28.瞬間決着


「そなたの名前は?」
 審判がハーベストにしか聞こえない程度の声で聞いた。
「ハーベスト=カエイル」
 審判は頷き、そして高らかに告げる。
「先鋒戦。ベンガーナ、ゾウシーク=M=フエル。ウィード、ハーベスト=カエイル。両者、構え!」
 役者向きの、よく通る声だ。
 ゾウシークは既にローブを脱ぎ払っており、その全貌を現していた。姿を隠す意味はあったのだろうか。腰まで伸びた長髪、見た目はひ弱そうだが底知れない何かを感じる。
「――始め!」
 審判の合図とともに、両者の武器が召還された。ハーベストが冒険者であることは知っていたが、相手も同じようである。ハーベストは鋼の剣、ゾウシークは魔道の杖。
「魔法使いか?」
「……いいや」
 ハーベストの問いにゾウシークは首を横に振り、そのまま魔道の杖を足元につきさした。するとどうだろう、闘技台の上が一斉に輝き始めた。その輝きは、一定の形を保っている。
「詳しく言えば、結界魔道士だ」
 イサたちがここに来る前に、既に結界を作っていたのだろう。何かしら卑怯な手を使ってくるとは予想していたものの、まさか魔方陣の下準備をしているとは誰も思わなかった。

「――あれ、なんの魔方陣かな?」
 不安そうにイサが闘技台を見つめる。ハーベストは剣を使っているので、接近戦をするつもりなのだろう。しかし速めに勝負を決めないと、結界魔道士相手では厄介な事になりかねない。
「ん〜、あの形は……『マヌーサラッド』かな」
「……なにそれ?」
 ムーナの口から出た言葉にイサは首を傾げる。そんなもの、聞いた事がない。
「かなりマイナーな結界陣魔法でね。ほら、見てみな」
 言われて、闘技台のほうを見なおす。
「え!?」
 ゾウシークが、何人もいるのだ。軽く数えただけで、十二人はいる。
「幻惑魔法のマヌーサよりも高度でね。自分の『実体ある分身』を創り出すんだけど、代わりにこの結界を使っている間は他の魔法が使えない。それなりに接近戦ができないといけないんだよ」
 ゾウシークは既に杖から武器変換(ウェチェンジ)を行ない剣を持っている。その姿が様になっているので、もしかしたら剣を使ったほうが強いのかもしれない。
「マヌーサと違って、全員が実体だから影があるし気配もある。だけど本物じゃないから、やられても大丈夫。使い道を極めたら強いよ〜」
「ムーナ……。なんで楽しそうに言うの?」
「あれ? アタイ、楽しそうだった?」
 今でも口許が笑っているよ、と言いかけてやめた。
「勝てるかな?」
 本物を一人として、十一人の実体ある幻影と戦わなければいけないのだ。それに対して、ハーベストは一人だけ。数だけ見れば分が悪い。なにより、イサは彼が戦っている姿は見たことがないので、本当の実力は知らないのだ。
「心配することはありませんよ」
 とラグドが言う。
「そうそう! 心配すんな!」
 ラグドの言葉に便乗いしたのは、戦っている本人。ハーベストだ。
「ほほぉ。この魔法を前に、強がるか」
 ゾウシークが笑みを浮かべる。勝利を確信した笑みだ。十二人が一斉に喋っているので、なんだか恐い……。
「強がる? おい冗談だろ。こんなもんで、オレが負けるとでも思ってんのか?」
 鋼の剣の切っ先をゾウシークに向ける。
「クク、もちろん、お前の負けだ」
 十二人が一斉に動き出そうと予備動作を取った瞬間だった。

 バン!

 破裂音と共に、十一人が弾け飛んだ。幻影だった十一人のゾウシークは、やがて霧散して消えて行く。
「な、なんだ?!」
 慌てているのはゾウシーク本人。一人になったため、重唱がなくなり狼狽も滑稽にさえ感じてしまう。
「……イサ、見えたか?」
 冷静に見ていたカエンの問いに、少しだけ頷いた。まだ信じられないような気がしたのだ。
「凄い……。十一人を、一瞬で斬り飛ばした」
「まだまだだな」
「え?」
 カエンから理由を聞き出す前に、それは起きた。
「お、おぉおお!?」
 ゾウシークの肩から腹にかけて、多量の出血。
「ハーベストが斬ったのは、本物を含めた十二人だ」
 ずっと目を凝らしていたイサでも、十二人目は見えなかった。まだまだ、と言われたのはこのためだろう。
「カエイル流剣術、『千烈斬』。勝負有り、だな」
 今度は、ハーベストが不敵の笑みを浮かべていた。
「そこまで! 勝者ウィード、ハーベスト=カエイル!」
 おおぉぉ、と観客席から声が上がる。観客はどちらが勝っても良いようだ。勝負そのものに興味があるのだろう。
「――以前、エルフの森で魔物の襲撃があった時、そのほとんどを倒したのは彼だったのですよ」
 そういえばあの時はラグドがハーベストと共に戦っていたのだ。そのときに彼の実力を見ていたのだろう。確かに、心配するほどでもなかった。ハーベストは強い。
「もしウチらが出てたら負けてたっすよねぇ」
「ふん……。お前が勝手に混乱するだろうからな=v
 キラパンに言われた事に反論しないのは、確かにその通りだからだろう。ハーベストが一瞬で十二人を斬り飛ばしたらしいが、リィダはその動作さえ見えなかったし、ゾウシークが十二人に増えていたという時点で目が飛び出るほど驚いていたのだ。
「けっこう弱かったなー」
 闘技台から降りてきてからの、ハーベストの第一声である。一撃で決めたのだから、相手が強いと思えないのは、当然といえよう。結果だけ見ると、ゾウシークは確かにかなり弱い。
 そういえば、ベンガーナ王。彼は苦虫でも噛み潰したかのような表情で顔を真っ赤にしている。あっさりと勝負がついたものの、勝者がウィード側だったので面白くないのだろう。
「続いて、次鋒戦を始める」
 審判の声と同時に、相手が闘技台に上がった。水色ローブだ。
 ローブは姿を隠すためだけなのだろうか、彼もローブを脱ぎ払った。と同時に、美しいともいえるほどの青髪が流れるようになびく。
「綺麗な人……」
 無意識にイサが呟いた。
 イサの言うとおり、美形といえる男がそこに立っているのだ。年の頃はカエンと同じだろうか、青い髪、整った顔立ち、気丈な立ち振舞い。まるで名画でも見ているかのような人間だ。いや、名画ですらこのような人はいない。
「うはー。美形っすよ」
 リィダが興奮気味にキラパンの首を掴むが、キラパン本人は迷惑そうな顔をしている。
「……俺が行こう」
「カエン師匠?」
 そういえば美形なオジサマ(?)とも呼べる存在はこちらにもいたのだ。あの青髪とは違ってカエンは赤髪ではあるが、その整った顔立ちは美男に値する。
 カエンは何も答えずに闘技台に上がっていった。
「そなたの名前は?」
「……カエン」
 ハーベストの時と同様に、審判は頷いた。
「あれ?」
「どうしたの、リィダ」
「いや、こうして見ると、カエンさんとあの人……なんか似ている気がするんすよ」
「似ている? 美形同士だから?」
「そういうのじゃないっすけど……」
 なんだろうな、とリィダ自身が首を傾げた。
「雰囲気とかじゃな〜い?」
「あ、ホイミンさん。それ近いかもしれないっすよ」
 ホイミンの発言に、誰もが驚いた。言われて見れば、確かに雰囲気というものが似ているのだ。それでいて雰囲気ではなく、それに近いものが似ている。これがもしラグドやムーナ、ハーベストやリシアやヴァンドやキラパンが言ったならば(キラパンの言葉ははリィダ以外聞こえないが……)、普通に納得しただろう。これを言ったのは、あのホイミンである。
 この戦いにも気を向けず、絶えずフラフラと浮遊していたホイミンが唐突に、しかも答えに近いことを言い出したのだから、驚くなというほうが無理な話だ。
 それにしても、何が似ているというのだろう。雰囲気であれど、雰囲気にあらず。まるで二人が揃っていることが自然で当たり前のように感じるのは、不思議としか言いようがなかった。
「それでは次鋒戦!」
 審判の声に、はっと闘技台に意識を戻す。
 もしかしたら、カエンは相手のことを何か知っているのかもしれない。
「次鋒戦。ベンガーナ、ルイス。ウィード、カエン。両者、構え!」
 カエンとルイスが、同時に身構えた。
「――始め!」
 戦闘開始。

 ――ベンガーナ医務室は二つ存在した。
 一つは軍専用。一つは一般用。
 軍専用の医務室はベンガーナ、一般用はウィードに当てられていた。先鋒戦が終わり、ベンガーナに当てられた医務室へゾウシークが運ばれる。
 さすがに軍事国家と言われるだけあって、医務士の能力も高く、早々と応急処置が終わった。
 そこへ、ベンガーナ兵が入ってくる。
「ご苦労。すまないが、ゾウシークと大事な話があるため出ていってくれ」
 医務士は忠実に、ベンガーナ兵に言われた通り医務室を出て行く。
 それを見送ったベンガーナ兵は、負傷しているゾウシークを一瞥する。
「……ク、ククク」
 兵士としての威厳を保った顔から、笑みがこぼれる。それはやがて邪笑へと変わり、その兵士には牙が生え、爪が異様なほどに伸びた。そのどす黒い目は、人間ではなくなっている。
「ウマそうな人間ダ」
 その後、ゾウシークの行方を知る者は誰一人いない。

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