56.古老騎士(レイゼン)
(前編)
-希望の光が絶望の闇に移ろう時、-


 悪夢が始まる瞬間はいつでも同じであった。
 同じ光景――同じ記憶が何度も繰り返される。
 その度に新たな憎しみと悲しみを胸に抱き、抑えきれない感情はどうしようもなく対処に困りもしたものだ。
 その夢が始まった瞬間、ああまたかと思いながらも受け入れている。
 だから今も、ぼんやりと唐突に、やがて鮮明になっていく光景を心待ちにしていたのかもしれない。


 ――グランエイス。砂漠に埋もれている第二南大陸デザラウトを治める強国である。
「王子! 王子はどこか?」
 グランエイス城から離れた騎士団の宿舎に、その言葉は日常茶飯のように繰り返される。
 壮年たる騎士の足取りは宿舎の至る所を歩き、声を響かせた。
「アナバ、ここだ。そう大声を出さなくてもよかったのに」
 その騎士の呼びかけに応えて、顔を出す。まだ幼いわりに背が高く、体躯もしっかりしている。
「ここにおられましたか、セルディウス王子。いやはや、王子は貴重な存在ですからな。いないとなると、どうも心配してしまうのです」
「すまないな。興味深い文献を見つけたので、読み耽っていた」
「今日は城下町を視察したいと申しておりましたでしょう。やめにいたしますか?」
「いや、区切りがついたところだ。行こう」
 宿舎の図書室を出て、セルディウスはアナバと共に外に出る。そこには駱駝が二頭、繋がれていた。
 二人が近づくと駱駝は嬉しそうに顔を向ける。駱駝乗りの訓練をしているときから一緒であったために懐かれているのだ。セルディウスは駱駝の頭を軽く撫でた後、その背に乗った。アナバも一緒である。
「おぉ? アナバにセルディウス王子ではありませんか」
 ちょうど城の午前勤務を終わらせてきた騎士が二人に声をかける。
「レイゼンか。今からアナバと城下町の視察に行くんだ。お前も来るか?」
「ほっほっほ、喜んで参りましょう」
 穏やかな笑顔を返し、レイゼンは自分の駱駝を連れてくるために駱駝小屋に向かった。
 その背を見送り、セルディウスはふとアナバを見やる。
「最近、レイゼンの活躍ぶりは聞いている。なぁアナバ、そろそろお前も騎士団長から降格されるんじゃないか?」
 その言葉にアナバは目を丸くして、まだまだですよ、と首を横に振った。
「私とて虹の天翔翼°R士団長になった時はそれなりの苦労をしました。今のレイゼンよりも、もっとね」
 しばらくは安泰です、と付け加えるころにはレイゼンも駱駝を引っ張ってきていたので三人は城下町へ向かった。

 城下町の視察には滅多に出ていなかったセルディウスは、今日がまだ二度目であった。その割に顔は知られており、セルディウス自身も皆の顔を一度見ただけで覚えていた。
「あの店は新商品を売り出したのだな。お、この前は外で遊んでいた子供が店番をしているぞ。向こうでは前に比べて忙しそうだな。なんだ、その代わりみたいに忙しそうだった店は閑散としているではないか」
 このような具合で一度目の視察による状況をほとんど覚えていたのだから感服する。
 セルディウスは田舎から都会に迷い込んだようにキョトキョトと辺りを見回し、挨拶を送られれば一つ一つに笑顔で返した。
 その様子を見守るのはアナバとレイゼン。グランエイスが抱える騎士団虹の天翔翼≠フ騎士団長と副騎士団長である。
「――レイゼン、お前はどう思う」
 セルディウスには聞こえない程度に、隣の男にアナバは話しかけた。
「なんのことだ」
「白を切るな。王子のことだ」
 二人の表情が硬くなるが、セルディウスは気付かず、民達も目が行くのは王子なので従者である二人のことは気にしない。
 グランエイスは代々、女王が治めてきた国だ。そこにパトリックスという男が生まれ、異例にも王となった。そしてその子供はまたしても男。王家に生まれたパトリックスは、自らが男であることに苦悩していたために女児が生まれることを期待していたというのに、結果は悲惨なものになった。『セルディウス』という、南大陸には相応しくないような名前をつけられたことからもパトリックス王が王子を毛嫌いしているのは明確である。
 王子暗殺の可能性を考慮してセルディウスは騎士団長のもとに預けられた、というのが大義名分として罷り通っているが、本当の理由はパトリックス王が王子を少しでも遠ざけたかったためである。
 そして前者の理由も嘘ではないから困り者だ。事実、城に暗殺者が忍び込んだりしたこともあったし、城の者でさえ男児たるセルディウスのことを快く思っていない者も多い。
 アナバやレイゼンも、心の片隅ではセルディウスが女児として生まれていればと何度も思い、王子否定派の思想に共感している一面もあるのだ。表向きは王子肯定派の二人でさえこれだから、将来は危うく思える。
「我輩に聞くとは、かなり切羽詰っているようだな」
「まあな」
 グランエイスの問題は山積みであるのに、肝心な王が信頼できるものではないのだから忙しさは増す一方だ。どうせなら、本当にセルディウスを殺し、妾腹の女児を女王に祀り上げてやろうかと思ったことも、なくはない。
 歴史が歴史であったために、女王ではないという事実だけで民は不安になり騎士団もそれは同様である。
「俺は、パトリックス王の息子にしてはまだまだ化けると思っているが……これが男ではなく女であればな。国としても丸く治まったというのに」
「愚痴をこぼすのはまだ早い。王子の手並みは、今後をよく観察すれば自ずと見えてくるであろう」
「だが正直な所どうだ。俺は、王子に過度の期待を持つ事なんてできない」
「それは我輩も同じだが……」
 そんなことを話し合っていたら、セルディウスはかなり先行してしまっていた。
 従者たる位置にいる今の自分らとしては慌てて王子を追い始めるが、それよりも早く、物陰からナイフを振りかざした男がいきなりセルディウスに襲い掛かった!
「王子!!」
 叫ぶが間に合わない。いや、間に合わせないように心のどこかで思っていたのかもしれない。王子が亡くなれば、王位継承権はセルディウスではなく他の者の手に渡る。少なくとも男であるセルディウス以外の誰かに。それを望まずともどこかで期待していたのか、二人が駆けつけるための動作は一瞬遅れていた。
 奇襲はその一瞬こそ命取りであるというのに――。
「がはっ!」
 呻き声を上げて地に伏したのは、ナイフを掲げて襲い掛かった男の方であった。
 セルディウスはいきなりの事態に、そして初めての奇襲を受けたのだから、あまりの驚きに肩で息をしていた。震える手には、鉄の槍が握られている。
「王子! ご無事でしたか!!」
 よくもこんなことが言えたものだ。心の片隅でそのまま王子が死ぬ事を期待していたというのに。しかしそんなことを考えてしまった自分を呪わずにいられなかった。自分たちは騎士であり、槍を捧げた相手が死ねばいいなどと、騎士にあるまじき思考をしたのだから。
「なんとか、な。アナバに訓練を受けていてよかったようだ」
「一瞬にしての武具召還からの返し技。お見事です」
 セルディウスの右腕には冒険者の紋章が輝いている。いつ奇襲を受けても対応できるようにと、その場で武具を召還できる冒険者の能力を身に着けていたのだ。
「こやつめ、打ち首にしてやりましょう」
 王子の命を狙った男は、奇襲に全てを賭けていた為か、座り込んで逃げる様子さえ見せない。
「待て」
 レイゼンが連行しようとしたのはセルディウスである。
「王子?」
「話を聞きたい」
 駱駝から下りて、セルディウスは男と同じ視線になるまで腰を下ろす。
「こちらを見なさい」
 顔を伏せていた男はセルディウスの言葉で恐る恐る顔を上げた。
「何故、私の命を狙ったのです」
 聞くまでもないことを。レイゼンとアナバは顔を見合わせてそう思った。王子を殺害するための動悸などいくらでもある。国の思想のためだとか、食糧問題を王族に対して訴えるためだとか、グランエイスを堕とすためだとか……。
「王族ってのは、城で豪勢なご馳走を食べているんでしょう。我々から税を取り、その食料で無駄に堕落した日々を過ごしているのでしょう。我々が必死に働いた成果を、奪い去っていくのでしょう。そんな人間が国の頂点に立っているだなんて、耐えられない。どうせ私はもうすぐ死んでしまう身。ならば一矢報いてやろうと……」
 やはりな、としかアナバとレイゼンは思わなかった。
「……もうすぐ死んでしまう身、というのは?」
「今日から食べるものなんてありません。水もない。買うお金だって、税の徴収で全部持っていかれました」
 セルディウスの表情は読み取りにくいものの、もの悲しそうな目でその男を見つめた。
「一つ聞きたい。……生きたい、ですか」
「……もちろんです」
 絞るように答えた男は再び顔を伏せ、セルディウスも黙り込んだ。
 少しの間黙っていた間に、まわりには人垣ができていた。セルディウスが狙われたのだから当たり前でもあるが、その狙った男に話しかけているということに興味が引かれたのだろう。
 いつしかセルディウスの沈黙は周囲に伝わり、常に賑やかであった周囲はしんと静まり返った。
「――食料庫を解放し、税を軽くするように進言することを約束します」
「なっ!?」
 最初に声を荒げたのはアナバとレイゼンである。
 それでなくとも、周囲の人間やセルディウスを狙った男は目を瞬かせるだけであった。
「王子!」
 非難するような声を、セルディウスは片手を挙げて制止させた。
「視察の結果、最良の措置を取る権限は王子たる私にもあるはずだ」
 セルディウスの言う通りである。グランエイス王族の権限として、王子はその役割を担っているといっても良い。
「しかし! 民一個人の意見で王子たるあなたが……」
 今度は片手を挙げずに、セルディウスは二人を真直ぐに見据えた。
 それだけで、二人の騎士は射抜かれたように黙り込んでしまう。
「私だって腹が減れば食べ物が欲しいと思うし、喉が渇けば水を飲みたいと思う。生きていたい……その気持ちに、身分の差などないだろう」
 言われて、二人は黙り込んだ。何も言い返すことができなかったのだ。一個人の意見で国の全体に関わる決定をするなど言語道断であるはずなのに、それを言うことができなかった。それほどまでにセルディウスの言葉は重く、威厳を感じられた。だから静かに頭を垂れるくらいしかできなかった。
「私は民たちと共に生きている。それを忘れては、いけないと思うんだ」
 まだ子供で、政治に参加させてもらえないような年齢であるというのに、綺麗事の一言で片付けられそうな言葉なのに、セルディウスはそれを知った上でこの言葉を選んだのだ。言葉の裏にある、信念と共に。
「今日、私を狙った事は水に流します。明日から、また働き、毎日を生きてくれませんか?」
 セルディウスは男に、諭すように語り掛けた。男は涙ぐみ、平伏し、年も考えずに大声で泣き叫びそうなほどである。
「――ありが、ありがとう……ありがとうございます」
 やっと出た言葉に、セルディウスは頷いた。遠巻きに見ていた人々もやがて笑顔になったのは言うまでもないだろう。
 その様子を見て、呆然としていた騎士が二人。
「レイゼンよ……」
「アナバよ……」
 二人は二人が同時に喋ったことなど気付かずに、今の心境を素直に言葉に表した。
「先ほどの言葉は撤回だ」
「貴様の意見と同意した我輩がはずかしい」
「俺は――」
「我輩は――」
 そして二人の言葉は同時に出された。
「「王子が、グランエイスを救う光に見えた」」
 声は重なり、それは王子を見送る人々に聞こえずとも、空に溶けて行った。


 騒動で見た、眼に見えない光。それは希望。
 具体的にどうというわけではない。心の強さを感じたのだ。
 グランエイスの歴史を変えてくれる。パトリックス王では成せなかった偉業を、セルディウスは可能にしてくれる。
 それを信じて疑わなかった。
 王子を見る目はその日から一気に変わった。表向きは王子賛成派でありつつ否定派であった二人は、身も心も賛成派へと移り変わり、その支持もあってか王子評判は良くなる一方であった。
 そんなある日、虹の天翔翼°R士団の中で武術大会が行われた。
 騎士団長アナバに預けられていた王子はもちろん参加を認められ、準決勝にまで上り詰めることができた。気性の荒い南大陸の兵士たちは、王子だからといって遠慮はしなかったものの、それ以上にセルディウスは強かった。騎士団長たるアナバに槍術を仕込まれた賜物だろう。
 セルディウスの準決勝の相手はレイゼン。勝てば決勝でアナバと戦うことになる。
 用意された試合場で、二人は向き合った。
「さすがはアナバが手塩をかけて育てた王子ですな。まさかここまで来るとは思いもしませんでしたぞ」
 レイゼンが鉄の槍を構え、戦闘態勢を取る。
「私はお前に勝って、アナバと戦いたいのでな、悪いが勝たせてもらう!」
 セルディウスも同じく鉄の槍を構える。
 審判の合図と共に、二人は地を蹴った。
「せぁぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」
 気合一声、二人は勢いに身を任せて槍を突き出した。
 二人が交錯した瞬間――鉄の槍が一つ、宙を舞った。
 そして倒れたのはセルディウスである。彼が地に倒れると、やや遅れて鉄の槍が落ちてきて乾いた音を立てた。
「勝負あり!」
 勝ったのはレイゼンだ。
 セルディウスは未だ、何が起きたのか分からないまま目を白黒させていた。
「我輩の勝ちのようですな」
 ゆっくりと身体を起こして、セルディウスは微笑んだ。
「強いな。まさか一撃でやられるなんて」
「王子は先しか見ておられなかったでしょう。我輩に勝って、アナバと戦うことのみです。それでは我輩の一撃を破ることなどできません。この一撃は信念の一撃。背負っているものが違うのですよ」
「レイゼンは、どんな想いで槍を出したんだ?」
「グランエイスを想う気持ちです」
 なんだそれは、とセルディウスは笑ったが、レイゼンはおどけた口調であったものの嘘ではなかった。グランエイスそのものを想いに乗せた一撃だったのだ。
 とはいえ、そのあとすぐにアナバと戦い、レイゼンは敗れたので冗談に聞こえるように言ったのは正解であったようだ。


 王子の武勲は、虹の天翔翼%烽セけには留まらなかった。
 相変わらず民からの信頼も厚いし、アナバと共に蛮族を討伐するための戦場にも出た。
 そこで一グループの統率者らしき相手をも討ち取ったのだから、名声は広がるばかりであったのだ。
 いつしか王子賛成派と否定派の派閥意識はなくなり、全てがセルディウス王子に希望を見出していた。

 王子はグランエイスの希望だ。

 この言葉は幾度となく繰り返された。
 それを快く思わないのはグランエイスを良く思っていない蛮族くらいのものだが、意外にもグランエイスの統率者――つまり現グランエイス王パトリックスは、王子の功績を聞くたびに不快な気分になっていた。

 ――王子がまた蛮族を討ち取ったようです。
 ――王子は民から信頼されているようで、今日もこれを王子にと税の徴収時に多めに渡す場所も少なくないようですな。
 ――騎士団の中でもトップクラスの実力を持っているようですよ。
 ――多くの知識を持ち合わせており、王子の助言で商売が繁盛した所も多いらしい。
 ――覚えが早く、もしかしたら古代語も理解できるのではないでしょうか。

 報告を聞くたびに、パトリックスは眉間にしわを寄せた。
 毎回の報告役を担っているレイゼンは、その様子に堪りかねたのか幾度もパトリックスを諫めようとしたが残念なことにパトリックスの気持ちが変わることはなかった。
 しかしそれもあと少しのことだ。
 王子が十五歳となり、王位継承権を正式に受け取れば後はセルディウスが王になることなど容易いことだ。いくらパトリックスが退こうとせずとも、グランエイスの民の圧倒的な支持がある限り時間の問題でしかない。
 かといって王子の信頼をどん底に落とす策などパトリックスは持ち合わせていないし、持っていたとしても一人では不可能だ。誰かを使おうとしても、その誰かは必ずセルディウスに期待心を持ち合わせている。蛮族にでも協力させようとしても、セルディウスの正々堂々たる戦いぶりは蛮族にも好印象を与えているとのことだ。
「パトリックス王。セルディウス王子は、貴方のご子息ですぞ。誇れる息子がいるという事ほど、嬉しいことはありますまいに」
「儂は――」
 パトリックス王は言いかけて、何も言わずに黙って口を閉じた。

 儂は――セルディウスを息子だとは思っておらん。

 そう言おうとしたことはレイゼンにも分かっていた。
 自分とはまるで似ていないセルディウスが、本当の息子ではないのではないかと疑ってしまうのは当然の心理ともいえよう。
 これまでならまだ些細なことで片付けられそうなことを、パトリックスには正妃とは妾腹の娘がいるから余計にその思いが強まったのだろう。よりによって生まれたのが女児で、なんとも迷惑な存在になってしまったその娘は城で暮らしている。パトリックスが隙あらばこの娘を王女に仕立て上げようと企んでいることは丸分かりであった。
「……笑いものだな」
 不意にそう発したパトリックスの真意が読めず、レイゼンは次の言葉を待った。
「儂は、『女であればよかったのに』と幼少の頃から陰口を叩かれながら育った。知られていないと思うと、人は何とでも言うものなのだな……。だが、セルディウスはどうだ。『また男か』などは最初のころだけ。今では『希望の光』『グランエイスの将来を支える』などという好評ばかりだ。この差はなんだ。儂は、儂は――」
 レイゼンは何とも言えず、言ってしまえばそれこそパトリックスは絶望に捉われ何をしだすかわからない。
「――……」
 最後まで言葉は続けず、パトリックスは玉座から立ち上がった。
 控えていた侍女を眺め、その一人に向かって今夜部屋へ来るように命じてパトリックスは玉座の間から去った。
 嫌なことがあれば女を抱く。正妃がいるにもかかわらずそれが習慣のようにもなっており、正妃の怒りは既に呆れと化しているのか最早なにも言わなくなっている。
「……」
 レイゼンはパトリックスの後姿を見ながら、この男はもうダメだな、と悟った。一度はその槍を捧げた相手だが、セルディウスが育っていく過程でその想いは崩れていった。もし正妃との間に生まれた子が女児であったならば、パトリックスとてこのような男にはならず、レイゼンにとっても槍を捧げるのに相応しい相手となっていただろう。


 騎士団宿舎に戻ると、騎士団長室から話し声が漏れているのが聞こえた。
 セルディウスとアナバの声である。
「いよいよ明日なのですよ! 今から視察などとは……」
「明日が重大な日であるからこそ、俺は見ておきたいんだ。民達の様子を」
 セルディウスの口調がややざっくばらんであるのは、アナバと話している限定のものであった。レイゼンは幾度かそのような会話を聞いているが、参加したことはなかった。恐らく騎士団長たるアナバがセルディウスを育てた故であろう。
「わかりました。レイゼンはどうしますか?」
 視察に行く時はアナバとレイゼンを従騎士として選んでいた。
「もちろん誘うさ。そろそろ戻ってくる頃だろう」
 その言葉に少々わざとらしいかと自分でも思いながらも扉を軽くノックする。
「虹の天翔翼&寞R士団長レイゼン。入室許可を求む」
「入れ」
 許可を貰って扉を開けると、セルディウスはさっそく本題を切り出した。
「レイゼン! 今から視察に行きたいのだ。共に行ってくれるか?」
「明日は成人式にして戴冠式ですぞ。それなのに――」
「それはさっきアナバと話し合った。アナバからは許しを貰っている」
「本当か?」
 聞いていたのにこうして聞くのも白々しいものだが、セルディウスもアナバも気付いてはいなかったようだ。
「あぁ、王子に負けてしまったよ」
 苦笑しつつアナバは言うと、レイゼンもそうか、と笑って済ませた。

 王子の戴冠式前日ということで、グランエイス城下町は賑わっていた。
 王子が通るたびに祝辞を述べて、セルディウスはその全てに礼を言った。
 確かにパトリックスの時とは随分と違う。ここまで賑やかではなかったし、民も心の底から待ち望んではいなかった。
 それがこうして、民の一人ひとりが王子が王となることを望んでいる。
 セルディウスはグランエイスを変える光となる。
 揺ぎ無い事実は、民全員、騎士団全員、蛮族にすらそれは伝わっていた。

 しかし、その大いなる期待は翌日に裏切られることとなる。

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