23.魔法戦士



 カーーン。
 カーーン。
 ジュウウ。
 カーーン。
 カーーン。
 がちカチ。
 …………。
 …………。

「できた」
 その若者は汗を拭うと、あまりの歓喜さに顔をほころばせた。
 魔法的な力が宿っているのは一目瞭然。それでいて、見るもの全てを魅了してしまいそうな輝き。精霊の力を練り込み、精霊の加護を受けた鎧。防具作りの生涯にとって、今はこれが最高の傑作になることであろう。
「サイズもぴったりじゃな」
 防具作りの疲れよりも、まずは試着してみる。疲れが一気に吹き飛ぶ気さえしてきた。
「鎧はできた。次は、剣じゃな。それにはまず、己の心を鍛えねばならぬ」
 この若者は冒険者だ。武器をそのまま装備する魔物殺とは違い、自分の精神力から武器を召還することができる。だから、ただ強い剣を作るというのではなく、己の心を強めなければならない。この若者の師匠、武器仙人は『龍具』の使い手であった。その弟子として相応しい武器を持つために、若者は決心した。
「師匠、ワシは旅に出ます」
 できたばかりの鎧を身に着けたまま、師に旅にでることを伝える。
 肝心の師匠は、
「おう。行ってこい」
 と、気楽に言ったものだった。あまりに呆気なく承諾してもらえたことに苦笑しつつ、若者は外に出た。
 修行の旅だ。まずはあらゆる経験を積まなければならない。遭遇した魔物を倒すことはもちろんのこと、出会った冒険者にも勝負を挑むのも修行の一つ。
 若者の、開けているのか閉じているのか解らないほど細い目には、明らかに好奇心というものが見え隠れしていた。若者、若者と言っているが、そろそろ若者の名前を紹介しよう。
 彼の名はファイマ。魔法戦士と名乗る、魔界剣士と呼ばれているファイマである。


「世の中には自分と似た人間が三人はいるっていうけど……」
 雪山を登りながらムーナはリィダの方を向いた。
「自分と似た運の無さの人間がいるっていうのは、あまり聞いたことがないね」
「すいません」
 何故かリィダは謝った。
 イサたち『風雨凛翔』は、既にエルデルス山脈の領域を歩いていた。まだ温かい気候なのだろう、雪が降っていないため、進む事がそれほど困難ではない。それは元気な子供であるイさとホイミン(子供?)、そして山育ちのリィダに、訓練で何度も来ているラグドだからこそ、困難だと思っていない。だが、専らインドア派で、山登りに慣れていないムーナはきつそうであった。
 最初は喋って気を紛らわしていたようだが、次第に言葉も少なくなり、幾度か休憩を取ることになってしまったほどだ。
「全く、情けないねぇ。風邪でぶっ倒れて皆に迷惑かけたのに、そのうえ体力のなさで皆の足を引っ張っている……」
 適当な岩場を見つけ、雪を振り払ってそこに腰を下ろす。随分と進んだように思えたが、実際はまだ半分といったところだろう。ラグドはあえてそのことを黙っていた。それに、長い目で見ても夜までには武器仙人の住むという場所には辿りつけそうなのだから、急ぐことはない。
「姐御ぉ。キラパンに乗せてもらったらどうっすかね?」
「なに?=v
 リィダの提案に、キラパンが抗議するように声をあげた。しかし、それはリィダにしか聞こえていない。
 ムーナがまじまじとキラパンを見つめる。そして、一つの答えに行き当たった。
「ん〜……。なんか酔いそう」
 その言葉に、キラパンがこめかみをピクリと動かす。どうやら気に入らなかったらしい。
「俺だってゴメンだぜ。もっと良い身体した女ならともかく、こんな童顔っぽくてひょろっちぃ奴、乗せたくないやい!=v
「……キラパン、お前って結構、スケベだったっすか?」
「ふん!!=v
 プイ、とキラパンはそっぽを向いてしまった。キラパンの声が聞こえないので、彼は何を言ったのだろう、とラグドは気になったが、あえてそれは聞かないことにした。
 そういえば、イサとホイミンは元気に雪だるまを作ったりしている。子供は風の子というが、まさにそのような感じであった。カエンから武闘神風流を叩き込まれただけあって、体力はあるのだろう。この雪山登山を何とも思っていないらしい。
「あれぇ? イサ様ぁ、誰か来るよ〜〜」
「えぇ、なに〜?」
 雪だるま作りに熱心になりすぎていたのだろう。ホイミンの言葉をすぐに理解することはできなかった。だから、その『誰か』かが視界に入るまで、ホイミンが何を言ったのかイサには解らなかったのだ。
「……これはこれは。冒険者のチームじゃろうか?」
 その若者は、精霊の鎧を着込んでいるが、よくみるような一般的な精霊の鎧よりも若干違っているようだ。
「あなたは?」
「申し遅れた。ワシの名はファイマ。魔法戦士ファイマじゃ」
 不敵の笑みを浮かべ、その若者は名乗った。
「ファイマ……? かの有名な『魔界剣士』……」
 ぼそり、とラグドが呟いた。幸い、ファイマには聞こえていなかったようだ。思わず口に出してしまったラグドではあったが、彼が魔界剣士と呼ばれることを嫌っているということを知っていたのでホッとした。
「ここで出会ったのも何かの縁。手合わせ願いたい」
 ファイマは瞬間的に剣を召還した。氷の精霊力が込められ、永久氷と呼ばれる素材が使用されている吹雪の剣=B『伝説級』に属する魔法剣である。
「勝負の方法は一対一。負けを認めたほうの負けじゃ」
 一方的にルールを決める。まだこちらはやるとは一言も言っていないのだが。
 それでも彼の言う通り、ここで会ったのも何かの縁というやつであろう。それに休憩しっぱなしよりも、身体を動かして温めておいた方が良い。自然、ラグドの口許が緩む。
「ならば……」
 ラグドがグラウンドスピアを召還しようとする。しかし、それを遮った者がいた。
「ちょぉっと待ってー!!」
 ラグドとファイマに立ち入ったのは、両手に風の爪を装着したイサであった。
「む?」
「イサ様?!」
 急な割り込み、男二人が驚く。
「ここは私が相手をするわ」
「しかし――」
 ラグドが何かを言いかけたが、イサがキっと睨み、その厳しい視線に思わず黙ってしまう。
「私はね! エルフ二人組に『引き分けてもらう』とかカエン師匠に『ギリギリ敗北に近い勝利を貰う』とかボストロールに負けるとかラグドに負けるとかで、一向に勝ってないのよ! 解る!? 私が完全勝利を収めたのって、第一話説のどうでもいいような野盗集団と、エルフの森のキメラ集団だけなのよ!」
 イサの迫力に押されたのか、ラグドもムーナもリィダまでもが思わず後退り。
「作者を叩きのめしてでも私が戦う!」
 やめてくれ。
「というわけで、勝負よ!」
 ビシリ、とファイマに向けて拳を突き出した。
「……」
 イサがわめき出したあたりから腕組みをして事の成り行きを見守っていた彼だったが、ようやく自分に話題が振られた事に気付いた。しかし、溜め息をつきながら首を横に振る。
「おなごは相手にせぬ主義でな。できれば、その大男と勝負をしたいのじゃが……」
「なんですって。魔法戦士ともあろう人が、勝負を挑まれて断るわけ?」
 安っぽい兆発。しかしファイマはしばらく考え込み、なるほどと口の端を持ち上げて笑った。
「よかろう。ならば、ワシに勝負を挑んだこと、その身をもって後悔するがいい!」
 ファイマが吹雪の剣を構える。精霊力が共鳴しているのか、その輝きが一層強まった。
「そっちこそ、女の子供が相手だからってなめてると、痛い目を見るわよ」
 背を屈めてイサも戦闘スタイルを取る。ここらへんでそろそろ白星を取っておきたい一心からか、闘気が渦巻くほどに膨れ上がり、溢れ出ている。
 二人が地を蹴り、接近する。
「武闘神風流『颯突(さくづ)き』!」
 狙うのは右肩。たいていの人間は右利きなので、まず最初に不備を生じさせる。やや型にはまり過ぎていると言われても、やはり効果があるのは確かなのでイサはそれを狙った。
「甘い!」
 しかし風の爪は精霊の鎧に弾かれた。生身の人間などにこそ効果はあれど、鎧という壁があるのならばこの戦法は不向きなのだ。
「マヒャド斬り=I」
 イサが態勢を整える前に、ファイマが仕掛ける。吹雪の剣はただでさえ周囲の精霊力と共鳴し活発化しているので、マヒャド斬りの効果は更なる相乗効果を得た。
 イサはなんとか躱したつもりだったが、一瞬ほど遅かったようだ。それというのも、地面が雪なのでいつもと違う。雪に足を取られて動きが鈍くなってしまったため、マヒャド斬りを最後まで躱すことはできなかった。なので、風の爪で防御を行なう。金属音が鳴り響いた。
「受け止めたか」
 両手の風の爪を交差させるように駆使して防御したものの、相手にはまだ余裕があるようだ。それに、直接的なダメージはなかったものの、マヒャド斬りの冷気がイサの体力を奪って行く。
「これはどうかの――」
「っ」
 なんとか間合いから離れなければならない。今からファイマがやろうとしていることを直感的に感じ取ったからだ。
「マヒャド斬り+隼斬り=双氷剣=I」
 連携技、高速二連のマヒャド斬り。間合いから抜け出すことはできずに、またも風の爪で防御するが、防戦一方になっている状況にイサは舌打ちした。なんとか状況を変えなくては。
「武闘神風流『颯突き』!」
 今一度、ファイマの懐に飛び込む。連携技を放ったすぐ後なので、相手は多少硬直状態にあるはずだ。この一瞬を逃してはならない。
「ム!?」
 狙ったのは鎧が覆われていない部分、かつ反射的に反応してしまう顔面。予想通り、ファイマは顔を引いて爪が届く範囲からギリギリ抜け出した。しかしイサの狙いは、ここから。
「――『風連空爆(フウレンクバク)』!」
 相手が連携技なら、こちらはラグドと同じで、技から技への連携。風連空爆は相手を吹き飛ばす技だ。間近で放ったのだから、相手は堪えることができずに必ず吹き飛ぶはず。ファイマは暴風により足が地面を離れて宙を舞った。
「――『閃風砲』!」
 イサの振るった腕の軌道から、風の衝撃波が空中を飛ぶ。バランスを崩した今なら更に吹き飛ぶはずだ。
「フヌ!」
 予想は外れた。ファイマが、態勢を整えるようとする動作と共に風を斬ったのだ。見れば、彼の手に有る剣が形状を変えている。冒険者特有の武器変換(ウェチェンジ)だろう。
「『風斬刀(かざぎりとう)』。本来は風の属性を持つ魔物相手や風属性の魔法を斬り裂くことができる代物じゃが、お主の風も断ち斬れるようじゃのぉ」
 ――違う。武闘神風流はそうした属性をも超える技のはずだ。それは単に、イサが未熟であるということを示している。
「……」
 イサはもう一度構えを立て直した。風が斬られるのならば、物理的な技で攻めればいい。

「……イサ、押されてるね」
 やや離れた場所から見守っていたムーナが同意を求めるように言った。
「そうやアンタも連携秘奥義っての使っていたよね。同系列の者として、この勝負をどう見る?」
「……俺の連携秘奥義は技から技へ繋げ、一連の動作により『更なる技』を打ち出すものだ。あの者が使うのは技と技を組み合わせることにより『新たな技』を生み出すもの。合成技とも呼ばれる。故に、同系列というわけではない」
 細かいことではあるが、同じにされたのが気に入らなかったらしい。仏頂面でラグドは答えた。
「似たようなものだと思うけどねぃ。まぁいいや、もう一度聞くけど、この勝負をどう見てんだい?」
「はっきり言ってイサ様の不利だな。イサ様の風が斬られるということは、戦法が限定されてしまう。一撃必殺の『風死龍(カザシリュウ)』も、あのファイマが相手では出す時間がないだろう。それに、イサ様は雪山が初めてのはずだ。イサ様は足場が悪いとだけしか考えていないようだが、この場所での戦闘はそれだけで済むほど甘くはない」
 以前のように、カエンがイサを殺すつもりで挑んできた時とは違い、今回はただの手合わせだ。命の心配がないためか、ラグドは冷静にものごとを見ているようだ。不利という点は同じなのにね、とムーナは心の中で言ってやった。

「(身体が重く感じる……)」
 普段とは明らかに早い速度で体力が消耗している。このまま戦いが長引けば、負けることは必至。周囲の寒さが、知らぬ間にイサの体力消耗の速度促進を促しているのだ。それに、普段の状態よりも厚着をしているため、その重量も原因となっている。
「そろそろ決着をつけさせてもらおうか!」
 ファイマが剣を掲げる。その剣に、金色の光が宿った。と同時に、大きく息を吸い込み気合いを充満させる。
「バイキルト={……」
 攻撃力を増大出せ、最後の一撃とばかりに地を蹴ってイサに向う。
「『風斬刀』+気合い溜め={火炎斬り==v
 武器そのものを合成技の条件に入れ、ファイマは今の状況で放てる最強の合成技を完成させた。
気炎風滅翔(キエンフウメッショウ)=~2!」
 炎が剣を中心に渦巻き、気合い溜めとバイキルトの相乗効果によりその力が高まった。その風炎を纏った剣が、イサに向って振り下ろされる。
「――『風流(カザナガ)し』!」
「ムぅ?!」
 しかし刃が届く前に、イサの技がファイマを捉えた。剣に風を斬る力があったとしても、それを操るファイマの身体そのものは風を受けつけるはずだ。見た目からして、そこまで重くはないであろう彼ならば失敗する可能性は少ない。
「これは……」
 成功。ファイマは急激な風の流れにより立ち位置を移動し、何もないところに刃を振り下ろした。そしてすぐさま、風の渦が彼を捉え、硬直させる。
 その隙を逃すイサではない。
「武闘神風流『風牙・連砕拳』!」
 瞬間的に六度の打撃を打ち込んだ。一般の格闘家が使う、四度連続の爆裂拳と違い、同じ合間にさらに二度の打撃を追加させる上位技だ。硬直していたため防御体制が取れずに、ファイマはその六打撃を見事なまでに直接受けることになってしまった。
「く……! まだじゃ!」
 鎧を通して、彼の身体そのものに大きなダメージを与えることができたはずだ。それでもなお、ファイマは硬直状態から抜けると、すかさず攻撃に転じる。その振り下ろされた剣をイサは風の爪で受け止めた。
 『風牙・連砕拳』は効いている。またファイマの剣を防御した瞬間に、イサはそう確信した。さきほどよりも力が弱くなっているのだ。バイキルトの光も、さきほどの攻撃で解除されていた。
「ヌゥン!」
「ヤァァ!」
 一度互いが離れ、今度は互いが攻撃を繰り出す。高い金属を奏で、再びファイマの剣とイサの爪が交差した。今のファイマの力なら押し返せる。

 ――ミシ――

「(ミシ?)」
 押し返そうとして両腕に力を込めた途端に、イサにはその音が聞こえた。どこからそんな音が聞こえてきたのだろうか。こんな戦闘中にさえ聞こえてくるということは、よほど近くから聞こえた音なのかもしれな……。
 ――バキャリ!
「えぇぇ!?」
 イサの風の爪が、折れた。
 ちょうどファイマが力押しに負かされそうなことを自覚して、彼の方から飛びのいた瞬間だったので、そのまま刃がイサに迫ることはなかったが、そんなことよりもイサのショックほうのが大きかった。
「む?」
「うわ、折れた」
「なんと」
「うっひゃあ」
「あーあ=v
「ベホマで治るかな?」
 ファイマ、ムーナ、ラグド、リィダ、キラパン、ホイミンの順のセリフである……。

「お、折れちゃった……」
 いくら武闘神風流が武器なしでも戦えるとはいえ、風の爪があってこそイサはファイマと対等に戦えていたのだ。それがなければ、もう負けも同然である。それに、武器を失ったとなると、それこそ勝負は負けだ。
「私の、負けのようね……」
「いいや!」
 諦めたイサに対して、大声で否定したのはファイマであった。
「ワシとしたことが、相手の武器を壊してしまうとは! 武器の悲鳴を聞いてやれず、あまつさえ自分でその武器の生涯を終わらせてしまうとは罪にあたる。よって、この勝負はワシの負けじゃ!!」
 自分の武器を戻しながら言うファイマには、どことなく説得力があった。彼の雰囲気から出るものなのだろうか。
「許されよ。そしてサラバじゃ。ワシはもう大罪人。またいずれ会う時があるやもしれぬが、次こそは正々堂々勝負したいものよ!」
 そう言って、ファイマは走り出した。行き先は下りのようで、イサたちが上ってきた道をもの凄い速さで駆け抜けていく。あっという間に、見えなくなってしまった。
「な、なんだったの……」
「武具マニアっすかね。武具マニアの間では相手の武器や防具を破壊してしまうということはタブーで、それをしてしまった時点で負けになるという話を聞いたことがあるっす」
 どこから得た知識なのか、リィダがもう粒にしか見えないほど遠くに行ったファイマを眺めながら言った。
「雪山からあまり出たことなかったんじゃない。世界を知れば、そういうことは武具マニア同士のみにあるルールだってことに気付くよ」
 ムーナの言う通り、彼は後に知り、相手の武器を己が壊したから言って負けを宣言することもなくなったとか……。
「にしても、とりあえず勝ってよかったじゃん」
 ムーナの言葉に、イサは納得できないように、複雑な表情を見せる。生死をかけた勝負ならば、イサの負けであっただろう。相手が一方的に負けを主張しただけなのだから、勝ちという実感はまるで沸かなかった。
「なんか……勝った、っていう気がしないんだけどなぁ……」

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