その顔は疑いの色に染まる。隣にいたラグドも同様だ。
「ハーベスト……これって毒草じゃない?」
「……………へ?」
 よく見れば、確かにそれは毒草である。獲物を確実に仕留めるため、この草の液を刃などに塗るのだ。もちろん、人間に対しても効果があるので、うっかり飲んだり傷口に塗ったりでもしたら大変なことになる。
「薬草の類はそれしかないぞ……?」
 ハーベストが言う。つまり、毒草しかなかったのである。
「にしても、毒消し草とか何に使うんだ?」
「何って、あの女の子によ」
 仕方なしに一度、家の中へと戻る事になった。その途中でハーベストが聞いてきた質問に、イサはそのままの答えを返したのだが、ハーベストはよく解っていない様子だ。
「ほら、あの子」
「…………い」
 その少女を見て、ハーベストは驚愕の表情を隠さずに表わしていた。当然、イサとラグドはそれに気付いたが、ホイミンはどうか知らない。
「え?」
「いつのまに?!」
「さっきから居たわよ!!」
 そういえば、ハーベストは眠った状態からいきなり魔物に立ち向かって行ったのだ。説明する暇がなかった。
「ねぇねぇ、イサ様ぁ〜」
「なによ?」
 ホイミンがいつものマヌケ顔で目の前をフヨフヨ浮くで、イサは多少なりとも不機嫌な傾向へと傾いたが、先ほどのケガを治してくれたのだから、話だけは聞いてあげる程度。
「毒を消せばいいの〜?」
「えぇ、そうよ。でもキアリーが使えないんじゃ……」
「え〜い♪」
 どうしようもないわ、と続けようとしたイサが言葉を言い終える前に、ホイミンが多数の触手から黄金の光を放ち、それが波動となって少女の身体へと流れた。
「これは……『光の波動』?!」
 ラグドの言った名前は、イサも多少なりとも知っている。
 毒、麻痺、混乱、猛毒、強制睡眠、呪い、石化、特殊呪文、つまりあらゆる異常状態から解放してくれる僧侶系呪文最高ランクの奥義。それが光の波動である。
 少女の表情から苦渋は消え、安らかな顔で深く寝入っていた。

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