22回 形外会    昭和7年6月12日

午後3時半開会。来会者60名ばかり。山野井副会長の開会の

   辞についで、(れい)(ごと)く会員の自己紹介あり、対人また赤面恐

怖10人、心悸(しんき)亢進(こうしん)4人、その他の症状があった。

赤面恐怖でなければ肩身が狭い

 早川氏 1昨年1月入院して、完全に治らず退院した。今は法政(ほうせい)

の高等商業で勉強しています。治らぬ治らぬといいながら、以前と比

べれば、よほど仕事ができるようになったという事に気がつきます。

 自己紹介はなかなか難しい。あまり詳しくいっても、人には信じら

れないし、簡単ではわからぬし、まあ心の働き方が、以前と変わって

きた事だけをもうしておきます。

 森田先生 早川君は、いつも、いう事が、なかなか要領(ようりょう)()(おも)(しろ)

い。早川君は、「治らない、治らない」といっているうちに、やはり

治らないと見えます。この「やはり治らないとみえる」という事が大

事な事であります。同君は今年3月の成績が、20ばかりもある課目                 

の内で、(おつ)が一つか二つで、他はみな(こう)であります。やはり治らぬ所

が大切で、もし君が治っていたならば、決して成績はよくならないの

であります。

 今日の自己紹介の内には、皆さんもお聞きになった通り、対人もし

くは赤面恐怖が、我も我もと (きそ)うて立って話をされた。近頃(ちかごろ)、佐藤先

生までが、赤面恐怖と名乗りをあげて、それに対して、山野井君が、今

度「神経質」の7月号に、抗議(こうぎ)らしい言いぶりで、佐藤先生は赤面恐怖

の仲間に入れないという風にいってある。なんでもここでは、赤面恐怖

でなければ肩身が狭いという風である。今日出席の山野井・日高の両

副会長もみな赤面恐怖であった。

 しかし我も我もと、あまり自慢されても困る。神経質の事は、雑誌

や私の著書(ちょしょ)でも、その素質を礼賛(らいさん)してあるが、九州大学の下田教授

も、根岸(ねぎし)病院の高良(たから)博士も神経質の肩をもって礼賛(らいさん)してくれる。神

経質はこの様に立派でも、自慢してはかえって間違いの元になる。赤

面恐怖も、も少しオドオドして、気を小さくしてもらわなければ、あ

まりに大胆にやられても困ります。                         

  ()ずかしぶり(ちが)

 早川氏 いま私が自己紹介の時に、治らない治らないと思ってる

うちに、以前に比べて、実際仕事がよくできてるという事を申しま

したところが、先生から、治らない治らないと思っているうちに、ま

だ治らないと見えると皮肉(ひにく)られました。実際、神経質は自分の仕事の

成績を認めないで、気分が晴ればれしなければ治らない、と思っている                 1

ようです。神経質の結局の目的は、気分をよくするのではなくて、実

は立派な人になりたいがためであるから、仕事がよくできるようにな

れば、それで治っているのだと思います。

 森田先生 今の「治らない治らないと思っている内に、やはり治ら

ない」というのは、面白い皮肉な言い表わし方である。対人恐怖で、

もし恥ずかしいという心がなくなったら、それは図々しいすれっから

になる。可憐(かれん)とか可愛(かわい)らしいというのは、恥ずかしがりが、第一

の条件である。我々は精神が発達するほど、(こま)かに微妙に恥ずかしが

るようになる。幼稚(ようち)なものの恥ずかしがりは、(きわ)めて単純である。人

は時と場合とにより、常に恥ずかしぶりが違うべきはずである。

おならをちょっと()らしても、それ相当に恥ずかしがるべきである。同

様に婦人に対しても、50歳と30歳と20歳との人に向かっては、

恥ずかしさが違うわけである。友人から金を借りる時と返す事とも、

違わねばならぬ。赤面恐怖でも、治らぬ者は、ただ一途(いちず)に、恥ずかし

がってはならぬと考えていたのに、治ってみると、昔と違って、恥ず

かしがりのかけひきが微細(びさい)になっている事に、自ら気がつく。単に恥

ずかしくなくなったというのでは、気の毒ながら、実はまだ治ってい

ないので、必ず再発するのである。

 心悸(しんき)亢進(こうしん)でも、卒倒(そっとう)恐怖(きょうふ)でも同様である。それは(まこと)に恐ろしい。苦

しいものでなくてはならぬ。「どうせ一度は死ぬるものだ。イツ死ん

だってしかたがない」という風に、手取(てっと)早く思い捨てる人があるな

らば、それは私のいわゆる意志薄弱性(いしはくじゃくせい)素質(そしつ)であるのである。

 大正12年の大震災のとき、根岸病院でも、病室の壁が落ちたりな                  

んかした。2階の病室で、大きな音がしたから、看護長が驚いて、戸

を開けて見たら、40歳ばかりの女の患者が平然(へいぜん)として(すわ)っている。

「大分えらい地震のようですね」といってすましている。()()(ぜん)

は、こんな態度は、真似(まね)にもできないが、実は早発性(そうはつせい)痴呆(ちほう)という病気

の無感情・無神経の状態である。僕はたわむれに、これを()()()(だい)

()徹底(てってい)と名づけてある。

 本当の大悟徹底(たいごてってい)は、恐るべきを恐れ、逃げるべきを逃げ、落ち着くべ

きを落ち着くので、臨機応変(りんきおうへん)ピッタリと人生に適応し・あてはまって行

くのをいい、人間そのものになりきった有様(ありさま)をいうのである。          

 心悸(しんき)亢進(こうしん)でも、梅毒(ばいどく)恐怖でも、当然恐るべきを恐れ、注意し用心す

べきをするのが、「事実(じじつ)唯心(ゆいしん)」である。恐るべきを恐れてならないと

いうのを「思想の矛盾(むじゅん)」といい、(あく)()といい、それは決して人間の心

情の事実ではないのである。

  楽しめば空想(くうそう)、苦しめば雑念(ざつねん)

 小野氏 先生が、小野は「すれっからし」になったから、佐藤先生                    2

のところへやったとかおっしゃったと聞きましたが、それはどういう

事でしょうか。

 森田先生 小野君が「すれっからし」になった事は、事実であるが、

そのために佐藤先生のところへやったという事はない。それは君の家

庭の事情からである。

 「すれっからし」とは()れっこになった事である。「すれっから

し」になれば、ツルツルと滑って、抵抗力がなくなってしまう。子供

がたびたび(しか)られると、少々小言(こごと)をいわれても平気になる。芸者など

も、自分の顔を批評されたり、笑われたりしても、図々しくて、決し

て恥ずかしがったり、真赤(まっか)になったりしない。それは()れっこになっ

たからである。小野君も近頃(ちかごろ)は、いくら悪口をいっても、(しか)っても、

ビクともしない。顔の色も少しも変わらない。すなわち恥ずかしがら

ないようにしようとする稽古(けいこ)()んで、恥ずかしがりが鈍麻(どんま)したので

ある。これをまた(つら)(かわ)が厚くなったともいう。赤面恐怖が治るに

は、もっと(こま)かく恥ずかしがるようにならなければならないのであ

る。

 駒村(こまむら) 私は心悸(しんき)亢進(こうしん)です。今では平気で湯屋(ゆや)に行かれるようにな

りました。しかし前には、近所に湯屋(ゆや)があるけれども、それは発作の

起こったところで、恐ろしくていけない。2、3丁先の湯屋(ゆや)に行くと

いった風です。遠くへ行けば、心悸(しんき)亢進(こうしん)は起こりやすいという事に

は、気がつかなかったのであります。

 早川氏 去年12月の形外会のとき、先生が雑念と空想との事につ

いて説明されたが、その時から私は、仕事をしながら、今のは雑念で

あると思って喜び、今のは空想であると思っては悲観して、雑念と

空想を分類していった。雑念だといって喜ぶとき、それは(すで)に雑念

ではなくて、空想になってしまい、雑念と考えるのも、空想と思う

のも、ともに空想となる。これを「迷い(まよい)(うち)是非(ぜひ)は、是非(ぜひ)(とも)()

り」というのであると思います。

  地球の破滅(はめつ)でも諸行(しょぎょう)無常(むじょう)でも

 森田先生 早川君はなかなかうまい事をいう。頭が非常によくて、天                

 

(はだ)である。すなわち尋常(じんじょう)でなく、(へん)して発達しているのを天才とい

うのである。こんな人は記憶がよいから、学校の成績は非常に良い。

もう少し忘れられるようになるとよい。なんでもいわれた事が、記憶

に残り、頭の中で、わだかまりになっているから、これが邪魔になっ

て、実行が出てこない。なに(ゆえ)に実行ができないかという事は、少し

くどくなるから、後回(あとまわ)しにする。

 早川君は僕にいわれた言葉の一つひとつにとらわれる。例えば「見                    3

つめよ」といえば、その「見つめよ」という言葉にとらわれて、見る     

もの()くもの、少しもその方から気をひかれるという事がない。普通

の人ならばその見たものの方に、いつとはなしに、心を(うば)われて、

その対象に気をとられて、(ただ)ちにその「見つめよ」という文句を忘れ

てしまう。早川君はその文句を忘れる事ができず、対象から心をひか

れる事ができない。記憶しているという事は、近代教育の試験勉強に

は都合がよいけれども、実際教育・訓練・体験からはますます遠ざか

るばかりである。              

 ちょっと空想と雑念との区別をいってみれば、空想とは、自分で思

いふける事が面白いのをいう。(とみ)クジが当たったら、なんと何を買お

うとかいうようなものである。雑念とは、自分で考える事が苦しい事

で、例えば明日は試験である、気になる。いや、気にしては、それが(じゃ)

()になって、勉強ができないとかいうようなものである。苦しいのが

雑念で、面白いのが空想である。砂糖は甘い、塩は(から)いと同じく、い

ずれも我々の心の事実である。苦しいとか面白いとかいう言葉のとら

われを離れて、あるがままの事実になりきれば、ただ、心の一つの進

過程(かてい)という事のみになる。科学者は地球の破壊(はかい)でも、諸行(しょぎょう)無常(むじょう)

も、これをさまざまに思想し、順々(じゅんじゅん)に考えていく事ができるから、自

分が明日にも死ぬかもしれぬという事を平気で考える事ができる。迷

信者・御幣(ごへい)かつぎ・神経質の未治(みち)の人などは、死ぬるのの字さえも

恐ろしくて口に出す事ができない事がある。それでちょっと言い換え

てみれば、縁起(えんぎ)のよい想像が空想で、苦しいような妄念(もうねん)が雑念である

ともいえるのである。苦楽はあざなえる(なわ)のようなものであるから、

雑念と空想とは、決して切り離して考える事のできないものである。

 雑念と思って喜べば空想であり、空想と苦しめば雑念になる。一に

して二、二にして一である。不一(ふいつ)不二(ふに)である。早川君はなかなかうま

事をいう。哲学者である。君は20歳では(えら)いものである。しかし

実行のできないところが都合が悪い。思想家・批評家になればよい

が、独創家・製作者になるには都合がよくないのである。

  好きになりたければ好きになれるか                  

 早川氏 今日は私の将来(しょうらい)方針(ほうしん)確定(かくてい)するための必要から起こった

問題があるが、一般の方にも、必要と興味(きょうみ)とを持たれる方があるかと

思いますから、先生からご批判(ひはん)(あお)ぎたいと思う。あまり個人的に考

えてはいけないから、抽象的(ちゅうしょうてき)に簡単にいおうと思う。

 森田先生 個人的に具体的にいうほどわかりやすい。抽象的にいっ

てはわからなくなる。

 早川氏 それでは個人的にいいます。私はいま、法政大学の高等商

業科で勉強中ですが、商業のためには、簿記(ぼき)とか法律とかいうものを                    4

勉強しなくてはなりません。それがちっとも面白くないので、自分が

商業に立っていいか、どうかということが疑問になって、考えたわけ

です。

 家庭の事情上、早く生活の安定を()なければならぬ境遇(きょうぐう)にある。自

分の最も好きなものは音楽です。それも音楽を演奏(えんそう)するのが好きでな

くて、鑑賞(かんしょう)するほうですから、それを職業にして、世に立つ事は困難(こんなん)

です。それかといって、商業は嫌いですから、学校でも、空想に(ふけ)

たり、居睡(いねむ)りをしたりしています。試験がせまれば、落第(らくだい)しないよう

に、勉強しているが、()たして嫌いな経済などやっていて、これから

好きになる事ができるか。嫌いでも、それよりほかに道がなければ、

それまでの事ですが、今日先生に質問しようと思って、まとめてきた

事は、

1    好きになれないと、こぼす人は、好きになりたい人である。

2    好きになれないと、こぼす人は、努力を()しむ人である。

3    好きになれないと、こぼす人は、好きになれる人である。

この事が正しければ、問題は解決するのですが、先生に批評して頂

きたいと思います。

  思想は解決しても事実は実行にならない

 森田先生 今いった事は、机上論(きじょうろん)であって、それは「是非(ぜひ)(とも)()

であるから、決してこれによって解決のつくものではない。これは結

局は、「嫌いなものが好きになりたい」という論理(ろんり)であるから、循環(じゅんかん)

理論になり、強迫観念と同じ心理であるから、この問題解決を思い捨

てない限り、この言葉にとらわれている間は、決して実行に対する解

決、すなわち決行(けっこう)のできるものではないのである。

 「いやなものが好きになる」・「不潔(ふけつ)が平気になりたい」(不潔恐怖)・

「人前で恥ずかしくないようになりたい」(赤面恐怖)かく考えてい

る間は、永久に強迫観念は、当然不治である。ただこれを思い捨て

る、すなわち「嫌いなものは嫌い」「人前は恥ずかしいものである」

と、事実そのままに見るとき、容易(ようい)に嫌いは好きになり、人前も恥ず

かしくなくなるのである。これが私のいわゆる「思想の矛盾(むじゅん)」で、(ぎゃく)          

になる所以(ゆえん)である。嫌いな食物でも、人並みにこらえて、しかたなし

に食べていれば、まもなく好きになるのである。早川君も、この様な

質問をする間は、永久に解決できないが、こんな(くだ)らぬ哲学を没却(ぼっきゃく)

すれば、たちまち解決がつくのである。

 早川氏 この事が間違っていなければ、このままやって行くつもり

ですが。

 森田先生  解決しても、このままやって行く事の動機(どうき)にはならない。

学校に行かない方がよいと、決めても、君は学校に行く事をやめる事                    5

はできない。僕のいうことは、理論ではない。君ができるか、できぬか

の事実を見通(みとお)し、予言(よげん)するまでの事である。(こころ)みに、君が宗教家なり

教育家なりのところへ行って、やめるがよいという意見を()いてきて

みるとよい。それで決してやめる事のできるものではない。やはりそ

の迷いを断つ事はできない。このようなものを思想といって、事実と

はいわない。こんな事をコンガラかして、ツベコベというのが哲学で

ある。君の目的は、自分の目前の安心をうる事であって、学校をやめ

るのが目的ではない。(こころ)みに僕が学校をやめたがよいといえば、(ただ)

に実行ができますか。

 早川氏 音楽に行きます。

  エジソンは発明大学を卒業したか

 森田先生 それを僕がとめるはずもないが、僕がそう承認(しょうにん)したから

とて、君の生活が安定になる訳でもない。親も(ゆる)さず、生活の安定も

できずかつえる。それでも音楽をやる事ができますか。

 また君は、早く生活の安定をうるために、商科を選んだといった

が、これも大きな間違(まちが)いである。

 学校にいくには、資本金を(よう)する・医者をやれば、食いはぐれがな

い、とかいう事をよく聞くが、大きな思い(ちが)いである。僕が大学を卒

業するまでの費用を年7分くらいの利子で、金のままで利殖(りしょく)して行く

とすれば、僕が決してこれを払い返す事ができない、という事を、か

つて計算してみた事がある。

 学校の目的は、決して生活の安定ではない。人格の向上である。(こん)

(にち)の教育は、この最も大切な目的を見失(みうしな)っているようである。生活(なん)

とか失業とかいうけれども、いたずらに贅沢(ぜいたく)な資金を使って、さてそ

の後は資本家の金を当てにしている。需要(じゅよう)供給(きょうきゅう)均整(きんせい)(たも)たない時

に、共倒(ともだお)れになる事は、(かず)(まぬが)れないところである。しかも苦しいあ

まりに、いろいろの理屈(りくつ)を考えて、危険思想などもうまれてくるので

ある。                                      

例えば商業でいえば、生活の最も早い安定をいるには、小僧(こぞう)に行く

がよい。学校をやめて、決して資本の回収のできるものではない。後          

新平(しんぺい)は、県庁(けんちょう)給仕(きゅうじ)、野口英世は医者の玄関番(げんかんばん)であった。フォード

でも、エジソンでも、決して自動車学校や発明学校を卒業したもので

はない。商業をやるに、簿記(ぼき)・経済が(きら)い、中学を卒業するに、幾何(きか)

英語が嫌い、形外会に来るのに、歩くがいや、自動車に乗れば金がい

る。なんでも世の中には、好きな事ばかりのあるものではない。(つね)

一つの目的のためには、沢山(たくさん)な嫌いな事を我慢(がまん)して、やり()げて行か

なければならない。私のいわゆる気分本位といって、なんでもいやな

事はいけない。また理知本(りちほん)()(または理想(りそう)主義(しゅぎ))といって、なんでも                    6

人生を価値的に、あるいは功利(こうり)主義(しゅぎ)批判(ひはん)した時には、今日湯に入っ

ても、明日は(よご)れてしまうから、なんの効能(こうのう)もないという風に考えて

は、行きづまってしまって、手も足も出なくなるのである(笑声)

簿記(ぼき)をやって、音楽もやればよい。またそのうえに空想もし、居眠り

もすればよい。多多(たた)ますます(べん)ずるのである。

  卒業したてに7百円の給料

 根岸(ねぎし)という人は、赤面恐怖で、大正8年に、ここへ入院し、私が初

めて赤面恐怖を治した第一例である。これは私の『神経質及神経衰弱

の療法』と『神経衰弱及強迫観念の根治法(こんちほう)』の内に、その前半と後半

とが分かれて出ている。この人は自分が文字が非常に好きで、父親が

商人であり、非常に煩悶(はんもん)した。ついに私のいう事に(したが)って、商科を卒

業した。その関係は、その実例の日記中に(あら)われている。この人は英

語がよくでき、一番で卒業して、その年、上海(しゃんはい)に行き、西洋人相手の

外交をやり、月7百円の給料を取るようになった。赤面恐怖の運命

が、こんなに変転(へんてん)して行くという事は、想像もできない事である。こ

のように商業をやっても、かならずしも商人になるのではない。()

稽古(けいこ)したとて、(つね)詩人(しじん)になるとは(さだ)まらない。詩人の職業も、音楽

批評家の商売も、なかなかちょっと想像したようなものではない。

 小野氏 僕は先生や奥様にお聞きしたい事があります。僕はまだ赤

面恐怖が治っていないとおっしゃいますが、治っていても、治らなくと

も、何か仕事をして行かなくちゃしかたがないようになりました。そ

れで夜は学校へ行き、また家業の関係上からも、昼間、長唄の師匠の

ところへ(かよ)っています。症状はありながら、この頃はどこへでも行か

れる。人の前でも下手な大声を()げて、稽古(けいこ)する事もできます。

 森田先生 ごく上等。長唄をやるとは感心。随分(ずいぶん)(えら)くなったもので

ある。                  (6時食事。7時再開)

  足にひまなき我思(わがおも)()かな

 森田先生 今日は開会の時も、また今晩(こんばん)も皆さんをお待たせして、          

お気の毒でした。それは食事の準備に、家内(かない)がお客様を先にして、私

の食事の用意を後回(あとまわ)しにしたためでありました。お客あしらいのため                     

に、かえってお客に迷惑をかける。この会では、私が欠席する事ので

きない人物ですから、お客よりも、私を第一にしなければならぬはず

です。しかし他人行儀(たにんぎょうぎ)という気持から、ちょっと前後の関係を間違え

ると、いろいろの迷惑をかける事になります。

 さて、私が形外会の日には、昼も晩も食欲が出ない。また少々頭痛

もする。それはなんとはなしに、気がもめるからである。皆さんから

見れば、呑気(のんき)にでたらめの事をいっているように、思われるかも知れ

ぬが、そこがやはり「ただ見れば何の苦もなき水鳥(みずとり)の足にひまなき(わが)                    7

()かな」であります。なお一般の講演という事になれば、下調(したしら)べも

でき、腹案(ふくあん)(したが)って、順序(じゅんじょ)も立つけれども、座談会(ざだんかい)では、どんな話題

にぶつかるかわからぬ。皆さんの話を聞き(のが)してはならない。耳は遠

くて、皆さんの声が低い、なかなか気がもめる。講演は型にはまっ

て、自分の好きなようにやれるけれども、こちらは丁度(ちょうど)柔道(じゅうどう)乱取(らんど)

り、(げき)(けん)仕合(しあい)で、あるいは他流(たりゅう)仕合(しあい)のようなものである。どんな質

問が横合(よこあ)いから飛び出さぬとも限らぬ。なかなか骨が折れる。食が進

まぬのも、決して無理ではない。気が小さいとか、取越苦労(とりこしくろう)とか、神

経衰弱だとか、そんな事をいって、こぼすにも当たらぬ事である。当

然の事である。皆さんもよく気をつけて、このような事をいちいち病

気でもあるかのように、こぼして、私にダダッ子をいわぬように、し

ていただきたいものであります。

  真赤(まっか)になってすっかりあがっちまった

 坪井(つぼい) ただいま先生も告白されたから、私も自分の恥を告白しま

す。

 中学卒業後、僧侶(そうりょ)になりました。別に感ずるところがあったのでは

なく、僧侶になれば、大学に入れてやるからとのためであった。(ぼう)

んの世界は、想像していたような真面目(まじめ)なものではなかった。対人恐

怖のために、随分(ずいぶん)苦しい事もあった。

 初めて法事(ほうじ)に出た時の失敗談ですが、初めて長い立派な法衣(ころも)をきた

時は、胸がドキドキして、顔が真赤(まっか)になった。すっかりあがっちまっ

た。花皿を6枚ばかり渡されたが、どう持ってよいかわからぬ。法事

の始まる合図がある。自分は一番の末席で、末席は行列の一番先に行

かねばならぬ。人の真似をして行かなければならぬから、横目で見な

ければならぬ。なんとかして新米(しんまい)といわれぬように一生懸命であっ

た。立ったり座ったりして、人の真似だから、どうしても少しく(おく)

()ちになる。調子の悪い事おびただしい。なんだか、うなりながら、

花皿の花をまく事になった。3回にまくべきものを、一度にまいてし

まった。しかたがないから、その後はまく手真似(てまね)だけをして、ごまか

した。今度は座った。座る時に、お経机(きょうづくえ)との間隔(かんかく)をとっていなかった

から、ガーンというほど、頭を(つくえ)に打ちつけた。非常に赤面した。そ

ういう(ふう)に苦しんだが、そのおかげで、かえって対人恐怖の症状をせ

きとめていたかとも思う。

 私のいるところは、日蓮宗(にちれんしゅう)寄宿舎(きしゅくしゃ)で、2週間に1度ずつ、演説会

を開く。月に一度くらい、道路布教(ふきょう)をやる。七百年も前の日蓮(にちれん)今頃(いまころ)

やるのは、つまらぬ事と思っていた。上級生になって、いや(おう)なし

に、幹事(かんじ)(まつ)り上げられた。(ぼう)さんの会は、やかましくて、ちょっと

失言(しつげん)があっても、デマが()ぶ。ある時は駒込館(こまごめかん)(かど)でやった。平常(へいじょう)                   8

(かよ)っている所であるから、大いに(こま)った。しかたなしに、真赤(まっか)になり

ながらやった。

 私は檀家(だんか)の内を回りお布施(ふせ)(いただ)いて、苦学(くがく)していますが、ついに赤

面恐怖のため、どうにも苦しくてしかたなく、一度やめて田舎へ帰る

事に決心したが、また師匠(ししょう)説法(せっぽう)されて、思いとどまり、檀家(だんか)の家を

百軒(ひゃくけん)ばかりも回った。こんな風で、赤面恐怖も押し(とお)しながら、どう

にかこうにか、やっているのであります。

 森田先生 今の、法事(ほうじ)に初めて出た時のお話は、なかなか(おも)(しろ)かっ

た。あんな(ふう)に、具体的に事実を記述(きじゅつ)する時に、芸術的(げいじゅつてき)になる。この

時は誰にも、直接に感情をひき起こして、ハッキリとよくわかり、(きょう)

(めい)する事ができる。

 これに(はん)して普通・赤面恐怖のいう事は、抽象的(ちゅうしょうてき)なことばかり(うった)

て「つまらぬ事を気にする」、とか「目上の人に気兼(きが)ねする」とか「死

ぬ思い」とかいう風に、あるいは人情の当然の事や、あるいはなんの

事か、少しも見当のつかぬ漠然(ばくぜん)たる事をいって、いたずらに人の同情

を求めようとする。神経質がすべて自分の苦痛を抽象的(ちゅうしょうてき)に・独断的(どくだんてき)

自分勝手にいわずに、事実を具体的に表現する工夫(くふう)をすれば、それだ

けでも、その症状は、容易(ようい)によくなるのである。

  先生は気が小さいだろう

 野村先生 最近、先生はなかなか御健康で、活動されるようで、大

いに喜んでいますが、せんだっては、先生が、()()()り事件で、日日(にちにち)

新聞(しんぶん)座談会(ざだんかい)に出席された。先生はあんな殺人事件など、知っておら

れるはずがないと思っていた。あの座談(ざだん)にも、あまり先生のお話がな

かったが、最後に談話(だんわ)の全体のしめくくりをされているのであった。

 また、4日には「春と神経質」という題で、文芸(ぶんげい)春秋(しゅんじゅう)座談会(ざだんかい)に出

席されている。神経衰弱だから、大いに先生のお話があるかと思った          

ら、ちっとも先生のお話が出ていない。諸岡(もろおか)さんが、(さか)んに話をされ

ている。先生は外では、あまり話をされぬかもしれぬ。多分気が小さ

いのだろうと、我々(われわれ)同士(どうし)が話し合った事があります。

 森田先生 あんな所へ行くと、いつでも人に言いまくられる。僕は

必要に(せま)られなければ、強いて人をしのいでまでもいいたくはない。

 あの会では、諸岡(もろおか)博士が、一番よくしゃべった。何か記者からの質

問が出ると、すぐ西洋・支那(しな)文献(ぶんけん)()げて説明する。あまり御自分

(せつ)はいわれなかった。

 僕の考え方は、御承知(ごしょうち)(ごと)く、(つね)に実際と実行とを主眼(しゅがん)としている

から、あまりくどい説明は(この)まない。

問題が神経衰弱であるから、僕の主張はいくらでもあるけれども、

あまり一般の学説とかけ離れていて、人びとの説を打ち(こわ)す事になる                   9

から、なかなか口の出しどころがない。結局(だま)っているよりほかにし

かたがない。

 あるとき記者から不眠についての質問が出た。その考え方が、例の

(ごと)くあまり通俗(つうぞく)であるから、僕が少しく反対の考え方を説明しかけた

ところが、斎藤(さいとう)博士が、そばから「相変(あいか)わらず、()(あし)(とり)りがうまい」

揶揄(やゆ)されたので、たちまち閉口(へいこう)して、もう再び口を開く事ができな

くなった。自分はまじめに、俗人(ぞくじん)(めい)(もう)を開いてやろうと、熱心(ねっしん)して

いた矢先(やさき)であるから、がっかりしてしまった。これほどまでに、一般

の医者と僕の説とは、間隔(かんかく)がはなはだしいのである。その後は僕は、

もう思いあきらめて、(どく)にも薬にもならぬその座のつくろいに、お茶

(にご)す事に心掛(こころが)けたのであった。これがいわゆるジャーナリズムであ

って、あまり肩の()るような事をいっては、売れないのであろう。

  道は近きにあり

高浦(たかうら)先生  今度、私は、神経質見学かたがた、自分も()(じょく)療法から

体験する事にした。その間いろいろの心理を体験したが、3年来実行

してきた二食主義が、ツイツイ三食主義に変わってしまった。()(じょく)

は、昼食を出されて、お(ぜん)をそのまま置いて行かれたために、なんと

はなしに、手をつけるようになった。起床(きしょう)して後にも、それが続くよ

うになった。また禁煙(きんえん)もしていたが、これも他の患者と接して、一つ

二つもらって喫煙(きつえん)した事から、本式に煙草(たばこ)をのむ事になった。

 前から私は、先生の日常の()生活ぶりは、知っているが、今度は直

接に、先生に接する事ができて、初めて実際の事がわかるようになっ

た。「道は近きにあり」というように、先生は(つね)に、ごく手近(てぢ)かの事

理屈(りくつ)でなしに、感じから出発して、実行しておられるという事が、

特徴(とくちょう)であるという事がわかる。

 先生の御診察(ごしんさつ)は、御承知(ごしょうち)の通り、小さな机で、サラサか何か、粗末(そまつ)                   

机掛(つくえか)けで、少しも体裁(ていさい)ばるという事なしに、診察をされる。それで

いて、患者に対する何か力強いものを与えられるのである。

 昨日は、慈恵医大の講義にお供して、その帰りに、少し散歩をされ

たが、路傍(ろぼう)で、クズ屋のもっている自動車のゴムのきれを見付けられ

た。それが 一貫目(いっかんめ)(せん)との事である。 先生はそのゴム少しばかり

もらって、十銭(じゅっせん)(あた)えられた。それを何になさるかと思ったら、先生

はそれをテーブルや椅子(いす)やの足の底にお()りになるのである。百(もんめ)

も足らぬものを十銭(じゅっせん)もらえば、クズ屋も大もうかりであり、先生も(はい)

(ぶつ)利用で、大きな(とく)になる。普通の人のちょっと気のつかないところ

に、先生は奇抜(きばつ)な発見をなさる。それが先生は、決して理論でなく

て、感じから出発されるのである。些細(ささい)な様な事であるけれども、こ

れが(かく)(だい)して、すべて物を生かし、人をも感化(かんか)して、大きな貢献(こうけん)にな                   10

る事と思うのであります。

 森田先生 このあいだ荒物屋(あらものや)で、安い(ほうき)があって、4本ばかり買っ

たところが、主人が「お届けしましょう」という。僕の家を知ってい

るとの事である。いつの間に僕の事を知っていたのかわからない。僕

はいつでも、些少(さしょう)のものを、商人(しょうにん)にわざわざ持ってこさせるのは、無

用の労力であるから、(つね)に自分で持つ事のできるものは、人には(たの)

ないのである。人は(ほうき)など持って行くのは、みっともないというが、

僕は実際(じっさい)主義(しゅぎ)であるから、こんな感じは起こらないのである。

  前にはジャージャーやった

 山野井氏 私が入院中、ここのお家ですべて物を大切になさる事

に驚いた。顔を洗った水を、そのまま捨てずに、バケツにためて、(ぼん)

(さい)にやったり、(おもて)()ち水にしたりする。米のとぎ水は、油のついた

皿を洗う。反古紙(ほごし)は、6,7(しゅ)に使い分け、(まった)く用に立たぬものは、

飯炊(めした)きの燃料にする。私はいつとはなしに、そんな傾向になり、家で

紙くずで御飯(ごはん)()く、ヘッツイを買うと、2,3円にかかるから、自分    ヘッツイ=かまど

でこしらえた。決してガス代を倹約(けんやく)するとかいう理屈(りくつ)でなく、ただ、

物そのものがもったいなく、()てるのが()しいのである。水道など

も、1円75銭と決まっていて、前にはどうせ、決まっているから

と思って、ジャージャーやったが、今はその水を無駄(むだ)にするのがもっ

たいないから、倹約(けんやく)にする。電灯(でんとう)でも、月決めで、決まっているけれ

ども、入用(いりよう)のない時は消すという風になったのであります。

 森田先生 私のところで、皆さんも御承知(ごしょうち)の通り、外来患者の住所

姓名(せいめい)を書くのに、反古紙(ほごし)からより出したものを小さく切って使ってい

る。ある病院では、金ぶちの紙を使っているとの事である。診察料は

高くて、相当の体裁(ていさい)を張るべきところを、この反古紙(ほごし)を使うという事

は、一般の人から見ると、はなはだ矛盾(むじゅん)のように思われようけれど                     

も、今の山野井君のお話から想像(そうぞう)しても、私には決してその間に矛盾(むじゅん)

はないのである。

 山野井氏 先生のお宅では、買物の包紙(つつみがみ)やヒモを捨てないで、いろ

いろに利用される。私も真似(まね)て、沢山(たくさん)たまって、これが余ると、田舎(いなか)

親父(おやじ)に送ってやる

 先生は(とこ)の上で、お休みになって、書きものをなさる事がある。私

もすぐ真似(まね)て、()て書く事ができるようになった。

 入院中の方は、なるべく先生のおそばで、先生を見習(みなら)えば、随分(ずいぶん)

治り方が早いと思います。今日の外来診察の(かた)に、この形外会へ出席

なさるように、(すす)めたけれども、なんとかいって帰ってしまった。()

(かい)をとらえる事のできない人と思いました。

 私の親戚(しんせき)に、対人恐怖の男がいるが、なかなか私の思うように、()                    11

(どう)について来ない。いろいろ工夫して見るけれども、なかなかいけな

い。先日は大掃除(おおそうじ)があって、家の前に、(たたみ)()してある。それが(たお)

たから、おこしてくれるように(たの)んだけれども、もじもじして、なか

なかやってくれぬ。私が行って、(たたみ)を持ち上げて、早く来て、下へ(まき)

を入れてくれといって、私が(おも)いものを持ち上げていれば、気の毒に

なって、来てくれるかと思ったが、やっぱりこない。入院中の方なん

か、とくに先生の御指導について行く事が、大切と思う。

  心機(しんき)一転(いってん)のこと

 増田(ますだ) 抽象的(ちゅうしょうてき)の事ですけれども、よく先生が、心機一転という事

をいわれる。私はこれまで、それは()(ひら)を返したように治る事かと

思っていた。しかし今は(まよ)いながら、やっている(なか)に、しだいに心の

持ち方が変わると思っていますが、どうでしょうか。

 森田先生 こんな文句は、みな芸術的表現であって、理屈(りくつ)で考えて

はいけない。一転(いってん)とは、突然(とつぜん)と急に一変(いっぺん)する事である。例えば我々が、

よく方角(ほうがく)(ちが)える事がある。私には一定の場所へ行くと変わる事があ

る。私は自分の心境(しんきょう)を研究するために、そんな場合があると、その(ちが)

った方角(ほうがく)の感じを、じっと見つめて、見失(みうしな)わないようにしている。し

かるにそれが、一定(いってい)の所へ来ると、急に逆転(ぎゃくてん)して、正しい方角(ほうがく)に返る。

私が両国(りょうごく)(ばし)へ行くと、東京の私の間違った方角が、正しくなる。(すで)

一転した時には、前に間違っていた方角(ほうがく)の感じになろうとしても、そ

れはもはや不可能である。この方角(ほうがく)の感じの変化の心境(しんきょう)から、心機一

転という事を考えれば、最もわかりやすくはなかろうかと思うのであ

ります。

 浦山氏 私は入院中、起きて5日目に、今まで自分が、ひっかかっ

ていた事が、急にポカッとわかった。この急に一転する人と、(ぜん)()             (ぜん)()しだいに。

(さと)る人とあるのは、その人の素質(そしつ)にあるのではないでしょうか。            

 森田先生 機会(きかい)です。(わけ)なしに、(だれ)でもできるものではない。卵が      窮達=困窮栄達

孵化(ふか)するようなものである。時節(じせつ)到来(とうらい)しなければならぬ。(きゅう)(たつ)とか  おちぶれることと栄えること。

いう事もある。せっぱつまって、頓悟(とんご)する事がある。「大疑(たいぎ)ありて(たい)     頓悟=一挙に悟ること

()あり」というように、相当(そうとう)素養(そよう)があり、そのために修養に苦しん

だものでなければ、一転は起こらない。東京に生まれた人は、東西南

北の方角(ほうがく)は、わからぬものと、決めてある。東京の人に方角の事をい

うと笑われる。道を教えるにも、右左である。こんな人に、方角が心

機一転するはずはない。生死の問題や人生観を考えたことのない人に、

心機一転の起こるはずはない。ここまで詮議(せんぎ)()てすれば、素質(そしつ)という

事も関係するけれども、「求めざれば()ず」「(たた)けよ開かれん」とい

う風に、その人でなければ、できない事である。

  足元(あしもと)ばかり見ては丸木(まるき)(ばし)は渡れぬ                                      12

 心機一転の普通の場合は、心の内向的が外向的に一転する事かと思

う。例えば自分が、今まで、足元(あしもと)ばかりを見、自分の勇気(ゆうき)の有無ばか

りを考えて、どうしても(わた)る事のできなかった丸木(まるき)(ばし)を、思い切り(すて)

()になった拍子(ひょうし)に、前の方ばかりを見つめて、スラスラと渡り()た時

のようなものである。早川君は、まだ一転にならない。すべての事を

理屈(りくつ)で考えるから、物を直観(ちょっかん)し、感じから出発して判断(はんだん)する事のいか

明瞭(めいりょう)正確(せいかく)であり、その力強いものであるかという事を、会得(えとく)する

時節(じせつ)到来(とうらい)しないのである。

 (たと)えば方角は、どんな時に、正しくなるかというと、日の出る方を

見て、理論では、その方が東という事がわかるけれども、東という(せい)

(らい)の感じというものは、決して出てこない。私の場合は、神戸(こうべ)海岸(かいがん)

通り・品川(しながわ)海岸(かいがん)両国(りょうごく)(ばし)本郷(ほんごう)3丁目などへ来ると、それまで違っ

ていた方角が、たちまちに一転して正しくなる。それは太陽が東から

出るというような、個々の感じでなく、綜合的(そうごうてき)全体(ぜんたい)の感じでなくて

はならない。私の郷里(きょうり)土佐(とさ)では、南に海・北に山がある。それが(わたし)

(ども)の身に()()んだ全体の感じである。日本海へ出れば、海が北にあ

る。その時は私は、それを南と感じるのである。決して理屈(りくつ)から()

出したものではない。

浦山君が心機一転したのは、あるとき浦山君が、僕のいう事と妻の

いう事と、反対であった事について、疑問(ぎもん)不満(ふまん)とをもっていたとこ

ろを、僕の親戚(しんせき)禅僧(ぜんそう)が来ていて、それはそのまま、おとなしく両方

のいう事を聞いて実行すればよい、といわれた事からである。

 それは、どんな事件であったか、忘れたけれども、例えば家内(かない)は、

盆栽(ぼんさい)に水をやるようにという。僕はやってはいけないという。この

「せよ」と「いけない」という事の正反対(せいはんたい)の言葉の(すえ)に、いたずらに 

とらわれて、反抗(はんこう)(しん)を起こし、その実際(じっさい)を見る事ができないからであ          

る。同じ盆栽(ぼんさい)でも、水をやる事と、やっていけない事とは、()えず変

化してその両方に、正しい意味がある、という事に気がつかない。

これを従順(じゅうじゅん)に実行して見れば、なんでもなくわかる事である。

  理屈(りくつ)はダメだとポカンとやられた

 浦山(うらやま) そのとき初めて「無所(むしょ)(じゅう)にしてその心を(しょう)ず」という事が

わかった。どうして今まで、こんなつまらぬ事に、ひっかかっていた

かとおかしくもあった。しかし、それがまぐれ当たりかも知れぬと思

って、発表しなかった。成績の悪い自分が、こんな風になったのは、

陶酔(とうすい)かも知れぬと思って、黙っていた。そのうちにだんだん自信がつ

くようになった。

 ここを退院してから、威勢(いせい)がよくなって、(ぜん)の本など読むと、よく

わかる。禅なんか、たいした事はないと思った。近所に南天(なんてん)(ぼう)弟子(でし)                    13

(ぼう)という人がいた。一つひやかしてやれと思って出かけた。()けん

気で、気持のよい話をした。その人は、おとなしい話をする。山門(さんもん)

出たとき、やられたと思った。その後その山に登って、禅堂(ぜんどう)にはいっ

た。「無」という公案(こうあん)をくれた。こんなものは、わけないと思った。

次の朝行ったとき「我見(がけん)執着(しゅうちゃく)しない事」と答えたら、そんな理屈(りくつ)

ダメだと、ポカンとやられた。その後いろいろやったけれども、どう

しても、いけない。(しゃく)にさわってしかたがない。行きづまってしまっ

て、「無ウー」といったその発音で、過去の経験にとらわれている事

がわかった。(つね)に先生が「日々(ひび)(あら)たに」、「一瞬(いっしゅん)一瞬(いっしゅん)に変化するといわ

るる言葉がわかった。概念(がいねん)の説明はわかっても、無字(むじ)を出せといわれ

て、どうしてよいかわからなかった。

 森田先生 浦山君は、ここへ21日間、入院していた。その間に

神戸の衛生病院(サナトリウム)に、まる一年間入院していたそうです。

それまでには、随分(ずいぶん)ありとあらゆる治療法を経験している。その素養(そよう)

苦心(くしん)とがあってこそ、初めて心機一転したのである。誰でも気楽に

ただではできない。

  やかましくなさ過ぎると、気になって勉強ができぬ

 早川氏 心機一転に()ていて、やはり(まよ)いの中にあるように思われ

ますが、初め勉強するのに、騒音(そうおん)が、かなり邪魔(じゃま)になった。入院して

から、今度は騒音(そうおん)がなくては、空想(くうそう)にふけって、勉強ができないよう

な気持になった。勉強するとき、周囲の騒音(そうおん)の有無を意識している。

もう少しやかましかったら、勉強ができるのにと、騒音に()えている

というような事もあります。やかましければ、勉強にも、相当に邪魔(じゃま)

になるけれども、あまり静かだと、やかましくなさ過ぎるという事が

気になって、勉強ができぬ。

森田先生 早川君は、どこまでいっても、理論(りろん)見解(けんかい)を立てる事を

決してやめないから面白い。 それが早川君の「あるがまま」であるか

ら、それでよい。見解を捨てなければ、いけないといえば、またその

捨てる工夫(くふう)拘泥(こうでい)する。「信心(しんじん)()なきを以て(もって)()となす」という事が

あるが、そうすると、義すなわち理屈をなくしようとして苦心する。

(きゅう)()き当たれば反動して、さまざまに変化するように、我々は物に

当たって、疑い理屈を考えるのが、本来性であるから、これをなくし

ようとするのは、不可能である。私がいうのは、理屈をなくするので

はない。ただ、理屈をいう事をやめ、義をたてる事を遠慮しさえすれ

ばよいのである。

 こんな容易(ようい)な事はない。これに反して理屈を思わない事は、不可能

事である。

 私はただ理屈をいう事をやめて、静かに物を見つめさえすればよ                    14

い、という。しかしそこでもまた困る事は、早川君は、その言葉通り

を実行して1時間でも2時間でも、ただ立って、目をその方に向け

ているというだけで、それを観察するという事ができない。物が目に

見え、感じが起こってこないのである。

 先日も(ぼう)(くん)が、ある花を()らさぬようにと頼んだところが、その人

は一生懸命に、従順(じゅうじゅん)のつもりで朝夕に水をやっている。花は咲き終わ

り、そのは(くき)は藁のようになっても、まだ気がつかないでいる。見つめ

るという言葉にとらわれて、その周囲のものが見えてない。枯れるものと

枯れないものとの草花(くさばな)との区別なども、少しも気がつかないのである。

 この「見つめる」という事の私の教えは、雑誌の「十年のシビレ感

・・・」の例で、激しい神経痛が、わずか2週間の入院で、全治した実

例において、その効果がよく現れているのがわかります。

 (ぜん)の事は、僕も今から25年ほど前に、釈宗(しゃくそう)(かつ)禅師(ぜんし)について、二

ヵ月間くらい、参禅(さんぜん)した事がある。「父母(ふぼ)未生(みしょう)以前(いぜん)自己(じこ)本来(ほんらい)両目(りょうめ)

如何(いかが)」という考案(こうあん)をもらって、34回禅師の前に出たけれども、

通過(つうか)せずにしまった。それ(ゆえ)に私は、禅というものが、どんなもので

あるかという事を知らないのである。

 増田氏 この形外会員の内には、かつて、将来一人前の人間になれ

ぬと悲観していた人が、今は立派な人になっておられる人が多いか

ら、会員名簿を作り、お互いに名を知る事ができれば、大いに刺激・

発奮(はっぷん)(たよ)りとなる事かと思うが、いかがでしょう(賛成者多く可決(かけつ))。

 森田先生 この会も初めは23回で中止するかと思っていた人も          

あるけれども、案外、成績がよくて、早や22回になって、ますま

す盛大になった。嬉しい事である。不思議な事には、この間に一度

も、同じ話が出ない事である。談話(だんわ)腹案(ふくあん)なく、作為(さくい)のない自然の(なり)

()きにまかせるから、変化に(きわ)まりがない。面白いものであります。

(山野井氏の閉会の辞にて、9時過ぎ、随意(ずいい)散会(さんかい)した。)

             (『神経質』第3巻、第9号・昭和7年9月)                     15

 

 

22回 形外会   全集第五巻 232