第81回 女性の為の札幌・五巻を読む会 2022. 7.21
森田正馬全集 第5巻357頁 形外会・第33回例会 昭和8年5月28日から
高浦先生 私は現在45歳。昨年母を亡くしました。父は67
歳で健在です。子供の時から、私は神経質で、不活発で喧嘩するよう
な事はなかった。それに近眼であったけれども、田舎の事で、眼鏡を
かけると、皆からはやされるので、かけないでいた。よく見えないか
ら、周囲の事に気がつかず、それが内気になった一因ではないかと思
う。
また父は、私と全く反対の性格で、快活で・外向性で・社交性に富
み・政治好きで、私の態度が、ことごとく気に入らなかったらしい。
箸の上げ下げにも、やかましくいう。それで私の方からも反抗した。
例えば私が休暇の旅行を、友達と約束して帰って来ると、父は反対し
て、勉強しなければいけないという。近頃では、年もいって、私もそ
んな事はないが、反抗した時代が、私の神経質の最もひどかった時か
と思う。それは無論生来性のものでありましょうが、私が病身であっ
た上に、父の拘束は、私の神経質の大なる原因かと考えられます。現
に私の弟は性格が相反して、スポーツマンでした。
金を貯めるには3 恥をかく
坪井氏 私の母は、何にでも手を出す工夫家で、倹約が上手で、こ
こへ来れば、まず優等生というところでしょう。私も先生のお陰で、
大分、その方になってきましたが、私の師僧もまた、そうなんです。 「師僧」とは師匠となる僧侶
電灯をスイッチでひねると、球が壊れやすいというので、球をねじっ
て消す。小包をくくる紐も、必ず古いものを集めておいて使う。こう
いう風な人は、宿屋でも料理が少なく、安い方を好むという種類でし
ょうね。
倹約の事をいえば、ある人は、60円から100円くらいの月給で、1
万円貯金したという話。それが少しも苦しくなく、かえって楽しみだ
という。その人は、30町くらいの会社への道を、往復とも歩く。履
物は平にへるよう、充分注意し、道の悪いところは、飛びよけて行
く。(笑)木くずでも落ちていれば、焚物に拾って帰る。はける下駄
でもあれば拾うという風なんです。(笑)金を貯めるには、3恥をか
かねばいかんとかいいますが、お粥をすすって、百円貯めたという人
は、少し違うようですね。(註―3恥とは、人情を欠く・義理を欠く・
欲深くの三角をいう。)
物の性を尽くす 1
森田先生 靴の踵や、下駄の歯の曲がる性質はよろしくない。神経質
で、著明に曲がる人は少ないかと思う。僕が昔、富士登山をしたとき、
1足の草鞋で上下した。もっとも藁の間に麻の混ざったものでした。そ
れでも、よく履きつぶす人は、3、4足も替えた。草鞋を注意して歩
けば、速くて疲労も少ない。草鞋をつぶす人は、平らに踏まないで、
必ず片寄って破れるからである。私の登山の時は、看護婦もともに、
同行が13人であった。予想では、僕は、弱い組にみなされていた
が、思いがけなく、僕が先頭第1であった。1番強いと目されていた
人は、2番で、僕より20分遅れて到着し、最後の者は、3時間も遅
れた。私のネルのシャツなど頼んであった強力は、最後のものを世話
して来たので、山の上で寒くて、3時間震えました。
草鞋を倹約して貯金するわけではない。草鞋そのものを大事に取り
扱うのである。つまり道具を大切にするので、ここの入院患者など
は、全く道具を無視する人ばかりである。人間が動物から超越したの
は、第一に道具を用いるという事である。道具を破損する人は、動物
との隔たりが少ない。これと道具の発明家を比較すると、動物と人間
との隔たりくらいでもあろう。(註―動物:人間=道具破損者:発明
家)
なお倹約という事は、物を大切にする事である。ここの家では、広
告の紙とか古雑誌とか、反古をおよそ7種類に利用しているという事
は、ここに知っている人もあるでしょう。中庸に「物の性を尽くす」 中庸:片寄ることなく、変わらない。
という事があるが、つまり物の用に立つものは、決してこれを、粗末
にしないという事である。物を倹約して、金を貯めるというのとは、
少しく相違がある。金を大事の目的として倹約するという人ならば、
必ずその人の実生活に、さまざまの虚偽があるという事を、発見する
であろうと思う。坪井君の話のように、もし実際に成功した人なら
ば、いわゆる「物の性を尽くす」であって、必ずその人は、物そのも
のを大切にした結果として、貯金もできた事であろうと思う。もしつ
いでがあれば、実際にその人物について、調べてもらいたいものであ
ります。「物そのものになる」これがここの教育法の最も大事な条件
である。この事ができるようになれば、強迫観念などは、とうから治
っているのである。
レコードを買うために食事を減じた
早川氏 倹約して金を貯めて、レコードを買おうとして、中断した
話。私は音楽が大好きで、レコードを買うため、2食主義にした。
昼食を10銭として、1ヵ月3円になる。3ヵ月目から一般学生は、 2
昼食が20銭余りであるというから、また少し高く見積もるようにし
た。そのうちに、腹がへるものですから、昼食を食べるようにして、
その代わり、乗るべき電車に乗らないと仮定して、レコードを買う事
にした。
思うように買えないから、なんとかして、自由に聴く方法はないも
のかと考えあぐんだすえ、思いきって、レコード収集家として、日本
一といわれる野村胡堂氏に手紙を出した。5千枚以上、持っていると
の事です。そこで2回ほど、聴かせてもらいましたが、その時の話
で、氏が驚くべき能率で、働いていられるという事を知りました。原
稿を書く速度は、1時間に8枚とのこと、しかもその間、レコードを
かけて、後でその批評を書くとの事です。
学生時代に、脚気と神経衰弱とであったが、忙しくて、構っていら
れないうちに、治ってしまったとの事です。
森田先生 肩の凝らない話を、合いの手に一つします。神経質の完
全欲という事の一例です(患者の日記を読む)。
「・・・そして次に、風呂場を掃除す。ただし風呂釜の方はしなかっ
た」。なかなか正確ですね。(笑)「・・・自室に入り、封筒の型、その
ほかの材料を持ちて、仕事場に入る」。一つひとつの事を細かく詳し
く書いてある。今日の学者の論文でも、いたずらに正確に遺漏のない
ようにと考えて、その書く事の目的を忘れてしまう事が多い。我々は、
言葉というものは、本来不正確のもので、決してすべての意味をいい
尽しうるものではない。という事を知らないからである。そのため
に正確過ぎて、かえって要点を、人に徹底させる事ができなくなるの
である。これなどはみな、手段にかぶれて、目的を忘れるがためであ
る。角を撓めて牛を殺し、人参を飲んで首くくり、金を集めて人生を忘
れ、人生の恋を遂げる事を思い違えて心中するようなものである。
「原さんからの御馳走のお菓子を戴いて食べた」。これも、もっと詳
しく書くと「・・・お菓子を戴いて、左の奥歯で噛んで、のみこんだ」
といってもよい。(哄笑:高笑い)
文章は、わかりきった無用な事は、決していわないで、必要な目的
に煎じつめる稽古をすれば、必ず上手になるのであります。
(6時20分、食事、7時再会)
自由に楽に勉強するにはどうすればよいか
布留氏 勉強しているとき、遊びに行きたいと思い出すと、いくら
抑えようとしてもだめです。たいていは欲望に負ける。そんな気分が
出ると、我慢しようとしても、どうにもしようがない。ついにやぶれかぶれで遊びに行く。 3