第40札幌5巻を読む会         2016.6.16

          森田正馬全集 第5206頁 第20回形外会 昭和7年3月5日から

 2千年前のギリシャのエピクターテスという賢人(けんじん)は、「人もし善人

たらんとすれば、 まず自ら悪人たる事を認めよ」といった事がある

が、前の嫁さんの神経衰弱のような場合でも、一度心機一転して、自

分が悪人となる事をいとわないようになれば、今まで陰惨(いんさん)の空気に()

ちていた家庭も、初めて愉快(ゆかい)光明(こうめい)()ちた団欒(だんらん)の家庭に一転し、そ

の神経質の本人から見れば、今まで自分に、つらく当たっていたすべ

ての家人が、皆親切な好意とばかり思われるようになる。この時に普

通、本人は他の人びとが変わったように思う事が多いけれども、実は

自分自身が知らずしらずの間に一転(いってん)()しているのである。

 山野井氏 ある人が神経質を治すために、結婚させたら、かえって

よかろうと考えて、結婚させたところがその家庭が非常に冷たく、少

しも新婚の温かさを感じないという事です。私に相談して来たけれど

も、これはなかなか難しい問題である。 私もしかたなしに返事して

やりましたが、それは結婚した以上は、そのまましばらく。辛抱する

ように、また勤め先から家に帰った時には、少し不自然でもよいから、

たまには歯を出して、笑うようにするとよい。といってやりました。

先生いかがでしょうか。

 森田先生 それはよい事であるけれども、難しい。強いて笑い顔

をするという事は、(うそ)をいうと同じように、なかなか難しいものであ

る。勿論(もちろん)、平気で嘘をいう種類の人は別であるが、神経質はむしろ()

(ちょく)に近いほどの人もあるから、この種の人には、なかなか思うように

できない。

 この場合には、ただ自分には、不機嫌な気むずかしい我儘者(わがままもの)であると

いう事を自覚し、人にもこれを認めさせ、その結果として、当然人に

嫌われ、うるさがられるものであるという事を自覚し、その応報(おうほう)を受

さえすればよい。 決して自分はこのような性質であるから、 人は大

目で見て、自分を許してくれるべきである、人は自分が悪人でない事

や、自分の正直のところなど認めて、理解してくれなければならぬ、

などと考えてはならない事である。このように思い(さだ)め、覚悟(かくご)して後

には、社交的にあるいは家庭的に、時と場合とに応じて、笑うも笑わ

ないのも、自由自在で、必ず自然の人情味(にんじょうみ)(あら)れるようになるので

ある。

  南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)というもいわぬも自由自在

 南無阿弥陀仏と唱名(しょうめい)する事でも、手軽に嘘をいう人は別として、神

経質はまず南無阿弥陀仏という実証(じっしょう)を認め、信仰を獲得(かくとく)した後でなけ

れば、なかなか口から()らす事をあえてしない。ここは(ほとん)ど強情張り          1

といってもよいほどである。私も昔大学一年生のとき、真宗(しんしゅう)村上(むらかみ)

(せん)(しょう)博士(はくし)のお家に行って、「どうすれば信仰が得られましょうか」と

いう事の教えを()うた事がある。その時先生は、「南無阿弥陀仏と(しょう)

(めい)せよ」といわれた。なかなか私にはできなかった。30()(さい)になっ

て初めてその意味がわかった。今は南無阿弥陀仏という事もいわない

事も、笑う事も笑わない事も、時と場合に応じて自由にできるように

なった。なおついでに、これは少し奇抜(きばつ)な事であるが、私が昔、中学

4年級のとき、決して笑わぬという事を努力して実行した事もある。

 さて、面白いなり、有難いなりの感情というものは、その対象・原

因があって、その反応として起こるものであるが、その時には、それ

相当の表情ないしは行動が起こる。今これを逆にして、歯を出して笑

うとか、南無阿弥陀仏というとかすれば、そこに愉快(ゆかい)とか敬虔(けいけん)とかの

感情が現われてくるのである。感情という自覚と、表情という現象と

は、同一事実の両面観であるというのが、私の持説(じせつ)である。急に下腹(したはら)

がへこみ、アッといって呼吸が止まるとかいう現象が、そのままビッ

クリであって、その時の感じがそのまま、驚きである。この表情現象

の少しもないところの驚きというものはないのである。

 それで愉快(ゆかい)になりたい人は笑い、信仰を得たい人は、南無阿弥陀仏

といえば、世話のない簡単な事である。ただ私共が南無阿弥陀仏とい

わないのは、強いてそのような信仰を求め作る必要がないからの事で

あります。

  金を人に渡す時には

 山野井氏 (かず)勘定(かんじょう)もできなくなったというお話があったが、私も

入院当時、御飯炊きをして、お米を計る事がわからなくなった事もあ

る。計り間違いはしないかと心配する時に、7杯か8杯かわからなく

なるというような事がある。

 話は少し違うが、私は平常、金を数える時に、間違(まちが)いはしなかった

かと心配する。人に払う時は、多く払いはしなかったか、自分が受け

取る時には、少なくはなかったかと心配する。随分(ずいぶん)欲張(よくば)りである。

 森田先生 僕も欲張りの事は同様である。僕も人に金を渡す時は、

1枚ずつ精密(せいみつ)に数える。人から受け取る時は、5枚ずつ数える。人か

ら受け取る時は、1枚くらい、多過ぎても、後で返す事ができるが、

人に渡す時は、つい多過ぎても請求する事ができないから、厳密(げんみつ)に数

えるのである。郵便局などで金を受け取る時は、局員が2,3度も正

確に数えるから、そばからそれを見ていて、間違いのない事を認めて

受け取るから、ことさら、数え直す必要はない。少しでもムダ骨折(ほねお)

(はぶ)く事を心得(こころえ)ているのである。

  (おや)心子(こころこ)知らず                              

 小宮氏 私は前には、家の人から、お前は怒る怒るといわれた。先

生から、腹が立つ事があっても、ときどきに怒らないで、ためて置い

て、争うべき時にその事を持ち出して、一時(いっとき)(あらそ)えばよい、といわれ

てから、こらえていると、忘れてしまう。その後家人(かじん)から、怒らなく

なったといわれるようになった。人間がよくなった、といわれるけれ

ども、よくなったのではない。

 以前は家でも、()(ちが)いになりはせぬか、と心配された事もあった。

この形外会へも出席することをとめられる。患者(かんじゃ)同士(どうし)の集まるところ

へ出ると、また神経衰弱が出やしないかと心配する。今日も花見に行

くといって、出てきたのであります。

雑誌を読んで、病気を思い出してはいけないと思って、読まない人

があるそうですが、 そんな人は、 まだ本当に治っていない人かと思

う。

 森田先生 神経質がよく治り、ますます修養が()むには、神経質に

関する事をなるたけ広く深く知り分ける事が必要である。単に頭痛が

治ったといっても、再発しやすく、強迫観念が一つ治っても、また別

の強迫観念が起こってくるという風になる。治るという事は、単に苦

痛がなくなるのではない。ますます精神(せいしん)健全(けんぜん)に、ますます適応性を(はつ)

()して、人生に向上発展するのが(ほんし)でなくてはならない。例えば米

屋が、その事業が発展するにも、単にその時どきの相場(そうば)を知るだけで

はいけない。肥後(ひご)(まい)朝鮮(ちょうせん)(まい)とかいう事から、社会現象の万般(ばんぱん)に通じ

て知るほど、成功が大きいのであると同様である。

 私が雑誌などで、神経質に関して、種々(しゅじゅ)の方面から説明するのは、

みな患者の治療と修養とのためにはかるので、皆さんから見れば、つ

まらないように見えても、それは親の心子知らずであって、(みちび)かれ助

けられる者の身になっては、その指導者(しどうしゃ)の心を知る事はできない。

れは知恵の深さが、(だい)なる相違(そうい)のあるために、推測(すいそく)ができないからで

あるのである。

 なお私の患者を救済(きゅうさい)しようとする心は、ちょっと変形すると、容易(ようい)

に宗教的の気分になりやすい(かたむ)きがある。それ(ゆえ)に私は患者に対し

て、(つね)にそうならないように防いで、患者をして、(つね)に科学的に物を

正しく見るようにする事を忘れないようにし、事実(じじつ)唯心(ゆいしん)という事をモ

ットーとするように(みちび)くのである。

  人にわからぬ自分の苦痛

 山野井氏 私が入院中、裏の畑に、柿がなっていた。先生に少し

取ってくれといわれた。私は柿が少々青くとも、また木に登るのは

面倒(めんどう)だと思い、全部もぎ取ってしまった。先生はなんともおっしゃ

らなかったが、(ばあ)やさんから小言をいわれた。する事がなんでも機械        3

的で、お使い根性であると。しかし私の考えたのは、全部もぎ取って

もわずかに2、30で、皆で食べれば、2つくらいしか当たらない。

という事である。後から考えれば、東京市内で、柿のなっているのは

珍しいので、これを取ってしまったのは、無風流(ぶふうりゅう)であったのである。

 また友田さんという人は、裏の畑にあったニラの葉をおつけの実に

取ってきてくれといわれて、小さい畑にあったのを全部取ってしまっ

た。その人は40あまりの人で、私はただ20()(さい)であるから、物の

思いやりの少ないのも、酌量(しゃくりょう)余地(よち)があると思うのである。

 森田先生 ニラでも柿でも、入用(いりよう)の時は、買えばいくらでも沢山(たくさん)

買う事ができる。それが家の小さい畑にあるのは、その少しずつ賞玩(しょうがん)

するところに(おもむ)きがあるのである。

 山野井氏 (ばあ)やさんに小言(こごと)をいわれた時は、少々(しゃく)にさわって、い

ろいろ理由をこねて見たが、退院して後に、なるほどと思ったのであ

る。

 私は対人恐怖であるが、 退院してから第一回の形外会に出たとき、

いろいろ、対人恐怖時代の昔の心境(しんきょう)をお話して、皆さんには、まだ私

苦心(くしん)はわからないだろうといったら、先生から、人にわからぬ自分

ばかりの苦痛があると思っているようでは、まだ本当に治っていない

証拠(しょうこ)だといわれた事がある。普通の人情として、人前に出れば、恥ず

かしい・苦しい、誰でも同様である。それがわからなかったのである

が、注意されて非常に私の進歩を来したのである。今日は香取さん

も日高さんも欠席で、私は非常に心配している。恥ずかしくて苦しい

けれども、しかたなしにやっていると、話しているうちに、ツイツイ

面白くなり、心づかいも忘れて、皆様にこんな事をいったら、御参考

にもなろう、先生に批判していただけば、為になるだろうとかいう心

で、一杯になるのであります。前にはただ自分の恥ずかしい、苦しい

気持を取り直し取りつくろおうとして、それに心が一杯で、ただ不可

能の努力ばかりして動きのとれぬようになったのであります。

  あやかるの反対は()せつけない

 森田先生 今晩も赤面恐怖の方がおられるが、「ただ見れば何の苦

もなき水鳥の足にひまなき我思いかな」であって、誰でもただ顔つき

をちょっと見たばかりではわからないものである。

 まだよくならない人は、みな山野井君のような治った人にあやかれ

ばよい、あやかるとは、うらやましくて、その人のようになりたいと

思い、その人の(せい)(がい)にでも接する事である。 このあやかるの反対は、

寄せつけないで、排斥(はいせき)する事である。あの人は頭が良いから治った。

自分は悪いから治らない。あの人は治るべきはずであるから、自分は

意志薄弱であるから、とかいろいろのヒネクレをこねて、白眼(はくがん)をもっ          4

(しっ)()するような事である。こんな人は(えん)なき衆生(しゅうせい)といってなかなか

治りにくい人である。

 この形外会は、みな同病相憐(どうびょうあいあわれ)む兄弟のような人ばかりであるから、

互いに親しまなければならない。治った人は、治らぬ人を見て、なん

とかして治して上げたいと思い、じれったくてたまらない。会長・副

会長・幹事とかいう人は、みなこの心持(こころもち)(あふ)れた人で、この形外会

(さか)んになるのは、みなこの人びとのお(かげ)である。これに反して治ら

ぬ人は、親の心子知らずで、割合(わりあい)に気のないものである。

 清水氏 私は先生にあやかり過ぎていけない。私は先生のおっしゃ

る事をなんでもかんでも守ってしまう。そしてはき違える事が多い。

このあいだも酒席(しゅせき)で、踊りをやってほめられた。先生がいったんだか

ら、安心して飲んでしまえという気になる。もう一度『根治法』を読

んで見た。そして自分が調節(ちょうせつ)(あやま)っていた事に気づいた。

  こんな先生に病気がなおせるか

 小宮氏 退院して後に、なかなか能率(のうりつ)がうまくあがらない。あがら

ない能率を強いてあげようとする。うまくいかない。あるとき、平常(へいじょう)

3人でやっている仕事を、2人とも病気で休んでしまい、私が一人で

しなければならない事になった。人手(ひとで)()りようとしたが、どうして

融通(ゆうずう)がつかない。しかたなしに、能率などの事を気にかけていられ

なくなり、相当失敗もあったけれども、結局一人でやってしまった、

能率を忘れて、能率があがったのであります

柿原夫人 入院中に柔順(じゅうじゅん)という事のお話は、自分にもわかったが、

(しゃく)にさわらなくてはいけないといわれた事が、いろいろ考えたけれど

も、わからなかった。ある日、先生が、今日は3回(しゃく)にさわったとい

われた。停電(ていでん)と、しめ出しをくった事となんとかであった。(しゃく)にさわ

るとは、感じが強く、あるいは気慨(きがい)あるという事であり、呑気(のんき)で無

神経でないという事である。

 しかし先生が(しゃく)にさわるという時に、お顔の色はなんともならな

い。私もそれを見習いたいと思った。私共も平常(へいじょう)誠心(せいしん)誠意(せいい)でやっ

た事を疑われたりすると、(しゃく)にさわって、急に顔に出る。先生の平常(へいじょう)

の態度を見習いたいと思った事があります。

 森田先生 神経質は、他の気質の人に比べると、顔色は変わりに

くい方である。貴方(あなた)でも、やはり出にくい方である。ただ自分でカッ

とした気分を、顔に出たように感ずるまでの事である。とくに私共(わたしども)

出にくいのは、顔が土色(つちいろ)に青黒いからである。桜色(さくらいろ)の人は出やすいの

です。これなどは(みな)比較的(ひかくてき)の事であります。

 篠崎氏 先月、形外会のとき、大先生にお目にかかったとき、かね

て想像していたところでは、ユウユウ堂々(どうどう)たるものであると思ってい          5

たが、(あん)相違(そうい)して、お顔の色もよくないし、これが医学博士・森田

先生かと思われた。

 古閑(こが)先生 この会には、入院しない人がいるのも面白い。先生に(しか)

られた経験がないから(笑声)。

 井上氏 篠原さんが、 先生が風采(ふうさい)があがらぬと感じたといわれた

が、私も同様であった。初め古閑(こが)先生を森田先生かと思った。和服で

(はかま)もつけず、猫背(ねこぜ)で、あてがはずれた気がした。も一つ先生は、お酒

をあがらないだろうと思っていたのに、大分召しあがられたそうで、

こんな先生に病気が治せるかと心配した事があった。

 篠原氏 先生は芳沢(よしざわ)外相(がいそう)に似ておられると思うが、どうでしょう。

                       (食事。8時再開)

 森田先生 今日桑原(くわばら)さんという方御招待(ごしょうたい)しましたが、この方は昨

年11月頃のこと、神経質雑誌の記事中に、私の喘息(ぜんそく)ある事を知ら

れて、代々木のお家から、わざわざ遠くの駒込(こまごめ)の私の家へ喘息の薬を

持って来て下さって、私の家内(かない)に、その効能から用法を教えられて、

これを用いるように勧めて行かれたのであります。折角(せっかく)の事ですか

ら、早速私もこれを用いたところが、非常によく()くので、感謝して

いますので、この機会に、薬の効能(こうのう)という事についてお話したいと思

います。

 私は従来(じゅうらい)、精神療法でもそのほかの通俗(つうぞく)療法(りょうほう)でも、機会さえあれ

ば、なるたけ実験するという心掛(こころが)けをもっている。前には酸素の注射

が、喘息にも効くとの事で、妻に(すす)められて、連れて行かれた。第一

回の時に、喘息が起こらなかった。その日は風呂に入ったから、その

ために起こらなかったようでもある。すなわち次に風呂を(こころ)みたが、

その時は起こった。次には注射ばかりして、すべてその他の条件の加

わらないようにして実験した。今度は喘息(ぜんそく)が起こった。これで注射も

風呂も2つとも、 直接に喘息には()かないという事がわかった。

通、迷信(めいしん)妄信(もうしん)の起こるのは、ある療法で偶然(ぐうぜん)に治った事を、すべて

の他の条件を考えないで、そのままに(こう)あったと信ずる事から起こ

るのであります。

 今度の喘息(ぜんそく)(やく)は、()(きょう)(とう)といって、漢方薬(かんぽうやく)であるが、妻は毎日3度

飲むようにと、私に(すす)めるけれども、私は喘息の起こる時ばかりに用

いた。そうしなければ、まず第一に、これが直接に(こう)があるか、どう

かという事がわからない。時間がないから(くわ)しい事は(りゃく)するが、とも

かく、この薬は効能(こうのう)がある。また味が悪くなくてはなはだよい。副作

用がないから、割合多量に(もち)いてもさしつかえないようである。分量

を自由に加減(かげん)する事ができる。これが西洋薬では、ちょっとできない

ところの漢方薬の長所である。割合に食欲をも(がい)しないようである。          6