30.雷魔対決


 何が起こったのだろうか。水雷龍と風巨龍が弾け飛んだせいか、闘技台には霧が立ち込めていた。審判も眉をひそめて両者を覗うが、どちらも姿が確認できないほどの濃い霧となっている。
「…………」
 霧が薄れた。
 その姿が明確になるにつれて、観客からどよめきが起きた。そのどよめきが歓声に変わるには、たいした時間は要としなかった。カエンとルイスが、二人ともまだ立っているのだ。
「試合続――」
「まて」
 審判が二人はまだ戦えると見なして試合続行の判断を下そうとしたのを、カエンが止めた。
「え?」
 いぶかしむ審判のことは無視して、カエンはルイスを見た。彼もまたこちらを見ている。
 二人がほぼ同時に、ふ、と笑う。
 そのまま、同時に踵を返して背中を見せ、またもや同時に言った。
「「棄権する」」
 二人の声が重なり、今度ばかりは全員が動揺した。
 審判も呆気に取られていたようだが、彼が誰よりも早くに気を取りなおしたようだ。
「両者同時に棄権宣言のため、次鋒戦勝者無し。引き分け!!」
 一部で歓声が轟き、一部でどよめきが一層大きくなる。
 カエンの言葉が少し早かったからルイスを勝者にする、とでも言い出すかと思っていたが、あの審判はベンガーナに肩入れするということはないようだ。それなりに信用してもいいかもしれない。
「どうしたんですかー、師匠ぉ?」
 まだ戦えるのに、と言いたげにイサは不満をぶつけた。実際にカエンはまだ戦えたが、それでも棄権したのだ。
「俺の出せる攻撃は全て出した。それでもアイツを倒せなかったのだから、素直に負けを認めただけだ」
「それは向こうの同じなんですか?」
「……たぶんな」
 ふ、と微笑みながらカエンは頷いた。
 この時、イサはおや、と心の中で首を傾げた。人付き合いの悪く、笑うこともなく、厳しく、人間嫌いのような師匠が、何故か温かく感じたのだ。実際の温度とかではなく、言葉がやんわりとしていた。ルイスと戦った影響だろうか。
「それよりも、先ほど俺が使ってみせた技が『真極・風死龍』だ。二匹の風死龍を掛け合わすことにより、二倍以上の力を得ることができる。使えるようになれ」
 イサの顔がさっと青ざめる。風死龍二匹を簡単に操ることのできるカエンとは違い、イサは風死龍一匹を放つだけで時間がかかり、気を失ってしまうのだ。それに二匹同時に扱えるということさえ知らなかった。
「無茶、言わないでくださいよぉ。風死龍一匹で凄く苦労するのに」
「そうか。ならば、今度手合わせしたときに風死龍を使って来い。俺が『風王鏡塞陣』でお前の風死龍を倍化させて跳ね返すから、それを相殺させるために風死龍を二匹操ってみろ。できなければ死ぬがな」
「じょ、冗談ですよね?」
「さぁな」
 やっぱり変だ。カエンの言葉には冗談めいたものが混ざっており、以前のように会話するだけで緊張するということがない。まるで人柄の良い好青年と喋っているようだ。このような変化ならば、まあいいかとイサは受け入れた。

「続いて、中堅戦を始める!」
 審判の高らかな声と同時に、ベンガーナ側は黄色ローブの人間が闘技台に上がった。
「えっと、今こっちで残っているのは……」
「アタイとラグドだねぇ」
 イサが振りかえると、ムーナが胸を反らして自身満々に立っていた。どうやら負ける気がしないらしい。
「ムーナが行く?」
「どしっよかなぁ。ラグドぉ、アンタは中堅と副将どっちがいい?」
 問われた本人は、茶髪でこちらからは見えない瞳で何を見ているのか、少し黙っていたがやがて口を開いた。
「副将だな。どうやら、相手はお前と戦いたいようだ」
「ほぇ?」
 ラグドに言われて、ふと相手の方を見やる。そこには殺気の塊が存在していた。そのあからさまな殺気は、ムーナに向けられていることがすぐに分かった。これに気付いたのは、向けられている本人やそれを告げたラグドはもちろんのこと、イサも気付いたし、カエンとハーベストとリシアとヴァンドも、キラパンでさえ気付いていたらしいがその主人たるリィダはまるで分かっていない。ホイミンも同様である。
 つまり、戦い慣れていない二人以外は全員が分かるほど、分かり易い殺気が発せられている。
「女ぁ! テメェが上がってきやがれぇぇ!!」
 と、今度は殺気ばかでは足りずに言葉で堂々とご指名。ムーナさ〜ん、ご指名でーす。
「はいはい。しょうがないねぇ」
 よいしょ、と言いながらムーナは闘技台に上がった。彼女の白銀の髪が、光に当てられてキラリと光る。
「よぉしよし。上がってきたなぁ!」
 ばさりとローブを脱ぎ捨てると、そこには不良が――あぁいやいや、そこには金髪に趣味の悪いバンダナを巻いて、人相の悪い男が立っていた。なんだか、まっとうな人には見えず、ルイスと横に並べば月とスッポン以上の差があるような男だ。
「うぅ、なんかイヤらしい考えでアタイを指名したんじゃないだろうねぇ?」
「へっへっへぇぁ!」
 質問に対して、答えにならない笑い声。なんだか恐い。
「ま、いいか。アタイの名前はムーナ=ティアトロップだよ」
 聞かれる前に名乗り、審判は頷いた。
「中堅戦! ベンガーナ、ライザス=サンヴォルト。ウィード、ムーナ=ティアトロップ。両者、構え!」
 ムーナが懐から一つの杖を取り出す。武器仙人から譲り受けた、魔龍の晶杖だ。相手は何も装備していないし、召還するようなこともしていない。カエンやルイスと同じく、格闘系だろうか。手につけているグローブそのものが武器という可能性もある。
「始め!」
 開始の合図と共に、ムーナは魔力を集中させた。
「やっぱり魔法使いかぁ。見た目からしてそうだと思っていたぜぇ」
 にやりとライザスが笑みを浮かべるが、好感の持てる笑みではないことは確かだ。
「それはどーも。まぁ、こんな恰好しておいて、魚屋とかウェイトレスには間違えられたことないからねぇ」
 会話をしている場合ではないのだが、ここはムーナのさすがと言えるほどの実力。詠唱も無しに一つの魔法を完成させる。だが、まだ放たない。
「オレ様も魔法を主にしてんだぁ。けどなぁ、昔っから、誰が決めたのか女のほうが魔力を秘めているだとか、女のほうが優秀な魔法使いになりやすいだとか言われ続けてきたからなぁ。そんなこたぁ無ぇって、このオレ様が証明してみせるぜぇぇ!!」
 そんな話、初めて聞いたよ、と言いたくなったが、ライザスは何か仕掛けるつもりなのか、ムーナは黙って身構えた。
「イナズマぁぁぁ!!」
「いぃ?!」
 ライザスの腕から、雷が飛び出したのだ。勇者が扱う電撃魔法のライデインとは違う、雷の精霊魔法だ。すぐに躱せるものではないが、身構えていたおかげか、かする程度で済んだ。
「避けた先にはオレ様がいるぞオラぁぁ!」
 回避に専念しすぎてしまったのか、ライザス本人の動きを把握できていなかった。彼は腕に雷を纏わせていた。武器らしい武器を持っていないところを見ると格闘もするようだが、それに雷を乗せる事で破壊力を増加させているのだ。
「こんの!」
 反射的にムーナが魔龍の晶杖を振るう。先ほど完成していた魔法が姿を現した。
「な、なんだそれはぁ?!」
 完全な突撃バカではないのか、ライザスがそれを見て突進を止める。観客やイサたちも、見慣れないそれを見て、思わず、おぉ、と言葉が漏れる。ムーナの魔龍の晶杖に、炎が宿っているのだ。それも、剣の形をしており、常に溢れ出す魔力が揺らいでいる。
「ふっふっふ〜ん♪ これぞアタイの接近戦法さ。いつか仲間のリィダって子が言っていたけど、魔法使いの一人対戦は危険だかんねぇ。だから、自分の魔法で剣を作るんだ。これは炎の精霊魔法剣、『メラミ・ブレード』さ」
 魔龍の晶杖にメラミの魔法を乗せ、剣の形を作っていたのだ。人に見せた事はなかったので、イサでさえ驚いているようだ。
「なるほどなぁ。オレ様の『雷剛腕』と同じような方法か」
 ライザスの言う雷剛腕とは、今の状態のことだろう。彼の腕に雷が纏わりついている。
「けどなぁ、ちょっくら熱いだけの炎なんかでオレ様のイナズマはとめられねぇぜぇぇ!」
 正体が分かれば恐いもの無しと判断したのか、ライザスが再び突進を仕掛けた。
「『雷剛腕』!」
「『メラミ・ブレード』!」
 ライザスの拳と、ムーナの炎剣がぶつかりあった。その瞬間に炎剣が激しく燃えあがるが、ライザスはそれを気に止めずにさらに力を込める。
「うわっ」
 ムーナのほうが堪え切れず、炎のブレードが消失すると共に吹き飛ばされた。幸いブレードが消えた時に発生した衝撃で吹き飛んだので大きなダメージはないようだ。
「はっはぁ! いきなり秘策敗れたりってかぁ!」
「まだまだ、だよぉ」
 追撃が来る前に立ち直し、魔力を込める。続いて今度は青い光りが魔龍の晶杖に宿った。
「あぁん?」
「『ヒャダル・ブレード』」
 完成したのは、氷の剣だった。
「メラミだろうがヒャダルだろうが関係ねぇ! へし折ってやらぁぁ!!」
 拳は火傷を負っているのにも関わらず、ライザスの腕の雷が一層激しくなった。メラミ・ブレードを消し飛ばしたときに、威力が弱まっていたのだろう。全く効かないというわけではないようだ。
「(――!)」
 ライザスが雷を激しくしている少しの合間で、ムーナはさらに魔力を集中させる。一度出してしまえば、それはもう発動済みの魔法なので、別の魔法を扱うことも可能なのだ。
「行くぜオラァァァ!」
 ライザスの突進。合わせて、ムーナも前に出た。
「『雷剛腕』!」
「『ヒャダル・ブレード』!」
 先ほどと同じように、剣と拳がぶつかり合う。もともと剣は扱いなれていないうえ、単純な力ではライザスのほうが上であるためか、ヒャダル・ブレードの氷が高い音を立てながら折れてしまった。とはいえ、相手も先ほどと同じように雷の威力が落ちているのは一目で分かった。それを見越して、ムーナは準備しておいた魔法を発動させる。
「次!」
 魔龍の晶杖に風が渦巻き、剣の形状を露わにした。
「なんだとぉ!?」
「『バギマ・ブレード』!」
 風の精霊魔法剣を使い、連続攻撃。これにはライザスも驚いたようだが、それでも避けることはせずに迎撃する。威力が落ち、火傷と凍傷を負っていても尚、ライザスの拳はバギマ・ブレードを破壊した。
「けど――!」
 ムーナが数歩下がる。バギマ・ブレードは消失したが、ライザスの腕に纏っていた雷もまた消えているのだ。それに、ブレードは消失した後にこそ更なる効果を発揮する。メラミ・ブレードの時は失敗したが、今度は成功するはずだ。
「な、なんだぁ!?」
 異変に気付いてライザスが狼狽する。足元が氷付けになり、彼を中心に激しい風が渦巻いたのだ。動くことが出来ない。その隙を狙って、ムーナが魔力を急いで魔龍の晶杖に込める。
「ブレードは消えた後に、それ相応の効果が現れるのさ。ヒャダル・ブレードは相手を凍らせ固定する。バギマ・ブレードは相手を風で動きを封じる」
 魔力が込められた魔龍の晶杖に、黄金色の光が宿った。その光りも、剣の形状を取る。
「う、ぉぉ?!」
「とどめだよ、『イオラ・ブレード』!!」
 動けないライザスの胸板に、ムーナは爆発の剣を叩き込んだ。イオラの爆発が凝縮された形で発生する。直撃だ。
 ドォォォと轟音を立ててライザスは吹き飛んだ。
 歓声が沸きあがり、ムーナはイオラ・ブレードの反動でよろめいたがすぐに立ち直った。
「ま、まだだぁァァァ!!」
「な――?!」
 ライザスが吹き飛ばされて尚も立っているのだ。それも、信じられないほどの魔力が彼の周囲で渦巻いている。何か大技を放つつもりなのだろう。それこそ、ルイスやカエンの死龍技と勝らぬとも劣らぬ強大な技だ。
 ムーナの始終緩んで笑っているように見える目元が、今度ばかりは真面目になる。命の危険を感じ取ったのだ。
 ライザスは右腕に力を込めて、さらに力を込めて、またその上に力を込めた。雷剛腕の時と同様に雷が走るが、それどころではない。ライザスの目の前に、信じられないほど強大な力を秘めた雷の塊が出現した。それに込められた魔力が、思わずムーナの足を震えさせる。
 まるで、地獄を目の前にしたような――。
「ジゴスパぁぁークゥァァ!!」
「――ッ!」
 古来の賢者たちが強大な魔に対するために編み出した秘法。それは地獄の淵から雷を召喚するというものだった。その威力は確かに強大だったが、しかし人間の魔力で簡単に操れることもできず、世界を混乱する恐れがあるというので封印された禁忌の雷魔法。それをライザスは放って見せた。頭がおかしいんじゃないかと思われた彼だが、ムーナのイオラ・ブレードを直接受けても戦い続け、かつ幻の大魔法であるジゴスパークを使って見せた。
 ライザスは、強い。そのことをムーナは今になって確信した。甘く見てはいられない。
「どうだぁぁ!」
 地獄の雷はムーナを襲い、やがて消えて行った。
 その後から、しかし未だ立っているムーナが現れた。とはいえ、彼女は激しい呼吸を繰り返し、あちこちが黒焦げている。咄嗟に防御したのだが、それで完全防御というわけにもいかず、ダメージを負ってしまったのだ。
「ケッ。生きてんのかよ。初めてだぜぇ、ジゴスパーク打っても死ななかったヤツ!」
「んふふ。これでも、アタイは通常でも、この魔龍の晶杖のおかげで二つの魔法を同時に扱えるって自負しているもんでね。魔法防御壁(マジックバリア)を二つ使って編み出した魔法遮断壁(マジックシャッター)で防ごうとしたんだけど……時間がなかったのと、アンタが本当に強いからこんなになっちまったよ」
 強がって笑って見せるが、本当に危なかった。咄嗟にこの魔法を思い出して防御したのだが、それ完全に防げるほどライザスのジゴスパークは甘くなかった。本来は完全な魔法防御となるはずだが、万全な状態でも軽傷だけではすまなかったに違いない。
「そうかいそうかい。じゃあ、今度は全力でぶっ飛ばしてやるぜぇぁ!!」
「ジゴスパーク以上の『全力』ってのが、あるんかねぇ?」
「あぁ、あるともさ!」
 ライザスがまたもや右腕に雷を溜める。その動作はジゴスパークと同じだ。それを証明するかのように、ジゴスパークの雷の塊が出現した。
「おぉぉぉぁぁぁぉぉあぁ!!」
 続いて、ライザスは左腕にも雷を溜める。同時に、雷の塊がもう一つ出現する。
「あらま」
「おっらぁぁぁ!」
 ライザスは両腕を重ね合わせ、それに合わせて雷の塊も合体した。カエンが見せた『真極・風死龍』と同じ要領なのだろう。ジゴスパークが二つ、重ね合わさった。
「これがオレ様の最強必殺技よぉぉ!」
 自分が使える最高の防御技では防げない、とムーナはすぐに理解した。ジゴスパークでさえ防げなかったのだ。それの二倍以上は威力がある、と軽く見積もることのできる今度ばかりは、防ぐどころか魔法遮断壁ごとムーナも消し飛ぶだろう。
「そんじゃあ、アタイも最強必殺技とやらで迎え撃とうかねぇ」
「へっへっへぁ! そう来ねぇとなぁ! 最強を打ち破ってこそオレ様が最強と証明されるんだぁ! 来やがれぇぇぇ!」
 有りがたい事に、ムーナが魔力を集中させる間、ライザスは己を高めることしかしなかった。この間を狙ってライザスが仕掛けてきたら、ムーナは確実に死んでいただろう。彼は彼なりに強さを証明したいようだ。バカで変態のようではあるが、悪い人間ではないらしい。
「(――アタイは、万全の状態で二つならの魔法を同時に使うことができる。大掛かりで複雑な魔方陣に頼っても三つが限界。だから四つの魔力合成なんて夢だと思ってた。けど、この魔龍の晶杖ならできる)」
『龍具』のレプリカだと武器仙人は言った。『龍具』にはそれぞれ特性がある。
 (例えば、水龍の鞭ならば、液体であるものなら何でも放出できる:火龍の斧ならば、先頭語により技の効果が変わる:炎龍剣ならば、炎の技を倍化させる:神龍剣ならば、魔に対する攻撃力が何倍にも増加する、など……)
 本物と同じかは知らないが、この魔龍の晶杖にも特性があった。数日前に発見した特性で、それを実践で試すのは初めてだ。それでも、魔法理論的に可能だと信じて、ムーナは魔力を込める。
「この、魔龍の晶杖にある一つの特性は『魔力の蓄積』! 使ったそれぞれのブレードの魔力がそのまま残されている。だからそれぞれを操って合成し、昇華させれば――」
 四つの魔法の混合。これが、ムーナが今使えるはずの最強魔法だった。
 先ほどまでのブレードとは違い、その刃は激しい魔力で構成された。溢れだす魔力の剣が、ゴォォと音を立てながらその形を維持する。初めて使ってみたが、思ったよりもきつい。形を維持しているだけで力が抜けていきそうだった。その分、威力には期待できるはずだが。
「はっはぁ! おもしれぇ。随分と強い魔力の剣のようだなぁ。だが、それを、オレ様は、ブチ破ってやるよぉぁぁぁ!!」
 ライザスの両腕の放電が激しくなる。
 ムーナも剣を振りかぶった。直接斬るのではなく、衝撃波のように飛ばすだけで効果はあるはずだ。
「全てを打ち壊せ! 『深淵地獄の激雷(ジゴスパーク・ギガント)』!!」
「全てを斬り裂け! 『四大精霊の宝剣(エレメンタル・ブレード)』!!」
 ライザスの雷がムーナに向って直進する。それに対して、ムーナは己の杖に宿っている剣で迎撃した。そのまま衝撃波として全てを飛ばす。
 ゴォォォォ! と轟音が響いて、ジゴスパーク・ギガントの雷が二つに割れて消滅した。
「なんだとぉぁぁあ!?」
 信じられず、ライザスが叫ぶ。
「見たかい、アタイのエレメンタル・ブレードは全てを斬り裂くんだよ」
「う、ぅうるせぇ! まだだ! 今のでテメェは魔法力を使い切っちまったんだろ! オレ様には、まだ雷剛腕を使うほどの力は残っていらぁぁ!」
 ライザスの言う通り、ムーナはエレメンタル・ブレードに全魔法力を注ぎ込んだ。もう、魔法を使って戦うことはできない。
 しかし、ムーナは平然と笑っていた。もう戦う必要はないと確信していたからだ。
「おぉぉ!」
 ライザスが腕に力を込める。雷剛腕を使う気だ。
「ぉおお――。お? おぉあっぁあぁああ!?」
 途中から、気合いの声に疑問がかかり、後半は叫び声となった。
 それもそのはず、ライザスの肩から腰までが一文字に血を吹き出したのだ。出血の割には傷が浅そうなので死ぬことはないはずだが、ライザスが戦闘不能になるには充分なダメージだった。
 ライザスの腕から雷が消え、彼はその場に倒れ込んだ。気を失ったらしい。
「そこまで! 勝者、ウィ――」
 審判が勝負有りと判断して勝敗の宣告をしようとして、しかし中断する。
「ごっ、がはっ――ぁ!」
 激しい咳を繰り返し、ムーナが膝をついた。その様子が尋常でないため、審判は勝利宣言を中断し、見ていたイサたちの顔が引きつる。
「ムーナ!」
「姐御!」
 イサのリィダの声が聞こえる。

 大丈夫、大丈夫だよ――。

 自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いたが、その努力も虚しく、ムーナの咳は一層激しくなった。
「ぐっ!」
 吐血。
 ムーナは大量の血を吐いて、その場に倒れてしまった。
「……。両者ダウン! 中堅戦、勝者なし。引き分け!」
 ライザスとムーナの二人を戦闘不能と見なして、審判が引き分けを告げた。
 その声でさえ、今のムーナには聞こえていなかった――。

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