第85回 女性の為の札幌・五巻を読む会 2022. 11.17
森田正馬全集 第5巻 366頁 形外会・第33回例会 昭和8年5月28日から
水谷氏 僕は前に、本で早発性痴呆のところを読んで、自分は、そ
れに違いないと考えて、心配した事がある。感情鈍麻というあたり
が、とくにそうであり、自分には、乖離性のところがあると思ったので
あります。
森田先生 早発性痴呆は、既に感情鈍麻であるから、決して水谷君
のように、自己内省して、自分の事を心配する事はないのである。
僕なども昔から、医学をやる間に、肺病の講義を聴く時は、自分に
もさまざまの容体が感じられて、自分もその病にかかったような気に
なり、そのほかさまざまの病の事を知るたびに、いろいろの事が、身
に思い合わされて心配になる。とくに精神病学をやるようになって、す
べての病の特徴が、自分にあるように感じられて心配になった。ただ
それが功を経て、しだいにすれっからしになり、心配がぼかされてし
まったような形である。今でも自分は、変質者である低能であると思
っている事だけは、変わりがないのである。
なおここで、皆さんの是非とも喜ばねばならぬ事は、僕の診察によ
り僕の熟練した知識によって、皆さんが神経質と診断され、治ると宣
告された事であります。中には自分は森田の診察の間違いで、意志薄
弱で、治らないに違いないと、頑張る人があるけれども、それはどう
も帰ってもらうよりほかにしかたがない。縁なき衆生である。
(9時10分、閉会)
(『神経質』第4巻、第12號・昭和8年12月)
第34回 形外会 昭和8年6月10日
熱 海 旅 行
温泉回遊列車で
昭和8年6月10日(土曜)快晴にて、森田先生の予想あたる。午後
1時半、新宿駅に集合。先生御夫妻を始め同勢30余名。2時発車、
温泉回遊列車にて熱海に向かう。指定席制度にて、混雑の憂いなし。
早くも先生が、E君の袴を指されて「これは大岡越前の袴じゃ」
(今年正月の形外会大会の余興のとき、E君は越前守に扮す)と紹介さ
れる。笑声わき和気溢る。
車中には、会社員の団体らしきもの、酔興して騒ぐのがあった。
先生の御感想に「世の中には、あんなのを排斥する人が、チョイチョ 1
イあるが、僕などには、退屈しのぎの見物に丁度よい。僕などはとく
に、いつも精神病患者を見ているから、なんでもない。昔は僕など
も、飲んで騒いだもんじゃ。あれを嫌う人は、公衆道徳の押売り人でも
あろうか。純な心とはいえない。子供ならば、決していやがらないで
見とれている。」、
伊豆半島にかかれば、列車は懸崖の上を走る。紺碧の海、溶岩の絶
壁、眺望絶佳、歓声しきりに起こる。
車中2時間にて、4時5分熱海駅着。形外会員の井上・亀谷両君の
形外会員・その他番頭たちが、森田旅館の旗をかざして、迎えに来て
いる。遊覧情緒、すでに百パーセントである。下り坂道を徒歩し、約
10分にて、旅館に着く。旅館は、アスファルトの海岸道路に面した新
装の三層楼で「東京形外会・御宿泊所」の立て看板も嬉しい。2階の広
間に陣取る。眺望が非常によろしい。湾曲した熱海沿岸を、左右北南
に、東面の海上には、あこがれの初島近く、はるか雲霧の彼方には幻
の如き大島・三原山の噴煙が、かすかにたなびいている。
夕飯まで、一同自由散策に出る。帰れば、直ちに入浴。大浴場は奇
麗で、湯は青々と澄みとおり、新案の斜面槽に横臥しながら、恍惚と
して浸っていた。
6時晩餐・7時より余興に移る。 (布留武郎・記)
余興のかずかず
落語「馬鹿の一つおぼえ」 昇八
のろまな小僧が、主人の教えた言訳を、その文句通りにいって、と
んだ滑稽を演ずるという話。
夕立で、知らぬお客に、傘を貸したというので、主人から、その断
り方に「手前どもにも、傘は一本あるにはありましたが、古くなっ
て、骨は骨、皮は皮にバラバラになったので、物置に放り込んであり
ますので」というんだと教えられて、隣から鼠を捕るため、猫を借り
に来た人に、ここぞと、小僧は「ええ、手前どもにも、猫は一匹おる
にはおりましたが、古くなり、骨は骨、皮は皮にバラバラになりまし
たので、お気の毒さま、へい」と断った。
したり顔して、主人にその事を話すと「馬鹿野郎、付き合い甲斐
に、猫くらいは貸してもよいではないか。しかし猫を断わる時には、
手前どもにも、猫は一匹おりまして、不足なく、おまんまも魚も食わ
しているんですが、そこは畜生の悲しさ、他所さまで拾い食いをした
と見えて、下痢しているので、汚うございますし、お役に立ちますま
い。というんだ」と主人から教えられた。 2
やがて客人が来て、「御主人にお目にかかりたい」という。小僧は
また「私のところにも、主人は一匹おるにはおりまして、不足なく、
おまんまも魚も食わしているんですが、そこは畜生の悲しさ、他所さ
まで拾い食いをしたとみえて、下痢していますので・・」といって断
わったという話。
滑稽・早変り・珍芸 昇八
次には、直侍という若衆と、三千歳という花魁とのセリフを、一人
で声色をつかうというところ。若衆と花魁との前髪を前後にくっつけ
たカツラを頭にかぶり、男の声色の時には若衆のカツラを前に回し、
女の時には女に早変わりする。最後に、男と女とが、サーサーサーと
いう時には、そのカツラをのべつにクルクルクルと回すのである。そ
の滑稽の珍趣向には、一同腹をよじらせた。
スットントン踊り 昇八
あの大男が、たちまちえび茶の袴をはいた一寸法師の女学生に早変
わりして出て来た。それが仇っぽいドラ声を出して、スットントンス
ットントンと踊るのである。顔と手と足とは大きくて、ただ身長だけ
が低い。これがしなをつくって、ヨタヨタと踊るのであるから、なに
しろエログロで、おかしくもあり、薄気味の悪い事おびただしい。踊
りながら近寄って来ると、前の方の見物は、キャッといって尻込みす
る。鈴木君は、ワッと叫んで逃げながら、腹を抱えて笑いこける。
さて、踊りを終わって、すっくと立てば、胸のあたりに、短いえび
茶袴を着けて、股から下は丸出しである。その毛脛を出して、舞台を
退却する様は、二度びっくりであった。
尺八合奏 町内有志・3名
初めに追分節などが演ぜられ、後に熱海節が歌われた。
「熱海芸者は、黒いようで白い。潮に吹かれて湯でみがく」
「恋の横磯・恋の横磯・お宮の櫛が落ちているよな二日月」
「沖の初島・沖の初島・朝晩見える。なぜにお前は今日見えぬ」
会員の余興遊戯
まず15人ずつ2組に分かれて、白黒の5つ宛の碁石を箸ではさん
で皿に入れ、これを順送りにするリレー競争。同じく鉢巻をするリレ
ー競争があり、次に職業あての余興には、早川君のダンサーや広瀬夫
人の乞食などが傑作であった。
次に「読み合わせ」というものをやる。会員一同に、1・2・3・
4と番号を打った紙片を渡し、これに思い思いの言葉を書く。これを
取り混ぜて、その番号によって分類し、読み合わせると、奇想天外の句ができて、なかなか 3