52.風城崩壊


「遅い!」
 と、イサは文句を言った。
 しかし遅いと言われても亀は遅いものだし三輪車だって遅いし、食べるのが遅い人はどうやっても遅いのが常である。とはいえ、そんなものに文句を言ってもしかたがないので、本来速いであるべき対象にイサは文句を言っているのだ。
「ムーナはどうしたの!?」
 エシルリムの宿屋の前。ナジミの洞窟から戻ってきた時にラグドを休ませた場所であり、何かあった場合はここを集合場所としているのだ。
「どうしたのでしょうなぁ」
 ラグドが困ったようにイサの言葉に対応した。それは明確な答えではなく、悩みは解決しない。
「どうしたのかしらねぇ」
 加えてリシアが便乗し、
「どうしたんすかねぇ」
 リィダが最も不安そうな顔であった。
「集団行動は大事にしないとダメなのにね〜♪」
 お前が言うな、とラグドがホイミンに向けて言う。
 今や、ムーナを除く全員――ホイミンまでもがこの場にいるのだ。それぞれは各地方の魔法装置破壊を達して来たのだが、ムーナだけが帰ってきていない。
 ホイミンがひょっこり現れた時には、どうしたのかと問い詰めてもアハハと笑うばかりであったり気が付けば違う会話になっていたりと、誤魔化されてしまったような気がしてならない。
「姐御はガルナの山に向かったんすよね? ウチ、見てきましょうか?」
「迷子にならなきゃいいがな=v
 途中で別行動を取っていたというキラパンもこの通り戻ってきている。
「えっと、じゃあ何人か残って――」
「そんな必要ないよ」
 イサの言葉を遮ったのは、まだかまだかと待ち望んでいた者の声だ。
「ムーナ!」
 イサの顔にぱぁと笑顔が作られる。どこかで倒れているんじゃないかと心配していただけに、彼女が元気な姿を見せてくれたのが嬉しかったのだ。
「ごめんねぃ。ちょっといろいろあってさ」
 そういうムーナの後ろには、四人の魔道士が立っていた。
 同じようなローブを全員纏っているが、中には一人だけ胸に勲章をつけている人物がおり、知識の額冠も美しさを引き出している。ご存知の通り、東大陸一の冒険者『マナ・アルティ』である。
「いや驚いたね。一応さ、教えてもらった増殖装置が他にないかいろいろ探索していたら、ガルナの山にこの人が倒れていてさ。やっぱ同じ魔道士じゃん? 見捨てるなんてできないよなぁ、うん」
 一緒にいる理由を聞く前に、ルナクロズが勝手に喋ってくれた。
 ムーナは『マナ・アルティ』に助けてもらった後、約束通り事の顛末を話した。すぐには信じてもらえなさそうな話だったかもしれないが、彼ら自身、何か思い当たる節があったのか納得してもらえた。
「それで、あとの事は『マナ・アルティ』に任せて、アタイらはもう帰ろうってことになってるの」
 なんで、と聞く前に事情を察した。今回の事件はやはりエシルリム国の問題なのだから、この国自身が解決しなければ後腐れが残ってしまう。『マナ・アルティ』はエシルリムで活動している冒険者だし、実力も信頼もピカ一なので任せても良いだろう。
 王族という立場による行動の制限が出てしまうと、やはりイサとしては面白くない。どうせなら普通の冒険者として生きていたいし、王族という立場から何としてでも解放されたくもある。
「じゃあこのまま帰るの?」
 エシルリムまではリィダがキメラの翼を使用して来られたのだが、ウィードに戻るとなるとムーナのルーラだけで充分だ。
「そういうことになるねぃ」
 クレイバークには一応、挨拶はしておいたし『マナ・アルティ』が上手く言っておいてくれるだろう。このまま帰還しても何ら問題は無い。
「ハーベストは、どうする?」
「オレか?」
 イサの問いかけに彼は少し考えた様子だ。もともとエシルリムにまでついてきたのは、リィダを一目みたいという願いがあってこそで、それは既に達せられている。
「とりあえず、オレ自身の旅を続けるよ」
「あてはあるの?」
「おう! 勘だ!」
 不安だ。
「そう……気をつけてね」
 それだけ言うと、ハーベストは元気よく返事を返して、最後にリィダに向けて顔を赤らめつつ手を振り、後は弾けたように駆け出した。エルフの二人もそれを追う。
「……よかったのですか?」
 ラグドの問いかけに、イサは頷いた。
 ハーベストは魔竜神を追っている。イサたちは風魔石を手に入れたので今後は、風龍石を追うことになり、その所持者は魔竜神ということらしい。探す目的は一緒なのだが、それでも今は別れを告げたほうがよかった。今から行くのはウィードであり、そこでは王女としての自分でいなければならない。ハーベストには身分を言っていないし、それが知られたからといって彼なら対応が変わるとは思えないが、それでもむやみやたらと知られたくないのが事実だ。
 ハーベストたちを見送って、最後に『マナ・アルティ』に別れを告げた。
 エシルリムに来て何日も経ったが、とても短い期間に思えたのは何故だろう。たった数日しか滞在しなかったベンガーナより、この地に留まった時間が短く思えるのは感傷にすぎないのか。
「ところで、ウィードに戻る前に寄りたいとこあるんだけど」
 ムーナが申し出て、まずはそこへ向かうことに。
 彼女がルーラを唱えて、皆は浮遊感に包まれて一瞬にしてこの地を去る。
 さよなら、と言ってしまいたくなったのは、やはり感傷に浸っているせいだったかもしれない。


「寄りたい所って……シルフだったの?」
 ルーラで移動した先はどこか見覚えのある街の風景であり、それがシルフの街であること確認してムーナに聞いた。
「そうだよ。ちょっと用事があってねぃ、アタイは行くとこあるからてきとうにしといてよ」
「集合場所はあの宿屋でいいな」
「オッケー」
 あの宿屋というのはラグドがお得意様扱いを受けている宿屋のことで、ムーナもその場所を気に入っているらしい。確か温泉もあったような。
 特にイサたちには用事がないので、そこで待つことになった。

「ずいぶん、変わっちゃったね」
 ――宿屋の食堂。イサの言葉は、決して宿のことを言っているのではない。
「……そうですね」
 ラグドも軽く頷く。リィダとキラパンとホイミンは外にいるので、このテーブルには二人だけだ。
 イサが変わったと言った事。
 それは、前と今だ。
 以前、皆でシルフを訪れた時はエルデルス山脈へ向かう途中の補給地点として通過したこの街だが、その時とはずいぶんと変わってしまった。
 あの頃は龍具の複製も持っていなかったし、風磊についても何も知らなかった。リィダだって、仲間になったばかりでぎこちない動作が多かったものだ。ムーナが倒れてもいつものエネルギー切れで済ませることもできていたし、ラグドはレイゼンと会ってもいなかった。
 それが今はどうだろう。
 龍具の複製たる飛竜の風爪を持ち、風磊を追っていれば世界の破滅させるような魔法と出くわすなどと、そのような事態になるなどとは思いもしなかった。ムーナが少しでもふらつくと心配になってしまうのはベンガーナでの一件のせいだろう。ラグドもレイゼンと会って以来、様子が変わっているし魔力塔を封じて帰還した後も心ここにあらずということが多かった。
 旅の証にしては、なんだか気が重くなるばかりの証だが、変わってしまったことに一抹の寂しさを感じてしまう。
 同じ場所になっているのに、立っている自分が昔と同じではない。歓迎すべきことなのかそうでないのか、イサには分らなかった。ラグドも同様のことを思っているのか黙ったままだ。
「ラグドは……」
 言いかけて、イサは言葉を続けようか迷った。迷っているうちに、ラグドが怪訝そうに顔を向ける。
 ラグドは、恋人とか作らないの?
 『マナ・アルティ』を見て、アールスとレヴィナが、そしてルナクロズとレムティーのそれぞれがただの仲間以上の意識があるのを見て取り、思い浮かんだ言葉であった。ラグドはウィードの『風を守りし大地の騎士団』の騎士団の中でも、もっというならウィード国そのものでも人気が高い。それは男女両方で同じことが言えるので、彼がもてないということは決してないのだ。
 しかしそのような問いかけに何の意味があるのだろうか。昔ならもっとストレートに聞けたかもしれない。だが今は聞こうにも聞けない。答えはどうせ素っ気無いものだろうが、聞きたくない。何故そう思うのかは……何故だろうか。
「なんでもない!」
 思考と言葉の続きを打ち消す意味合いを込めて、そう言った。


 一方ムーナは、人目を避けてある場所へと向かっていた。
 わざわざ避けずとも、入り組んだ通路に入ればあとは気にするものは何も無い。
 やがて扉に見えない扉の前に辿り着き、それを開ける。
「おっちゃ〜ん。いるかーい?」
 ムーナの問いかけには言葉が返ってこず、かわりにごそりと衣擦れの音が微かに聞こえただけであった。
「いつものなら、そこにあるぞ」
 それだけを言って、老人は関わりたくないように視線を背ける。
「ん、ありがとさん。ところでさ、もうちょっと強烈なやつ作れない?」
「無茶を言うな。それ以上強烈なやつだって? 死ぬ前に死んじまう!」
 支離滅裂な言葉になるほど動揺しているらしい。そこで強要できるほどムーナは酷ではないので、『いつもの』を貰うことにしておいた。
「最近、なんだか効き目が薄くてね。すぐになくなっちまう」
「あんた……それって」
「お代はここに置いとくよ。それと、もう作ってくれなくていいからね」
 ムーナは背中を老人の方に向けていたが、老人が驚いているのは気配だけでわかった。
「寂しくなるな」
「アタイが来なくなるから? 仕事がなくなるから?」
「両方かもしれない」
「曖昧だねぃ」
 ムーナは最後に老人に振り返って、ばいばい、と声をかけた。
「……達者でな」
 いつもとは違う言葉を、老人は返した。
 ムーナはそこから出ると空を仰いだ。
 どこまでも青い空は、たとえ自分がどうなろうと存在し続ける。
 ふぅ、とため息を一つするとまた歩き出し、ラグドたちがいる宿屋へと向かった。


 さてこちらはリィダとキラパンとホイミンの三人組。
「クラエスって名前は何っすか?」
 という問いに対して、キラパンがホイミンと一緒に来いと言っていたので、以前と同じく馬小屋の隣に繋がれているキラパンの元へホイミンとやってきていたのだ。
「まず確認しときてぇが……おいホイミン。もう誤魔化すんじゃねぇぞ=v
「分ってるよぉ。ボクってそんなに信用ない?」
「ねーよバカ!=v
 二人のやりとりにリィダはどうしようかと迷っているうちに討論は終了したらしい。
「まずクラエスってぇのはだな=v
 キラパンが切り出し、リィダがこくこくと頷く。ホイミンは隣でくるくる回っている。
「俺が人間だったころの名前だ=v
 それを聞いて、すぐに頷かなかったのは信じられなかったからだろう。  目を丸くして、キラパンのセリフを自分でも反芻してみて、そしてその結果――。
「ふぇ?」
 首をひねるだけであった。
「だーかーらー! 俺はもともと人間だったんだよ。このホイミンもな!=v
「ふぇぇぇ!?」
 今まで魔物としか思っていなかった相手にもとは人間だったと言われて、すぐに納得できるほど、リィダは物分かりがいいほうではない。信じられないといった様子でキラパンとホイミンを何度も見比べる。それでどうなるということでもないのだが。
「俺たちは昔、冒険者チームを組んでいた。二人一組の小さなチームだけどな=v
 冒険者チームはだいたい三人以上が多いが、別に二人での構成が珍しいわけでもない。
「それがどうしてそんな姿になったんすか? なんか呪いのお宝に手を出したとか」
「そんなだったらまだマシだ。俺たちは…………どこから話せば良いんだ?=v
「ボクたちの栄光からじゃない?」
「そうかぁ……? ……俺はかつて、竜を探して旅をしていた。ホイミンは、名門貴族だったらしいが何か知らねぇが家出して旅をしていたらしい。出会ったのは偶然だったし、何となく一緒に行動していたんだが、こいつがチームを組もうとか言い出して、正式に仲間になったってわけだ=v
 冒険者名は『剣の牙』。点々と各地を旅しているうちに、世界冒険者ギルドランキング決定式に呼ばれるほどの実力者となり、見事優勝を収めた。現実的に世界一となった二人であったが、その頃は魔王ジャルートの脅威の影響で知名度は低く、冒険者ギルドも完全には機能していなかったため、世に知られることもなく二人の記録は埋もれてしまった。
「そのことを嘆くわけじゃねぇが……優勝したすぐ後だ。冒険者ギルド本部そのものから依頼が来やがってな=v
 魔物を一匹、倒して欲しい。たったそれくらいなら、と引き受けた二人であったが、その魔物こそ霊魔将軍ネクロゼイムであったのだ。ネクロゼイムはあらゆる実験で作り出した結果を駆使して二人を打ち破り、捉え、実験の材料とした。
 その実験は、魔物との融合体を作る事であった。クラエスはキラーパンサーに。ホイミンはホイミスライムに。実験の結果、ただのキラーパンサーには使えない特技を扱い、ホイミスライムは高等な回復魔法が使える代わりに初歩的な魔法が使えなくなってしまっていた。
 ネクロゼイムとしては、この結果はただの数値でしかなく、すぐに二人を廃棄した。意識も朦朧で、相方がどこへ棄てられたかも分らず彷徨い、そして何とか生き延びることができた。
 後は魔物の身体となってしまったことに苛立ちながらも、何か元に戻る方法はないかと旅をしていたのだが、如何せん魔物の姿では街に立ち寄ることもできない。クラエスは毎日をただ生きていくだけで日々を費やし、そしてリィダたちに出会った。
 ホイミンのほうは、魔界に飛ばされていたらしく、どういうわけか途中でルビスフィア世界に戻ってきていた。魔界にいる間に、少しの間だけ人間に戻れる方法を身につけたのだが、人格はどうしようもなかった。ホイミンには、魔物融合の時に二重人格という障害が発生していたのだ。記憶は共有できるものの、完全に別固体の人格が存在している。
「だいたいそういうわけだ。分ったか?=v
「えぇーと、えぇーと……。たぶん、わかったっす」
「イサ様とかには秘密にしてよね。まだ知られたくなかったんだから」
 頬っぺたをぷくぅと膨らませてホイミンが言う。
「ネクロゼイムのこと教えてくれたのって、ホイミンさんなんすか?」
 エシルリム塔城の天空屋上でのことを言っているのだ。
「そうだよぉ。ボクの……もう一人のボクだよ、アレ」
「はぁ。かっこよかったっすよ」
「えへへぇ。照れるよぉ〜♪」
 こういう仕草を見ていると同一人物とは思えない。
「ともかく。お前にだけは言ったけどよ、秘密にしとけよ=v
「はて? なんでウチにだけ教えてくれたんすか?」
「それはねぇ〜〜」
 ホイミンが面白がって言おうとしたのをキラパンが制止する。と言っても何だか凄い勢いで睨んでいるようだが、ホイミンは仕方なく言葉を切った。
「んなことは考えなくていいんだよ。あんまし深入りするな=v
 深入りしたつもりはなかったのだが、それ以上のことは聞かないでおく。
「まぁ、秘密にしとけば良いんすよね」
「……不安だがな=v
「ひどいっすねぇ。ウチ、そんなに信用ないっすか?」
「あるとでも思ってるのか?=v
 聞き返されて、言い返すことはできなかった。
 その代わりにリィダは涙目になったのでキラパンは居心地悪そうにそっぽを向いた。
「あれー。なんか珍しい組み合わせだねぃ」
 用事の済んだムーナが通りかかって、リィダの顔がぱぁぁと笑顔に変わる。単純、というキラパンの呆れとも安堵ともつかないため息と共にでた言葉はリィダには聞こえていなかった。だがホイミンには聞こえていたようで、耳元でこっそりと囁く。
「いつの時代も、恋する男の子は大変だね♪」
「なっ! テメェ噛み砕くぞ!!=v
 キラパンがいきなりそう叫んだのでリィダは驚いて背後を振り返った。見れば鬼のような形相でホイミンを睨んでいる。
「あらら、なんか喧嘩してるみたいだよ。止めなくていいの?」
「止めてくるっす!」
 リィダがキラパンを宥めるなりムーナがホイミンを小突くなりで、てんてこまいになりリィダが聞いた『クラエス』とホイミンの話は、いつの間にか忘れ去られていた。


 ムーナが戻ってきたということで、ついでに軽い食事を済ませてからシルフを後にした。
 ルーラで一気に帰ることもできたのだが、普段は外にいたいイサである。ここぞとばかりに歩いていくことを主張して、その提案は受け入れられた。
「ねぇ、帰ったら何しようか?」
 歩き続けてそろそろデスバリアストームが見えてくるだろう辺りに差し掛かったころイサは、右隣を歩くラグドに問い掛けた。
「まずは、ご報告ですな」
 朗らかな問いに、真面目すぎる答えが返ってきてイサは不満顔を作った。だがそれくらいで諦めるほどではない。
「そういうのは抜きで! 久々にさ、城下町で遊ぼうよ」
 風磊探しに城への強制滞在と、城下町での息抜きはここ最近やっていない。
「遊ぶの好き〜〜」
 イサの言葉に便乗したのは、当然のことながらホイミンである。
「お前はいつも遊んでいるようなものだろう。今回でも……」
 ラグドが呆れた声でホイミスライムを窘める。エシルリムではふらっとどこかへいなくなり、戻ってきたら笑っているだけだったり、ちょっと蝶々を追いかけていたら皆とはぐれちゃった、などと言われたりしたら、文句の一つでも言いたくなる。
「ま、とりあえずいいんじゃない? 冒険も成功したし」
 長い説教が始まりそうだったので、ラグド隣を歩いていたムーナが慌てて仲裁に入った。
「そうっす。姐御の言う通りっす」
 リィダがそれに便乗する。今回の冒険で最も辛い思いをしたはずの彼女は、しかしいつも通りであった。
「あ、ほら! 風が見えてきたよ」
 やがて開けた道に出た。イサの言う風とは、デスバリアストームのことである。
 自分達の故郷だ。


 ――その故郷が、しかし目の前でいきなり消えた。


 いったい、何が起こったというのだろう。魔王の脅威を防いだとして名高いデスバリアストームが裂かれたように弾け飛び、その存在が消滅していた。そして灰色の煙が立ち上り、その発生源は、たった今、目指そうとしていた場所である。
「城が……!」
 イサは無意識のうちに走り出した。ただ呆然としていた皆よりもいち早く駆け出し、他が慌ててそれを追う。その際に、ラグドは遥か上空を飛来している城のようなものを見つけていた。その城らしきものはウィードのように美しくなく、エシルリム塔城のように尊大でもない。禍々しく、魔の居城と言われれば納得できるほどだ。
「まさか……」
 魔の居城、という言葉が脳裏に浮かび、それが当たりではないかと思ったのだ。
 もともと風磊を探す旅は、復活した魔王から国を守るための任務のようでもあったのだ。デスバリアストームを突破し、ウィードを滅ぼすことを優先させてくるであろうと予測されていたために、予言されていた風磊を探していた。
 それが、間に合わなかったのだ。
 幸いと言っていいか分らないが、城下町には大きな影響はなかったようだ。だが、誰もが城の方を不安げに見つめている。いつもなら在るべきものが、そこにないからだ。ウィード城は丘の上に立っているかのようであり、城下町のどこにいても軽く見上げれば城が望める。
 気軽に、そして当たり前に見えていたものが、存在していない。
 ウィードの領土であれば、イサは目を瞑っても位置確認ができる。最短距離を選んで城を目指す。
「イサ! ちょっと待って! ルーラで行った方が速いよ!」
 体力の無いムーナがずいぶんと遅れて叫ぶように伝えるが、イサの耳にその言葉は入っていなかった。それほど混乱しているのか、不安と焦りで何も考えていられないのか、仕方なくイサの後を走ってゆく。
 ルーラで一足先に行っちゃおうかな、と思いはしたものの、今の精神状態では魔法が変に作用するかもしれない。そして一番気になったのが――。
「(なんでだろね。風の精霊力を、感じないよ……)」
 イサに言った後、すぐに気付いた。
 ウィード国内では常に感じる風の精霊力。それが根こそぎ無くなっている。
 まるでこの国から去ってしまったように。空気そのものが変質したように思えるのは、それほど風の精霊力が強く根付いていたからだろう。
 走る中、やはり一番走りやすいのはイサであり、ぐんぐん先に行ってしまう。ラグドも鎧をつけたままの全力疾走はきついようで、リィダは……キラパンに乗っている。
「リィダ、闇化だ! 三人なら……乗れる!=v
「ふぇ? あ、そうっすね!」
 リィダが珍しくラグドとムーナと、あとついでにホイミンを引き止めた。
「どうした?」
 ラグド自身も焦っているのか、苛立ったように聞いた。
「――夜を支配せし思案と安らぎを司る闇の精霊 闇の力、ここに降り注げ 魔よ、新たなる力をものとせよ――闇化(ダルド)=I キラーパンサー、キラパン闇化――ダークパンサー、『クラエス』!!」
 目の前のキラーパンサーがダークパンサーになったら、そりゃ驚くわ。
「うへぇ、なんだいこれ?」
 しかもそれを成したのがリィダなのだから恐れ入る。
「乗ってください!」
 キラパンのままだと人一人乗せるのがやっとだが、体躯も巨大化したクラエスならなんとか三人は乗れそうだ。
「う、やっぱり重いぃ……=v
 ラグドが乗ると、明らかに嫌そうな顔をしたので、ラグドはクラエスの言葉が分らずとも何となく理解できた。
「……すまん」
 だから謝ったのだが、クラエスはふんと鼻を鳴らしただけだ。
 やはり重くて無理だった、ということはなく、走り始めればあとは勢いに任せて走り続けた。

 やがて、イサに追いつく頃には、城に――城であったものの前に到着した。


 帰る場所を失い、ある意味、これは王族から解放されたということになるのだろうか。もしそうだとしたら、なんて最悪な願いの叶い方なのだろう。国の体裁や後腐れは気にしなくてもいい。国そのものの中心がないのだから、気にする必要も無い。
 たとえ城が一つ滅びても、灰色の煙が黙々と上がり天を覆いつくしていても、その上では、青空が変わらず存在し続けている。皮肉なほどに、どこまでも青く、蒼く。
 皆は故郷を、安息の地を失った。

 そして、最後の物語へと突入する――。

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