20回 形外会    昭和7410日 3-1  全集第五巻 201

  東京病院にて開催(かいさい)来会者(らいかいしゃ)44人、森田夫人、佐藤・古閑(こが)

  野村の(しょ)先生、浅羽(あさは)香川(かがわ)三留(みとめ)各医学士、山野井副会

  長、井上・荒木両幹事(りょうかんじ)の出席あり、盛会(せいかい)なりき。現幹事のほか

  に、水谷・小野沢(りょう)(くん)幹事(かんじ)となる。開会午後3時半、例の(ごと)

自己紹介あり。

 山野井副会長 開会の()

 森田先生 山野井君の進行係も、なかなかうまくなった。対人恐怖

の人も、こんなに(えら)くなるのであります。

 (くわ) 心悸(しんき)亢進(こうしん)

 (かき) 4年前、ひどい神経衰弱(すいじゃく)で、頭痛はひどく、葉書(はがき)宛名(あてな)もろ

くに書けず、廃人(はいじん)と同様になったが、入院して全治(ぜんち)しました。

 久保(くぼ) 心悸(しんき)亢進(こうしん)

 (ほり) 小学4年頃から、いろいろの強迫観念に(おそ)わられた。苦しくて

退学しようと思った事が、再三(さいさん)あったが、今は先生のお(かげ)でよくなっ

た。

 (おお) 対人恐怖。

 清水氏 大正14年に、2ヵ月(ほど)入院、成績が悪くて全治に至ら

ず、退院後半年ばかりしてだんだんよくなり、活動力が出てきまし

た。

 森田先生 この人は少し治り過ぎて、元気がよくなり、種々(しゅじゅ)の計画

をするようになり、お父さんを困らせた事がある。

 谷○ 対人恐怖」。

 堀○ 狂犬病恐怖。

  対人恐怖で手が震える。

 小宮氏 17歳から発病し、仕事のできないのが苦しく、何度も()

(けっ)しようと思った事がある。先生のところに入院し、ただ今は忙しく

(ひま)なしに働いています。

 井上氏 雑念(ざつねん)・読書恐怖。

 和布(わかめ)○ 対人恐怖。

 世○ 対人恐怖。

 厚○ 心悸(しんき)亢進(こうしん)で、大正15年に診察を受け、その後先生の著書(ちょしょ)

全快したものです。

 駒○ 心悸(しんき)亢進(こうしん)

 島○ 読書恐怖。

 小○ 対人恐怖。                                

 畔上(あぜがみ)氏 人の咳払(せきばら)いが気になる恐怖観念。

 小○ 大正15年から、注射なども3,4年間つづけた。梅毒(ばいどく)から          1

起こるものではないかと心配して、脊髄液の検査もしたが、陰性であ

った。先生の診察を受けて、御著書(ごちょしょ)を盛んに読んだ。大分よくなりま

した。

 小野○ 赤面・読書恐怖。

 狩○ 心悸(しんき)亢進(こうしん)発作(ほっさ)

 小野○ 対人恐怖。

 蜂須○ 赤面・読書恐怖。

  遇然(ぐうぜん)に死ぬる工夫(くふう)

 篠原(しのはら)氏 神経衰弱といわれて、11年ほどになる。5年ばかり前

に、苦しくなって死んでしまおうかと思った。父が自殺しているか

ら、自分もやっては、世間に対して恥ずかしい。何か偶然に死ぬる工

夫はないかと考えて、難船(なんせん)で死のうと思いついた。たびたび船に乗る

間に船に乗る事に()れてしまって、平気になった。

 次に最も危険の多いものと考えて、飛行機に乗った。2回乗った。

最初、箱根の山の上で、エア・ポケットの所で、飛行機がスーッと

下がった。丁度エレベーターが降りるようで、首だけ上に置いてきた

ような気がした。死んでもよいつもりの私が、人一倍(おどろ)き方が(はげ)しか

った。もう死ぬる事はあきらめて、温泉へ行ったり、治療法にあらゆる

事をやった。

 また失恋したが、先生の『恋愛の心理』の112頁のところで解決

ができた。

 自分ばかりかと思ったが、神経質が多いのに驚いた。それで安心す

ると同時にまた悲観もした。その後、私はやれるだけ、やってきた。

商売の成績も一番よったのであります。

 河〇 心悸亢進と外出恐怖。発病は昭和4年、梅毒からくる神経衰

弱といわれ、5千円ばかり(つい)やした。職工を使う職業ですが、入院し

て、すっかりよくなった。・・・・・・

 森田先生 今日の自己紹介は、長い人が5分10秒、4分30秒など

で、短い人が4秒。全体で55分かかりました。やはり自己紹介

は、親しみのできるもので、やめないほうがよい。僕が早く余計にし

ゃべると、どうも皆さんの話が出ないようであるから、僕の話は後回

しにします。

  親が死んでよくなった

 山野井氏 私が最近に説得した不潔恐怖と対人恐怖の例をお話ししま

す。不潔恐怖は、親戚の22歳になる男で、家族とともに食事する

事ができない。自分一人で食事しなければならない。家族の人も大変         

困って、私に相談にきた

 一人は対人恐怖で、中学5年で退学し、去年の暮れまで、約4年間          2

は、全く家に引き込んでいた。人に顔を見られるのがいやで、昼間は外

に出ない。しかし身体を弱くすると悪いといって、夜出かける。歩い

て行くと、知ってる人に会うからというので、自転車に乗る。提灯(ちょうちん)

をつけるにも、家の(しるし)のないものをつける。

 去年は徴兵(ちょうへい)検査(けんさ)で、その人の父も大変心配して、私に相談に来たが、

私は、きっと、それは神経質だから、徴兵(ちょうへい)に出るほうがよいといって

やった。また私はそのとき、予言してやったが、それは非常に貧乏に

なれば、必ず働きだすとかいう事であった。あるいは先生の著書を読

むか、先生のところに入院すればよい。自然に境遇に服従するか、あ

るいは(みずか)ら進んで治すかの二道(ふたみち)があるという事を説明してやった。

 しかるに去年9月、父が亡くなった。兄が跡をとり、自分も一生懸

命にやらねばならぬようになり、今まで引込(ひっこ)()ちの青年が外にも出

るようになった。今までの対人恐怖もよくなったのであります。

 この間、武蔵野(むさしの)高等工業学校を受験した。そのとき、私が一緒に行

ってやった。五反田(ごたんだ)で電車を降りて、学校は谷山にあるという事はわ

かっているが、後がわからぬ。青年にどうしようかといえば、行って

見ようという。どこへ行こうかといえば、青年はマゴマゴしている。

なるべく私に道を問わせようというつもりである。交番で、谷山の()

蔵野(さしの)高等工業学校と聞けばよいといって、ようやく聞く事ができた。

谷山を聞けば、学校は自然にわかるであろうと、なるたけ言葉を少な

く聞こうと算段(さんだん)しているのである。今までは巡査(じゅんさ)などとは全く話する

事もできなかったが、谷山をきいて、行って見ると、すぐ学校がわか

った。するとその青年は、今のは練習ですかという。私は決して練習

などではない。やむを()ない必要の事であるといってやった。神経質

はすぐ物を(ぎゃく)に考える(くせ)がある。

 私の家で食事をするのに、非常に遠慮(えんりょ)する。私の前では(すわ)らない。

あまり遠慮するから、私のほうで気がもめ、世話がやけてしかたがな

い。それが対人恐怖の対人恐怖たる所以(ゆえん)で、自分の気持ばかり考え

て、少しも人の迷惑(めいわく)を気にするとかいう事がない。

  なんでも練習練習という教育の弊害(へいがい)

 森田先生 ここでは、なるべく話が脱線したほうがよい。話があま

り病気の治療に拘泥(こうでい)しないほうがよい。皆様が病気が治るに、最も必

要な条件は、病気を治す事を忘れる事である。ここでは例えば、人生

と神経質とかいう題目の心持で話したほうが面白い。自分の病気の治

し方ばかりを聞こうとしていると、かえって病気は治らなくなるので

ある。                                      

 山野井君の話で面白いのは、練習かと問うた事である。練習ではな

い、実際である。入院中の人でも、いつもこれと全く同様の心掛(こころが)けの           3

人が多い。例えば夜の仕事に、雑巾(ぞうきん)さしをしたとしても、すぐこれを

運針(うんしん)の練習になるとかいう風に考えたがる。ちょっと心掛けがよさそ

うで、実は(きわ)めて馬鹿げた事である。雑巾はただこれを使うがためで

ある。(めし)()く。練習になったとか、患者の日記に書いてある。よっ

ぽどおかしい。高等教育を受けた人びとが、入院わずか40日ばかり

の期間に、飯炊(めした)きや運針(うんしん)の練習をして、この人は果たして、将来どんな

仕事をする人になるつもりであろうか。入院修養の目的は、「事実唯

真」を会得(えとく)し、「自然に服従し、境遇に柔順なれ」という事を実行す

るので、結局は自分自身のベストの適応性を得る事である。やたらに

飯炊きの練習をされては、毎日これを食わされる者が迷惑(めいわく)である。必

ず常に上等の飯を炊いてもらわなければならない。兼好(けんこう)法師(ほうし)のいって

ある事に、弓をひく者が、矢を2つ持ってはいけない、必ず1つの矢

で射なければ、2つの矢を試す気になって、真剣にならないから、結

局2つともあたらないという事がある。試すとか手習いにするとかい

う事がいけないのである。この練習練習という事が、今日(こんにち)教育上の大

なる弊害(へいがい)の1つである。大学出の人で、たまには法科で3年、医科で

4年、法学士・医学士であるという人がある。実は私も昔は医学士に

なって、もう1つ文学士になろうと(くわだ)てた事があった。こんな人は、(けん)

好法師(こうほうし)徒然草(つれづれくさ)にいってあるように、ある人が法師になるには、馬に

も乗り、笛も稽古(けいこ)し、何なにもやらなければ、といって一生、法師に

ならずにしまったというのと同様で、ただの(もの)()りになり、決して適

応性のよい、働きのある人にはならないのである。

私も昔は、患者の作業に、習字をやらせた事もあるが、今日(こんにち)では、

字の下手な人には、夜業の代わりに、毎日の日記を、人の読みやすい

ように、活版(かっぱん)のように、最も奇麗(きれい)に字を書くようにやらせる。そうす

ると、たちまち上達して、容易に上手になる事ができる。物はなんで

も、その事ごとに実際に当面(とうめん)すればよい。今日の教育でも、この方針

で行くならば、その成績は非常によくなる事と思うのである。

  死んでもただでは死なない

 今日の皆さんの、いろいろの面白いお話の内で、飛行機でさえも死ぬ

る事ができず、飛行機から降りた時は、安心と同時に悲観したという

事が、非常に面白かった。

 私も少年時代には、いっそ死んだがよいと思った事も時どきあり、ま

た死を決した事も1、2度あった。これは私の漫筆(まんぶん)の内に書いてある

事であるが、大学1年級のとき、大学の先生が脚気(かっけ)と神経衰弱とで

あるというので、1年中、薬を飲み続けた。試験前になって、父から          

金を送ってこない。親父(おやじ)(つら)あてに、死んでやれと思い、薬を飲む事

をやめて、無理やりに勉強した。その結果は脚気(かっけ)も神経衰弱もどこへ                    4

やらなくなってしまい、そのうえ試験の成績も上出来であった。後に

思えば、それは脚気(かっけ)でも神経衰弱でもない。実は神経質というもので

あったのである。船や飛行機で、死に場所をもとめたというのも面白い

が、勉強なり、冒険なりをして、死を()すというのも、一つの考案(こうあん)

ある。それなら死にたいかというに、決してそうではない。篠原さん

が飛行機から降りて安心したというように、一方には死はどこまでも

恐れあやぶみながら、自分の意向を(たっ)せんがために、一かバチか両道(りょうみち)

をかけて、大きなヤマを張ろうというので、結局はどこまでも、生の

欲望にかじりついているのである。神経質者には、この「(たお)れてもた

だでは起きぬ」「死んでもただでは死なない」という欲ばり心が非常に

多いかと思うのである。もし意思薄弱性素質ならば、これと反対に、

生の苦痛のために、本当に自殺し、またはいたずらに享楽(きょうらく)主義になっ

て、堕落(だらく)してしまうようになる。つまり生の欲望が(とぼ)しく、なり行き

放題の酔生夢死(すいせいむし)の種類であるのである。

  子供を殺してしまおうか

 柿原(かきはら)夫人 私なども幾度(いくど)死のうとしたかわからない。悪い時には、

葉書の宛名(あてな)を書くだけでも間違う。手紙も人に書かせた。自分で書く

と、自分の考える事とまるで違ってしまう。数を数える事も百以下で

なくてはできない。買い物に行く事もできない。人と話をしていても、

いまいった事を忘れ、「あの」とか「その」とかの代名詞ばかりを使

うようになる。明るい光も恐ろしくなる。子供が泣き出すと、(すみ)の方

へジッと(すわ)りこんでしまう。子供を殺してしまおうかと思った事もあ

った。

 ついに先生の診察をうけて、私が最も心強く感じた事は、先生御自

身が、私と同様の経験があり、年をとっても、働いておられるのを見

た時であった。

 入院して()(じょく)中は、奥様から、どんなに苦しくとも、ジッと寝てい

なくてはいけないといわれ、その通りにした。初め他の入院の方が、

仕事から部屋にお帰りになる時など、非常にやかましく、うるさく感

じられた。

 現在はたまに頭痛のする事もありますが、前のように仕事のできな

くなるような事はない。一人前に働く事ができるようになった事を感

謝しています。

 森田先生 今のお話は7分間です。割合(わりあい)沢山(たくさん)いえるものです。さ

て神経質で、今のお話のように、何もわからなくなり、できなくなる

事がある。馬鹿になってしまったようである。こんなふうになるのに、         

ヒステリーで一時性にうっとりする事があり、また憂鬱病(ゆううつびょう)で、気がふ

さいで、悲観の(きわみ)、何もわからなくなる事がある。それで医者がよく                   5

神経質と憂鬱(ゆううつ)病とを診断を間違える事がある。皆その病の本態と性質

とが違うから、その見分け方を知らなければならない。

  良妻(りょうさい)賢母(けんぼ)として

 さて、神経質の人が、嫁入りをして後に、ある場合には、次のような

事から、柿原さんのように病気がますます悪くなるような事がある。

それは自分が嫁として、良妻(りょうさい)賢母(けんぼ)として、誰から見ても非の打ちど

ころなく、完全な善人になりたいという欲望を押し通そうとし、つま

り理想主義にかぶれるがために、(しゅうと)(しゅうとめ)小姑(こじゅうと)等に対して、日常(にちじょう)赤裸(せきら)

()の感情でなく、()いて心をまげてかかるから、周囲からも、かえっ

て不自然なヒネクレノように見られ、自分が善人の義理を立てれば立

てるほど、かえって周囲から虐待(ぎゃくたい)されて、反対の結果になり、その苦

るしみが重なり重なって、ついに神経衰弱になるのである。すなわちこ

の様な人は、入院して精神修養をなし、自然の人情にかえり、心機一

転すれば、今までのように、自分が強いて善人になろうとする事をや

め、自分はただこれだけのものである。無理に善人と思われないよう

に骨を折る必要もないという風に、おうようになり、自然に心も安楽

になり、心にこだわりがなくなって、日常の生活が、自由自在にな

り、神経質が治るのである。

 およそ自分が善人として、周囲の人から認められるためには、人が

自分に対して、気兼(きが)ねし遠慮しようが、うるさく面倒がろうが、人の

迷惑(めいわく)はどうでもよいという事になる。これに反して、人を気軽く便利

に、幸せにするためには、自分が少々悪く思われ、間抜(まぬ)けと見下げら

れても、そんな事は、どうでもよいという風に、大胆になれば、初め

て人からも愛され、善人(ぜんにん)ともなるのである。つまり自分で善人になろ

うとする理想主義は、私のいわゆる思想の矛盾(むじゅん)で、反対の悪人にな

り、自分が悪人になれば、かえって善人になるのである。

 たとえば人に御馳走(ごちそう)する時でも、人が少々下痢していても、まあど

うぞどうぞと、無理強(むりじ)いに親切の押売りをしようとする。これに反し

て、人に腹を(そこ)なわないように、無愛想(ぶあいそう)をして、自分が悪人となる

事は、なかなか困難(こんなん)であるのである。

 私共(わたしども)がこの老年(ろうねん)になっても、まだ大人げもなく、自分が人からほめ

られたい、悪人と思われたくない。それで自分で、いろいろの理屈(りくつ)

つけ、自ら弁護(べんご)し、(みずか)(あざむ)き、人をも欺いているこ事が多い。例えば、

私が人の悪口をいったり、あるいは腹立ちまぎれに、(しか)ったりする。

それをわがままとはいわずに、これは君らのために忠告(ちゅうこく)するとか、人

を治すためだとか、いろいろに理屈(りくつ)をこじつけるのである。 

20回 形外会全集第五巻 205     6

 

20回 形外会 32    昭和7410日 全集第五巻 206

 2千年前のギリシャのエピクターテスという賢人(けんじん)は、「人もし善人

たらんとすれば、 まず自ら悪人たる事を認めよ」といった事がある

が、前の嫁さんの神経衰弱のような場合でも、一度心機一転して、自

分が悪人となる事をいとわないようになれば、今まで陰惨(いんさん)の空気に()

ちていた家庭も、初めて愉快(ゆかい)光明(こうめい)()ちた団欒(だんらん)の家庭に一転し、そ

の神経質の本人から見れば、今まで自分に、つらく当たっていたすべ

ての家人が、皆親切な好意とばかり思われるようになる。この時に普

通、本人は他の人びとが変わったように思う事が多いけれども、実は

自分自身が知らずしらずの間に一転(いってん)()しているのである。

 山野井氏 ある人が神経質を治すために、結婚させたら、かえって

よかろうと考えて、結婚させたところがその家庭が非常に冷たく、少

しも新婚の温かさを感じないという事です。私に相談して来たけれど

も、これはなかなか難しい問題である。 私もしかたなしに返事して

やりましたが、それは結婚した以上は、そのまましばらく。辛抱する

ように、また勤め先から家に帰った時には、少し不自然でもよいから、

たまには歯を出して、笑うようにするとよい。といってやりました。

先生いかがでしょうか。

 森田先生 それはよい事であるけれども、難しい。強いて笑い顔

をするという事は、(うそ)をいうと同じように、なかなか難しいものであ

る。勿論(もちろん)、平気で嘘をいう種類の人は別であるが、神経質はむしろ()

(ちょく)に近いほどの人もあるから、この種の人には、なかなか思うように

できない。

 この場合には、ただ自分には、不機嫌な気むずかしい我儘者(わがままもの)であると

いう事を自覚し、人にもこれを認めさせ、その結果として、当然人に

嫌われ、うるさがられるものであるという事を自覚し、その応報(おうほう)を受

さえすればよい。 決して自分はこのような性質であるから、 人は大

目で見て、自分を許してくれるべきである、人は自分が悪人でない事

や、自分の正直のところなど認めて、理解してくれなければならぬ、

などと考えてはならない事である。このように思い(さだ)め、覚悟(かくご)して後

には、社交的にあるいは家庭的に、時と場合とに応じて、笑うも笑わ

ないのも、自由自在で、必ず自然の人情味(にんじょうみ)(あら)れるようになるので

ある。

  南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)というもいわぬも自由自在

 南無阿弥陀仏と唱名(しょうめい)する事でも、手軽に嘘をいう人は別として、神

経質はまず南無阿弥陀仏という実証(じっしょう)を認め、信仰を獲得(かくとく)した後でなけ

れば、なかなか口から()らす事をあえてしない。ここは(ほとん)ど強情張り          1

といってもよいほどである。私も昔大学一年生のとき、真宗(しんしゅう)村上(むらかみ)

(せん)(しょう)博士(はくし)のお家に行って、「どうすれば信仰が得られましょうか」と

いう事の教えを()うた事がある。その時先生は、「南無阿弥陀仏と(しょう)

(めい)せよ」といわれた。なかなか私にはできなかった。30()(さい)になっ

て初めてその意味がわかった。今は南無阿弥陀仏という事もいわない

事も、笑う事も笑わない事も、時と場合に応じて自由にできるように

なった。なおついでに、これは少し奇抜(きばつ)な事であるが、私が昔、中学

4年級のとき、決して笑わぬという事を努力して実行した事もある。

 さて、面白いなり、有難いなりの感情というものは、その対象・原

因があって、その反応として起こるものであるが、その時には、それ

相当の表情ないしは行動が起こる。今これを逆にして、歯を出して笑

うとか、南無阿弥陀仏というとかすれば、そこに愉快(ゆかい)とか敬虔(けいけん)とかの

感情が現われてくるのである。感情という自覚と、表情という現象と

は、同一事実の両面観であるというのが、私の持説(じせつ)である。急に下腹(したはら)

がへこみ、アッといって呼吸が止まるとかいう現象が、そのままビッ

クリであって、その時の感じがそのまま、驚きである。この表情現象

の少しもないところの驚きというものはないのである。

 それで愉快(ゆかい)になりたい人は笑い、信仰を得たい人は、南無阿弥陀仏

といえば、世話のない簡単な事である。ただ私共が南無阿弥陀仏とい

わないのは、強いてそのような信仰を求め作る必要がないからの事で

あります。

  金を人に渡す時には

 山野井氏 (かず)勘定(かんじょう)もできなくなったというお話があったが、私も

入院当時、御飯炊きをして、お米を計る事がわからなくなった事もあ

る。計り間違いはしないかと心配する時に、7杯か8杯かわからなく

なるというような事がある。

 話は少し違うが、私は平常、金を数える時に、間違(まちが)いはしなかった

かと心配する。人に払う時は、多く払いはしなかったか、自分が受け

取る時には、少なくはなかったかと心配する。随分(ずいぶん)欲張(よくば)りである。

 森田先生 僕も欲張りの事は同様である。僕も人に金を渡す時は、

1枚ずつ精密(せいみつ)に数える。人から受け取る時は、5枚ずつ数える。人か

ら受け取る時は、1枚くらい、多過ぎても、後で返す事ができるが、

人に渡す時は、つい多過ぎても請求する事ができないから、厳密(げんみつ)に数

えるのである。郵便局などで金を受け取る時は、局員が2,3度も正

確に数えるから、そばからそれを見ていて、間違いのない事を認めて

受け取るから、ことさら、数え直す必要はない。少しでもムダ骨折(ほねお)

(はぶ)く事を心得(こころえ)ているのである。

  (おや)心子(こころこ)知らず                              

 小宮氏 私は前には、家の人から、お前は怒る怒るといわれた。先

生から、腹が立つ事があっても、ときどきに怒らないで、ためて置い

て、争うべき時にその事を持ち出して、一時(いっとき)(あらそ)えばよい、といわれ

てから、こらえていると、忘れてしまう。その後家人(かじん)から、怒らなく

なったといわれるようになった。人間がよくなった、といわれるけれ

ども、よくなったのではない。

 以前は家でも、()(ちが)いになりはせぬか、と心配された事もあった。

この形外会へも出席することをとめられる。患者(かんじゃ)同士(どうし)の集まるところ

へ出ると、また神経衰弱が出やしないかと心配する。今日も花見に行

くといって、出てきたのであります。

雑誌を読んで、病気を思い出してはいけないと思って、読まない人

があるそうですが、 そんな人は、 まだ本当に治っていない人かと思

う。

 森田先生 神経質がよく治り、ますます修養が()むには、神経質に

関する事をなるたけ広く深く知り分ける事が必要である。単に頭痛が

治ったといっても、再発しやすく、強迫観念が一つ治っても、また別

の強迫観念が起こってくるという風になる。治るという事は、単に苦

痛がなくなるのではない。ますます精神(せいしん)健全(けんぜん)に、ますます適応性を(はつ)

()して、人生に向上発展するのが本旨(ほんし)でなくてはならない。例えば米

屋が、その事業が発展するにも、単にその時どきの相場(そうば)を知るだけで

はいけない。肥後(ひご)(まい)朝鮮(ちょうせん)(まい)とかいう事から、社会現象の万般(ばんぱん)に通じ

て知るほど、成功が大きいのであると同様である。

 私が雑誌などで、神経質に関して、種々(しゅじゅ)の方面から説明するのは、

みな患者の治療と修養とのためにはかるので、皆さんから見れば、つ

まらないように見えても、それは親の心子知らずであって、(みちび)かれ助

けられる者の身になっては、その指導者(しどうしゃ)の心を知る事はできない。そ

れは知恵の深さが、(だい)なる相違(そうい)のあるために、推測(すいそく)ができないからで

あるのである。

 なお私の患者を救済(きゅうさい)しようとする心は、ちょっと変形すると、容易(ようい)

に宗教的の気分になりやすい(かたむ)きがある。それ(ゆえ)に私は患者に対し

て、(つね)にそうならないように防いで、患者をして、(つね)に科学的に物を

正しく見るようにする事を忘れないようにし、事実(じじつ)唯心(ゆいしん)という事をモ

ットーとするように(みちび)くのである。

  人にわからぬ自分の苦痛

 山野井氏 私が入院中、裏の畑に、柿がなっていた。先生に少し

取ってくれといわれた。私は柿が少々青くとも、また木に登るのは

面倒(めんどう)だと思い、全部もぎ取ってしまった。先生はなんともおっしゃ

らなかったが、(ばあ)やさんから小言をいわれた。する事がなんでも機械        3

的で、お使い根性であると。しかし私の考えたのは、全部もぎ取って

もわずかに2、30で、皆で食べれば、2つくらいしか当たらない。

という事である。後から考えれば、東京市内で、柿のなっているのは

珍しいので、これを取ってしまったのは、無風流(ぶふうりゅう)であったのである。

 また友田さんという人は、裏の畑にあったニラの葉をおつけの実に

取ってきてくれといわれて、小さい畑にあったのを全部取ってしまっ

た。その人は40あまりの人で、私はただ20()(さい)であるから、物の

思いやりの少ないのも、酌量(しゃくりょう)余地(よち)があると思うのである。

 森田先生 ニラでも柿でも、入用(いりよう)の時は、買えばいくらでも沢山(たくさん)

買う事ができる。それが家の小さい畑にあるのは、その少しずつ賞玩(しょうがん)

するところに(おもむ)きがあるのである。

 山野井氏 (ばあ)やさんに小言(こごと)をいわれた時は、少々(しゃく)にさわって、い

ろいろ理由をこねて見たが、退院して後に、なるほどと思ったのであ

る。

 私は対人恐怖であるが、 退院してから第一回の形外会に出たとき、

いろいろ、対人恐怖時代の昔の心境(しんきょう)をお話して、皆さんには、まだ私

苦心(くしん)はわからないだろうといったら、先生から、人にわからぬ自分

ばかりの苦痛があると思っているようでは、まだ本当に治っていない

証拠(しょうこ)だといわれた事がある。普通の人情として、人前に出れば、恥ず

かしい・苦しい、誰でも同様である。それがわからなかったのである

が、注意されて非常に私の進歩を来したのである。今日は香取さん

も日高さんも欠席で、私は非常に心配している。恥ずかしくて苦しい

けれども、しかたなしにやっていると、話しているうちに、ツイツイ

面白くなり、心づかいも忘れて、皆様にこんな事をいったら、御参考

にもなろう、先生に批判していただけば、為になるだろうとかいう心

で、一杯になるのであります。前にはただ自分の恥ずかしい、苦しい

気持を取り直し取りつくろおうとして、それに心が一杯で、ただ不可

能の努力ばかりして動きのとれぬようになったのであります。

  あやかるの反対は()せつけない

 森田先生 今晩も赤面恐怖の方がおられるが、「ただ見れば何の苦

もなき水鳥の足にひまなき我思いかな」であって、誰でもただ顔つき

をちょっと見たばかりではわからないものである。

 まだよくならない人は、みな山野井君のような治った人にあやかれ

ばよい、あやかるとは、うらやましくて、その人のようになりたいと

思い、その人の(せい)(がい)にでも接する事である。 このあやかるの反対は、

寄せつけないで、排斥(はいせき)する事である。あの人は頭が良いから治った。

自分は悪いから治らない。あの人は治るべきはずであるから、自分は

意志薄弱であるから、とかいろいろのヒネクレをこねて、白眼(はくがん)をもっ          4

(しっ)()するような事である。こんな人は(えん)なき衆生(しゅうせい)といってなかなか

治りにくい人である。

 この形外会は、みな同病相憐(どうびょうあいあわれ)む兄弟のような人ばかりであるから、

互いに親しまなければならない。治った人は、治らぬ人を見て、なん

とかして治して上げたいと思い、じれったくてたまらない。会長・副

会長・幹事とかいう人は、みなこの心持(こころもち)(あふ)れた人で、この形外会

(さか)んになるのは、みなこの人びとのお(かげ)である。これに反して治ら

ぬ人は、親の心子知らずで、割合(わりあい)に気のないものである。

 清水氏 私は先生にあやかり過ぎていけない。私は先生のおっしゃ

る事をなんでもかんでも守ってしまう。そしてはき違える事が多い。

このあいだも酒席(しゅせき)で、踊りをやってほめられた。先生がいったんだか

ら、安心して飲んでしまえという気になる。もう一度『根治法』を読

んで見た。そして自分が調節(ちょうせつ)(あやま)っていた事に気づいた。

  こんな先生に病気がなおせるか

 小宮氏 退院して後に、なかなか能率(のうりつ)がうまくあがらない。あがら

ない能率を強いてあげようとする。うまくいかない。あるとき、平常(へいじょう)

3人でやっている仕事を、2人とも病気で休んでしまい、私が一人で

しなければならない事になった。人手(ひとで)()りようとしたが、どうして

融通(ゆうずう)がつかない。しかたなしに、能率などの事を気にかけていられ

なくなり、相当失敗もあったけれども、結局一人でやってしまった、

能率を忘れて、能率があがったのであります

柿原夫人 入院中に柔順(じゅうじゅん)という事のお話は、自分にもわかったが、

(しゃく)にさわらなくてはいけないといわれた事が、いろいろ考えたけれど

も、わからなかった。ある日、先生が、今日は3回(しゃく)にさわったとい

われた。停電(ていでん)と、しめ出しをくった事となんとかであった。(しゃく)にさわ

るとは、感じが強く、あるいは気慨(きがい)があるという事であり、呑気(のんき)で無

神経でないという事である。

 しかし先生が(しゃく)にさわるという時に、お顔の色はなんともならな

い。私もそれを見習いたいと思った。私共も平常(へいじょう)誠心(せいしん)誠意(せいい)でやっ

た事を疑われたりすると、(しゃく)にさわって、急に顔に出る。先生の平常(へいじょう)

の態度を見習(みなら)いたいと思った事があります。

 森田先生 神経質は、他の気質の人に比べると、顔色は変わりに

くい方である。貴方(あなた)でも、やはり出にくい方である。ただ自分でカッ

とした気分を、顔に出たように感ずるまでの事である。とくに私共(わたしども)

出にくいのは、顔が土色(つちいろ)に青黒いからである。桜色(さくらいろ)の人は出やすいの

です。これなどは(みな)比較的(ひかくてき)の事であります。

 篠崎(しのざき) 先月、形外会のとき、大先生にお目にかかったとき、かね

て想像していたところでは、ユウユウ堂々(どうどう)たるものであると思ってい          5

たが、(あん)相違(そうい)して、お顔の色もよくないし、これが医学博士・森田

先生かと思われた。

 古閑(こが)先生 この会には、入院しない人がいるのも面白い。先生に(しか)

られた経験がないから(笑声)。

 井上氏 篠原さんが、 先生が風采(ふうさい)があがらぬと感じたといわれた

が、私も同様であった。初め古閑(こが)先生を森田先生かと思った。和服で

(はかま)もつけず、猫背(ねこぜ)で、あてがはずれた気がした。も一つ先生は、お酒

をあがらないだろうと思っていたのに、大分召しあがられたそうで、

こんな先生に病気が治せるかと心配した事があった。

 篠原(しのはら) 先生は芳沢(よしざわ)外相(がいそう)に似ておられると思うが、どうでしょう。

                       (食事。8時再開)

 森田先生 今日桑原(くわばら)さんという方を御招(ごしょうたい)しましたが、この方は昨

年11月頃のこと、神経質雑誌の記事中に、私の喘息(ぜんそく)ある事を知ら

れて、代々木のお家から、わざわざ遠くの駒込(こまごめ)の私の家へ喘息の薬を

持って来て下さって、私の家内(かない)に、その効能から用法を教えられて、

これを用いるように勧めて行かれたのであります。折角(せっかく)の事ですか

ら、早速私もこれを用いたところが、非常によく()くので、感謝して

いますので、この機会に、薬の効能(こうのう)という事についてお話したいと思

います。

 私は従来(じゅうらい)、精神療法でもそのほかの通俗(つうぞく)療法(りょうほう)でも、機会さえあれ

ば、なるたけ実験するという心掛(こころが)けをもっている。前には酸素の注射

が、喘息にも効くとの事で、妻に(すす)められて、連れて行かれた。第一

回の時に、喘息が起こらなかった。その日は風呂に入ったから、その

ために起こらなかったようでもある。すなわち次に風呂を(こころ)みたが、

その時は起こった。次には注射ばかりして、すべてその他の条件の加

わらないようにして実験した。今度は喘息(ぜんそく)が起こった。これで注射も

風呂も2つとも、 直接に喘息には()かないという事がわかった。

通、迷信(めいしん)妄信(もうしん)の起こるのは、ある療法で偶然(ぐうぜん)に治った事を、すべて

の他の条件を考えないで、そのままに(こう)があったと信ずる事から起こ

るのであります。

 今度の喘息(ぜんそく)(やく)は、()(きょう)(とう)といって、漢方薬(かんぽうやく)であるが、妻は毎日3度

飲むようにと、私に(すす)めるけれども、私は喘息の起こる時ばかりに用

いた。そうしなければ、まず第一に、これが直接に(こう)があるか、どう

かという事がわからない。時間がないから(くわ)しい事は(りゃく)するが、とも

かく、この薬は効能(こうのう)がある。また味が悪くなくてはなはだよい。副作

用がないから、割合多量に(もち)いてもさしつかえないようである。分量

を自由に加減(かげん)する事ができる。これが西洋薬では、ちょっとできない

ところの漢方薬の長所である。割合に食欲をも(がい)しないようである。          6

20回 形外会  33    昭和7410日 全集第五巻 210

私も桑原さんのお(かげ)で、従来(じゅうらい)の薬物に()して、はなはだ便利なものを

知る事ができたのである。

  学問にも必ず迷信(めいしん)(ともな)

 いま漢方薬(かんぽうやく)西洋(せいよう)(やく)とをちょっと比較(ひかく)してみると、漢方薬は「神農(かみのう)

(みん)(ひゃく)(そう)()めて、初めて医薬(いやく)あり」という風に、草根(そうこん)木皮(もくひ)であ

り、また人間の脳髄(のうずい)黒焼(くろやき)とか、生肝(いきぎも)とか、(しり)(にく)とか、その他動物の

内臓(ないぞう)からできた、西洋のいわゆる臓器(ぞうき)療法(りょうほう)というものが多い。

 漢方薬は、自然物(しぜんぶつ)から(せん)じ出すとか、黒焼(くろやき)にするとか、その成分の

(きょう)雑物(ざつぶつ)を一緒に(もち)いるけれども、西洋薬は、化学の進歩とともに、そ

の自然物の内から、何が有効(ゆうこう)であり、いかなる作用を起こすものであ

るかという事を分析(ぶんせき)・研究して、これを(じゅんすい)にしたものである。(たと)

ばコカという木があって、土人(どじん)がその葉を()じると、元気が出て、()

(ろう)を忘れる。これから分析して、その成分を抽出(ちゅうしゅつ)したものが、コカイ

ンであるとかいう風である。副腎(ふくじん)からアドレナリンを()り、膵臓(すいぞう)から

インシュリンを抽出(ちゅうしゅつ)したとかいうのも皆これである。

 近頃(ちかごろ)、フランスのアランジーという人の書いたものを、桜沢(さくらざわ)という

人が(やく)して、『西洋医学の没落(ぼつらく)』と(だい)した本が出ているが、西洋医学

を分析医学と名付け、一方を綜合(そうごう)医学といって(ごく適切(てきせつ)名称(めいしょう)とは

思わぬけれども)、 西洋医学を攻撃(こうげき)し、 漢方医学などを称揚(しょうよう)してあ

る。しかし物事(ものごと)には必ず、利害(りがい)得失(とくしつ)相伴(あいともな)うもので、その弊害(へいがい)のみ

を見て、(ろん)を立てる場合には、両方ともに迷妄(めいもう)弊害(へいがい)のある事は当然

の事である。(しん)識者(しきしゃ)は、その両方の有効(ゆうこう)なところを正しく観察(かんさつ)()

(はん)する事ができるのである。

 宗教に迷信(めいしん)(ともな)うように、学問にも必ず迷信(めいしん)(ともな)うものである。宗

教は(まん)(とく)円満(えんまん)全知全能者(ぜんちぜんのうしゃ)絶対力(ぜったいりょく「)を信仰するのであるが、学問もそ

の当時の学者の(みと)めたものを、衆人(しゅうじん)はこれを絶対(ぜったい)真理(しんり)帰依(きえ)している

事は同一である。今ちょっと見れば、わずかに(まる)(ぼん)の大きさくらいし

かない太陽を、地球の130万倍であるといっても、学問信者は、(ただ)

ちにその通りに信認(しんにん)する。しかるにある先生から、太陽は地球の13

0倍あるといって聞かされても、なるほど(おどろ)くべき大きなものだナと

信認(しんにん)する。なんでも学問を信ずるためには、万倍の誤診(ごしん)をも平気で認

定しているのである。実はその弊害(へいがい)は、宗教の迷信(めいしん)も同様である。

  長所の大きいほど短所が大きい

 今日(こんにち)、医学の分析的研究の進歩と弊害(へいがい)、博士の(らん)(しゅつ)など、衛生的(えいせいてき)

治療的に、民衆的(みんしゅうてき)に個人的に、その弊害(へいがい)個条(かじょう)は、なかなか()()

す事ができないほどである。                            1

 話は、(もと)(もど)って、漢方薬は、(きょう)雑物(ざつぶつ)のままであるから、いろいろ

効能(こうのう)複合(ふくごう)し、また純粋(じゅんすい)でないために、多量に(もち)いても、危険が少

ない。 それが長所であるが、同時にその反面には、効能が適切でな

く、当てにならない。 そこで最後に最も大切なる長所は、その不確実

なる効能(こうのう)のため、荏苒(じんぜん)()()る間に、人体の自然良能(りょうのう)により、自然治

療する事である。

良医(りょうい)は大自然の(じゅう)(ぼく)である」という意味のことをヒポクラテスも

いった。その後の先覚者(せんかくしゃ)も、しばしば「自然(しぜん)良能(りょうのう)を無視してはいけな

い、良医(りょうい)はただ自然を助長(じょちょう)補佐(ほさ)すべきである」という事を、いろい

ろの言葉で言明(げんめい)してある。花柳病(かりゅうびょう)大家(たいか)ステッケルは、膀胱(ぼうこう)カタルの

大切なる療法は、第一に安静、第二に安静、第三にもまた安静である

という事をいってある。淋病(りんびょう)療法の雑誌・新聞宣伝のいかに恐ろしき

事よ。西洋薬の長所は、もとよりその適切なるところにある。しかる

にその弊害(へいがい)は、長所の大なるほど同様に大であるのである。すぐ()

るような(どん)(とう)ならばよいけれども、(むら)(まさ)(かたな)であるから、危険が大き

いのである。

 私の飲んだ()(きょう)(とう)のよい事は、味のよい事である。考え方によって

は、 カルピスよりもよいくらいである。 漢方薬は、 この点から見る

と、醸造(じょうぞう)(しゅ)であり、洋薬(ようやく)は、アルコールと砂糖との混製(こんせい)(しゅ)である。

  薬が()くか効かないか

 これから、ある薬が効くか、効かないかを確定する事は、なかなか(こん)

(なん)であり、 決して容易(ようい)な事ではないという事をお話する。 今日(こんにち)立派(りっぱ)

博士でも、その判断に、随分(ずいぶん)迂闊(うかつ)誤診(ごしん)の多い人がある。教育の効能(こうのう)

は、よく記憶(きおく)し、多く(もの)()りになるのではない。物事に当たって、速

正確(せいかく)判断(はんだん)する事である。今日の教育は、その意味が全く反対にな

っているようである。しかし帰着(きちゃく)するところは、人の性格が重大で、

いくら高等教育を受けても、気の軽い人は、その判断(はんだん)軽率(けいそつ)である。

神経質は、教育の少ない人でも、随分(ずいぶん)正確に判断して、なかなか容易(ようい)

迷信(めいしん)(おちい)る事はない。

 ある大学出の若者があった。そのお母さんが、ある時火事の(さわ)

で、声をからしてしまった。その若者は、「いくらお母さんに薬を飲

むように、含嗽(うがい)(ぐすり)(もち)いるようにいっても、なかなかいう事を聞かな

い。お母さんのわからずやにも困った」との追懐(ついかい)をした事がある。こ

れが学問の迷信(めいしん)である。篤信者(とくしんじゃ)である。

 通俗(つうぞく)療法・学問両方、なんでもよい。病は治りさえすればよい。た

だそれで効いたか、どうかの批判が難しいだけである。俗療者(ぞくりょうしゃ)や漢方

者は、いたずらに学問療法に反目(はんもく)する(かたむ)きがある。学者も俗療法(ぞくりょうほう)を全

歯牙(しが)にかけない。しかしそれは忠実(ちゅうじつ)なる学者ではない。コカインで         2

も、プリスニッツの罨法(あんぽう)でも、牛痘(ぎゅうとう)が人にうつって、その人が天然痘(てんねんとう)

にかからぬ事など、療法はみな、俗人(ぞくじん)の間からまず知られていたので

ある。これから将来もまた(しか)るべきはずである。いずれも人は、正し

く教育された人は、すべての先入見によって、自分の公明(こうめい)なる感じ・

判断(はんだん)をくらましてはならないのである。

  医者に治せぬ(やまい)が治る

 話はちょっと横道に入るが、(ぞく)療法の広告に、「医者にかかって治

らぬ病気を治す」という事がある。なかなかうまいところに着眼(ちゃくがん)した

ものである。幾年(いくねん)たっても治らぬ病気は、同時に病は進みもしなけれ

ば、死ぬるという危険もないという事を(あかし)するものである。その治ら

ぬものが、10人に2人治っても、もうけものである。神経質やヒステ

リーなどは、精神の転換(てんかん)によって、治りうるものである。ただ転換(てんかん)

あるから、また逆転(ぎゃくてん)するを(まぬが)れないというだけである。

さて、薬の批判の、なんでもない事で、しかも最も困難(こんなん)な事は、その

療法をしなくとも。当然治ったか、どうかという事である。薬や療法

(もち)いるために、わざわざ病を長びかせ、不治(ふじ)(おちい)らしむる場合は、

我々はいかに多く、その例を知っている事か。みな療法は()くという

先入(せんにゅう)(けん)からの(あやま)りである。私が()(きょう)(とう)や酸素注入をやっても、みなこ

の事を忘れてはならないのである。

 特に薬を(もち)い、安静にし、食事を制限(せいげん)し、物理・精神療法をやり、

観音(かんのん)(さま)(がん)かけた等の場合は、その観音(かんのん)(さま)が、幾割(いくわり)幾分(いくぶ)、効いたかな

かなか困難である。多くの場合に、その安静が唯一の効能であり、薬

も観音様も無用な事があるのである。ある種の医者は、水薬(みずくすり)散薬(さんやく)

頓服(とんぷく)含嗽(がんそう)とくれる事がある。これは実は経営(けいえい)(さく)であるけれども、実

際にどの薬が効いたかわからないはずである。

 昔から「人参()んで(くび)くくる」という高価(こうか)(やく)がある。昔はチフスの

衰弱で、医者が手を(はな)したという場合に、最後の手段として、人参を

用いて助けたという事がある。勿論(もちろん)、人参でも、かならずしも助かる

というわけではないから、助かった場合も、それが効いたか、どうか

は、決して当てになるものではない。

  人参(にんじん)効能(こうのう)(いわ)不可解(ふかかい)

 この人参については、今日(こんにち)西洋流(せいようりゅう)の医学でも、多くの研究が()

れ、その内から種々(しゅじゅ)多数の成分が分析(ぶんせき)されている。しかしそのどれも

が薬効として著明(ちょめい)なものはない。結局、人参の効能は不可解であると

いう事に結論されている。これが西洋医学の弊害(へいがい)(ぞん)するところであ

る。これがために、たとえ百人の学者が努力し、5人の博士が出たと

するも、結局はなんの意味をも創造(そうぞう)されていない。私が本誌第一巻第

1・2号に、学者の内には、『ここはまだ誰もが掘ってないから、と          3

いって、(えん)(した)から黄金(おうごん)()り出そうとするようなものである』と悪

口をいってある。今日の学位(がくい)論文(ろんぶん)に、その研究の目的が、「まだ従来(じゅうらい)

この点を学者が調(しら)べてないから」というのがはなはだ多いのを、(つね)

私は遺憾(いかん)としているのである。

 人参の分析もよいが、さてその人参は、これを飲んでいかに効能(こうのう)

があるかという事は、少しもこれを厳密(げんみつ)調(しら)べてあるのを見た事がな

い。これが常識(じょうしき)から考えても、どこまでも不可解(ふかかい)なところである。人

参の作用・効能(こうのう)を調べる事を粗略(そりゃく)にして、いたずらにその分析をして

学問的であると考えている人の気がしれないのである。これが学問(がくもん)(いな)

衒学(げんがく)者の通弊(つうへい)であるのである。神経質の方はみな御承知(ごしょうち)である。普通

の医者は、患者が不眠を訴える、ああそうか、患者が頭が重いとい

う、よしきたと、(ただ)ちに治療法を(さず)ける。不思議(ふしぎ)な事は、これらの医

者は、その不眠・()(じゅう)が、いつ・いかに・どこがという事を、少しも

聞きただし調(しら)べようとはしない。それは皆様の(つね)によく経験されてい

る事であります。

  迷信(めいしん)結論(けつろん)飛躍(ひやく)である

 私も妻に(すす)められて、人参を飲んでみた事がある。妻は身体が(あたた)

る。夜中、小用(しょうよう)に行かないとかいう。私は同様に内服して、少しもそ

の反応・作用が感じられない。それは観察が、多方面から正密(せいみつ)にされ

るからである。ちょっとその時どきの気持や感じからいえば、妻のい

うような事は勿論(もちろん)あるが、それが決して一定(いってい)不変(ふへん)でないからである。

この作用不明の人参を分析して、果たして(えん)の下から、黄金(おうごん)でも掘出(ほりだ)

たような成績があがるであろうか。

 漢方医学も、ただ人参が()くというだけで、その(せい)(みつ)な観察・研究

が行われず、万病(まんびょう)効き(きき)危篤(きとく)の病人が助かるという雲をつかむよう

効能(こうのう)である。これが漠然(ばくぜん)たる綜合医学の弊害(へいがい)である。学問も推理(すいり)

(つね)に、綜合(そうごう)分析(ぶんせき)演繹(えんえき)帰納(きのう)とが、連鎖(れんさ)をなして()かなければなら

ぬ。ちょっとその間に()け目・寸隙(すんげき)あっても、結論が飛躍(ひやく)して、(めい)

(しん)または誤診(ごしん)(おちい)るのである。例えば喘息(ぜんそく)発作(ほっさ)の時、()(きょう)(とう)を飲む。

発作が止まる。これが綜合的観察である。次に()(きょう)(とう)を飲まないで、

発作の()るを()つ。これが前の反証的(はんしょうてき)観察(かんさつ)である。次に発作の起こる

(きざし)のある前、発作の初期・頂点(ちょうてん)終期(しゅうき)(など)(もち)い、その治るまでの種々(しゅじゅ)

の時間等を観察するのが、分析的で、この綜合と分析・実証(じっしょう)反証(はんしょう)

は、(つね)交互(こうご)に、連鎖(れんさ)をしていなければならないのである。決して綜

合医学と分析医学との()(あし)()りの争いのあるべきはずはないのであ

る。

 今、()(きょう)(とう)をこの様に観察する事は、学問的心掛(こころが)けを(はな)れない常識(じょうしき)

的の研究である。次にこの()(きょう)(とう)の成分を分析し、その有効成分の(やく)         4

(こう)を研究するのが、常識的(じょうしきてき)心掛(こころが)けのある学問である。その薬効(やくこう)(あきら)

かにした時、初めて思いがけない広い応用(おうよう)範囲(はんい)(あらわ)れるのである。

かのコカインが発見されて、意想外(いそうがい)の方面に応用されるようになった

と同様である。これが人生を離れない学問である。前の人参の分析の

(ごと)きが、人生を離れ、常識はずれの衒学(げんがく)であるのである。学問に限り

がないというのは、1つの薬物でも、分析と綜合と()(いた)(さい)穿(うが)

て、どこまでも、研究すべき問題が出てくるという事で、初めの出発

点を(あやま)った分析医学の事ではないのである。

 またこの神経質の対する西洋分析医学の(へい)()げてみれば、患者が

頭が重い・物忘れする・仕事ができぬと訴える。前に述べたように、

医者はその症状そのものを(くわ)しく調(しら)べるの(ろう)()らないで、(ただ)ちにこ

れを病気と認め、その病根(びょうこん)探求(たんきゅう)しようとする。脈波(みゃくは)・血圧を()る、

検尿(けんにょう)・X光線・種々(しゅじゅ)のおごそかなる器機(きき)(もち)いる。あるいは血液を調

べて、ワ氏反応(はんのう)陽性(ようせい)となる。()たり(かしこ)し、病根(びょうこん)を発見したと思い、(しゅ)

(じゅ)()(ばい)注射をやる。少しも効がない。それは全く(あん)鉄砲(てっぽう)見当(けんとう)

しの診察であるからである。黄金(おうごん)(えん)(した)から()ろうとする連中であ

る。私はこの様な患者のためにも、医者のためにも、悲哀(ひあい)を感じるの

である。それは、くれぐれもいう通り、患者その人・症状そのものを

見つめる事をせず、漠然(ばくぜん)と見かけの荘厳(そうげん)なる医者というものに眩惑(げんわく)

れて、いたずらに分析医学の衒学(げんがく)()(まわ)すだけの事である。例えば

気合術(きあいじゅつ)その他のもので、いろいろ子供だましの(ごと)奇術(きじゅつ)(もち)いるが(ごと)

きである。その療法に威厳(いげん)(よそ)わんとするがためである。その症状の

本態(ほんたい)をつきとめてないから、いわゆる「(まよい)(うち)是非(ぜひ)は、是非(ぜひ)(とも)()

なり」であって、たとえ血液検査は当たっていても、その頭痛と梅毒(ばいどく)

とは、少しも関係はない。ただときどきに、学問信者の精神(てん)(どう)で、

一時()(じゅう)の治る事があり、さてはやはり梅毒(ばいどく)であったかと、ますます

梅毒(ばいどく)恐怖(きょうふ)を高めて、病の症状をかえって複雑にする事が多く、しかも

その頭重は、また再発するのである。「是非(ぜひ)(とも)()なり」とはよく(たっ)

(かん)した()である。

 なお内科ばかりで、以上の事を調べる上に、耳鼻科(じびか)とか眼性ある

いは性的神経衰弱とか、種々(しゅじゅ)の専門分科で、ますます中心を失った分

析的療法が行われるのである。

 例えば今、本箱中のいろは字引(じびき)がない。(さが)して(まわ)る。押し入れ・()

(だな)にもない。(たたみ)をあげる、(かわら)をめくる。(さが)しあぐんで、よくよく本箱

の中を見れば、そのいろは字典(じてん)は、背皮(せかわ)(きん)文字(もじ)を後ろ向きに()(っこ)

であるのを発見したようなものである。この本箱の内を静かに調べる

のを綜合医学といい、(かわら)までめくるのを分析医学とでもいうのであろ

うか。                                      5

  治療をしないほど早く治る

 神経質の人で、いろいろの治療法をして治ったという人がある。し

かしそれは、その治療のために、かえって早く治るべきものが、長く

かかったという結果にある事が多い。著明(ちょめい)なるは心悸(しんき)亢進(こうしん)発作(ほっさ)の例で

ある。医者が来て注射をして、初めから2時間かかった。医者がこな

いで、氷嚢(ひょうのう)をつけて1時間で治った。次には人に背中をなでてもらっ

て30分、1人で寝ていて20分、(いそが)しく寝る事ができず、10分間、

そのまま()てて置いたら、発作が起こらなくなったという風に、その

治療効果の逆作用(ぎゃくさよう)が、(きわ)めて著明(ちょめい)に実験される事があるのである。

流感(りゅうかん)の時の解熱剤(げねつざい)でも、熱の出る初め、しだいに(のぼ)りつつある時

は、解熱剤を飲めば、心悸(しんき)亢進(こうしん)など起こして、かえって苦しく、熱

は少しも(くだ)らない。これに反して、熱の(くだ)り初めに飲めば、熱も早く

(くだ)り、気分も爽快(そうかい)であるという風であるから、医者のかけひきも決し

て簡単には行かない。

天理教などでも、種々(しゅじゅ)の病気が治ったといって迷信(めいしん)が起こるけれど

も、これらはただ治るべきものが治ったというにとどまるのである。

「あるべきにある」ことが、薬とか宗教とか、種々(しゅじゅ)の療法で治ったと

いうのが、その無用な口実(こうじつ)になって、病の治った唯一(ゆいいつ)の条件のように

考えるのが、迷信の起こりである。「あるべきにある」ことの例は、

コロンブスが米国(べいこく)発見のとき、土人(どじん)(おどろ)かしてやる計画で、翌日の(げっ)

(しょく)のある事を利用して、土人がいう事を聞かなければ、天罰(てんばつ)を加える

ために、月を(かく)してしまうといって、土人はその事実を()のあたり見

て、非常に驚き信服(しんぷく)したという事である。

くり返して申す事は、 「あるべきにある事」をよく正しく観察し

て、決して気休めのために、無用なる他の口実(こうじつ)条件(じょうけん)(くわ)えないように

注意する事である。これによって、初めて私の「事実(じじつ)唯心(ゆいしん)」という事

が体験されるのであります。(8時半・山野井副会長・閉会の()

            (『神経質』第3巻、第7号・昭和7年7月)          6

 

20回 形外会 3-3 全集第五巻 215