42.故事来歴


 今、カンダタは不思議な光景を目にしていた。
 間違いなく、風魔石を取り戻しに来た人間たちは全員、落とし穴に落としたはずである。
 ここシャンパーニの砦は、トラップが幾つか仕掛けてあったものの、そのほとんどは彼が解除していた。それでいて、所々に再びトラップを仕掛けるのも彼であった。カンダタがここを根城に選んだ理由の一つだ。
 仕掛けたトラップの一つである大広間の落とし穴。地下にはアームライオンがいるので、今頃は激しい戦闘の最中だろう。
 しかし、カンダタの目の前に、一人の男が立っていた。人間は全て落とした。だが人間の男がそこに立っている。
 カンダタは呆けたような顔で、何度か目を瞬かせた。幻ではないかと期待したが、その男が消えることはない。
「アンタは……」
 そういえば、ホイミスライムがいない。先ほどの連中の中にホイミスライムがいたが、あれなら浮いているので落とし穴には落ちないはずだ。そしているべきホイミスライムはおらず、見たことも無い人間がそこにいる。
 いや、見たことも無い、というのは訂正しよう。カンダタは、その男にどことなく見覚えがあった。
「自分が何者かっていうのはどうでもよか。そげんこつよか聞きたい事があるっちゃん」
「聞きたいこと?」
 カンダタは、どうにもこの男に興味を持っていた。不思議なことも当然だが、見覚えがあるという点で気になっている。
「おう。お前なら知っとぉやろう。……なぁカン坊、ガイゼルは元気にしとうね」
「な!?」
 カンダタの顔色が変わった。その名前は、自分とガイゼル本人くらいしか知らないはずである。それに、カン坊というのは彼がまだ幼いころのあだ名であった。
 カン・ラード。これがカンダタの本名であり、ガイゼルからカンダタの名を受け継いだのだ。
「アンタ、何者だ!」
 未知の何かに脅えるように、カンダタの声は震えていた。
「そげんえずがらんでもよかって」
 カンダタの震えにたいして、男は気楽なものだった。
「ガイゼルなら何とかできると思ったっちゃけどねぇ」
「……先代は……」
 躊躇った後、カンダタの表情が変わった。
「先代は、死んだよ……。寿命だったんだと、思う」
 カンダタが躊躇ったのは、ガイゼル本人がそういっていたからだ。カンダタはそうだと思うことで先代の死を深く追求しなかった。もしかしたら、もっと別の理由で死に至ったのかもしれない。だがそれを調べることは、ガイゼルが嫌がったのだ。死に間際まで迷惑をかけたくないという一心から、彼はそれ以上、ガイゼルの死に触れなかった。だから後悔している。今、自分は情けない顔をしているのではないかとさえ思う。
「そうか……ガイゼルは死んだか……」
 男も沈んだ表情で、今にも涙を流しそうだった。名前も知っているし、もしかしたら先代カンダタの知り合いなのかもしれないと、今のカンダタは思った。しかし問いかけようにも、言葉が出てこなかった。
「まぁよか。そんなら、も一つ聞いとこ。イサ様も言うとったけど、風魔石ば盗めーなんて、誰が依頼したとね?」
 さきほどの暗い表情はなんだったのか、声の調子もすぐに戻ってしまった。
「それは……」
 それは言えない。依頼人の秘密を守ってこその今回の仕事だ。それを言おうとしたカンダタだが、言葉に詰まる。
 何故か、この男には本当のことを言わなければならない気がしたのだ。
「…………。なぁ、あんたも魔王傘下の『死魔将軍』って知っているだろ」
 男は頷いた。それもそのはずである。数年前、魔王ジャルートの最強の配下として名高い四体の魔物だ。
 氷魔将軍ネルズァ、岩魔将軍ガーディアノリス、呪魔将軍マジュエル、雷魔将軍フォルリード。四体の魔物は『死魔将軍』として恐れられていたが、全て勇者ロベルたち『英雄四戦士』に倒されている。
「世間一般では『死魔将軍』は四体の魔物とされている。だけど、他にもいたんだ。『死魔将軍』から堕ちた者……表舞台には立つことがなかった『死魔将軍』候補の一人。霊魔将軍ネクロゼイムというのが――」
 瞬間、カンダタの背に寒気が走った。
「喋りすぎだぞ、カンダタ=v
 男でも、カンダタでも、先ほどのホイミスライムでもない第三者の声。底冷えするような声は、決して人間ではない。
「なっ!」
「カン坊!?」
 男の叫びよりも速く、どこからともなくそれは現れ、カンダタを羽交い絞めにして動きを封じる。
「きさんは!」
 現れたのは、一見、人間のように直立しているように見えたが灰色の肌は明らかに人間のそれとは違っている。身に纏っているのは黒衣の外套。頭髪の類はなく、目も見当たらないことから、スモールグールという魔物を連想してしまうが、明らかにそんな魔物とは格がかけはなれた相手だということはわかる。
「ただいま紹介に預かりました霊魔将軍ネクロゼイムにございます=v
 カンダタの動きを封じたままネクロゼイムは、明らかに挑発とわかる敬語を使った。
「ネクロゼイム! 相変わらずこすい手ばっか使わんと、カン坊ば放せ! ぼてくりこかすぞ!!」
「そう粋がるな。久々の再会を楽しもうとは思わんのか?=v
 男は今にも飛び掛りそうだったが、カンダタが人質に取られているためか、身動きができない。カンダタも何度か束縛から抜け出そうと試みたが、力のなさそうに見えるこの魔物は、どうやっても放してくれなかった。それどころか、無理をすれば関節が外れてしまうかもしれない。
「おい、アンタ。オレ様はきっかりと仕事をこなしたんだぞ。なんでこんな扱いを受けなきゃならねぇんだ!」
 行動でダメなら言葉で――普通は逆だと思うのだが――、カンダタはネクロゼイムに訴えた。
「……騒がしいやつだ。風魔石は……なるほど、確かに盗み出せたようだな。貴様の仕事は終わりだ=v
 興味の無くなった玩具のように、ネクロゼイムは無造作にカンダタを放り投げた。何がどうなったのかわからないが、気が付いた瞬間、カンダタは地面に叩きつけられていたことだけを理解した。それと、何とかネクロゼイムの束縛から解放されたということも。
「……きさん、なして風魔石げな盗ませたとね?」
「お前には関係なかろう=v
「あいにく、今の主人がそれば欲しがっとうけんね」
「欲しいのであればくれてやるわ=v
 そう言って、ネクロゼイムは風魔石を投げてよこした。男は受け取り確認したあと、怪訝な顔をネクロゼイムに向ける。
「ふん、プレゼントだよ。哀れなお前への、な=v
「そげん思うんやったら、元に戻しんしゃい」
 男の口調は真剣というよりも、相手をなじるようであった。カンダタは二人のやり取りを不思議そうに見ているだけしかできず、状況を見極めようとするだけで必死になっており、互いの次の言葉を待った。
 それからは沈黙が続いた。ただ男とネクロゼイムが睨み合いをしているのかと思ったが、それも違うようだ。互いが互いを待っているのだ。次に何をするのかを。
 動いたのは、ネクロゼイムだった。
「暇をつぶすにはなかなかと有意義な時間だった。さらばだ=v
 現れた時と同じく、唐突に姿を消したのだ。

「アンタ……」
 またもしばらく沈黙がこの場を支配していたが、カンダタがたまらず声を出した。
「今から自分の主君ば助ける。ここにおったら、自分らはカン坊ば捕まえんといかんくなるばい。とっととどっかに行きぃ」
 カンダタの言葉を遮るように、男はそれだけを言った。カンダタは、唇を噛み締めながら、その言葉に従おうと思った。この男の言葉に抗えるだけの力がないからだ。
「……せめて、これを貰ってくれないか。先代がどこからか持ってきたもので、きっと役に立つはずだ」
 男は何も言わずにそれを受け取った。一冊の古びた本だが、触れるだけでそれに強大な魔力が秘められていることに気付いただろう。
 そしてカンダタは……カン・ラードは悔しさを胸に、彼は夜闇へと消え去っていった。
「さて、と……。イサ様たちは大丈夫やろうか」


 ちょうど、カンダタと男が会話を始めたころだろうか、イサたちはアームライオンに苦戦していた。
 鋭い牙や爪、腕が四本もあるので、近づくことさえままならない。
 なんとか直撃を躱しているものの、以前戦った巨ボストロール並の攻撃力であるらしいことは、紙一重で避けたとしてもわかった。巨ボストロールは素早さこそ低かったものの、アームライオンの動きは俊敏かつ四本の腕を巧みに使ってくる。いくら素早さを自慢にしているイサでも、近づくのは容易なことではない。
「けっこう殺気立ってるねぇ。ラリホーが効かなかったよ!」
 リザードマンと戦った時のことを反省し、補助呪文を行使してみたムーナだが、その行動は無駄に終わった。強制睡眠をもたらすラリホーの魔法は、アームライオンの注意をそむけることすらできなかったのだ。
「攻撃魔法でなんとかならないの?!」
 アームライオンの攻撃を寸でのところで躱し、さらに後退する。そうでもしなければ、似た軌道を通る別の腕にやられていた。
「やってみるよ――バギマ=I」
 真空の渦がアームライオンを中心に巻き起こるが、どうもその威力はいつものムーナにしては劣っているものがある。
「うへぇ、なんだいここは。風の精霊力が少なすぎるよ」
 愚痴をこぼしながら、ムーナは後退する。少しずつだがアームライオンに接近を許してしまっていたことに気付いたのだ。
「他の魔法は!?」
 ラグドが巨大な盾――グレイヴシールドでアームライオンの攻撃を防ぎながら怒鳴る。
「ダメみたい。他の精霊力も、大して感じられない!」
 大型の盾を巧みに使って攻撃を尽く防いでいるラグドではあるものの、さすがに腕が痺れてきていた。魔法の援護が大して期待できないと聞かされて、戦法を変えるべきかと逡巡する。
 冒険者である彼は武具召還と武具変換が可能だが、何度も使用すると精神力を消耗してしまう。なので、一気に勝負をつけるべきなのだが、アームライオンはバギマの真空渦を直撃しても痛痒の反応を見せなかった。となると、いくらラグドといえども、攻撃を当ててもすぐに防御の繰り返しになると予想された。それで相手も少しずつは消耗するだろうが、そんな根比べよりもムーナの魔法による援護を期待していたのだ。しかしそれが期待できない今、相打ち覚悟で攻撃に転じるべきと判断した。
「ムーナ! 俺は今から攻撃に移る。イサ様に援護魔法をかけてくれ! イサ様は相手の注意を逸らしてください!」
 なるべくイサを危険な目に合わせたくないのだが、今の状況でそのようなことをしたらイサに怒られるだろう。主従の関係は忘れていないとはいえ、今は同じ『風雨凛翔』という冒険者の仲間なのだから。
「荘厳なる大地の精霊 母なる守り、防護の光に包まれて 闇の爪牙を防ぐ盾となれ」
 ムーナが援護魔法を使うべく精神を集中させる。
「具現せよ不可視の鎧――スカラ=I」
 しかし、ラグドの指示通りではなく、防護呪文の光はラグドに照らされた。
「なっ!?」
 アームライオンからの攻撃が軽減されたようで、痺れていた腕も多少緩和されたが、ラグドは驚いてムーナを見た。彼女は既に次の魔法を使うべく詠唱に入っている。
「自由なる風の精霊 漂う意思、ハヤブサのごとく大空を駆け抜けん 具現せよ不可視の追い風――ピオリム=I」
 仲間全体にかかるべき俊敏呪文は、やはりラグドのみに降り注いだ。身体が軽くなり、風のような移動が可能になるものの、その魔法の力はイサに届いていない。
「俺ではない! イサ様に!!」
 その間にも、イサは何かとアームライオンにちょっかいを出して注意を引かせる。防戦一方のラグドよりもちょこまかと動くイサを標的と定めたのだろう、狙い通りにイサを狙い始めるが、魔法の援護なしにアームライオン相手に囮になるのは危険すぎる。
「猛き焔の精霊 怒りの刃、復讐の糧となりて 魔を砕く力を与えよ 具現せよ不可視の刃――バイキルト=I」
 筋力増強呪文は、やはりラグドのみに注がれた。
「ムーナ!!」
 非難の声を、ラグドが荒げた。
「わかってるよ! ちょいとお待ち!」
 魔法を三連続で使いつつも、ムーナは魔龍の晶杖の力を使い、魔力を合成していく。
「(四つとか合成したらまたぶっ倒れちまうかもしんないけど、これなら大丈夫っしょ)」
 その間にも、ついにイサは避けきれずに細い腕に一筋の傷が走った。痛みに顔をしかめるが、致命傷ではないし、血は出たものの深くは無いようだ。
「我が杖に宿る三魂の精霊たち 戦の神の如き勇敢なる戦士へ、汝らの力を貸し与え、勇気の翼として舞い降りよ 具現せよ可視なる翼――戦乙女の守護翼(バルキリー・ウィング)!!」
 暗い室内が隅々まで見えるほど照らされ、ムーナの魔法はイサに向けられた。そして次の瞬間、イサに翼が生えた。
「えぇ!? なにこれぇ?!」
 唐突に生えた天使の羽のようなものに、イサが驚愕の声を出した。確かにいきなり自分にそんなものが生えたらまず驚くのは当たり前だ。
「スカラ、ピオリム、バイキルトの三魔法合体だよ。単品で一個ずつかけるよりも相乗効果で上昇率がぐーんと上がってる! ……と思う!」
 最後の言葉が余計だ、と不安になりながらも、確かに今まで以上に身体が軽い。それだけではない、避けられそうに無かった攻撃は、まるで翼が意思でもあるかのように勝手に動いて防いでくれるのだ。
「なら!」
 不規則な動きを見せ、アームライオンの注意を引くと共に混乱させる。しょせんは獣だ。自分の反応速度より速いものにはついていけまい。
「――『風連空爆』!」
 一気に接近し、イサはアームライオンの顔面に、いや眼球へ直に爆風を叩き込んだ。
 アームライオンが悲鳴にも似た雄叫びを上げる。
「ラグド!」
「承知!」
 イサの言葉よりも早く、彼は武器を地龍の大槍に変えていた。
「『岩閃発破』ァ!」
 地龍の大槍を旋廻させ、遠心力を利用して絶大な一撃を与える。バイキルトで攻撃力が強化されていただけあって、その一撃はだいぶアームライオンにダメージを与えたようだ。
「まだ生きてるよ!」
 ムーナの警戒に、前衛二人は緊張に身を固めた。ラグドの攻撃の直撃を受けてもなお、殺気は消えずに、襲い掛かってこようとしている。
「この――『閃風砲』!!」
 バルキリーウィングはイサに多大な攻撃力をも与えていた。振るった腕の軌道から発生した風の衝撃波は、弱ったアームライオンのとどめになったようだ。


 最後の一撃はイサであったため、魔物殺の特殊能力としてアームライオンは貨幣となってその姿を消した。
「なんとか終わったけど、ホイミンは無事かなぁ?」
 上を見上げたイサに証明するかのように、天井が開き、そこから見慣れたホイミスライムがふよふよと近づいてくる。
「イサ様ぁ〜大丈夫ぅ〜?」
 ホイミンは先ほどのアームライオン戦での傷をすぐさまベホマで癒し、なんとか全員が揃った。
「上はねぇ、壁を押すと何秒か落とし穴が開いて、すぐに閉じちゃう仕組みみたいだよぉ〜♪」
 そういえばカンダタが壁を押した途端にイサたちは落とされたのだ。そして天井を見上げた頃には穴は閉じていた。
「ふぅ〜ん、そうかいそうかい……って、なんでアンタまで下に来てるのさ!!」
 ムーナがホイミンの両頬をつねる。確かに、上にいてくれればロープを下ろすなりできたものの、これではますます脱出が不可能になってしまう。
「リレミトは使えない?」
「ダメ。使ってみたけど、効果を表してくんないの」
 ますます深刻な事態になっているらしい。
 どうしよう、と悩んでいた所に、ラグドから声がかかった。彼はいつの間にか部屋の奥におり、明かりを欲しがっているようだ。ムーナがレミーラの光が宿った魔龍の晶杖を渡すと、ラグドはそれを掲げる。
「これは……」
 誰が発した言葉なのか、それに続く言葉はなくとも、全員がそれを見上げていた。
 それは壁画だった。
 多くの人が逃げ惑い、それを襲っているようなものが一人。その悪魔のような者の周囲には、多くの黒い羽や白い羽が舞っている。まるで天使の翼と悪魔の翼が入り乱れているかのようだ。
「なんだか、恐い……」
 イサの感想は、全員同感であった。見ていて、決して気持ちの良いものではない。何かの悲劇を表しているのであろうことは、すぐにわかった。
「ん? 文字が書いてあるね。これは……古代文字だよ」
 壁画のすぐ下に綴られている文章をムーナが見つけ、そこに手を置いた。
「読めるのか?」
「なんとかね」
 この壁画と共に書かれたのだろう。だいぶ風化しているが、読めないことは無い。

 ――かつて、ルームロイ大陸はルビスフィア世界において最も大きな大陸であった。
 三界分戦において魔族が住処としていたために、この地には多くの魔法が封印されている。
 それを我々は蘇らせることに成功した。
 いつ現れるやもしれぬ、強大な魔に対抗するには、魔を持つしかないからだ。
 しかし、それは間違いだった。悲劇を生んだだけだった。
 究極魔法は、我らにとって百害あって一利なし。
 この究極魔法により、ルームロイ大陸は割れてしまった。
 塵と化した大地さえある。これは破壊の魔法にしてはあまりにも恐ろしすぎる。
 究極魔法を再び封じるための犠牲となった、尊き勇者たちを我らは奉る。
 一人はシャンパーニ。一人はアープ。一人はナジミ。
 一人はガルナ。一人はデモンズ。一人はライドン。
 そして彼らの中心にして魔法王国の建国王エシルリム。
 彼らのために、繰り返してはならない。悪夢の力を再現させてはならない。
 彼らのために、繰り返してはならない。破壊の力を召喚させてはならない。
 復活させてはいけない、究極魔法マナスティス・ムグルを……
 復活させてはいけない、究極魔法マ―――――・ムグルを……――

「マ? ムグル?」
「ここだけ削り落ちてるの。でもこうした場合は最後、二回同じことを繰り返すから、これもマナスティスって言葉が入るんだと思うよ」
 読み終えたムーナは、大仕事を終えたかのように汗をかいていた。読解も楽ではないらしい。
「しかしマナスティスといえば……」
「うん、禁呪だよ」
 ラグドがいいかけ、ムーナが頷く。
 対象者の肉体を変えてしまう、変化呪文(モシャス)変竜化呪文(ドラゴラム)とは比べ物にはならない、魔の王そのものに近づける魔法だ。破壊の衝動の赴くまま、大陸一つなら簡単に消し飛ばしてしまうほどの暴走を起こしてしまう、危険極まりない魔法だ。
「でも『ムグル』って、なんだろうね?」
 その単語にはムーナも聞き覚えがないらしく、首をかしげた。
「ムグルは……」
 出し抜けに、意外な所から声がかかる。ホイミンだ。
「ムグルは、人間の言葉に訳すことは出来ない魔物語だよ。でもぉ、一番近い言葉で、イサ様の『真極』に近いかなぁ」
 まだそれは使えないんだけど、という言葉さえいらなかった。それよりも驚くことがそこにあったからだ。
「ホイミンでも、知っていることは知っているんだねぇ……」
 彼はあくまで気楽に言ったのでそこまで深刻なことではないように聞こえてしまったが。
「じゃあ、ルームロイ大陸を島々にした究極魔法ってこれのことかな?」
「多分ね。それを封じた人たちを奉っている一部分がここなんだろうね。きっとここ、シャンパーニって人のお墓だと、思……う」
 ムーナの言葉が途切れたかと思うと、彼女はふらりと倒れかけてしまった。
「大丈夫?!」
 ベンガーナでは意識不明の状態にまで陥ったということがあったため、どうしても不安になってしまう。
「あんまし大丈夫じゃない、かも……」
 更にそんな言葉を聞かされては、不安は現実のものとなったのかもしれない。
「もう、ダメ……おやすみぃ……」
「え?」
 心配などする必要はなかった。ただムーナは眠かっただけのようだ。
「そういえば、私もなんだか眠くなってきちゃった」
 欠伸を一つ。そうやって気を抜いた途端に、激しい眠気が襲ってきた。
 そういえば、今日はエシルリムに着いた途端にリザードマンの襲撃にあったり、エシルリム王と謁見したり、半日かけて砦まで馬を走らせたり、アームライオンと戦ったり……。
 今は夜中で、朝から動きっぱなしだったのだ。緊張がほぐれた途端に、疲れがどっと押し寄せてきた。
「見張りは私がやりましょう。どうかお休みください」
 ラグドも同じく戦い続きだったはずだが、さすがに女子二人とは基礎体力が違うようだ。
 ムーナは早々にローブに包まって寝息を立てており、イサがそれを追うように深い眠りに入ったのは、ほんの数秒後である。


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