第64回札幌5巻を読む会 2021.2.18
森田正馬全集 第5巻316頁 第31回形外会 昭和8年3月18日から
学術が進歩し過ぎると常識はずれの技術者になる
島田氏 胃腸が悪く、便秘で、胃腸病院に、6ヵ月入院したけれど
も治らなくて、ここへ入院し40日で治りました。以前は、毎日、下
剤を飲むのに大変で、14,5種類も飲みました。不眠の人が、睡眠
剤を飲むのと同様です。その後、書物で下剤をあまり飲むのは、いけ
ないという事を見て、それから病院に入院して、毎日浣腸ばかりを用
いました。また病院では終始、胃洗浄をしてもらいました。
森田先生 浣腸と胃洗浄と、随分うるさいいやな事ですね。こうな
ると、医者も、全く素人と同様です。医者が、いわゆる学医で、あま
り学術が、進歩しすぎると、全く常識はずれの技術者になってしま
う。それで、6ヵ月も入院しては大変です。胃の洗浄には、長い管を
突っ込んで、随分不快でしょうね。
島田氏 最初は、気持ちが悪かったけれども、その後は、これをやっ
てもらわないと、かえって気持ちが悪くなりました。
森田先生 島田君が、ここへ入院したのは、24歳で、14歳か
ら、下剤を飲まぬ日は、1日もなかったとの事ですから、その間10年
間で、随分えらい忍耐力です。ここへ入院後は、勿論、薬は決して用
いない。最初便通のなかったのは、たしか9日間かと覚えています。
ここで皆さん、想像して下さい。10年間、下剤を用いた人が、これだ
けの忍耐をしたのは、その人のえらい事は、勿論であるが、いかに僕
が自信があるとはいえ、今日か今日かと、平気を装って、その便通を
待つ間は、随分苦しい、心配になる事です。こんな時には、実際医者
と患者とが、相ともに大なる忍耐力を要する事であります。ついに僕
も、一歩譲って、座薬だけを用いる事にしました。それからようやく
便通があるようになり、その後4日・3日に1回、ついに隔日または
毎日という風になって、全快し、その後8,9年間、全く下剤などを
用いないで、今日に至ったのであります。最も力強いものは、人工で
なくて、自然良能であるという事が、これによってもわかります。
なお島田君が、今度再び、診察を受けにこられたのは、職業性痙攣
の方です。字の書けない書痙の治った実例は、沢山にありますが、そ
れと同じ意味のもので、同君のは、写真を修正するのに、手が思うよ
うに、動かないので、職業上、非常に困難するのである。これは書痙
と同様に治る事のできるものであります。
ヴァイオリン痙攣で、米国から、わざわざ帰朝して、入院した患者
も、よく治り、非常に喜んだ手紙がきております。これは古閑君が、
医学雑誌に報告してあります。 1
汁を4、5杯も飲まなければ咽喉に通らぬ
亀谷君の病症は、面白いものですね。すべて固形物は勿論、普通の
飯をのみ込む事が、恐ろしくて、飯を1杯食べるのに、1時間もかか
り、汁を4、5杯も飲まなければ、咽喉に通らないというのも、随分
大変な事ですね。汁でなくて水ではいけないですか。
亀谷氏 味のついたお汁でないと、いけないのです。カロリーがな
いといけないと考えたからです。また、なるたけ熱いのが、エネルギ
ーがあるからと思って、唇を焼くくらい、熱いのを飲みました。
玉木氏 入院40日で、最近に退院した者です。不眠と読書恐怖と
でありました。前には、毎晩、睡眠剤を用いぬ事はなく、その濫用の
ために、頭をこわしてしまったという恐怖で、絶望的になっていまし
たが、友人から、森田先生の事を聞いて、入院する事になった。前に
は、読書が全くできず、新聞の小説でさえも、1日に3度に区切って
読んでも、しかも何を読んだかわからぬという惨憺たる状態であった
が、入院中、読書が許されてのち、いつのまにかよくなり、仕事の片
手間に、法律の事でもなんでも、どしどし読めるようになった。退院
後、直ちに役所に出勤し、休職の後の仕事の始末に、忙殺されており
ます。8ヵ月の休職にもかかわらず、よく仕事もでき、夜もよく眠る
ようになりました。
2,3日前に、唇の下に、面疔ができて、37.8度の熱があり
ました。以前ならば、すぐに休んで、こんなところへ出席する事もで
きないところですが、この頃は、苦痛は苦痛、なすべき事はなすべき
事として、できるようになりました。
森田先生 それはいけない。なんでもかでも、無理をするという事
は、いけない事です。面疔は、時どき危険の事があるから、安静にし
なければなりません。唇の下ならば、あまり心配はないけれども。あ
まりえらくなり過ぎてもいけない。
玉木氏 熱も下がり、もう大方よくなりました。
嬉し泣き・悔し泣き
小川氏 赤面恐怖と読書恐怖とで、1昨年入院し、お陰で、すっか
りよくなりました。
森田先生 退院する前に、泣いたというのは、君ではなかったです
か、その心持を話してはどうです。
小川氏 私の入院中は、先生が御病気中で、お話を聞く事ができま
せんでした。退院前日に、先生のお部屋で、お話をうかがい、自分の
部屋に帰りますと、あとからあとからと、涙が溢れ出てきました。隣
の部屋には、患者さんがいるので、物置に入って、大声を挙げて泣き
ました。こんな嬉し泣きという事は、あまり経験のない事です。 2
森田先生 この嬉し泣きは、あるいは修道者が、道を得た時の喜び
で、真理に対する喜びを、宗教的には、法悦と申します。
泣くという事について、いろいろ思い出しますが、最近に新聞で見
たのは、警察から、自分の娘の死骸があるとの通知で、これを引き取
りに行ったところが、それは人違いで、自分の娘は、死んだのではな
いという事がわかり、大声をあげて、泣いたという事である。言い換
えて見れば、死んだのが、他人の子であって、よかったという事の、
嬉し泣きという事になって、あまり無遠慮に泣くのも、よくない事か
と思います。
ここで泣く人は、入院中、臥褥中の初めに泣く人もある。男にはほ
とんどないが、女には多い。まれには1週間ばかりも泣いた人があ
る。それは苦しくて泣く。とても治らぬ。家の人は残酷であるとか、
恨んで泣く。こんな人は、治った時は、また嬉し泣きに泣く。ある患
者は、泣けてしかたがないため、私に挨拶する事もできないで、退院
して行った人もある。
高橋氏 私は先生から、神経質は治らんものであるという事を聞い
て、はっきりしました。今でも、朝ちょっと、気分の悪い時もある
が、起きて掃除でもしている間に、いつの間にか忘れている。
玉木氏 今までは、ずっと今夜も、いかにして暮らすかと、夜の迫
るのが恐ろしかったが、今は横になると、すぐに眠ります。
気に入らぬ風もあろうに柳かな
森田先生 治ったら、気がハッキリするとか、気分の悪いのがなく
なるとかいう間は決して治らぬ。気分は悪くとも、どうでもよいとい
う風になると治るのである。
不眠でも、赤面恐怖でも、なんでもこれを治そうと思う間は、どう
しても治らぬ。治す事を断念し、治す事を忘れたら治る。これを私は
「思想の矛盾」として、説明してある事は、皆さんの御承知の通りで
す。例えば、岸辺の景色が(思想・観念という)水面に影を映すよう
なもので、(観念の)水がなければ、影という余計なものがなくて、
ただ景色そのままの事実があるのみであります。観念があるために余
計な邪魔になるのである。
外来の不眠の患者に対して、私が「眠らなくても、少しもさしつか
えはない」という事を教えて、患者は「ああそうですか」といって、
家に帰り、その晩熟睡ができる。非常に喜んで「ああ、こんな具合
に、眠らなくともよい、と思えばよく眠られる。この次からその通り
にしよう」と思えば、直ちにその考えが「思想の矛盾」になって、そ
の次の晩から、眠られなくなる。この様な事実は、私の平常しばしば
見るところであります。眠ろうとするほど、眠られず、治そうとするほど治らないのである。 3
( 次回分 ) 第65回 札幌・五巻を読む会 2021.3.18
森田正馬全集 第5巻318頁 第31回形外会 昭和8年3月18日から
眠ろうとするほど、眠られず、治そうとする
ほど治らないのである。
去年、家を建築する間に、たびたび水道管が破れて、水が吹き出し
た事がある。押さえても、縛っても、栓をしても、決して水はと止まらぬ。
しかるにその鉛管を、水の漏れる穴の遠方から、金鎚でたたきよせて
くると、穴がしだいに、小さくなって、水が止まるようになる。ちょ
っとその調子を覚えれば、簡単に直す事ができるようになる。およそ
病の治療もその通りであるが、ここで作業をやっている間に、いつの
間にか、病気が治っているというのも、これと同じ理であります。
ここの形外会でも、どうすれば治るかと、直接に問いたいというう
ちはだめです。神経質の事や、一般の人の心理など、間接の話に興
味を起こすようになった頃には、病気も大方治っているのである。そ
んな話は、自分に直接の関係がないから、出席しても面白くないと
か、考えているうちは、全くだめであります。
島田君が、写真を修正するのに、手がこわばって、鉛筆が、思うよ
うに動かない。「どんな気持ちで、筆を使えばよいか」というのが、そ
の質問である。「どうすれば、手が自由になるか」という考え方・心
の態度が、直ちに「思想の矛盾」になるのである。
「気に入らぬ風もあろうに、柳かな」という事がある。「今度あの風
が吹いたら、こんな風(ふう)に靡いてやろう」とかいう態度が少しもなく、
柳の枝は、その弱いがままに、素直に境遇に柔順であるから、風にも
雪にも、柳の枝は折れないで、自由自在になっているのである。
「自分は手が震える。思うように筆の動かないものである」と覚悟し
て、そのまま柔順に、必要やむを得ない事には、しかたなしに筆を使
うようにする。そうすると「風の柳」のように、いつとはなしに、自
由自在に動くようになる。ちょっと考えると、本当に奇蹟的に、書痙
のようなものが治るのである。
心悸亢進発作の人は、ただ一途、「死んだら大変たいへん」と恐
れおののいて「風の柳」のように反抗せず、「どうすれば、発作が起
こらなくなるか。恐怖をさる事ができるか」というような考え方をや
めれば、10年の心悸亢進も、一朝にして治るのであります。
島田君は、一度便秘が治った事があるから、それと同様の心理を会
得すれば、容易に治るはずであります。
関西の人を「西者」といって軽蔑する
井上氏 とくに入院中の方に、私の治るようになった機縁をお話し
ます。初めに先生から「理屈は、後でもわかるから、とにかく、やっ 1
てみるがよい」といわれた言葉が、強くひびいて、わからぬながら、
やっていたが、12、3日目ごろに「不即不離」という事が、わかっ
て、夜も眠られぬくらい嬉しかった事があります。
入院の初め頃に「君は実にわかりが悪い。しかし実行するから、見
どころがある」と先生にいわれた事があるが、先生のお言葉通り、わ
かってもわからなくともやるという事が大事だと思います。 ( 入力中 )