50.画竜点睛


 魔力塔……南西、アープの川。
 アンドレアルはその翼を使い、リィダとキラパンを翻弄していた。
「キラパン、『いろいろ』行くっす!」
 主人(マスター)の言霊により更なる力を得たキラパンの攻撃は、しかし尽く躱されている。炎の息を吐いては氷の息で相殺され、逆に氷の息を吐けば高熱ガスで相殺される。マヌーサを唱えても効いた様子はない。
「チィ! 空ばっかり飛びやがって!=v
 紫鱗の翼竜と殺戮の魔豹の対決は、どうしても翼のある相手のほうが有利であった。こちらが飛べないことをわかっているのか、アンドレアルは中々降りてこない。だがこの魔物は、ドラゴンだけあって力も凄まじいので接近戦に持ち込まれないのはある意味ありがたいのかもしれない。
「『命を大事に』!」
 言霊を変更。その途端、アンドレアルはバギマを唱えて真空渦を発生させた。リィダの号令があって身構えていたキラパンはなんとかそれを回避したが、一重に避けきれず切り裂かれていたかもしれないと思うとぞっとした。
「ふぅ……サンキュー、気付かなかったぜ=v
 相手の行動を見極める力が向上している。リィダはなんとなく、自分にそんなことを感じていた。
「けど、どうする。こっちからの攻撃は全部相殺されちまうし、降りてこない限り、他の攻撃は試せねぇ=v
 キラパンは他にも爆裂拳や疾風突きという打撃の特技を持っているのだが、当たらなければ意味は無い。そして相手は空中であり、彼の言うとおり降りてこない限りは命中するはずがない。
「翼が、あればいいんすよね?」
 アンドレアルの吐いた毒の息を特殊外套で振り払いつつ、リィダは確認した。
「そりゃそうだけどよ。んなもん、俺にもお前にもないだろ=v
「試してみたいことがあるっす!」
「あぁ?=v
「キラパン! ――『時間を稼いで』ほしいっす!」
 キラパンに力が漲った。それはリィダに言われた通り、時間を稼ぐための力。
「お前、新しい言霊を……!?=v
 まだまだ初心者が最低限使える言霊は『ガンガン』『いろいろ』『命を大事に』『命令』の四つのだけのはずだ。だが、今は新たな力がキラパンを包んでいる。
「……お前を信じるからな!=v
 キラパンはこれでもかというほどの大きな『おたけび』を使ったが、相手はドラゴンである。さすがに竦みはしなかった。だが、注意を引き付けることはできたようで、リィダもキラパンも見境なく襲っていたアンドレアルは、間違いなくキラパンのみに的を絞ったようだ。
「こっちだ、紫野郎!=v
 からかうように炎の息を吐き、相手を誘う。翼があるとはいえ、地を駆けるのならば断然キラパンが速い。
「キラパン……頑張るっすよ。ウチも、頑張るっす!」
 リィダは言って、自分の胸に手を当てた。己の動悸を感じながら、目を閉じて大きく息を吸った。
「(お師様……)」
 それは、リィダが魂のみの存在となってラキエルペルに触れた時の事だ。

「お前は、本当に不幸だな」
 そんなこと、解かっているっすよ。
「いいや、分かっていない。わしが、こんなにも、本当に落ちぶれてしまった時に戻ってくるとは……。お前さえ戻ってこなければ、お前を、こんな目に遭わせることなどなかったのに」
 お師様……。
「わしは魔物の誘惑に負けてしまった。お前をどうしようが何とも思わなくなってしまっていた。嗚呼、嗚呼、なぜお前は戻ってきてしまったのだ」
 お師様は悪くないっすよ。いつも、本当はウチのことを心配してくれていて。それなのに、うちはお師様のことあくどいとか思い込んじゃって……。
「良い、良い。そう思わせるようにしたのは、このわしだ。お前の不幸っぷりを知って、こうでもせねば本当の不幸に遭遇すると思っていたのだ。だがしょせんはわしの独り合点であった。そしてお前を、こんな目に遭わせてしまった」
 そんなに謝られると、なんだかウチが悪いみたいじゃないすっか。ウチは、お師様のこと怒ったり、嫌ったりしてないっすよ。
「すまない、すまない。どれだけ詫びても、詫び足りぬ」
 ウチ、お師様のこと、好きっすよ。だから、もう泣かないでほしいっす。
「リィダよ。わしを許すのか。全く、お前というやつは、そうだから騙されるのだ。わしを許しては、これから先、後悔することになるやもしれぬのだぞ」
 それでも、いいっす。
「そうか、そうか。ならば聞け、最後の教授だ」
 はい。
「心の声に従え。魔法は、それこそが全ての始まりだ。そして『善』と『悪』を見極めよ。悪を間違え選んだ時、わしのように魔物の仲間となってしまうだろう。だが善を選んだ時、お前は強力な魔法という仲間を得る事ができる。不の力の極限を垣間見たお前は、どうなるのだろうな……」

 ――それを最後に、ラキエルペルの声は聞こえなくなった。
 この時を持って、ラキエルペル・フィンファルスはこの世を去ったのだ。

 ラキエルペルの懺悔を聞く中、リィダは魔法の最後の心得を聞いた。
 魔法と言っても、おそらくは一般の魔法とは別のことを指していたのだろう。
 だからリィダは、心に耳を傾けた。己の心の声に。
 すると――奥から、深い闇が溢れてきた。
「うわ!」
 目を開けて、太陽の光と黄金の魔力塔の光で、心の闇がどこかへ消え去ったようだ。キラパンはまだアンドレアルの注意を逸らしてくれている。
「な、なんで闇なんかが……」
 もう一度、心の声に従おうとすると、やはり同じく闇に満たされようとしていた。
「(……違う!)」
 キラパンが、ついに避けられなかったのか、氷の息にやられて背中が凍てついている。それでも尚、その鋭い眼をアンドレアルに向けている。
「キラパン!!」
 違う。闇だから恐れるのではない。ラキエルペルは、善と悪を取り間違えるなと言った。光と闇を、とは言わなかった。
「(ここに在る闇は、ウチが持つ力っす!)」
 心の声を再三、呼び起こす。心が闇に満たされ――それはラキエルペルに無理やり流し込まれた闇ではない、安らぎの闇。
「――夜を支配せし思案と安らぎを司る闇の精霊 闇の力、ここに降り注げ――!」
 自然に言葉が口から出てくる。心の声が、奥底から溢れ出ている。リィダの手に、闇色の光が宿った。
「キラパン!!」
 彼の名前を叫び、闇色の光をキラパンに向けた。
「これは!=v
「魔よ、新たなる力をものとせよ――闇化(ダルド)=I」
 キラパンが光に包まれ、その姿が変わっていく。黄色の毛皮はアンドレアルよりも深い紫に、牙が一層雄々しく、そして翼が生えて、身体もそのものも一回り多くなった。
「キラーパンサーキラパン闇化――ダークパンサー……」
「クラエスだ!=v
 ダークパンサーと化した彼に名前をつけようとしたらしいが、このままだとダクパンと名付けられそうだったので、彼が先に要求した。
「ダークパンサー、『クラエス』! さぁ『ガンガン』行くっすよ!」
「おう!!=v
 今、身に降り注いだ力を疑うよりも早く、クラエスはアンドレアルに向かって行った。いや、疑う必要などない。この力を疑うことはリィダを疑うことだ。そのようなこと、クラエスにとって大切なものを裏切るのと同じだ。
「飛べりゃ、こっちのもんだ!=v
 アンドレアルは急な変化に戸惑ったのか、クラエスがあっさりと背後を取る。リィダの言霊の力により、力が増幅している――しかもいつも以上にその力は漲っているような――状態で、疾風突きを繰り出し、爆裂拳を見舞う。
 紫鱗の翼竜は断末魔の苦しみをあげながら、アープの川へ墜落した。
「やったっす! あとは、魔法装置を壊すだけっすよ!」
「おぅ、任せろ!=v
 意気揚々と、クラエスは魔法装置へと向けて突進した。


 魔力塔……北東、ライドンの森。
 ハーベスト一行は、魔力塔を生み出している魔法装置を早々に見つけ出していた。
 それを守るのは、リザードマンである。ただしそれはナジミの洞窟などで見慣れたリザードマンではなく、持っている武具はより雄々しく、身体も一回り大きい。恐らくネクロゼイムがこれのためだけに強化を施したらしいのだが、そんなことは関係ない。
 ぐるるる……。
 リザードマンは唸り声をあげるが、ハーベストたちは臆した様子など微塵も無く、むしろ睨むだけで相手を威嚇していた。
「森が泣いている」
「森が嘆いている」
 エルフ二人は哀しみさえ感じていた。魔力塔の影響で、森は深刻なダメージを負い続けているのだ。早々に取り払わなければならない。
「お前も、運が無かったよな」
 ハーベストは鋼の剣を構えて、少しだけ相手に同情した。
「森の中のエルフは、恐いんだぜ?」
 その言葉を、リザードマンは理解しただろうか。――答えは否。理解する前に、そして己の生死すら理解もしないうちに、リザードマンは崩れ落ちた。倒したのは、当然リシアとヴァンドである。
「――月華・絶龍剣!!」
 大技を使うまでもないはずだが、ハーベストは怒りをぶつけるが如く、全身全霊の力を込めて魔法装置を叩き壊した。
 魔力塔とは違う黄金の光を持つ龍は、悲しみの咆哮を一つあげた。


 魔力塔……北西、デモンズの遺跡。
「くぁーー! 広い! いつも思うが広すぎる!!」
「構造も複雑だしねぇ……」
 ルナクロズの言葉に、レムティーが便乗した。『マナ・アルティ』のメンバーは何度かこの遺跡を探索したことはあるのだが、まだ全てを歩き切ったわけではない。ダンジョンと化しているこの遺跡にはトラップが無数に仕掛けてあり、魔物たちも存在していた。
 魔力塔を作っている魔法装置とやらは中央にあるらしいのだが、その中央がどこにあるのかがわかりにくい。だいぶ前にそれらしき広間に出た事はあったが、その道順が今歩いている道と同じであるかどうかは不安であった。
「こっち、かな……」
 別れ道にさしかかり、おそらくどちらかを道なりに真直ぐ進めばかつて出た中央広場にでるはずだ。
「『かな』……って、不確定だなぁ」
「仕方ありませんよ」
 不安そうなルナクロズに、レヴィナが微笑んだ。
「そうだよぉ、ルナクロズってば文句言い過ぎー!」
「なにぃ!? オレがか? それはレムティーの得意分野だろ」
「うわ、ひっどーい! ルナクロズのバカバカ! えい、えい!」
 レムティーが神聖の杖を滅茶苦茶に振り回す。今は神聖の杖のほうが文句を言いたいだろう。
「おいやめなよ。この辺りの壁、脆いから下手して土砂崩れなんか起こさないでくれよ」
 と、言うべきではなかったかもしれない。
 アールスの言葉を聞いて、そういえばそうだった、とレムティーが注意を払った瞬間、神聖の杖が壁に会心の一撃を叩き出したのだ。人間、注意をした途端に失敗する例があるが、その例をレムティーは忠実に再現してくれた。
「あ……」
 幸い、壁にひびが入ってそのまま天井が崩れ――なんてことはなく、壁の一部分が崩れ落ちるだけで済んだようだ。そして思わず声を出してしまったのは、その崩れた壁の先こそ、『マナ・アルティ』の目指していた中央広場である。
 その証拠に、魔法装置が中心に置かれ、それを守護しているらしき魔物が一匹。
「……今度から、気をつけるように」
 迷子になりかけていた手前、厳しくいうことはできずアールスはそれだけを言った。
 場所さえ解かれば、東大陸最強の名を冠する『マナ・アルティ』に敵は無かった。


 魔力塔……南東、ナジミの洞窟。
 男は、魔法装置を前にしていた。
「おりょりょ、ネクロゼイムのやつ守護しとぉ魔物がおるって言っとったばってん、誰もおらんし」
 未だに、無意識のうちに斃してしまったことに気付いていない。
「よかよか。とっととぶっ壊して、イサ様ば助けにいこ!」
 あっさりと魔法装置の破壊にかかり、彼は踵を返した。


 魔力塔……北、シャンパーニの砦。
 レイゼンとラグドは沈黙したまま動かずに相手を探っていた。いや、そうしているのはラグドの方だけだろう。レイゼンは、ただ様子を見ているだけだ。相手の出方を窺ってはいない。
「何故、お前がここにいる」
「愚問だな。別れ際に言ったはずだぞ、我輩は貴様の前に現れると」
 確かに、ベンガーナでそう言われて、レイゼンは姿を消した。
「俺を、殺しにきたのか?」
 レイゼンは、ラグドを恨んでいる。五百年前に失われたグランエイス国の王子が、記憶を失い、今の時を騎士団長という立場に甘んじていることを。
「我輩は復讐を誓ったが、殺すことが復讐とは思っておらぬ」
 老人とは思えないほど、張りのある声だ。世が世なら、立派な演芸士になれたのかもしれないのに、と場違いな事を想像してしまう辺り、少しは落ち着いているのかもしれない。それとも、ホイミンの能天気さが移ったのだろうか。
「……魔法装置を壊す。どけ!」
 地龍の大槍を構えて、レイゼンごと貫く覚悟でラグドは吼えた。
「我輩と戦うつもりか? 忘れたわけではあるまい。貴様は我輩の言葉に惑わされ、己を見失い、精霊の理さえも忘却の彼方へと押しやってしまったことを」
「確かに、俺はあの時、戸惑いのあまりに失態をおかした。だが、何度も同じ過ちを繰り返すほど、落ちぶれてはいない!」
 精霊の理――。レイゼンと戦った時、地龍の大槍は大地の精霊に干渉することができず、技が発動しなかった。その隙を突かれ……他にも迷いがあったからという理由もあるが、レイゼン相手に大敗を喫した。
 技が発動しなかった理由は簡単である。――精霊の完全支配。レイゼンは、大地の精霊全てを味方につけていたのだ。ラグドに従ってくれる大地の精霊は、あの場に存在していなかった。だから、大地の精霊に干渉する技は何一つ発動しなかった。
 その証拠に、別の機会で技を試した所、正常に発動していた。そのことに気付かないほど気が動転していたと思うと、何度自分のことが情けないと思ったことか。
「ふん……精霊の理を踏まえた上で我輩と争うか?」
 砂塵の槍を、レイゼンがつきつけた。
「(……強い!)」
 身のこなしだけで、ラグドは相手の力量を見極めていた。一度戦ったことがあるので、その目算は限りなく正確に近い。大地の精霊を相手のみが扱えるから、という理由ではない。それを抜きにしても、レイゼンはラグド以上の実力を持っている。
「だが、やらねばならぬのだ!」
 ――任せるよ。
 ムーナの言葉が思い出される。任されたからには、実行せねばなるまい。
「迷いは、ないようだな」
 レイゼンがゆっくりと動く。その動きを、ラグドは注意深く見ていたが、その表情が驚愕の二文字に支配される。
 沈黙の老騎士は、ラグドに背を向けた途端、その手に持った砂塵の槍で魔法装置を破壊したのだ。
「レイゼン、お前……」
「…………勘違いはするな。今、貴様と戦ったところで我輩は貴様を殺してしまう。手加減しようにも、さすがに戦うとなるとこの恨みは止まらぬのでな」
 魔法装置が音を立てて、崩れてゆく。
「俺を殺すつもりでは、なかったのか?」
「我輩が全力で戦えば貴様の墓はベンガーナに建っていただろう」
 生かされていた……。そのことは侮辱されているようでもあったが、殺してくれたほうが良かったなどと言える立場ではないし、そのようなことも思っていない。ただ、悔しかった。
「強くなれ。そして我輩の全力と戦え。貴様にはそうする義務がある。この絶えぬ内なる怒りを静める役目は、貴様なのだ」
 レイゼンは、ベンガーナでそうであったように、姿が揺らいで消えていった。
 ラグドは、レイゼンが消えた後の虚空を、そこにまだ老騎士がいるかのように睨み続けていた。


 魔力塔……南、ガルナの山。
「魔道士と武闘家、ね。組み合わせが悪いったらありゃしないよ」
 魔法装置を前にして座っているルイスの動きを注意しながら、ムーナは魔龍の晶杖を構えた。
 ルイスがイサの師匠であるカエンの知り合いであり、そして魔物の下について敵となっていることはラグドから聞いている。カエンがベンガーナでどうなったのかは知らないが、ルイスの言葉からしてまだ生きてはいるらしい。
「僕と戦う? たぶん、君は死んじゃうよ」
 驕っているわけではない。ただ、事実を語っただけであり、むしろムーナの安否を気遣っての言葉であった。
「だけどね、成さなきゃいけないことがあるから……譲れないんだよ!」
 どんな呪文を唱えた所で、この男は魔法あっさりと無効化し、ムーナの身体を素手で貫くかもしれない。それを承知で、ムーナは体内の魔力を高める。もっと、もっと、もっと……黄金の魔力塔に負けないほどの魔力を集める気で、輝かせる。
「…………僕にも譲れないものがある。それを邪魔したからには、許せるものではないね」
 ルイスが軽く片腕を上げる。上空に、龍の形をした龍が出現した。
 ベンガーナで見せた水死龍だ。
「(マジャスティスで、消せるかな?)」
 魔書は使い捨ての道具ではない。何度でも使えるのだが、だからと言って乱用はできない。それができるほど、お手軽な魔力では発動しないからだ。
「(四大精霊の宝剣(エレメンタル・ブレード)を使うか、マジャスティスを使うか……)」
 どちらにせよ早くしなければ、どちらも時間のかかる魔法だ。その間に水死龍に喰い荒らされたら、たまったものではない。
「――!」
 マジャスティスを使うべく魔書を取り出した瞬間、ルイスが腕を振り下ろす。
「圧し潰せ――『水死龍』」
 水死龍は、魔法装置に向かって放たれた――。


 魔力塔……中央、エシルリム天空屋上。
 イサは今にも飛び掛りそうになる衝動を必死に抑えていた。
 コサメの、魔霊病の根源である霊魔将軍ネクロゼイム。彼はイサがいることを認識していないかのように、黄金の魔力に魅入っている。その行為でさえ、イサを苛立たせて衝動が堪えきれないものとなりかけるが、今いったところで六方向から集まっている魔力を自在に操り、返り討ちにあうことは明白であった。
 だから、イサは待った。皆がそれぞれ魔力塔を作っている魔法装置を壊してくれることを願って。
 そして、その後はイサが戦わねばならない。ネクロゼイムはたとえ六つの魔力塔が断たれたとしてもマダンテ・ギガ・ムグルを復活させてくるだろう。その前に倒さなければ、この大陸は跡形もなく吹き飛び、イサたちも無事ではいられまい。
「(コサメ……あなたが辛い思いをした分、私がこいつをぶっ飛ばしてあげるからね!)」
 心の中のコサメに呼びかけ、闘志を燃やす。コサメは魔霊病たる悪病のせいで両親からも命を奪われるという運命を辿った。その仇を討つべく、イサは――待った。
 それしかできないのは歯がゆいが、ひたすらに待った。
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 待って、待って、待って、待って、待って、待って、
 そしてついに、六方向の魔力塔が途切れた!
 合流呪文(リリルーラ)でも使ったのか、イサが全方向の魔力塔消滅を確認した途端、あの男が戻ってきた。
「こまいお嬢ちゃん、ネクロゼイムの野郎ばくらしちゃり!!」
 言われるまでもない。
「――トル・セイヴ!!」
 ムーナに教えてもらった合言葉を唱えると、イサの背中に翼が生えた。待機状態にあった戦乙女の守護翼(バルキリー・ウィング)の呪文が発動したのだ。
「……ゲームはお前達の勝ちのようだ。だが……=v
 ネクロゼイムは片手を突き出し、指で印を描いた。
「目的を達成することに支障はない=v
 腕から凍えるような吹雪が発せられる。
「――『風連空爆』!」
 風の爆発で吹雪を押し返そうと試みたが、いくらバルキリーウィングによって身体能力が上がっていたとしてもそれは不可能であった。多少は軽減できたかもしれないが、吹雪のほとんどはイサに降り注ぎ――。
「させんよ! ――フバーハ=I」
 男がイサの前に立ち塞がり、光の衣を一点に集中させて吹雪をほとんど防ぐ。
「ふん。さすが、とでも言っておこうか=v
「きさんに褒められても嬉しくなか」
 男は軽口を叩いて道を譲る。イサは男がどいた道を駆け抜けて飛竜の風爪を振りかざした。
「『颯突き』!」
 超高速から放たれた爪は、ネクロゼイムの肩を貫いた。だが、何の痛みを受けた様子さえ見せずに、むしろ嗤っていた。
「これはどうか? ――イオナズン!=v
 極大の爆撃呪文が放たれ、両腕で顔を覆った。
「しぇからしかねぇ! ――マホカンタ=I」
 今度も直撃を受ける前に、あの男が呪文を唱えて多大な被害になることはなかった。
「って、なにしてるのよ!」
 彼は、マホカンタのイサの前にだけ張って、自分は何もしていない。跳ね返したイオナズンの爆撃は、あの男さえも巻き込んでいたのだ。
「自分のことは気にせんといて!」
 助けてくれるのはありがたいが、これでは申し訳なく思ってしまう。ならば、早く相手を倒してしまったほうが良い。イオナズンを受けてもなお、楽しそうにしているネクロゼイムの姿を見つけ、イサは駆け出した。背中の翼のおかげで、その速度は目にも留まらぬものだ。
「『風牙・連砕拳』!!」
 繰り出した六打撃は確実に急所をついたはずだったが、やはりネクロゼイムは呻き声の一つすらあげない。間合いから離れようとして風連空爆を放とうとするが、ネクロゼイムがイサの両腕を掴む。
「!?」
「カァァ――ハァァァァァ=v
 紫色の毒々しい息が吐き出される。本能的に息を止めてそれを吸い込まないようにしたが、それができるほど薄いものではない。――猛毒の息。
 バルキリーウィングは身体能力こそあがるが、体内の毒を中和することはできないようだ。イサはネクロゼイムが目の前にいるというのに両膝をついて、立つことすらままならなくなった。
「この――!」
 例の男が、やや長めの集中から金色の波動で辺りを照らす。光の波動という、異常状態を完治する異常回復の奥義だ。
 イサの体内にある毒が消え去る前に、ネクロゼイムは何かしらの手段でイサを殺すことも可能であった。だが、それをしなかったのだが、理由は至って簡単だ。攻撃対象が、イサではなかっただけである。
「ぐぅっ!?」
 あの男が、光の波動を放った直後に倒れた。死んだわけではないようだが、ネクロゼイムの瞳が怪しく光った途端に意識を失ったのだ。
「やつさえいなければ、人間の小娘など……=v
「小娘で、悪かったわね!」
 至近距離から、上に向けての風連空爆。さすがにネクロゼイムは吹き飛び、上空に打ち上げられる。
「(今の身体なら――)」
 身体能力があがっている今なら、あれが制御できるかもしれない。普通にやっても時間がかかりすぎるので一対一では使いづらいが、師匠のように即座に放つことが出来るとしたらそれは強力な一撃必殺の技となる。
 考えるよりまず実行だ、と吹き飛ばされたネクロゼイムが落ちて降り立つ瞬間を見計らって、イサは風を操る。
 予想通り、ネクロゼイムは身軽に着地し――そして目の前に在るものに目を見張った。
 風の龍が生成されており、それが向かってきている。
「これは……!?=v
 余裕を持ちすぎたのか、ネクロゼイムはただ驚くだけで、それ以上の言葉は発さなかった。
「行け――『風死龍』!!」

 ――オォオォォォォオォン!

 風の龍は、ネクロゼイムの身体を跡形も無く消し飛ばした。
 ネクロゼイムは、死を前にしても、笑っていたように見えた。


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