24.複製龍具


「ふ、はーはっはっはっはっは!」
 酒場のような小屋の一室の中に、老人の笑い声が響いた。
「もう! 笑い事じゃないですよぉ」
 話を聞いた武器仙人がここまで笑うとは思っていなかったので、イサは少々ふくれているようだ。
「いや、ふはは、すまぬな。儂の弟子の、くくく、ファイマが、くはは、そんなこと、ふは、しでかしたとはなぁ! ふはーはっはっは!」
 謝っておきながらまた爆笑。イサはこの老人に拳の一発でもいれてやろうかと、半ば本気で思ってしまった。

 ファイマとの手合わせ後、やっとのことで武器仙人が住まう小屋へと辿りついたイサたち。そこで武器仙人に案内され、風の爪が壊れた理由を語った途端にこれだった。
「ほれ、ちょいと見せてもらおうかの」
 イサは折れてしまった風の爪を武器仙人に渡した。
 見事なまでにぽっきりと折れてしまっているため、修復は不可能ではないのだろうか。
「……こいつは、なるほどのぉ」
「一人で納得しないでください」
 まだ大笑いされたことを根に持っているのか、イサは睨みながら言った。
「ふむ。イサ、お主は最近になって強い力を行使したか? 言うなれば、自身でも制御できぬような強力な技か何か」
 武器仙人の言葉に、思い当たるものはあった。ラグドやムーナも、思い当たるのは一つのみ。
「……『風死龍(かざしりゅう)』」
 カエンとの勝負時に修得した武闘神風流『攻』の秘奥義、『風死龍』。一度目は成功、二度目は失敗したが、それでも負担になったのは確かだ。ちなみにリィダとキラパンはその場にいなかったから知らないので首を傾げるだけだった。ホイミンは覚えているのかどうかが怪しい。
「なるほどな。その風死龍って技の負担に、こいつが堪え切れんかったのじゃろう。それから更にファイマとの戦い。折れるわけじゃよ」
 もともとこの風の爪は、イサの実力に見合う程度に作られたものらしい。それは一年以上も前のことで、イサはその間に幾つもの戦いをくぐり抜けてきた。そういえば、ラグドとの戦いも負担の一つになったのだろうか。
「ふむ。まぁ、ちょうど良い頃合じゃったのぉ。お主らを呼び寄せたのは、新たな武器を託そうと思ったからでな」
「え?」
 武器仙人が部屋の奥へ消えたかと思うと、すぐにそれらを持って戻って来た。
 一つは、やや不自然な窪みが中心にある、風を表わすような紋様が刻まれている爪。
 一つは、大地を表わす紋様が刻まれ、ラグドのグラウンド・スピアよりも大きい槍。
 一つは、魔術的なものと思われる紋様が刻まれ、美麗な水晶がはめ込まれている杖。
「これは……」
 その武具から感じられる威圧感に圧されたのか、継ぎの句が出てこなかった。
「こっちが『飛龍の風爪(かざづめ)』。こっちが『地龍の大槍』じゃ」
 ただでさえ驚いていたイサたちに、さらなる追い討ちがかかる。
「飛龍に、地龍? まさか……『龍具』!?」
 伝説の武具、『龍具』。龍の力を宿し、その強さは最強。レア度も最高。この世に二つしか存在せず、龍具の持ち主は絶大なる力を得ることができる。大きな歴史の変動には必ず出現しているとも言われているし、龍具を手にした事により、しがない冒険者が一国の王になったという説話さえ存在している。また、龍具は人から人に引き継がれ、以前の持ち主は龍具の力を手放すことにより死に至るという。龍具の持ち主は人に後継者が現れた時点で死の運命向うが、逆にいえば後継者が現れるまで死ぬことが出来ない……等々あらゆる伝説が残されている。
 そして龍具の以前の持ち主は、世界を救った『英雄四戦士』のうち二人。目の前の武器仙人が『神龍剣』を、『剣神』と名高いディング=バーテルが『炎龍剣』を持ち合わせていた。
「ってことは、龍具の持ち主の武器仙人さんとディングさんが死んじゃうの?」
 新しい武器は嬉しいことだが、そのために誰かが死ぬということは絶対に嫌だ。
「安心せい。紹介が遅れたが、こっちが――」
 淡い光を保っている水晶がはめ込まれた杖を武器仙人が持ち上げた。
「こいつが『魔龍の晶杖(しょうじょう)』じゃよ」
 にかっと武器仙人が意地悪そうに笑う。
「魔龍ってことは、これも『龍具』?」
「……あれ? でも龍具って二つしか存在しないもんだよね……」
 第三の龍具登場に、イサやムーナだけではなく、他の者も首を傾げた。
「ふははは。儂が丹精こめて作った複製……レプリカじゃよ。しかしレプリカと言っても、本物の龍具に近い力を秘めておるわい」
 得意げに笑う老人に対して、イサ達は唖然としてしまった。いくら複製品とはいえ、これらの武器から感じられる力は並ならぬものだ。伝説級の武具を遥かに超えている。
「イサ、ラグド、ムーナよ。お主らに、この武器を託そうではないか」
「あ、ありがとう!」
 イサはつい先ほど武器が壊れてしまったため、すぐさま飛龍の風爪を装着した。風の爪よりもしっくりと手に馴染む感があり、しかもこの装備なら風死龍にも堪えられそうだ。
「んふぅ。アタイにもあるとは思わなかったけど、ありがたくもらっとくよ」
 使っていた魔道師の杖を置いて、魔龍の晶杖を手に持ってみる。魔道師の杖は持ち主の魔力を向上させてくれる力があったが、これはそれ以上だ。刻まれた紋様があらゆる効果を発揮しているのだろう、身体が軽い。
「しかし何故、我々にこのような武器を……」
 ラグドは地龍の大槍を持ち上げながら、当然とも言える質問を口にした。
「ふぅむ……。強いて言うならば、運命の意志じゃろうか……」
「運命の、意志……?」
 いぶかしんで聞き返したが、武器仙人はすぐさま首を振って、この話題は終わりとでもいうかのように立ちあがった。
「そいじゃ、冒険者のラグドには特別な処置を施さねばな」
「お願いします」
「うむ」
 答えを聞けなかったイサはややむくれたが、武器仙人はそれを無視。他の人間も気になっているのは確かなのだが、老人の意志を尊重してか深く追求しようとはしていない様子だ。
「そいじゃ、始めるぞい」
 武器仙人が地龍の大槍を立てて、その目の前にラグドが立つ。
 低い、呪文のようなものをもごもごと唱えて行くと、槍の形が少しずつ薄れ出した。やがてそれは光になり、その光は冒険者が武具を召還するときに溢れる光と同じようなものへと変わった。そして、光がラグドの周囲を走ったかと思うと、すぐに儚く消えた。
「継承完了じゃ。これでお主は地龍の大槍を召還できる。後はお主が精進して地龍の大槍を使いこなせばならぬぞ」
「ありがたき幸せ。この御恩、生涯忘れませぬぞ」
 ラグドが礼を言うのを眺めながら、ムーナは賛美の印に軽い口笛を吹いた。
「へぇ、いつ見ても凄いね。武器仙人の秘術、武具の継承!」
 本来、冒険者というのは精神力を向上して新たな武具を自分自身の手で掴み取るものだ。だが、武器仙人は他人の精神力に武具を送り込むことができる。どうやってそれを可能にしているのかは全く持って不明。しかしそのことで冒険者も彼が作った武具を扱えるようになるのだ。
「ホイミンは、武器はいらぬのじゃろう?」
「うん! 使えないよ♪」
 妙な所を元気に主張するホイミン。しかし彼の回復魔法で助かっているのは事実で、防具の一つでもあったほうが良いとおもうのだが、その運の高さからなのか敵の的になることも滅多にない。
「よぉし、これで全員じゃな。……む?」
 用件は済んだ、といった顔だった武器仙人の視界に、一つ不可解なものが飛び込んできた。
「…………」
 その視線の先には、一人の女性が苦笑いを浮かべて立っている。
「誰じゃ? こやつは」
 最初からいたのに気付かなかったのだろうか。存在まで認められないとは、これも不幸の一つというわけだろうか。
「う、ウチはリィダっす」
 『英雄四戦士』の武器仙人相手にどう対応していいのか解らず、リィダはそれっきり黙ってしまった。
「私たちの新しい仲間よ。もの凄い不幸なの」
 イサはリィダの事をかいつまんで話した。
 不幸な人生や、なんやかやでついて来ることになったこと。狩人の職業に転職したつもりが、『手続の間違いという不幸』のおかげ(?)で魔物狩人(モンスターハンター)という上級職に就いていること。
 だいたいを話すと、武器仙人はまたも大笑いをしてそこらを転げ回った――とは些かオーバーだが、それをしてもおかしくないほど笑っていたのだ。自分のことで笑われていると解っていても、相手が相手なのでリィダも怒るような姿は見せなかった。
「よしゃよしゃ。そうじゃのぉ、一つだけ良いもんをやろう」
 武器仙人がまたもや部屋の奥へ入り、戻って来た頃には一つの毛皮が手にあった。
「それ、毛皮の外套(マント)っすか? もう持ってるっすよ」
 毛皮の外套は暖かく、雪山を登る時に全員が装備している。なのでこれ以上、数を増やしても売るしかない。
「特別製じゃよ。吹雪や、氷属性の魔法を完全に遮断するようにできておるわい」
 見れば小さく武器仙人が作った証の紋章が縫い込まれている。ただの毛皮の外套では吹雪を軽減できるものの、これは完全に遮断できるとのこと。これがあれば雪山でも安心だ。
「へぇ、凄いっすねぇ。でも一つだけっすね、誰がもらうんすか?」
 リィダが他の四人を見回す。その時に、イサもラグドもムーナもホイミンでさえも、リィダを見ていた。
「…………え〜と」
 気がつけば、武器仙人でさえリィダを呆れた顔で見ていた。
「もしかして、ウチっすか?」
「……お主しかおらぬじゃろうが」
 天然なのかボケなのか、まぁ天然だろうなと思いながら武器仙人は毛皮の外套を手渡す。さっそく着替えると、なるほど普通の毛皮の外套よりも暖かいし、それでいて軽い。
「ありがとうございます」
「よかったねぇ」
 これで彼女の不幸指数――なんてものがあるかどうかは知らないが――も少しは下がっただろう。
「あ、それより私の『飛龍の風爪』。この窪み、何なの?」
 イサが装備している飛龍の風爪。両手にはめているそれは、両方とも不自然とも思える窪みが存在していた。まるで何かがはめ込まれた跡のようでもあるし、今から何ががはめられそうなものだった。それに、『龍具』のほとんどには宝玉が埋め込まれていると聞いたことがある。魔龍の晶杖はもちろん、地龍の大槍にもそれは見受けられたが、この飛龍の風爪にはそれがないのだ。
「ふむ。そのことなんじゃが、それはイサよ、お主自身が探すのじゃ」
「私が、探す?」
「探求せよ。それは『風磊(ふうせき)』が入るようになっておる」
風磊(ふうせき)……?」
 聞いた事の無いものの名前に、イサは首を傾げた。それはラグドやムーナも同じである。
「まぁ詳しいことはスタンレイスにでも聞けや」
「お父様に?」
 意外なところで父親の名前が出たのでイサは驚いた。そういえば、武器仙人とウィード王との間柄は親しいのだった。
「んじゃあ、まずは城に帰る?」
 事の真相はウィード王が知っているようなのだ。帰って聞くこともできるし、しかしわざわざエルデルス山脈まで来て、新しい装備まで貰っているのだ。この武器の力を試さずに帰るというのも勿体無い話だ。
「せっかくここまで来て、もう帰るの? 私は嫌よ」
 結論。まだまだ冒険したい。
「そうは言ってもですね……」
「まぁ待ちな」
 ラグドが言い掛けたのを、武器仙人が止めた。
「エルデルス山脈ふもとにある港町アショロ。そこから西大陸に渡れ。一週間くらいで、バーテルタウンに着くわい」
 バーテルタウンといえば、『英雄四戦士』の勇者ロベルと剣神ディングの生まれ故郷だ。
「冒険者の大会、ソルディング大会が行なわる時期にそろそろなるからのぉ。行って、勝って来い!」
 途端に、イサが目を輝かせた。『英雄四戦士』の勇者ロベルと剣神ディングが、幾度も出場した由緒ある冒険者たちの戦い。魔物殺(モンスターバスター)の参加も認められているので、イサも参加できるのだ。それに新しい武器の威力を試すこともできる。
「行く! 絶対に行くわ!」
 渋るラグドを無理にでも納得させる勢いでイサははしゃいだ。その様子を見て、ムーナがからかうような笑みをラグドに向ける。
「こうなっちゃ、イサは言うこと聞かないよ?」
 ラグドはふぅと溜め息をついて、それから諦めるように言った。
「……解っている。イサ様の指示に従うさ」
 とはいえ、ラグドも心のどこかでソルディング大会を楽しみにしている。自分の力量がどれだけ世界に通用するのか気になるし、新しい武器に早く馴染まなければならない。そうした理由で彼もこっそり期待しているのだった。
「冒険者の大会っすか。あれって、一対一なんすよね。ウチは、キラパンがいないなら出られないっすからねぇ」
 ソルディング大会のルールに一対一というのを聞いたことがあるリィダは、ただの観客の一人になってしまうことが目に浮かぶ。戦いたい、というわけではないが、キラパンがやや好戦的なので、ちょうど良い運動になるかな程度に思っていたのだ。
「とにかく決まり! 今からすぐに向うわ。西大陸ウエイスの、バーテルタウン!」
 一泊ぐらいしていけ、という武器仙人の言葉を断って、イサたちは雪山を降りる準備を始めた。のんびり外で待機していたキラパンがその騒々しさに呆れていたが、リィダにぴったりと付き添って歩く辺り、文句を言いそうには無いようだ。とはいえ、彼が文句を言ってもイサたちには聞こえないが。

 雪山を降りる間には魔物と遭遇することもなく、またファイマのように勝負を挑んでくる人もいなかった。故に、すぐに港町アショロに到着し、手続を済ませ、さっそく船に乗り込んだ。
 乗りなれていないイサとムーナ、そしてリィダまでもが船酔いをし気休めに何度もホイミンが回復魔法を使うことになったり、ホイミスライムのホイミンならともかく、キラーパンサーのキラパンが乗っていることはさすがに他の人が不安になっていたので何度も説明したりもした。
 一週間という船旅は、たった数行で終わってしまった。
 バーテルタウンに、到着したのだ。

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