19.不幸少女


「なにかしら、この人」
 仲間に聞こえるくらいの声でイサが疑問を口にした。答を求めているわけではないが、どうしても気になることは口に出してしまうようだ。その疑問は、つい数秒前だ。

 ――勢い良く開いた扉から出てきたその女狩人は、ずかずかとイサたちが座っているテーブルに歩いてくる。歩いてくるが、その女狩人がイサたちのテーブルの前に辿りつく前に一つアクシデント。
 ズデン! と派手な音を立てて、見事に蹴躓いた。

 ――だから、イサは「なにかしら、この人」という疑問を口にせざるを得なかったのだ。
「さぁ、なんでしょうな?」
「何と言うか……大丈夫かねぇ?」
「ベホマするぅ〜?」
「倒れたくらいで?」
 ラグド、ムーナ、ホイミン、イサの順番での発言である。
 妙な人間相手に妙なことでもめていると、その妙な人間当人が、つまり女狩人ががばりと起き上がる。目を、今にも泣き出しそうなほど潤わせながら。
「ま、また失敗したよぉ……」
 先ほどの厳しい目つきは何処へやら。イサよりも年上だろうが、まだ少女と呼んでもおかしくないほどの幼さが残っている。それに声も思ったより子供っぽい。
「どうしたの? あなた、冒険者よね」
 目の前で泣き出されては堪らないので、イサは椅子を勧めながらとりあえず彼女を宥めて見た。
「ど、どうも。あなたの言う通り、ウチは冒険者っす。でも……あ、フルーツジュース下さい」
 通りかかったウェイトレスに注文を堂々と頼んで、この人のジュース代は私達が払うのかしらなどとイサは思いながらも先を促した。
「――でも、何をやってもついてないんすよ」
「ついてない? 何が?」
「簡単に言えば『幸運』ってやつっすかね。最初は魔道士を志してたんすが、選んだ魔道の師匠があくどい奴でして。いつ貞操の危機に晒されたり、どっかに売り飛ばされるか解ったもんじゃなかったっすよ。んで、その師匠から逃げ出して仲間を探して、一つの冒険者集団と出会ったんす。そのメンバーは優しかったんすが、魔物との戦いになった時、ウチを囮にして皆逃げ出しちまって……。こうなりゃ一人旅だと意気込んだはいいっすが、魔道士の一人旅ってのは危険っすね。魔物と遭遇したら詠唱が間に合わないうえに、詠唱が終わった時点では魔物はもう目の前で、慌て過ぎて魔法は失敗するし成功しても範囲にウチ自身もおったり。旅はやめて街の中でできるような活動をやろうとしたんすが、護衛の任務はレベルが低いの一言で門前払い。探し物の依頼を受けても探査の魔法を覚えてないうえに、たった一人でモノや人を探すことはできずに失敗。掃除洗濯でさえ、ウチは山育ちなんで失敗だらけ。つーわけで今まで成功した試しがないんす。それで、魔道士はダメだと諦めて狩人の冒険職に転職。それらしい格好をして、まずは仲間を、と思ったんす。一人のままだったら失敗するのは目に見えてるし、仲間は良い仲間もきっと見つかると信じて……。んで、弱気な所を見せたらまた妙な考えを持つ輩くらいしか声をかけてこないと思ったんで、ウチが強ぇんだぞって思わせてこっちから話し掛けて仲間にしてもらうつもりだったんすよ。でもまたドジっちまって……」
 聞けば聞くほど、成功という言葉から縁遠い人間のようだ。何か物事が成功したときの喜びを知らない、と言っても過言ではないのかもしれない。
「昔っからおみくじを引けば必ず大凶。トラップには用心しても引っかかる。買物すりゃあ詐欺にあうし、道端歩けばスリに出会う。占師に自分の運勢を見てもらったら、何も言わずに占師は裸足で逃げ出す……」
 話の途中でイサたちも飲み物を頼み、それを飲みながら話を聞き入っていたが、聞けば聞くほど不幸の話がぽんぽんと出てくる。まるで、世の中の不幸が彼女を中心に巻き起こっているかのようだ。
「なるほど。ついてないね」
 ムーナの言う通り、そして彼女の最初の言葉通り、ついてないの一言に限る。なんだか可哀想だ。
「運があがる魔法ってのはないの?」
 イサがムーナに訊ねるが、イサはそんな都合の良い魔法は聞いたことがないし、ムーナでさえ渋い顔をしている。
「能力を上げる魔法では防御のスクルト、素早さのピオリム、攻撃のバイキルトとかがあるけど……。運を上げる魔法なんて聞いたことがないし、考えた事もないよ」
 メンバーの中で最も魔法に詳しい彼女でさえお手上げらしい。運を上げる魔法などは存在しないのだろう。もしあったとしても、持続時間に限度もある。魔法では無理だ。だからといって、トレーニングで運勢が変わるということはない。
「あ、でも……」
 何か思いついたのか、ムーナは心配そうに不幸な女狩人の方向を見た。
「アンタ、名前は?」
「リィダ。リィダ=アシュリルっす」
「んじゃあリィダ。ちょっくらアタイたちについてきなよ」
 ムーナが立ちあがって代金を支払う。イサたちの分だけではなく、リィダの分まで払っているようだ。まるで、今から起こることの代償であるかのように。


「どこ行くの?」
「戻るんだよ。城に」
 確かに、イサたちが今歩いている道のりは城下町からウィード城へ戻る道である。イサの問い掛けに答えたムーナは、何処か楽しそうである。
「城……?」
 何も知らないリィダは、城という言葉にすらどう反応していいのか解っていなかった。もちろん、まだイサたちが城の関係者であるということは話していない。
「まさか、サラに紹介するつもりか」
 ラグドが心底嫌そうにムーナを見る。言葉を変えれば、サラに生贄を差し出すつもりか、と言っているのだ。
「サーちゃんに、じゃなくて、サーちゃんを、だよ」
 あくまで逆だとムーナは言うが、サラ自身がどう出るか……。ところでサラという者はサーライブ=リカバーという名前で、ウィードの『風を守りし大地の騎士団』の医務団団長を務める女医のことである。ウィード城の医務室のトップに立つ者であり、性格は同性愛という女好き。男は容赦無く人体実験の餌食されてしまうという恐ろしい人物である。
 城の正門前までに来ると、さすがにリィダは様子が変だと気付いた。一介の冒険者が、こんなところを堂々易々と出入りできるはずがない。一旦受付で許可を取って、やっと城内に出入りできるというのだとリィダは聞いていた。
「あの、あなた達は……」
「話すの忘れてたね。私はイサ。ここまで来て隠すこともないから言うけど、本名はイサーリン=ラウ=ワイズ=ウィード。ここの王女よ」
「我が名はラグド。『風を守りし大地の騎士団』の騎士団団長を務めている」
「アタイはムーナ。ラグドと同じ『風を守りし大地の騎士団』の魔道団団長さ」
「ボクはホイミン!」
 各々の自己紹介に、リィダは顔が青くなったり赤くなったり。
「う、ウチ、王女様にタメ口、え、ふぇ、あぁぁ?」
「あーあー、落ち着いて。別に気にしてないわよ。ていうか、城の中はともかく、外で王女様なんて言ったら殴るからね!」
 と言いながらイサは一発ほど拳をくれてやった。
「あの、じゃあ姐御って呼んでいいすか!?」
「あ、姐御ぉ?」
 イサはリィダの言葉に間の抜けた声で返してしまった。イサはリィダよりも明らかに年下だから、リィダはイサよりも年上だ(当たり前である)。そんな相手に姐御と呼ばれるなど、恥ずかしい事この上ない。
「呼び方は、自由だと思うけど……」
 それでも姐御はどうだ。イサは思わずリィダから目を逸らしてしまったが、とりあえず承諾の返事はしておいた。
「あぁ! ありがとうございます姐御!!」
 と言って、リィダが歓喜に震えながら手を握った。
 手を握ったが、その相手はムーナである。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………へ?」
 まだ喜んでいるのか、笑顔のままリィダが黙ってしまった皆に何かを問い掛けるような声を出す。
「ちょ、ちょっと! なんでムーナなの?」
 会話の流れからして、イサが『姐御』と呼ばれているのかとイサも他の皆も思っていたのだが、リィダは間違い無く姐御と呼んだ人物をムーナとしている。
「ウチ、最初は魔道士を志したってのは説明したっすね。そのきっかけは、ウィードの『風を守りし大地の騎士団』の魔道団団長、ムーナ=ティアトロップに憧れてたんすよ!」
 そういう彼女は本当に憧れの人を目の前にしたときにするような、歓喜に打ち震えた眼をしている。
「アタイってそんなに有名かねぇ?」
 珍しくムーナが照れいるような笑みを浮かべた。別に姐御と呼ばれることを拒否するということはないようだ。
「どこでどんな意味の有名なのか……」
 嘆息しながら言ったのはラグドだ。どちらかと言えば、彼の方が有名になってもおかしくない。騎士団を率いて遠征や他国を巡回などしているのだから。
「…………」
 未だ呆れたまま、というか放心しかけているイサに、ホイミンが情けをかけるかのように(?)アハハと笑っていた。


 ウィード城内には何も咎められることもなく、易々と入ることが出来た。イサたちにとっては家に戻ってきただけの感覚だが、リィダにとってはいつ追い出されるかと気が気でないようだ。
 そんな彼女を連れてきた場所は、医務室である。別に誰かが病気であるというわけでも負傷しているというわけでもない。不運なんていう病気かもしれないが、それは病ではないだろう。医務室ではなく、医務室を支配する人物に用件があるのだ。
 扉を開けて、中に入るとそこは悪魔も逃げ出すような地獄だった――という事ではなく、そこは清潔な感じのする、医務室のような医務室(?)であった。
 そしてこの医務室に居座る女性。何やら書類に文字を書き込んでいたようだが、イサたちの姿を認めると、眼の色が変わった。
「あー! イサ様にムーちゃんにラグドさん! お久しぶりですねぇ。どうしたんですか皆さん揃って。もしかして私との愛を深めに来たのと、実験台になりにきたのですか?」
 イサやムーナが何かを言う前に、サラが先制攻撃の如く喋り出す。愛がどうのと言ったのはもちろんイサとムーナに、実験台はラグドに向けて言ったのだ。
「違うよ。ちょっと看てもらい子がいてね」
 ムーナの言葉で、やっとサラはリィダの存在に気付いた。
「まぁ! 誰この子? キスしていい?」
「駄目に決まってるでしょ」
 いきなりの要求をムーナが却下させる。リィダが何も言わないのは、サラの性格に圧倒されたからだろう。このメンバーの中で、サラをまともに扱えるのはムーナくらいなものだ。
「だ、誰っすか、この人……」
 リィダがこの場所に来て、最初の発言は今にも泣きながら逃げ出しそうな、助けを求めるような声だった。
「サーライブ=リカバー。変わり者の、『風を守りし大地の騎士団』医務団団長だ……」
 ラグドが諦めたかのような口調で紹介する。どうしてこのような者が団長なのか不思議ではあるが、性格はともかく医学は確かにあるので文句は言えないのだ。
「さ、サーライブ=リカバー? あの『世界の薬』とか『誰でもできる!薬の調合(上)(下)』、『幻の調合法』とかの著者、サーライブ=リカバーっすか?」
 リィダがまた驚愕の声を出す。どうも彼女はイサたちと出会ってから驚きっぱなしだ。
「え? サラってば本を出してたの?」
「そういえば、いつも臨時収入とかで調合用の薬草を買い込んでいたな。印税を稼いでいたのか?」
 イサとラグドの二人に問い詰められるが、サラは何の悪気もないように、そうだけど、と一言答えた。ウィード城では他の仕事をしてはならないという戒律はないので、それが悪いことにはならないが、一言も言ってくれないのはつまらない。
「でも、こんな人だったなんて……」
 リィダは明らかに幻滅したようだ。書籍名からして、彼女の性格が表れるようなものは少なかったのだろう。また一つ、不幸が増えたようだった…………。

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