44.魔竜消失


 改めて見ると、巨竜はさっきよりも小さく感じた――なんてことはなく、むしろ大きく見えた。先ほどはそれが竜と認識できなかったがためか、竜として最初から見るとその大きさは異様なほどだ。
 魔物や竜にとっての敵である場合の多い人間が近づいてきているのに、巨竜は眠っているのか目を閉じたままだ。もしかしたら、この竜にとって、人間などはどうでもいい存在なのかもしれない。
 ハーベストはその竜のすぐ下まで歩き、上を見上げた。まるで天井を見上げているかと思うほど顔を上げているが、それでやっと竜の顔が視界に入ってくるようだ。
「聞きたいことがある。起きてくれ」
 いくら洞窟内であることが関係して声が響くとはいえ、彼の声はすぐ傍らにいる人間に話しかけるようであった。巨竜にとっては、何か空気が振動したくらいにしか感じなかったのではないだろうか。
 しかし、竜はしかと返事をしたのだ。
「私の……私の子どもたちが、苦しんでいる……=v
 その返事は、ハーベストの要求を完全に無視した返事だった。
 巨竜の声は、声というより心に語りかけてくるテレパシーのようなもので、さすがに威圧感はあるものの、その一声で竦んでしまうということはなかった。竜の一咆は何十の人を失神させるという話もあるが、もしかしたらこの巨竜は比較的穏やかな性格なのだろうか。
 ともかく、今は竜の性格を推測している場合ではない。
「子どもたちが苦しんでいるって、どういうこと?」
 外にいる『マナ・アルティ』が、洞窟探索は一時諦めて、外に巣穴を作っているリザードマンを片っ端から倒している、という考えもあるが、おそらく違うだろう。
「あぁ、それな。ちょっとついて来いよ」
 と言ってハーベストが歩き出したのは通路の一つ。
「待ってよ。そっち、リザードマンがうようよいる方じゃない?」
 先ほどハーベストたちが通ってきた道である。ここを進めば、リザードマンの大群と鉢合わせ。結界魔法を張り巡らせているハーベスト一行と違って、こちらは何もしていないのだ。人間がいきなり現れたら、大騒ぎ間違いなしに決まっている。
「忘れていたわ。はいこれ」
 リシアが指で複雑な印を切ると、イサたちの周りに一瞬だけ霧が漂った。これが彼女の結界魔法メダパマニックなのだ。大していつもと変わりが解らないだけに一抹の不安があったが、実際にリザードマンの群と遭遇し、その不安は解消された。

「便利なものだな、魔法というのは」
 ラグドの感想である。それにはイサも同感であった。ムーナも『結界魔法というのは』、と付け加えたら同じだろう。
 精霊魔法よりも結界魔法の方が高度な技術ではあるのだが、その使い手は少ない。ウィードでは、結界魔道士は誰一人としていないのだ。ムーナでさえ精霊魔法専門なので、知識はあるが大した実力は持っていないらしい。
 イサたちはリザードマンの大群のど真ん中にいた。それで全く襲われることもなく、むしろ何匹かのリザードマンはギェ、ギェと嬉しそうに喉を鳴らしてくる。恐らくリザードマンたちの挨拶なのだろうが、こちらも同じ声を出せるかといわれたらそれは無理なことで、仕方なく曖昧に愛想笑いを浮かべて手を振っておいた。
「見ろ、あれだ」
 ハーベストの素っ気無い言葉には、殺気と怒気が含まれていた。彼の視線の先には、先ほどの巨竜と比べれば断然小さいが、それでもラグドの身長の何倍かを超える物体が置かれている。
 エシルリム城で見た自動移動装置の入り口に似ている筒状の物体。大きな赤黒い宝石がはめ込まれており、両開きの扉が開かれている。
「魔法装置だねぃ」
 ムーナが目を細めて――もとから細いので解らないが――思案顔を作る。何かしらの魔法装置であることはイサにも理解できた。問題は、何をするための魔法装置なのか、である。
 そんなイサたちの疑問を見透かしたように、魔法装置の宝石が明滅し出しだ。それと同時に、ィィィン、と妙な音も鳴り出す。
「リザードマンたちが……」
 ふらりふらりと、数匹のリザードマンたちがその魔法装置に近づいていく。それは明滅している宝石と奇異音に興味を持って、というわけではないようだ。近づいたリザードマンたちは、どこか放心しているようだった。
「たぶん、催眠音波の一種だよ。リザードマンたちを操っているんだね」
 ムーナの言葉にイサは頷いた。そうでもなければ、いかに魔物であっても明らかに怪しい装置に近づきはしないだろう。
 やがて、リザードマンが三匹ほど魔法装置の内側に入った。宝石は明滅を一旦止め、魔法装置の扉が閉まる。そしてまた宝石が明滅を繰り返すのだが、その速度は先ほどと明らかに速度が違う。
 ゆったりと明滅していたのが、今は激しく明滅しているのだ。
 そして、悲鳴が聞こえた。いや、悲鳴が聞こえた気がした。確実に聞こえたのではないし、実際に音がしているわけでもない。ただ、悲鳴を上げている気配が伝わってきたいる。先ほどの巨竜が言っていた『苦しんでいる』とはこのことか。
 程なく、宝石も激しい明滅をやめ、扉が再び開かれる。そこに佇むのは、リザードマンが軽く十匹以上。
「数が……増えてる?!」
 あの中に入ったのは三匹だったはずだ。他に入り口があるわけでも、最初から多く入っていたわけでもない。魔物と言えど、やはりそれぞれ全てが全く同じというわけではない。しかし、出てきたリザードマンを見比べれば、何匹かは全く同じ姿形をしている。どういう原理かは解らないが、あの魔法装置は魔物の増殖をしているのだろう。増殖される対象は、激しい苦痛を伴って……。
「なんてことを……」
 魔物だからといって、この状況を快くは思えない。ハーベストが怒っていたのも、これのせいだろう。
 そして、リザードマン異常発生の本当の原因もこれのはずだ。数の多くなったリザードマンたちは、ここで暮らすには場所が狭すぎる。ならばどうするか……外に行けばいいのだ。洞窟の外ならば食料も大量にある。そうやって外に出るリザードマンたちがやたら多くなったせいで、エシルリム近郊は普段の何倍ものリザードマンで溢れかえっているのだ。
「ぶっ壊したいんだけどさ、オレ一人だと力不足だと思ったんだ」
「アタシたちは魔法の力はいろいろできるけど、力そのものとなるとねぇ……ダメなのよ」
 肩をすくめてリシアはイサたちを振り返った。
「壊すって……どうやって?」
「それぞれでっかい技を叩き込むんだ。けど、オレの持ち技でこの装置できそうなやつは一個だけでよ。しかもそれが疲れるんだぁ、一回で限界」
 リシアやヴァンドには攻撃力が期待できないので、とりあえずこれは放置していたらしい。だが今は、強力な攻撃力を持つ人間が増えている。これならば叩き壊せるはずだ。
「俺はリザードマンたちを誘導する」
 言ってヴァンドは何か言葉を紡いだ。それを聞き取ることができなかったので、もしかしたらエルフ特有の言葉なのかもしれない。ヴァンドが魔法装置とは逆の方向に歩いていくと、リザードマンたちがヴァンドに追従していく。そのどれもが何だか無気力に歩いているようなので、魔法で心を操ったのかもしれない。
 徘徊していたリザードマンたちは全員ヴァンドを追いかけたので、魔法装置がぽつりと残った。
 ここの広さは先ほどの巨竜がいた大空洞よりも狭いとはいえ、なかなかの広さである。先ほどの大空洞から巨竜が占領していた面積を引いた感じなので、どちらかというと大空洞とあまり感覚は違わない。ともかく、大技を出しても巻き添えになったりそこらが崩れたりはしなさそうである。
「うぅん、アタイはパス。精霊力低いから、いくらエレメンタル・ブレードでも威力が半減しそう」
 それでリスクが大きいのだから、さすがに使う気になれず、ムーナは静観することに決め込んだ。
「じゃあ俺たち三人だな」
 ハーベストはイサとラグドの大技を見たことも聞いたこともないはずだが、彼は自然と二人の実力を見抜いていた。だから、ムーナが抜けてもまだいけると思ったのだろう。
「ではまず……」
 ラグドが踏み出し、地龍の大槍を召還する。三人は魔法装置を中心に、それぞれ三方向に別れた。ハーベストも大技を出すのにはやや時間がかかるらしく、イサが風死龍を生成する時間と同じと見ていいだろう。なので、その間はラグドの連携奥義で準備を進める。
「『岩塵衝』!」
 魔法装置の真下にある地面へ地龍の大槍を突き立てると、それに呼応するかのように大地が爆発を起こした。レイゼンと戦った時と違い、この技は正常に発動したのだ。
「(やはり――)」
 ラグドは一瞬だけ表情を暗くしたが、すぐに今するべきことに集中する。
「『岩砕槍』!」
 一連の流れを伴い、それぞれの技は単発で繰り出すよりも遥かに強力になる。目にも留まらぬ五連突きは、単純に五回突きを放っているわけではないのだ。
「『岩閃発破』!」
 大槍を回転させ、強大な威力を持つ一突きを放つ。それでも魔法装置には亀裂さえ入らないが、それはまだ予想通りだ。
「『岩龍爆極槍破』!!」
 ラグド自身をも倒した大地龍の咆哮が響く。そこまでして、ようやく魔法装置に崩壊の兆しが見え始めた。
「次はオレだぁぁ!」
 ラグドが技を連携している間、ハーベストは闘気と魔力を集中させていた。その二つは彼の剣へと伝わり、黄金の輝きを見せている。そしてその輝きが形作るのは、美しいとも言える龍だ。イサの風死龍などといった生体エネルギーのようなものではなく、ラグドの岩龍爆極槍破と同じく、武器に龍の力を宿らせるものなのだろう。
「カエイル流剣術秘奥義――『月華・絶龍剣』!!」
 ラグドとは反対の方向から、ハーベストの黄金華龍の咆哮が響く。
 龍の咆哮は互いに反響しあい、二龍は通常以上の迫力があった。
 そして最後はイサだ。何ものんびりと二人の攻撃を眺めていたわけではない。
「ハァ、ァ、――!!」
 やはり、風死龍は一体生成するだけでも身体に大きな負担がかかっている。風神石を使った時は二匹を軽く扱えたのだが、その風神石は今の飛竜の風爪にはめ込まれていない。ウィード城に置いて来てあるのだ。
「――『風死龍』!!」
 気力を振り絞り、風の龍を操る。
 精霊力が極端に少ないこの場所でも、充分な破壊力を持つ風死龍の生成が可能だったようだ。
 そして三匹の龍が、魔法装置を粉々にまで粉砕した――。


 魔法装置が完全に壊れていることを確認し、一行は巨竜の眠る場所へと戻った。
 相変わらず、規則正しい呼吸をしているだけの巨竜は、しかし先ほどと様子が違う。閉じていた目を少しだけだが開けているのだ。そしてこちらを見下ろしている。
「ありがとう人間たちよ……子どもたちを救ってくださったのですね=v
 ゆっくりと、しかし大きく、巨竜の声が響く。近くの魔法装置が原因だったのだから、この巨竜が自ら壊しに行けば良い、なんて考えは持つことも無かった。
 大空洞の半分を占める体積を持つ巨竜だ。動けばまず近くの卵は潰されるし、子どもであるリザードマンをも潰しかねない。
「……もう悩みの種は無くなったんだ。オレの話を聞いてくれるか?」
 巨竜の声に臆した様子は見せず、ハーベストが問いかける。
「私の知りうる限りのことはお話しましょう=v
 どうやら、最初にハーベストが話しかけた内容を覚えているらしい。彼もそれが解っているのか、ただ頷いただけで再び要求は口にしなかった。
「偉大なる戦竜の母、戦母竜(バトルレックス・マザー)よ。オレが聞きたいのはあんたが仕えている『戦竜神』と同格にあたる『魔竜神』のことだ」
「それは……! 何故、人間があのお方のことを……=v
 話の内容が掴めていないイサたちだったが、ハーベストがバトルレックス・マザーと呼んだ巨竜は、明らかに動揺しているということは一目瞭然であった。
「オレの祖先、ベクチャイルマン=カエイルは魔銀竜(ミスリルドラゴン)ゼルファーディアを倒した。部下を殺されて、魔竜神が黙っているとは思えない。けどよ、何十年経とうが、魔竜神のマの字も浮かんできていないんだ。どうなってやがるんだ!」
 ハーベストが巨竜と会話している間に、ヴァンドとリシアが事情を聞かせてくれた。
 どうやら、過去にベクチャイルマンが倒した魔銀竜は、彼の言う魔竜神の部下であったらしい。魔竜神は眷属を殺され、当然人間たちを恨み、人間たちに報復するはずだ。もし過去に魔竜神が姿を現し、人間たちと戦ったのならば、それは歴史に残る大戦となる。しかし、魔竜神はいつまで経っても姿を現さず、そのルビスフィアの歴史には一つとしてその話題は刻まれていないのだ。
 もしかすると、何か悪いことの前触れなのではと思い、各地を旅して情報を集めていたという。ベンガーナに彼らが寄ったのも、隠された戦の歴史をも抱えているベンガーナならば、闇に葬られた影の戦歴史がわかるかもしれないと思ったからだ。収穫としては、魔竜神のことではなく戦竜神のことであった。しかしそれでも手がかりには違いない。そうやって、ハーベストたちはエシルリムに眠る戦竜神の部下である戦母竜に会いに来たということらしい。
「オレは祖先が残した決着を終わらせたいんだ。だから教えてくれ、魔竜神はいったい何をしている」
 もちろんハーベストとて、わざわざ凶悪な竜を呼び寄せてまで戦いたいというわけではない。ただ、知ってしまったからだ。祖先が残した、いつ人間を脅かすかもしれない不安を。それを無くすために、ハーベストは魔竜神と同じ地位に値するらしい戦竜神という手掛かりを頼りにここまできた。
「……魔竜神様は、今よりも遠くの昔、ゼルファーディアが人間に殺された時、怒りに狂っておられました……。しかし、それからすぐ、魔竜神様は姿を消し、魔竜一族は組織力を失い、今に至ります=v
「姿を……消した?」
 ハーベストが聞き返したことを肯定するように、戦母竜は目を一度閉じた。彼女――と言っていい存在なのかどうか解らないが、母というくらいだからいいだろう――も、不安を抱いているのだ。ハーベストたちとは全く違う不安に。
 ハーベストたちはいつ訪れてもおかしくない脅威が、いつまで経とうと全く現れないことが不安。
 戦母竜は唐突に姿を消した魔竜の神の真意が読めず、想像するより恐ろしいことが起きるかもしれないという不安。
 二つの不安は、違うように見えて、互いの不安感を相乗させたにすぎない。
「他に知っていることは?」
「残念ながら……=v
 そうか、と頷いてハーベストはそれ以上、追求することはなかった。
戦母竜(マザー)よ、感謝する」
 くるりと踵を返すところを見ると、これ以上は得るものがないと判断したのだろう。戦母竜も、本来は人間とあまり関わりたくないのだろうか、わずかに乱れていた呼吸が、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
「とりあえず、ここから出ようぜ」
 イサが口を出すより先に、ハーベストは笑顔を見せる。
「そうだねぇ、そろそろ日の光を浴びたいよ」
 微妙な雰囲気を和らげるためか、ムーナが明るく言った。確かに、朝は地下から始まり、次は洞窟だった。何でもいいので外に出たい。今は、それが何よりの先決事項であるのだ。


「しっかし、魔竜神が行方不明なんて残念だよなぁ、お互いにさ」
 ナジミの洞窟の外に出て待機していた『マナ・アルティ』に事情を話した後、彼らは違う場所にも似た装置があるかもしれない、とすぐに出発してしまった。それを見送った後の、ハーベストの言葉である。
「『お互い』に……って?」
 彼が言ったことは戦母竜の話なのだろうが、残念だったのはハーベストたちのはずだ。イサは外に出られて幸せさえ感じている。まあ、風魔石の奪還が失敗したことなら確かに残念なことだが、ハーベストは確かに戦母竜が教えてくれた魔竜神の謎の失踪のことを言っているようだ。
「なんだ、知らなかったのか?」
「だから、何を?」
 求められた同意を質問で返し、その質問を質問で返され、イサはまた質問で返した。
「お前ら、『風龍石』も探しているんだろ。魔竜神ってのは、その『風龍石』を所持しているらしいだ」
 肩をすくめながら、ハーベストはそれを語った。
 ただし、彼の言葉を理解するまでに、何十秒かかったことだろうか……。
「え、えええええぇぇ?!」
 誰の驚愕か、もしかしたらこの場にいる『風雨凛翔』メンバー全員のものだったのかもしれない。
「そんな話、聞いたことないよ!?」
 イサは慌てて、他は知っていたかどうかを確かめるべく仲間たちに振り返った。ラグドとムーナは、知りませんよ知らないよとでも言うかのように首を振った。ホイミンは笑っているだけだが。
「なんだ、ほんとに知らなかったのか」
 そんなイサたちの反応に、ハーベストたちは呆れていた。どうやら魔竜神を追う中でそれを知ったらしい。こちらは風魔石の在り処を辿ってここまで来たのだが、風龍石には手掛かりが一つもなかった。どうやら、意外な収穫があったようだ。
「まあ、それはともかくとして、だ」
 結局、魔竜神の行方が解らないのだから、そのまま風龍石がどうなったかも解らなくなっている。確かに手掛かりが手に入ったことは嬉しいが、その在り処は謎のままである。だからハーベストは決まり悪げに頭を掻きながら話題を転換させた。
「そういえばよ……あぁ……なんだ。り、リィダってやつは、今はいないのか?」
 ハーベストたちと再会して随分と経っているような気がするが、彼は今更そのようなことを聞いた。
「リィダなら今、エシルリムにいるよけど」
「そっか、じゃあオレはエシルリムに行こうかな」
 イサの言葉で、ハーベストが今後の行動を決める。それは別に良いのだが、妙な点が一つだけあった。それはベンガーナでの別れ際の時と同じ疑問だった。
「ねぇハーベスト……。あなたもしかして、リィダのことが好きなの?」
 イサの言葉に、ハーベストは顔を、みるみる己の髪と同じ赤色に染めていく。
「なっ!? ……お、おおオレは別にり、リィダってぇやつに一目惚れなんかしてねぇよ! 断じて!!」
 誰も一目惚れをしたのか、とは聞いていないのに、ハーベストは自分で断言してしまったようだ。つまり、彼はリィダに一目惚れしたらしい。
 これで納得が行った。ベンガーナでムーナが倒れた時に、リィダはその付き添いに出て行った。既に戦いが終わっていたハーベストも一緒だったが、あれはムーナの付き添いではなく、リィダを追いかけていったのだ。別れ際に、わざわざリィダの名前を出したのもこれのためだろう。
「ハーちゃんって、けっこう解り易いのよねぇ」
 ぼやくように言ったリシアの言葉は、本人を除く全員が納得できることだった。


 エシルリムに戻るには、ナジミの洞窟から歩いて三日ほどだ。
 ムーナの移転呪文(ルーラ)でパッと戻るのも可能かと思われたが、何故かルーラは発動しなかった。精霊力が狂っているのではなく、不思議な力にかき消されてしまうらしい。
 そのため、野宿をしながら徒歩で巨塔が薄っすらと見えるエシルリムに徒歩で向かうことになった。
 その間で解ったことなのだが、ハーベストはヴァンドとリシアに打ち勝っていたとか。イサたちでさえ勝てなかった――というか強引に引き分けに持ち込む相手を、だ。そのことにより二人はハーベストについて行くことを決めた。そうして、魔竜神のことを知り、自分がやるべきことを見出したハーベストはエルフの森を出た。一流の狩人になるという夢を諦めたわけではない。魔竜神を『狩る』ことによって、それは歴史にも名を残す狩人となることに繋がると思ったからだ。
 しかし、手掛かりはこの場所で途切れてしまった。
 その話題に戻る度、ハーベストはどこか暗い顔をして、あからさまに残念そうな表情を見せてくれた。リシアの言っていた『解り易い』という言葉は、確かにそれしか言い様がないほどだ。
 なんとかハーベストを励ましたりすると、すぐに元気を取り戻すのだから扱い易くもある。
 そうこうしているうちに、イサたちはエシルリムへ戻ってきていた。

 エシルリム領内に再び入ってまず驚いたのは、その活気だった。
 この地を旅立った時にも活気はあったが、それは普通の賑わい町としての活気だ。
 しかし今はどうだろう。まるで祭りでも行われているかのように、人々は路地を行き交い、露店は並び、陽気な音楽がそこかしこで流れている。もかしたら本当にお祭りでもやっているのかもしれないと思ってリィダに確認しようとしたが、今はいないのであった……。
「とにかく、宿屋に行こうか」
 ムーナの提案でまずは近くの宿へ。
 外の活気と比べて、宿は比較的にがらんとしていた。それというのも空室が目立っているのだ。祭りならば他国の人間が集まったりするのだが、それがないところを見ると、別に祭りをやっているわけではないようだ。
「ラグドはもう休みな。ずいぶんと疲れているようだしさ」
 ムーナの促しに、ラグドはすぐに頷かなかった。
「俺はまだそこまで……」
「ダメよ。ちゃんと休みなさい!」
 彼の言葉を遮り、イサがぴしゃりと言った。
「う……わ、解かりました……」
 渋々と、ラグドは割り当てられた部屋へと入っていく。まだ真昼だが、様子を見るとラグドはすぐに泥のように眠りこけているようだ。やはり、そうとう疲れが溜まっていたのだろう。
 エシルリムに来てからリザードマンの襲撃、アームライオンとの戦闘、寝ずの番に、魔法装置破壊のための奥義。ナジミの洞窟からエシルリムまでの三日間、彼は見張りを請負って、ほとんど眠っていなかったのだ。
 増殖装置を壊した上、エシルリムとナジミの洞窟間のリザードマンは『マナ・アルティ』が駆逐していたためか、リザードマンたちに襲撃されることはなかったが、それでも歩き通しは疲労の素だ。
「そいじゃ、アタイらは町の皆がやたら元気な原因でも探しに行こうかね」
「なー、リィダはー?」
「はいはい、ラグドの疲れがとれてからだよ」
 ハーベストの要望を軽く流して、ムーナとイサ、そしてハーベストたちは宿を出て近くの酒場へと踏み入る。宿屋の主人は無愛想で、聞き出そうにも、何か知りたいなら酒場に行きな、の一点張りだった。
 そうした理由でやってきましたは『真夏の氷亭』という看板を掲げる酒場である。
 中には陽気に、昼間から酒を掲げる者もいる。
 ともかくまずはテーブルにつき、軽い食事と飲み物をいくつか注文。比較的、話しやすそうな人物の目星をつけるために観察していたが、どうやらわざわざ話しを聞きに行かずとも、ちょうど近くのテーブルで現状を語っているグループがあった。
 聞こえてきた話によると、どうやらこの国で研究を進めていた『封印魔法』が影響しているらしい。手詰まりになりかけていた封印魔法解明が、守護神が現れたことで一気に進み、エシルリム国民全員の願いでもある封印魔法復活が成されようとしている。
 そのことが全民に伝わり、お祭り騒ぎ、ということらしい。
 どうやら、守護神とはやはりリィダのことらしく、四日程度でその話はエシルリム全体に伝わったようだ。エシルリム王、クレイバークが「我が国の念願」と称したのも、あながち間違いではないらしい。
「楽しみだよなぁ」
「あぁ楽しみだな」
 その話をしていたグループが、酒を掲げながらけたけたと笑う。
「我が国に栄光あれー!」
「封印魔法よ、我らに力をー!」
 そしてわっはっはと笑う。悪酔いでもしているのか、その口調はどうも『国の念願』を話のネタにしかしていないようだ。
 もう情報は入ったも当然なので、そろそろこの酒場から退散すべきかな、とぼんやり考えた時である。例のグループの一人の男性が、ぽつりと洩らした。
「ホント楽しみだよなぁ。封印魔法『マナスティス・ムグル』!」
 それは、シャンパーニの砦の壁画で見た、エシルリムを滅亡の危機にさらした究極魔法の名前だった。

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