最後の道は残っている


        私はよく、症状にとらわれてしまって悩んでいる人に対して、次のよ
      うなことを言います。『自分に関して良いと思うことがまったくなくなって
      も、たとえどんなに自分が惨めな状態になったとしても、生きているか
      ぎり“最悪の道”だけは必ず残っています。もうどうしていいかわからな
      い、完全にゆきづまってしまったという人でも、そのゆきづまったまま
      に生きる道がまだ残っているのです。

        あなたは今もその道を歩いているではありませんか。その道だけは
      生きているかぎり、どんなときでも残っています。それが私たちの救い
      ならざる救いです。“もう駄目だ”というときでも、その駄目な道を進ん
      でみることがまだ残っています。どういうふうにして駄目になるかを確
      かめてみる道が、まだ残されているのです。「森田」は、いつも残され
      ているその“道”をしかたなく進めと言います。それが“そのときの事実
      に素直に服従して生きる”生き方なのであります。それが“治らないま
      まに生きる”ということなのです。

        実際に、その“最悪の道”を進む覚悟ができてくれば、あわてる必要
      がなくなります。ただ黙々とその道を進むことだけが大切になってきま
      す。そのために何の理屈が要りますか、最悪の道を進むのに理屈は
      要りません。むしろ、理屈を捨ててしまわなければ通れないのがその
      道です。その道が残っているかぎり、あなたの人生はゆきづまっては
      いないのです。』

        私がそう言うと、たいていの人が嫌な顔をしますが、「その道だったら
      いつも私の前にあります。それを進むのが「森田」というのであれば、苦
      しいけれども、今後は少しでもその道を歩くように努めてみます。今ま
      での私は、それ以外の道を求めて悩んでいましたが、それが間違いだ
      ったんですね。」そういう言葉が出るようになれば、もうしめたものです。

        このように、素直な人も、素直でない人もともによくなっていくことがで
      きるところに、「森田」のすばらしさがあると思います。初心者の方には、
      いささかわかりにくい点があるかも知れませんが、わからないところは「
      そういうものかなあ」と受け留めておいてください。どんなにつらいときで
      も、逃げずに「そのままなすべきことをなしていれば」、「そのまま、少し
      でも生活を充実させるために実践していれば」、そう遠くないうちに必
      ずわかるときがくるはずです。



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