48.悪夢胎動


 エシルリム塔城の一室で、イサは城下町を見下ろしていた。
 遥か高層であるこの部屋に流れてくる風は、ウィードにはない風を感じさせてくれた。
 視線の先では、人々が行き交い、普段通りの生活を続けている。国の中心にある城の地下で、究極魔法の恐怖が世界に出現しようとしていたことなど、誰も知らないのだろう。それで良いはずなのだが、果たしてそれで良いのだろうか。
 町の住民は『マナスティス・ムグル』がエシルリムの悲願である究極封印魔法であると信じ込んでいた。
 シャンパーニの砦地下に刻んであった石碑の歴史人から見ると、腹がよじれるかもしれない。国の総力をあげての冗談か、と本気で言うに違いない。
 かつて起きたエシルリムの悲劇をエシルリム国民が知らないだから、今回のような事が起きてしまった。
 誰も見ないような砦の地下なんかに石碑を設置する歴史人にも多少の責任があるのかもしれないが、それだけでは今回の騒動にまでは発達しなかったはずだ。過ぎたことをあれこれいうものでないし、これからはエシルリム王直々に正しい歴史を守っていくことになっている。
 いろんな意味を込めて、イサはため息をついた。
「イサ様〜? どうしたのぉ〜♪」
 それを聞きつけたのか、ホイミンがふらりとやってくる。このホイミスライム、ラキエルペルと戦った時の途中からいなかったのに、ひょっこりいつの間にか戻ってきていたのだ。
「ねぇ、ホイミンはどう思う?」
 イサの言葉に、ホイミンは人間で言うなら首をかしげたのだろうが彼は身体全体を傾けた。
 彼が理解していないのは、決してホイミンの理解力が乏しい所為ではない。イサが考えに集中していたあまり、尋ねるべき内容をすっぽかしてしまっているのだから誰も答えられるはずがないのだ。
「このままで本当にいいのかなって……」
 今回の騒動は落ち着いたかのように皆が思っている。それはイサも同じだが、まだ何かが気になっている。
 イサはソファに寝転がり、仰向けになって天井を見つめた。
「まだ、何か残ってる気がする」
 この国の異変――魔物の増殖、風魔石盗難、封印魔法を偽った究極魔法……。
 リザードマンが異常な数になったのはごく最近のことらしく、時を同じくしてラキエルペルが城に姿を見せ始めた。それに加えて風魔石が盗まれるという事件が発生しているのだから、いくら何でもおかしすぎる。
「私ね、もしかしたら全部繋がっているんじゃないかと考えているのよ」
 リザードマン増殖と風魔石盗難によってエシルリムの兵力は分断された。もし城で異変が起こると、対処するべき人間が減ってしまう。そう考えれば、全ては究極魔法のための下準備ということになる。
「その何かが、つかめそうでつかめないの」
 ヌイグルミにでも語り掛けるように、ホイミンの両頬を掲げるように持ち上げてイサは独白した。ホイミン相手に答えが戻ってくることを期待しているわけではなく、何かに話すことによって考えを整理しようとしているのだ。
「う〜んと、ボクわかんなぁ〜い♪」
「そうよね」
 きっぱり言う辺り、イサは正直者だ。
「だけどやっぱり、気になるのよねぇ……」
 ラキエルペルの過去に触れた時に見えた、謎の魔物。それが影にいたのは間違いない。ラキエルペルは魔物の誘惑に負けてマナスティス・ムグルを復活させたが、それはイサたちの手によって阻止されている。究極魔法の復活計画は潰えたのだから、魔物の陥穽も防いだことになる。
「魔物の狙いはマナスティス・ムグルを誰かに使わせればよかったのよね」
 白羽の矢が立ったのはラキエルペルであったが、他の誰であろうとよかったのかもしれない。
 あの魔法は儀式と生贄を通してやるものだから、魔法に優れた人物でなくてもいいはずだ。実際、ラキエルペルは実力の在る魔道士ではない。究極魔法の魔力を借りて圧倒的な魔法を放ったが、それがなければそこらの魔道士にも劣るらしい。
 それなのにあえてラキエルペルを使ったのは……とまでは考えなくともいい気がしてきた。
「はぁ、もうだめ……。考えるのはやっぱりムーナの仕事よねぇ」
 そのムーナは現在、『マジャスティス』を使った反動で寝込んでいる。同じく、ハーベストも眠り込んでおり、こちらは呪いの武具による影響だと思われる。リィダも未だ目を覚ましていないが、寝言で「もう食べられないっすぅ」などと言っているのだから、幸せな夢でも見ているのだろう。
 エシルリム王クレイバークへの説明は、ラグド一人に任せている。彼なら王族に対する外交も弁えているし、だいたいの事情も知っている。イサが残ったのは、彼女が王族という立場にあるが故だ。やはり他国の王女がエシルリム全土そのものの問題に関わることは好ましくなく、今はまだイサのことは知られていないが長居すればどうなるか解かったものではない。なるべくクレイバークと会うのを避けるために、今はこうして一人で部屋に残っている。
 隣の部屋では、眠っている三人とエルフが二人。
「結局、なんもわかんなかったな」
 一人で考えに耽った結果――どうにも進展はなかったようだ。


 ラグドが戻り、イサは隣の部屋に移動した。
 既に全員が起きており、そうなるとリィダも目を覚ましてそこに立っている。
「リィダ! 大丈夫?」
「はい。心配かけたようっすね。でも大丈夫っす、この通り元気っすよ」
 微笑む彼女は、しかしどこか違っているように見えた。言うなれば前までは子供っぽい笑顔であったのに、今はどこか大人になったような子共がするような笑顔。何かを得て成長したというより、何かを失って子共らしさがなくなったようだ。
「クレイバーク陛下は正しい歴史を守ることを約束されました。シャンパーニ地下へ調査隊を送ると共に、自らも歴史学者の道を歩むそうです」
 クレイバークの決断には、ラグドも少し加担しているのだろう。やはり彼を送り込んで正解であった。
「よかったなぁ、うん、よかった。ほんとによかった」
 しきりに喜んでいるのはハーベストだ。リィダが結果として無事であったことが嬉しくて堪らないらしい。究極魔法の媒体とされたのだから、その後遺症があるかもしれないと思われたが、そのようなこともなくぴんしゃんしているので彼が喜ぶのも当然だろう。
 そんな彼を見て、エルフ二人組みはやれやれと呆れ返っている様子。
「ところでムーナ、聞いて欲しいことがあるの」
 もしかしたら彼女は既に一度考えを巡らせているかもしれない、という期待を込めて、イサは先ほど一人で考えていたことを話した。
「何かが残ってる、か。確かにそんな感じだよね」
「やっぱりムーナもそう思う」
「うん。ほら、シャンパーニ砦地下の壁画、あれのことでね。あれにはエシルリムどころか大陸そのものを壊す破壊の魔法って書いてあった。だけど、マナスティス・ムグルは霊魂を操り、自分の魔力にする魔法だった……」
 それはイサも知っていることだ。ラキエルペルの心に触れて、魔法の効果を知りうる事ができたのだから。
「いくら何でも大陸そのものが崩壊するような規模の魔法じゃないんだよ、マナスティス・ムグルはさ」
「でも、ラキエルペルがしようとしていたことを実際にやっていたら?」
 彼は闇の精霊王ダルフィリクと融合しようとしていたのだ。もしそうなっていたら、いくら魔書のマジャスティスと魂そのものをも砕く崩壊刀『屍魄』があったとはいえ、太刀打ちできなかっただろう。
「ラキエルペルは応用と言っていたよね。つまり、昔の人はあくまで漂う霊魂を捕らえて自分のものにするまでしかやっていなかったんだよ」
「そういえば……」
 イサとリィダが見たラキエルペルの過去。彼を操った魔物は、マナスティス・ムグルはそうした魔法であり、応用すれば精霊との融合も可能だ、と教えていたのを二人は見ていた。その『応用』の仕方を研究したと魔物は言っていた……。ならば、あくまでマナスティス・ムグルはムーナの言うとおりの効果しかなかったのだろう。
「それに、仮にダルフィリクを取り込んでいたとして、七人の英雄が封印に成功したとするよ。それなら、今の精霊界にはダルフィリクなんて存在しない。あの精霊の力を使う『ビッグ・バン』を使える人が最近現れたっていう話があるんだから、火のないところには煙は立たないよ」
 いつの間にそんな噂を聞いていたのか、魔道国家のエシルリムなら魔法に関する噂の情報が早いのだろうか。
「っていうことは――」
「――あ、あのさ。ちょっといいか?」
 さらに議論を続けようとしたのを遮ったのは、ハーベストである。決まり悪げに頬をかきながら、目を逸らしたりしている。
「なに?」
「そろそろ……腹減ったんだけど」
 妙な所で彼も正直だ。
「……クレイバーク陛下が食事の席を設けてくれています。そちらへ行きましょうか」
 ラグドの言葉を最後に、議論は中断することとなった。

 影ながら国を救った英雄、ということで食事は豪華絢爛であった。これほどの量を食べきることができるのだろうかと思われたが、ハーベストの食量を見ている限りではむしろ足りないかもしれない、という考えさえ浮かんでくる。
「諸君らには感謝している。私だけでは、ラキエルペルを止めることは不可能であっただろう」
「あ、そういえばアタイらって勝手に城に入ったりして不法侵入とかになりませんかね?」
 相手が王族でもざっくばらんな口調でムーナは尋ねた。
「国を救ってもらったのだ。そのようなつまらぬ考えは持たんよ」
「それが妙な地下室でも?」
「うむ。……だがむしろ驚いたよ。王族にしか伝わっていない部屋の前にいたのだからな。ひょっとして、諸君の中にはエシルリムの王族でもいるのかね」
 軽い冗談を言う所を見ると、ムーナの第一印象評価が高かったのも納得が行く。
「王族にしか……伝わっていない?」
 ちぎったパンを片手に、イサは呟いた。それは、自分の考えていたことの一部を否定するものだ。
「イサ様?」
 呆けていたイサに気付いたのか、ラグドが声をかけた。
「もう食べないのぉ〜♪」
 持っていたパンをひょいとホイミンが取りあげて口に運ぶ。
 すかさずラグドが叱責するが、その言葉はイサに聞こえていなかった。代わりに、イサはムーナの顔を見て、ムーナがゆっくりと頷くのを見た。どうやら、ムーナは探りを入れたらしい。その探りはイサが考えていたことに直結している。
「ねぇねぇイサ様! こっちも貰っていい?」
 ラグドに叱られたのを気にもとめず、ホイミンは個別に割り当てられている肉料理を指し示した。
「うん……だめ」
 呆然と考えを巡らせていながら、食欲は健在していたらしい。最初の言葉で期待を持ったホイミンは、悲しそうに違う料理に手を出した。
「(王族しか知らないなら……)」
 イサたちがあの地下へ辿り着いたのは、ハーベストの野生の勘と、キラパンの鋭敏な嗅覚があってこそであった。他の兵士は、普通に入るどころか存在さえ知らないらしい。
 ならば、わざわざ兵力を分断させる必要などなかったはずだ。リザードマンを増やしたり、風魔石を盗んで城内を混乱させたりするのは、無意味に近い。それとも、あの魔物がそのことを知らなかったのだろうか……。
「おや、どうしたのかね」
 食事の手に止まっているのに気付いたのは、クレイバークが声をかけてくれたからだ。
「いえ、なんでもありません」
「口に合わなかったかな?」
「とんでもない! こんなおいしいものウ――」
 ウィードでも食べたことがない、と言いかけてハッと気付いた。ウィードの固有名詞は出さないように気をつけるべきだったのだ。こうして顔を合わせているだけで正体がばれる可能性さえあるのに、国の名前を出したら余計に感づかれる。
「う――ウチらは滅多に食べませんもの」
「あれ? イサさん、ウチの口調でも移ったっすか?」
 リィダによる痛烈なツッコミにより、イサは赤面しながら「なんでもない」と食事に専念した。
「ふむ、ところで諸君らはどこからやってきたのだね?」
「あぁ、ウィードからでしてね」
 ムーナがさらりと答え、イサはそのことに食べ物を喉につまらせそうになった。あれ、私の努力は……? とイサはムーナに視線を向ける。返ってきた答えは、まぁ別にいいんじゃない、という笑みであった。


 食事会は早々にお開きになり、イサたちは荷物を取りに客室へ戻った。今日はエシルリムで一泊し、再び風魔石を追うためカンダタを探すつもりだ。城に泊まっていけ、というクレイバークの申し出を断ったのは、できればリィダをこれ以上この場所に留めて置きたくなかったからだ。人知れない地下での出来事とはいえ、忌まわしい記憶が鮮明にある今、少しでも城から離れさせてやりたい。
 リィダ自身が言ったことではないが、心の奥底でそれを願っていることは彼女自身わかっていたことである。
「イサの言うとおり、なんか起きそうだね」
 宿へ向かう途中に、この辺りのタウンマップを公開している案内屋の前辺りにさしかかったころムーナが神妙な顔で話を切り出した。イサも言おうとしてうまく言葉が出てこなかったのだが、その辺りはムーナが頼りになる。
「ややこしい話は苦手だけどさ……確かに嫌な予感がするな」
 勘だけで生きてきたといっても過言ではないようなハーベストが言うと、さらに深刻な問題に聞こえてくるから不思議だ。ちなみにハーベスト一行は特に行く当てもないということで、カンダタの捜索に協力してくれるとのことだ。
「いきなりどーーんっておっきな地震がきたりしてぇ〜♪」
 今そんなことを言われると、いくらホイミンの言葉でも可愛い冗談には聞こえないので皆が苦笑した――その時である。

 ――ドォォーーン!!

 ホイミンが表した大きさよりも遥かに大きな音と共に大地が揺れた。
「地震!?」
「違うわ! 大地の精霊力に異常なんてないもの!」
 さすがはエルフといった所か、すぐさま自然的な地震であるか否かを判断したようだ。そうなると、これは何か別の要因がある揺れと轟音ということになる。
「あ、あれは……ガルナの山の方っす!」
「オレたちが行った洞窟の方!」
「イサ! あれ!」
「イサ様、城が!」
「イサ様ぁ、あっちのほうぅ〜!」
「向こうもよ」
「北東もだな」
 リィダとハーベストとムーナとラグドとホイミンとリシアとヴァンドがほぼ同時に示した方向は――。
「ばらばらすぎるわよ!!」
 どこへ首をむければいいのかわからないほど、それぞれが別方向を指していた。だが、誰が示した方向であろうと、共通のことがあった。
 金色に輝く、霊的な光が立ち上っているのだ。それはエシルリム城のように塔の形に見える。エシルリム塔城が塔でそのまま光っているのだからそういう印象を受けるのだろうが、魔力の塔という言葉が脳裏を掠めた。
「なんなの、これ……」
 その問いに答えられる者はいない。大きな揺れは既に収まっているが、小さな地鳴りが続いている。
 ムーナは案内屋の看板を見やると、早足でそこへ向かった。
「おっちゃん、この辺りの大陸地図もらうよ!」
 明らかに多い額のお金を投げ渡し、丸めてある地図を手に取る。
「あ、あぁいいけどよ、しかし……」
「なにさ? お釣りならいらないよ」
「いや、それはエシルリム商店街のタウンマップだ。周辺の大陸地図は、その隣」
 地図を間違えるなんて、よほど動揺していたのか、それともリィダの不幸症がうつったのだろうか。もし不幸症が感染症なら、それはそれで由々しき問題だ。
「地図なんてどうするの?」
 イサの問いに、ムーナは言葉で返さず皆の前で地図を広げた。
「リィダ、確認したいことあるんだけど」
「なんすか?」
「シャンパーニ、アープ、ナジミ、ガルナ、デモンズ、ライドンの地名に聞き覚えは?」
「え〜と……あぁ、それならエシルリム周囲のダンジョンっすよ。北のシャンパーニの砦。南西のアープの川。南東のナジミの洞窟。南のガルナの山。北西のデモンズの遺跡。北東のライドンの森……」
「やっぱりね」
 シャンパーニ砦地下で見た壁画から推測するに、それぞれはかつて究極魔法を封じた人達を祀る墓であったはずだ。長い年月の間、そのことは忘れられ、ただのダンジョンとしか見られなくなっていたのだ。だから、地図に乗っているのは当然だ。
 地図を覗き込むと、リィダの言うとおりの場所にそれぞれの名前が載っている。
「普通、ああしたものは北とか南から順番に名前を書くはずなんだよ。でも、あれは北、南西、南東、南、北西、北東の順で書かれていた……」
「北と南を間違えただけではないのか?」
「んなわけないでしょ」
 ラグドの考えに、ムーナがすかさず答えた。
「いい? コレ見て。シャンパーニとアープとナジミ……これを繋ぐと三角形ができるの。それを他三つに同じことすると……」
 羽ペンも一緒に買ってきていたのか、それぞれを線で繋げる。
 完成した形は――
「エシルリムを中心とした、六芒星……!?」
 陰陽の象徴でもある六芒星は、調和のために用いられる事が多い。
 かつての究極魔法を封じたのは、その力もあったのだろう。
 むしろ六芒星の結界を張り巡らせることで、この国で生まれた凶悪な魔法を封じたのだとしたら。犠牲になった人々の命をも使って陣を完成させた強力な封印結界であったとしたら……。
「削り落ちてた部分……マナスティスって言葉がはいるわけじゃなかったみたいだねぃ」
 苦々しく呟いたムーナは、この世の終わりの日を聞いたかのように悔しそうであった。
「とにかく、こうしちゃいられないよ」
 このまま立ち往生していては埒が明かない。
 全員の視線が、エシルリム塔城のほうを向いた。最も近い異変は目の前のそれであるから、調べるとしたらそこしかない。来た道を慌てて戻ってゆく。
 エシルリムの住人たちは唐突な出来事に呆けるばかりで、今の今まで何をやっていたのかさえ忘れたように口をぽかんと開けてただ黄金の光を見ているようだ。商品を見定めていた客は品を両手に持ったままだったり、簡易露店で購入した焼き鳥に食らいついたままであったり、ちょうど道端で逆立ちしたまま見ていたり……まではなかったが、ともかく皆は行動という行動をやめて、不可解なできごとに対処できずに呆然としている。強いて言う行動は、ただ見るだけ。
 隣の人に話しかけたりなんたりでざわついてもいいはずだが、それさえもない。
 それというのも、黄金の光の塔から降り注ぐ圧迫感ゆえである。ただ光っているというわけではない。あまりに膨大な魔力が集中しており、いくら魔道国家として名高いエシルリムの住人であろうとも、まるで空気が有害になったかのようにさえ感じるのではないだろうか。あえていうならば、瘴気――それに近いものが、ほとんどの人間の行動を停止させている。
 その中を突っ切る影は、当然イサたちだ。
「嫌な感じがしやがる……=v
 呟いたキラパンの言葉を意味持って聞き取れたのはリィダだけだ。
 やがて、エシルリム塔城の前へ辿り着いた。目の前で見ると、その黄金の光は禍々しく感じられた。ハーベストがナジミの洞窟で見せた黄金龍の壮麗さに比べると、この金色は悪趣味で恐怖感さえあった。
「うへぇ、ないだいこれ。強力な結界?」
「ていうか、魔力の壁ね。そこらの結界より厄介だわ、これ」
 ムーナのげんなりとした声に、リシアはうんうんと頷きながら答えた。
「結界なら結界解除の魔法をぶつければいいんだけどね。魔力そのものの壁となると、これを突き破る魔力を外側から割り込ませて穴をあけないといけないのよ」
「魔力ってことは魔法をぶつければいいの? 私とラグドは、攻撃呪文――ていうか魔法使えないよ」
「アタイのエレメンタル・ブレードじゃ心許ないしねぇ」
 中に入ろうとするだけでぶっ倒れるような大技を使うのは割に合わない気がするのだが、そうでもしないとここから先には進めない。
「ねぇ〜、こっちに柱があるよぉ〜」
 気がつけばホイミンが輪から外れて、なにやら発見したようだ。柱ならどこにでもあるのでは、と言いかけたが、ホイミンの横には確かに『柱』があった。それはどうやら遥か天空まで伸びており、最も強い魔力の流れは柱の先に感じるとエルフ二人が語った。
 そしてこの柱は、上に吹き上げているのだとか。
「よし、これに乗って上まで行きましょ」
「乗るって……どうやって?」
「魔力を辿って移転するの。この流れにアタシの魔力の一部を溶け込ませて、上まで行ったところで自分の魔力に向かって移転呪文(ルーラ)! 名づけて『逆流しソーメン移動』よ!!」
 リシアは胸を張って言い切るが、他の皆は不安でいっぱいだった。同意も求めず彼女は作戦を実行した。吹き上げている金色とは別の魔力の光が、柱にくっつきそのまま登って――。
「速っ!?」
 登ることには登っているのだが、その速度は秒速で何百メートルは行くのではないかというほどだ。上に行ったリシアの魔力は消えてしまったのではと疑いたくなる。
「えぇい、ともかく行くわよ!」
 天空で渦巻いている魔力と同化して、それにめがけて飛んだら魔力の渦に巻き込まれる、なんてことがないように祈りながら、イサたちの姿は一瞬にして消えた。

「死んで、ないよね?」
 景色が唐突に変わるのは移転呪文特有の性質だが、移転する方法が方法なだけあって、なおかつ周囲が天空であることから天国か何かを連想してしまったのも無理はない。
「なんとか皆、無事のようです」
 ラグドが早速報告してくれる。どうやら天国ではないらしい。
 そこは、エシルリム塔城の屋上であった。周辺に自動移動装置も見当たらないので、この城ができたころから誰も立ち入ってはいないのだろうか。足元には複雑かつ巨大な魔法陣が描かれているが、長い年月の間に風に晒されていたせいか、それが魔法陣であることに気付いた人間は少ない。
 それに、そんな忘れ去れた魔法陣よりも気を取られるものがあった。
 魔力が、キィンキィンと甲高い音を立てながらその場でぐるぐると渦巻いていた。まるで暴走しているかのように、苦しむかのように、もがくかのように、延々と渦を巻き、少しずつそれは膨らんでゆく。
 それを見つめる、魔物が一人……。イサたちに背を向けて、その魔力の渦を観察している。
「ここまで来るとは、これはこれで面白い連中だ=v
 最初からイサたちに気付いていたのだろう、底冷えするような声は決して友好的な性格ではないと聞いただけで解かった。動くのが面倒なのか、緩慢な動作でその魔物は正面をイサたちに向ける。
 灰色の肌、身に纏うは黒衣の外套。頭髪の類はなく、目も見当たらないことから、スモールグールという魔物を連想しそうだが、明らかにそんな魔物とは格が違う。
「お前――ネクロゼイム!!=v
 キラパンの一咆哮。その名が聞こえたのは、リィダのみ。

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