第4回 形外会  2


  夫婦喧嘩の根治法

 家庭の事はあまり立ち入っていうのは面白くないけども、神経質

の治療のために、今まで暗黒(あんこく)であった家庭が、明るく平和になる事は

著明(ちょめい)な事である。ここに思い出すのは今年2月のこと、46歳の婦

人、はるばる上京して夫婦同時に私の診察を受けにきた。夫婦が平和

にならないのは、(たが)いに相手が悪いと思っている。お互いに暴行に及

ぶ事があったが、後には夫人の方が強くなって、物を投げたり、ひっ

かいたりするようになり、傷の絶えることが、ないというほどであっ

た。診察の結果、私は「御都合で、どちらでも一人治せばよい」とい

った。しかし御主人の方は会社が忙しいし、また私の方も殴るほうを

先に治したほうが便利であるので、夫人が入院する事になった。

 全体は40余日間の入院であったが、随分よくなって心機(しんき)一転(いってん)し、

退院後、家庭は全く平和で、御婦人から非常に喜んだ手紙が来ている

のであります。その診断や症状や治癒(ちゆ)機転(きてん)については、精神修養の上

に非常に面白い参考になりますから、いま古閑(こが)君がこれを書いている

ところです。

 さて、この神経質の研究によって書痙も治る。夫婦喧嘩も治る。そ

の範囲はなかなか広いものであるという事が想像されるでありましょ

う。

 しかしながら森田は家庭の不和をも治す、人心を改善する事ができ

るとかいえば、それは迷信である。胃癌でも中風でも治すという心霊

療法家と同類になります。私もまれにはこのような迷信者流から、森

田は偉いという風に思い違えられて、冥利(みょうり)のほどが恐ろしいこともあ

ります。私はただ極めて制限された事しかできません。例えばこの家

庭の不和のようなことでも、もしそれが狂人であれば私の力に及びま

せん、もし意志薄弱性のならず者でも、なんともしかたがありませ

ん。もしヒステリーであれば、なかなか困難で再発が多い。ただ神経

質においてのみ、簡単に根治的に改善する事ができるというまでの事

であります。

 

 9歳から種々の重病のやり続け

 坂倉氏(24歳 昭和2年入院)入院中の感想は、私は先生に()

(ごと)ばかりいわれていた。それまでは家で小言をいわれた経験がなかっ

た。先生の小言は恐ろしかったが、その後しだいに面白くなった。入

院は昭和2年でその後健康で学校へ行っているが、その理由はわから

ない。私は先生の言われた通り種々の病気をやった。9歳でジフテリ

ア1ヵ月、尋常5年でチフス2ヵ月半、6年で腹膜炎(ふくまくえん)2ヵ月、中学1年で肺炎2ヵ月、

2年で腹膜炎1ヵ月、3年の学年末、冷たい弁当を食べて盲腸炎にかかり、4年5年

と毎年再発し、ついに手術して1年間静養した。早稲田の高等学院2年で肋膜炎(ろくまくえん)、肺炎

といわれブラブラした事がある。その後先生の『根治法』を読んで、ここへ35日間入

院しました。いま考えると肺炎の事など、本当に悪かったか、どうかはわからない。

今は病気の不安から救われて、ある自信をもって勉強しているのであります。


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