27.決闘開始


 軍事国家ベンガーナ。カエンが一度訪れたことがあるというので、キメラの翼を使ってイサ達はやってきた。
 ベンガーナは北大陸ノースゲイルの最南端に存在し、最北端に近いウィード(最北端はエルデルスなので、そのやや南東に位置する)とは逆の存在である。
 死と守りの嵐、デスバリアストームでウィードは魔王軍の攻撃を防いだ。
 ベンガーナは違う。その発達した軍事力によって魔王軍の攻撃を防いでいたのだ。
 ウィードが『守り』で国を安全にしたのに対して、ベンガーナは『攻め』で国に安泰をもたらした。軍備が充実しており、陸軍や海軍などがあるということも聞いた。それほどの軍事力を持つ国の精鋭と闘うのだから、イサたちが不安になったのも解らないでもない。
 だが、イサは勝つつもりでここにきた。公式な決闘試合とは言っているものの、これを口実にベンガーナが何からしらの企みがあることは分かり切っている。その危険を承知であえて勝負に挑むのだ。
「負けるわけにはいかない。でも……」
 イサは後ろを振り返る。振りかえれば、もちろん自分たちが歩いてきた道が見える。ウィードとは雰囲気が違い、物々しい――言ってしまえば物騒な――感じだ。その城下町の大通りを歩いているのだが、その歩みは遅い。
「――でも……そろそろ覚悟をきめてよ、リィダ!」
「……わ、わかって、わかっているっす……」
 緊張のせいか、ガチガチにリィダが固まっているのだ。そのため一歩を踏み出すだけで時間がかかり、これでは城につくころには日が暮れてしまう。
「だけど……やっぱり無茶っすよぉ。イサさんは強ぇし、姐御やラグドさんは団長だし、カエンさんはイサさんの師匠だし。ウチだけが一番弱いんすよ。国に影響が及ぶような試合に、ウチが出るなんて」
 リィダ目に涙がたまる。また泣き出したりしないだろうな、と少し不安になった。
「そりゃあ、リィダ自身の戦闘力には期待してないわよ」
「それはそれでひどいっすね……」
 とはいえ、召還できる武器が『初級』揃いの冒険者に戦闘力を期待することはできない。
「でも、キラパンがいるじゃない」
「なんか、ウチがおまけみたいなんすけど……」
 そうじゃないの? と言いかけてやめた。さすがにこれ以上リィダを傷つけたら泣きだしかねない。
「はぅ……誰でもいいから助けてほしいっすぅ……」
 もちろん、その願いを叶えられる人物はここにはいなかった。一人二役を演じるわけにもいかない。

 仕方なく、もう一度イサが宥めようとした時だった。

「なーんだ? すっかり弱きじゃねぇか。その試合ってやつにオレが出てやろうか!」
「え?」
 イサとリィダが慌てて声の主を探す。しかし他の五人――ラグドとムーナとホイミンとキラパンとカエンは、既にその人物を見ていた。赤い髪をぼさぼさに伸ばした、イサと同等くらいの身長の少年。
「は、ハーベスト!?」
 半年前ほどに、エルフの森で出会った狩人。伝説の狩人ベクチャイルマン=カエイルの子孫らしい少年の、ハーベスト=カエイルだ。
 そのハーベストの背後に、またもや驚く人物が二人立っていた。
「……ヴァンドと、リシアも!」
 一瞬名前が出てこなかったが、すぐに思い出した。ベクチャイルマンの遺言で、ハーベストの狩りの手伝いをしていたエルフの二人組である。
「久し――」
「久しぶりね!」
 ヴァンドが言いかけた言葉をリシアが遮るように言った。ヴァンドは面白くなさそうにそっぽを向いてしまったのだが、それはいいとしよう。
「どうし――」
「どうしてここにいるのか、って聞きたいの?」
 イサが言いかけたのをリシアが遮る。もしかして彼女、わざとやっているのだろうか。
 ともかくイサは頷いて答えを求める。
「ウィード王から呼ばれた助っ人、その二よ」
「『その二』?」
 言われた言葉が理解できず、イサは首を傾げる。
「あぁ、そうか」
 ぽん、と手を打ちながら言ったのはムーナである。
「アタイたちがウィードの外に行く前はリィダがいなかったから、ウィード王は戦えるのがアタイとイサとラグドの三人だけだと思っていたんだ。助っ人は二人必要になる」
「えぇその通りよ。本当はアタシとヴァンドどちらか、ってことだったけどね。エルフとして、さすがにそこまで関りたくないから、ハーベストを代わりに連れてきたわ」
 さも当然と言っているが、イサは不思議でたまらなかった。
「……ハーベストって、エルフを狩ろうとしてたのよね? なんで一緒に行動してるの?」
 ハーベストは一流の狩人を目指すために、ベクチャイルマンが成したことをやっていこうとしていた。まず最初に狙っていたのが、エルフのはずだ。それが仲良く――かどうかは知らないが、少なくとも狙っている様子はなかった。
「ん、ああ。オレの勘違いみたいだったからなぁ」
 悪気もないようにハーベストは笑って答えた。
「コイツがバカだったんだ。なんせ――」
「なんせ字もろくに知らないものだったからね」
 またリシアがヴァンドのセリフを遮る。もはやわざとにしか思えない。
「日記に書いてあった『エルフを狩った』って一文。あれ、『エルフを助けた』って書いてあったのよ」
 何故かリシアは楽しそうに言った。
「じゃあ、ハーベストってば勘違いでずっとエルフを追ってたの?」
「まぁ、そんなところだな」
 無駄にした時間を後悔はしていないようだが、聞いているほうが呆れてしまった。
「とにかく、よろしくな!」
 ハーベストは今回の戦いの隠された意味や目的など知らないのだろう。ただ己を鍛える場に来たといった感じだ。人数は既に揃っていたのでもう助っ人は要らないものの、リィダが戦意喪失のため、ここはハーベストに頼ったほうが得策だ。
「えぇ、よろしく」
 こうなったら何でも来いと覚悟を決めたのか、イサはややヤケ気味にハーベストの手を握った。


「ウィードの者よ。通してちょうだい」
 ベンガーナ城の城門前に立っていた警備兵にイサが代表して声をかける。その兵士はイサたち全員を一瞥したあと、何の敬意すらもなく――
「ついてこい」
 と言って先を歩き出した。無礼といえば無礼だが、何故か違和感というものがなかった。物騒な城下町のせいだろうか、これがこの国の自然に思えたのだ。
 ベンガーナ城は、やはりウィード城と違い、要塞のような城であった。丈夫で頑丈な造りはもちろんのこと、至る所に大砲や装備品など軍事に関るものが目に付いた。それでいてウィード城よりもなお大きい。北大陸――いや世界範囲で『最強の軍事国家』というのも頷ける。
 長い通路を通り抜け、やがて連れて来られた場所は大きな広間だった。いや、広間というものではない。ウィードにも騎士団などが使用する訓練場などがあるが、それに近く、なお広い。
 見れば見るほど闘技場のような、いや闘技場そのものだった。
「なに、ここ」
 中央に一辺50メートルほどの正方形型闘技台があり、その周囲にある観客席がほぼ満員で埋まっていた。そして、行なわれる闘技を見るに最も見晴らしの良いであろう場所には、恰幅のいい中年の男が偉そうに座っていた。
「よくぞ参られた、ウィードの闘士たちよ!」
 その中年男性が高らかに声を上げる。その声には威厳があり、同時にやや度が過ぎるほどの偉さを感じた――簡単に言えば生意気ということになるのだが――。豪奢な服を着込んでいるからだろうか、それともその威厳に見合う人物であるからであろうか。
「細かい公式の挨拶など、この際は省こうではないか。到着早々であろうが、早速にも試合を始めよう。我、ベンガーナ王クマティルカの名において、ここにウィードとベンガーナの公式決闘試合の開催を宣言する!」
 おぉぉ! と周囲の観客席から声があがる。見れば、荒くれ者や兵士が多いが、民間人も混じっているようだ。もしかしたら、この国は全体的に好戦的な性格なのだろうか。それにしても、あれがベンガーナ王だったとは。似合うというか、やはりというべきか。
「そんないきなり……」
 何故か勝負を急いでいるようだが、いくらなんでも早過ぎる。そのことの弁明を要求する余地は与えられなかった。
「それではルールを説明しよう。対戦方法は総当り戦。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人を各々で決めて、ウィード側とベンガーナ側で戦闘を行なってもらう。相手を殺してしまった場合は、その時の判断としよう。やむを得ない場合というのもあるのでな」
 にやり、とベンガーナ王が笑みを浮かべる。
 ベンガーナ側は、おそらくこちらを殺す気で襲いかかってくるだろう。ベンガーナ王の口振りや第一印象からして、殺人の罪や事実をもみ消すこともやってのけるはずだ。しかしイサたちは相手を殺すことなど考えていない。それでいて殺気のこもった相手をするには、やや分が悪い。
「我々ベンガーナはこの五人だ。そちらは何やらたくさんいるようだが、まぁじっくり選抜したまえ」
 ベンガーナ王の言葉で、五人のローブを纏った人間たちが姿を表わした。全員がローブで全身を覆っているので顔の区別はつかないが、服装は少しだけ見て取ることができた。何か意味があるのだろうか、それぞれローブの色が違う。
 赤色、水色、黄色、茶色、黒色。
 黒色以外が薄い色彩をしているため、黒のローブが一番目立った。それに、その黒ローブが他の四人を従えるかのように、もしくは他の四人に守られているかのように立っているので、これまた目立ってしまう。
「あの黒ローブが大将だろうな」
 カエンが腕組みをしたまま興味なさげに呟く。無礼なベンガーナに怒っているのだろうか。
 強引なベンガーナのやり方に、不自然なものがあるのはイサにも分かっている。
 だが、それが何故かという理由までは分からないのだ。
「イサ、お前が大将をやれ」
「はい……。……はい?」
 ベンガーナの思惑がなんであるかということに意識を集中させていたため機械的に返事をしたが、その言葉の意味を理解してイサは聞き返す。
「私がですか?」
「そうだ。お前はウィードの代表者で、『風雨凛翔』のリーダー。……俺は助っ人だからな」
 それはそうですけど、と言ってイサは口をもごもごと動かす。カエンが一番強いのだから彼が大将をやってくれたら、と心の奥底では思っていたのだ。それが見透かされたかのように言われたので、イサは思わず目を逸らしてしまった。
「イサさん……」
 リィダが情けないほど泣きそうな声でイサを呼んだ。
「あの黒ローブ、気をつけてください。何か、嫌な感じがするっす」
「気をつけろ……って、どう気をつければいいのよ」
「……さあ?」
 がくり、とイサの肩が落ちる。期待していないわけではなかったが、リィダにそこまで追求した自分が悪かったかな、とすぐに気を取りなおす。
「それでは、最初は誰がでますかな?」
 手始めに自分が、とでも言いたげにラグドがずいと前に出る。
「俺だぁぁぁ!」
 声が、妙な所から聞こえた。イサたちのいた入り口付近ではない、もっと違う場所。その声はハーベストであるのだが、彼が立っているのは既に闘技台の上だった。
「ちょっと、勝手に!」
 とはいえもう遅い。相手も既に闘技台に上っていた。赤色ローブの相手だ。
「……もう、仕方ないわね」
 あれこれ悩んでいては仕方がない。とにかく、今やるべきことはこの試合に勝って、相手の策略を見極めることだ。唐突すぎるこの開始にも、何かしらの意味があるのだろう。
「宜しい。それでは判定人よ」
 ハーベストと赤ローブのほかに、もう一人闘技台にあがった。審判、ということだろう。戦闘不能になれば、勝負有りの判定をしてくれると信じるしかないが、彼の宣言がない限りは戦いが続き、やがては死に至るかもしれない。それさえもベンガーナの思惑ではないかと疑ってしまう。どこまで信用し、どこまで疑って良いのか……。
「……今は目の前のことだけを考えていろ。お前は、考えることには向いていない」
「でも……」
 師匠であるカエンに言われて、イサは言いかけた口を閉ざす。確かに、考えるよりは体を動かすほうが得意ではあるが、今回は国に関るようなことなのだ。そう簡単に迷いを消すことなどできない。
「奴らはベンガーナが勝つことを前提と考えているようだ。俺たちが勝てば、そう悩むような問題にはならない」
「そう、ですか……?」
「……たぶんな」
 ここはカエンを信じよう、とイサは闘技台に意識を集中させる。まずは、勝つことだ。考えたりなんたりするのは、それからでいい。
 ちょうど、相手がローブを脱ぎ払い、その姿を現していた――。

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