25.謎謎迷宮ダンジョン
「延期ぃ? なんで!」
イサはそのまま掴みかかって投げ飛ばしそうな勢いで迫った。
「そ、そうは言われましても……」
「イサ様、おやめください」
イサの背中を、猫でも掴むかのように持ち上げて引き離す。
「しかし、どういうことです?」
イサのように乱暴に聞かれなかったため、その男は冷静さを取り戻して口を開いた。
「毎年用意している優勝賞金はあるのですが、賞品がないのです。毎年やっているので、そう珍しいアイテムは簡単に手に入らなくなっているのですよ」
執拗に流れる汗を幾度も拭って男は答える。この男、バテル=バーテルという名前でバーテルタウン町長なのだ。また、名高き『英雄四戦士』のうち『剣神』ディングの父親でもある。しかし息子とは違って、どこにでもいそうな好々爺だ。
「とあるダンジョンに秘宝が眠っているというので、幾人かの冒険者を雇い、それを取って来てもらおうとしたのですが、皆さん失敗するばかりで……」
人選が悪いのよ、と言いかけてイサはやめた。さすがに失礼な発言は、怒りが我が身を支配しているとしても喋らない、というのが最低限の礼儀だろう。それに、バーテルタウン町長とこうも簡単に面会できるのはラグドが幾度かここに訪れているためであり、相手も名高き『風を守りし大地の騎士団』の騎士団長が来れば箔がつくというものらしい。
「ふむ、でしたらそのダンジョン攻略を我々にお任せしてみませんか?」
いつもならイサが言ってしまいそうな言葉を、ラグドは平然と提案した。それにはイサが驚いたくらいだ。
「おぉ、でしたら地図を用意させます。どうかよろしくお願いしますぞ」
その地図によると、ダンジョンはバーテルタウン近郊にあるものだった。
これなら一日くらいで攻略できそうなものである。
「何でも、失敗した人達は『不思議すぎてやっいてられない』と言っていましたが……」
バテル町長の言葉は、何らかの重みがあったように思えた。
「それで、引き受けちまったのかい」
「私じゃないわ。ラグドが、よ」
話を聞いたムーナがイサをからかうように突つくが、すぐさまこのような提案をしたのは自分ではないことを主張する。
「言い出さなかったら、イサ様が言っていたでしょうに」
「まあね」
確かにラグドが言わなければ、イサは自分でそのダンジョンを攻略すると言い出していただろう。
「不思議なダンジョンっておもしろそうだねぇ〜♪」
「どんなふうに『不思議』なんすかねぇ?」
バテル町長の言葉から連想したものは、不思議なダンジョンであった。とにかく不思議で、詳しい解明がされていない未知の迷宮。ホイミンはそれを迷路か何かのように期待し、リィダもその不思議さに興味を惹かれているようだ。
「……ここね」
歩き続け、ようやく辿りついた場所は、見た目は普通の洞窟だった。入ったら何か違うのだろうか。
「それじゃあ、『風雨凛翔』行くわよ!」
「お〜!」
イサの呼びかけに、全員が応えた。
暗い通路、静か過ぎる空洞。
「何か、出そうっすねぇ」
キラパンに寄り添って歩く姿は、まるでお化け屋敷に怯えているような状態だった。キラパンのほうは……あ、迷惑そうな顔している。
「何か、って何さ?」
「解らないから『何か』なんす」
なるほどね、とムーナが言った。聞くんじゃなかったよ、とも言っていたが、イサは絶えず前を向いて歩いていたために完全に聞き取ることはできなかった。リィダの言う通り、いきなり目の前から何か――魔物でも飛び出して来そうな気がしたのだ。
――カチ。
「今の音、何?」
甲高い音とが急に聞こえてきたため、イサの肩は一度ビクリと震えた。すぐさま後ろを振り返り、事を確認する。
ラグドが解りません、と首を振る。
ムーナも解らないよ、と首を傾げる。
ホイミンがどしたの、と首をまわす(首というか身体だが)。
リィダがいない。
キラパンがいない……。
「……。リィダとキラパンは!?」
つい先ほどまで共に行動していたはずなのだが、二人の姿が忽然と消えていた。
足元には、二人の代わりに、謎の機械――ワープ装置の罠が姿を見せていた。
「あ、あれれ? 姐御は? イサさんは? ラグドさんは? ホイミンさんは? キラパンは何処っすかぁぁ〜!」
「俺はここだ=v
混乱していて真横にいるのにも気付かなかったリィダへ、キラパンが自分の身体を寄せる。その毛並みに触れて、やっとリィダはキラパンがいることを自覚した。
「『ワープの罠』を踏んだな。運のねぇやつだ=v
「そ、それは解りきっていることっすよ」
今さら不幸だ不運だと言われても、自分で思っていることだ。しつこく言われたくない。
「とにかく、姐御たちと合流しないと……」
「お前は迂闊に動くな。また罠に――=v
カチ。
ドン! と大きな音を立てて、どこからか大石が降ってきた。その真下にいたリィダは、まともにぶつかる。
「いったぁぁ!」
普通は痛いだけでは済まされないだろうが、恵まれた石頭(?)のおかげか少々のダメージ。それでも頭がぐらつき、よろける。そのよろけた先で、またカチリと音が一つ。
シュン。と風を切るような音と共に、鉄製の矢がリィダを襲った。それは何とか避けたが、避けた先の足を置いた場所でまたカチリ。
「わわわわわわ!」
床が回転したのだ。瞬間的な激しい回転は、リィダから平行感覚を奪う。つまり混乱状態。
「動くな! 混乱が止まるまで動くんじゃねぇ!=v
キラパンの声に従おうとしたが、目を回したままそう簡単に停止などできず、数歩よろける。またカチリ。
ぶしゃ、っと泥がその足元から飛び出してきた。ただの悪戯のような罠だと思ったが、リィダは混乱が解けた途端に思い出すものがあった。
「あぁ! おやつのパンが腐ってるっす!?」
こっそり持っていたおやつ――非常食のパンは食べられそうにないほどに泥の影響を受けていた。
「ったく、動くんじゃねぇって言ってるだろが=v
「ごめんっすよぉ」
と言いながら、リィダはキラパンの隣に戻ろうとする。
「だから、動くんじゃねぇって――!=v
遅い。カチリ。
「わ、わわわ!」
リィダとキラパンの周囲に、魔物の群が唐突に現れた。
「『モンスター召喚』の罠だなチクショウ=v
「ど、どうしよぉ……」
泣き喚きたい衝動を抑えて、できることを探す。とりあえず、魔物を倒すためには武器だ。皮の鞭を召還しようと、精神を集中させる。まだ駆け出しなので、下手に精神集中が失敗すれば最も弱いヒノキの棒でも出てくる可能性すらある。
「……あれ?」
武器を召還しようとして、止める。魔物たちが動かないのだ。
「もしかして、戦わないでいいんすかね」
しかし不安なので、武器を召還した。皮の鞭が出てくる。
その途端に、魔物たちの目に殺気が宿った。
「ふぇぇ!?」
動かなかった魔物の群が一斉に動いたのだ。
あらゆる方向から飛んでくる攻撃を、リィダはその全てを躱した。今までの不幸に比べたら、こんな攻撃を避けるくらいはなんとかなるらしい。
「こっちが動けば相手が動く、ってか=v
「は、はは。さすがは『不思議なダンジョン』……不思議っすね」
八方向全ての攻撃を避け、ぜぇぜぇと息を切らしながらようやく不思議の意味を理解する。これでは、並の冒険者たちが失敗するわけだ。今までとは勝手が違う、違いすぎるのだ。戸惑って失敗するだろう。
「リィダ! 俺に命令しろ=v
キラパンが嬉しそうに言う。好戦的な彼は、戦いの場があるのは歓喜に値するらしい。
「命令? え〜と、『ガンバレ』?」
「違う!=v
不服そうな否定。
「元来、魔物使いは魔物の能力を向上させるために『言葉』を使った。故に魔物使いの魔物は、マスターの言葉を『言霊』として、その身以上の力を発揮する。お前はまだレベルが低いが、基本的な命令――『言霊』くらいは使えるだろ。その基本とは、攻め続ける『ガンガン』、臨機応変の『いろいろ』、その身を優先する『命を大事』、全てマスターが指示する『命令させよ』の四つ! それで今の状況に相応しいのは……!=v
キラパンの短い口授が終わり、リィダは頷く。いくら何でも、やるべきことはわかっているのだ。そういえば魔物たちはやはりこの動いていない。こちらが何か行動しないと、相手も行動しないのだろう。不思議だ。
「行くっすよ」
この状況に唱えるべき『言霊』。それは、徹底的に魔物たちを打ち負かすことだ。
「キラパン、『ガンガン行く』っす!」
「おぉぉ!=v
雄叫びを上げながら、キラパンは目にも止まらぬ高速移動で魔物を蹴散らした。たった一瞬で、まずはリィダの周囲にいた魔物たち八体を沈黙させる。
こちらが行動を起こした事で、他の魔物が動き始めた。中には青肌の小龍、ドラゴンニュートがおり、氷の息を吹きかける。反射的に、リィダは毛皮の外套マントで防御。武器仙人特製のそれは、本当に氷の息を身に受けたのかと疑うほどに息攻撃を完全に遮断した。
他の魔物が動いて、こちらに近寄ろうとする。しかし、それが行動の一回としてカウントされたのか、すぐさま動きを止めてしまい、それはキラパンにとって恰好の的である状態であった。
「これで終わりだ!=v
またもや、瞬間的に八体ほどを蹴散らし、罠で召喚された魔物全てを倒してしまった。
「いやぁ、やっぱりキラパンは強いっすねぇ」
「ふん。当たり前だ=v
もとはと言えば、リィダが悪いのだが、お互いにそのことをすっかり忘れている。
「それじゃ、姐御たちと合流しに行くっすよ!」
リィダが元気よく歩き出したのを見て、キラパンは一つ思い出した。
「だ、だからお前は動くんじゃねぇって――=v
カチリ。
今度は睡眠ガスが吹き出て、二人は深い眠りへと落ちてしまった……。
「リィダ! ねぇ、リィダってば」
イサが揺さぶるが、彼女とその隣で眠っているキラーパンサーのキラパンは起きる気配を微塵にも見せない。
「……『返事がない。ただの屍のようだ』ぁ〜♪」
「アホなこというんじゃないよ!」
バシリ、とムーナの平手がホイミンの頭を叩く。ホイミンに12のダメージ……。
「冗談言ってないで、ホイミン、『光の波動』使ってよ。ザメハの効果もあるから、きっと目が覚めるわ」
「うん、わかったぁ」
ムーナから受けた打撃など、三歩ほど歩いたら――彼は浮いているが――忘れたかのように、能天気にふわふわといつもの調子だ。触手が黄金色に光り、その光は波動となってリィダとキラパンの全身を駆け巡った。
「う、んん〜」
すぐさま効果が現れたのか、多少うめきながらリィダが目を覚ます。
「あれぇ、イサさん、ホイミンさん……。それに、姐御とラグドさんも……」
まだ寝ぼけているのか、目に入った人物を数えて行く。
「いい加減に目を覚ませ=v
キラパンの声で、やっとすっきりしたのかリィダは立ち上がって改めて驚く。
「うわ! みなさん、どこにいたんすか?!」
「あなたが勝手にどっかに行ってしまったんでしょ」
ともかく無事のようだ。イサたちが最初に彼女を見つけた時は、もしかしたら魔物にやられたのではないかと心配したものだ。それなのに、グースカいびきをかきながら二人して眠っていたものだったから、安心と呆れが同時に押寄せた。
「って、イサさんの手に持っているやつ、それなんすか?」
イサの手には、直径十センチメートルくらいの石が存在していた。見慣れないもので、神秘的とも言える青白い光を常に保っているようだ。
「この洞窟の奥で見つけたのよ。厳重な宝箱に入っていたから、秘宝ってこれのことだと思うの」
リィダとキラパンが罠に苦戦(?)している間に、イサ達はとりあえず先へと進んだ。リィダと同じように魔物の動きに戸惑ったりしたものの、その辺りは屈強な戦士たち、見事に迷宮を潜り抜けて、最深部であろう場所に辿り着いたとき、一つの宝箱を見つけた。普通なら開けられそうにないくらいな封印が施されていたが、ムーナの持つ新たな武具『魔龍の晶杖』のおかげで彼女の魔力が増幅し、その状態からの解錠呪文アバカムで封印は解けた。
そうやって手に入れた物が、イサの手にある何かの宝珠だったのだ。
「その宝箱に、何かの文字が書いてあったけど、アタイにゃ全部読めなかったんだ。あの文字はアタイの研究外だったからね。『――の宝珠』ってのしか読み取れなかった」
博識を自負すべき魔術師として、ムーナはそのことを悔しがった。研究していない文字でも少しは読めたのだから良いかもしれないが、その中途半端こそ彼女が最も嫌悪することであったらしい。
「なんか、綺麗っすねぇ。真の聖なる光、っていうのはこういうものなんすかねぇ」
ほぅ、とその宝珠を見ながらリィダが感嘆の吐息を漏らす。見ているだけでヒーリング効果でもあるのか、極楽を体験したような顔だ。
「真の聖なる光、ねぇ。決めた、これ『真聖の宝珠』よ!」
「イサ様、勝手に命名するのはどうかと思いますが……」
秘宝に名前をつけるなどという大胆さに、ラグドが口を挟む。
「秘宝っていうくらいなんだから誰も知らないはずよ。それに呼ぶ名前がなきゃ不便なんだし、それに私が優勝してこれを頂いちゃえば何の問題もないわ」
否定する場所が見つからず、ラグドは渋々と黙ってしまった。
何にせよ、これでソルディング大会は開始できるのだ。
ムーナの脱出呪文リレミトで、『風雨凛翔』はその洞窟から立ち去った。
バテルの屋敷へと戻り、今度は『風雨凛翔』全員が彼の部屋へと通された。
「あれ? あなた達は……!」
部屋へ入るなり、イサは目を丸くした。
そこには、『風を守りし大地の騎士団』の騎士団兵士と、魔道団兵士、そしてウィード王の近衛兵が一人ずつ立っていたのだ。それも、尋常ならぬ面持ちで。
「おぉ、イサ殿。秘宝を取ってこられたのですな」
イサが驚いているのを気にも止めず、バテルは彼女の持っている宝珠に目を見やった。
「え、えぇ。『真聖の宝珠』よ」
「よかった、これでソルディング大会が開始できます。あぁ、ところで皆さん方を訊ねてきたらしいのですが……」
それはそうだろう。用もないのに、こんな事態になるとは思えない。
「どうか、したの?」
騎士団兵士がラグドの前に、魔道団魔道士がムーナの前に、近衛兵がイサの前に立った。
「ラグド団長」
「ムーナ団長」
「イサ様」
それぞれが、一斉に口を開く。呼び掛けた相手はそれぞれ違ったが、内容は同じであった。
「「「すぐに、ウィード城へ帰還してください」」」
その、ただならぬ様子に、いくらイサでさえ逆らうことはできなかった。ソルディング大会に出たい。しかし、そんなことをしている場合ではない、と何かがイサに訴えかけているのだ。他の二人も同様らしい。
だからイサは、反論も何もなく、急いでウィードへ帰還することを決めたのだった――。
――闇。
「……一つ目の封印が解かれたか。まさかあの迷宮の奥底にあったとはな、探しても見つからぬわけよ=v
闇の中で、それは独り言のように呟いた。しかし誰かに囁くようでもあった。
「だが、表舞台に出てきたならば、手中に収めねばならぬな=v
闇の中で、その言葉に反応したかのように、一体の魔物が跪いた。
「結界魔法使キガムよ。汝に『極聖の宝珠』奪取の任を授ける=v
「ははっ」
「人間たちの趣向に合わせるのもまた一興。汝は人間と偽り大会にて、勝利を収めてこい。負けは許さん=v
「ははぁっ」
ふっと、キガムと呼ばれた魔物は姿を消した。
残るのは――闇。
かくて、次なる説話へと続く……。
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