第7回 形外会  2

  運命とは境遇(きょうぐう)に対する反応の仕方である  

また会員中から、運命というものがあるかどうかという質問もあっ

た。

 森田先生 運命とは、境遇であり、周囲の事情である。例えば今夜

の形外会は、これが運命であり、これをオポチュニティーとか機会と

か偶然とか境遇とか申します。この偶然を受け入れ、これに反応し適

応するものは、各個人の性質・人格・気質・体力とかいうものであり、

仏教で業というものかと思う。それでこの気質によっては、ある人は

赤面恐怖とか頭痛とかいうものに関する事のみを聞いて、大事の修養

の要点を耳に入れないとかいう風に、いろいろの差別が起こって、い

わゆる運命に対して幸・不幸の別が起こってくるようになる。

オポチュニティーというものは、常に変化している。これに対し

て、「小人(しょうにん)()にさとり、君子(くんし)()にさとる」とかいって、おのおの

その自分の運命を開いて行く。これと同じく同様の境遇に遭遇(そうぐう)して、

ある人は成金になり、ある人は破産する、ただその人の受け入れ方、

反応の仕方であって、決して運命という外部からの意志のいたずら

ではないのであります。

  病人であるとの主張をどうしても捨てない

 井上君 先日私は、自分の入院日記を見ましたところが、第4日に

「今日は一日2回、便通があったが、何回行くもさしつかえないでし

ょうか」というのを見て、自分ながら吹き出しました。こんな質問

は、おそらく小学生でもしないでありましょう。先生の赤字は「必要

に応じて」と書いてありました。神経質のとらわれの馬鹿らしさの標

本でしょう。その必要に(せま)られた時どうするか、「1回以上行くべか

らず」といわれたとしても、どうもしかたがない。なんら実態を見な

いで理屈をいう神経質のギコチない姿が見られるようであります。

いかに(あく)()の時代とはいえ、よくも真面目にいえた事かと、今は想像

すらも(むずか)しいのであります。

 現在は学校でも、前につまらぬと思った講義(こうぎ)面白く(おもしろく)()く事がで

き、何事に対しても興味が出てきました。先日も校庭で、ちょっとし

た小石をみつけて、非常の興味を起こし、持ち帰って机の前に(かざ)った

とかいうような事もあります。前にはまるで(かえり)みもしなかったもので

あります。

 しかるに近頃(ちかごろ)、ちょっと不幸な事があった後、漠然(ばくぜん)とした煩悶(はんもん)(おそ)

われて、丁度無欲のような状態になり、何を見ても興味がなく、さらに

「欲望は常になければならぬ」という言葉にとらわれてますます苦しみ

ましたけれども、先生の教えによって、悲しみの時には、欲望のなく

なるのは当然だ、という事に気付き、直ちにその苦悩は()けてしまい

ました。それで自分のなんでもない、こんな簡単な事でも、このよう

に苦しいから、心悸(しんき)亢進(こうしん)とか肉体的に苦しむ人や、種々(しゅじゅ)複雑なる症状

に悩む人は、どんなにつらい事であろうかと深く感じまして、先生の

言わるる「雪の日やあれも人の子樽拾(たるひろ)い」の句などが思い出されて、

神経質が自己中心的で、人に対して同情のなかった事が、今さらよく

わかるのであります(注―この人は前に自分で、心悸亢進に悩んだ事

のあるのを忘れていたのである)。

 先生の「そのままの自分を()たして投げ出しうるや」とかいわるるお

言葉が今さらながら深く心に()み入り有難(ありがた)い事でございます。

 またこの会でも「私はまだよく治っていないので、意見をいうのは、

失礼ですが・・・」との言葉を2、3、耳にいたしましたが、誠に「患

者は自分が病人であるとの主張を、どうしても捨てない」としばしば

先生がお話になった事を思い出します。患者という事にしがみついて

離れるのがいやという風にもみえて、気の毒にも思われます。

 小さな石にも興味をひかれる

森田先生 今の井上君の小さな石にも興味をひかれるといわれた事

は、漠然(ばくぜん)と考えると、ちょっとわかりにくいかも知れぬが、我々は海

水浴に行く時は、つまらぬ貝殻(かいから)でも、面白くて拾い集め、家に帰って

見れば、早速なんでもなくなり、捨ててしまう事があります。温泉な

どで退屈の時には、川原の珍しい形の石や、目にも見えぬ小さな草花

などにも興味をひくものであります。これが自然の心である。

 これに反してここの患者さんは、毎日仕事が見付からず失業ばかり

しているのに、沢山(たくさん)盆栽(ぼんさい)にも、少しも心をひかず、植木(うえき)(ばち)の水が切

れて、草木(くさき)()れかかっていても気がつかず、いつ花が咲いたか少し

もわからない。井上君が忙しくて、しかも小石に心をひかれる余裕が

あり、入院患者が失業していながら、しかも珍しい花にも、目をひか

ないという雲泥(うんでい)相違(そうい)(あら)われるのである。これはほかでもない。入

院患者は、自分が何かする仕事はなかろうか、どんな事をすれば、病

気が治るだろうかと、そんな事ばかりにとらわれて、その悪知に(わざわ)

されているからであります。それがこの悪知を捨てて、心機一転すれ

ば、すなわち病気が治るのであります。

  制度や風習は自然現象の結果である 

 次に香取さんのお話の批評(ひひょう)に移りますが、長男を偏重(へんじゅう)するよいうこ

とは、とくに日本の家族本位で、系図(けいず)(おも)んずるために、自然の必要

から起こった事かと思う。制度とか風俗とかいうものは、この当然の

必要の事を、先覚者(せんかくしゃ)がとくに高唱(こうしょう)、強調する事から、俗人(ぞくじん)がこれにと

らわれるようになった事かと思われます。若い人や社会主義者などが

よく制度が悪いという事をいいますが、この制度が社会の自然現象か

らしだいに現われたというのは、丁度、文法を人が作ってしかる後に

言葉が現われたのでなく、言葉があってしかる後に、文法の制度や(ほう)

()が現われたのと同様であります。

 日本では戦国時代からも、国の初めからも、家の系図を重んずるが、

ために、長男を重んずる制度にもなったでありましょう。すなわちこ

の風俗制度を立て直すには、根本的に国体を変えなければならぬ事

で、日本の文法をエスペラントにするようなものであります。

  中の子は憎まれる子

 また子供という事についての人情から考えてみれば、長男は(めずら)しい

子であるから、皆が可愛がる、二男ができれば、その幼少の時は、そ

の二男は、兄からも皆から可愛がられる。第三男ができて、二男が小

学時代ともなれば、その二男は、兄を尊敬して、その弟を可愛がらな

ければならぬという二重の負担になる。また多数の子供ができれば、

親は老年に近づきて、末の子ほど、可愛がられるようになる。すなわ

ち昔から中の子は憎まれるという事になっている。憎まれるのではな

い。ただ板ばさみのような環境に置かれてあるというにとどまるので

ある。すなわちこれは人情の自然の事実であります。新潟(にいがた)にはそれが

ことにはなはだしいかも知れぬけれども、もっと多くの材料がなけれ

ば、ただその人の言葉だけでは、直ちにこれを信ずる事はできない。

 次に普通の人情は、皆おのおの、まず自分の事の不平をいうもので

ある。とくに神経質者は、自己中心的であるから、年長して少し理屈が

わかってくると、兄は、自分が、甘やかされて育ったから、弱くなっ

たとか、弟はまた自分が幼時(ようじ)いじめられたから、それでヒネクレて

神経質になったとか、どうでもその罪を他に嫁するような理屈のつく

ものであります。さらにそれを引き伸ばして行くと、養育上の欠点か

ら親の遺伝までも()げて、不平を()らすようになる事もあります。

このような訳であるから、常にその本人のいう事ばかりを聞いて、

是非(ぜひ)判定(はんてい)する事はできぬ。まず本人の気質や病的異常を調べ、さら

にその親を詮議(せんぎ)して、初めて判断のできるものである。

 ただここで本人が善いか悪いかは、ともかくも、その本人が親から

よほど可愛がられていないという事は、大体の事実であるらしい。こ

の事実を我々は、第一に重く認めなければならない。親は子を愛すべ

きであるとかいう理論よりも、まずこの事実そのものが必要でありま

す。

   心機(しんき)一転(いってん)すれば怨恨(えんこん)が愛情に変わる

 なおこの次の雑誌に出す実例で、重症の対人恐怖が意想外(いそうがい)に完全に

よくなったのがありますが、この人も入院前には、自分の病気が、家

庭の悪影響から起こったようにいい、家庭の不和、母親のわからずや

などを、盛んに不平をこぼしたものであるが、これが心機一転して、

対人恐怖の治癒した後には、すっかり今までの自分の非を悔いて、母

や弟の以前からの好意を知り、母や弟に対する自分の愛情を復活する

ようになったのである。すなわち今まで恨んでいた同一のものが、た

ちまち一転して、愛情になるのであります(注―本人の日記及び手紙

の一節を読む)。

諸君はこれに対して、さほどの感じはないでしょうけれども、僕は

涙なしには、これを読む事ができない。自分がこれだけに、一人の人

間を立て直したと思うと、私の心は感慨に充たされるのであります。

大体において我々は、人を憎み恨む人は、その人自身が、他人に対

してつれないであろう。人を賞賛する人は、その本人が人に対して(けい)

(けん)な人であろうという事ができるかと思うのであります。

 さて、これから香取君のあの手紙に対しては、どう返事をすれば、

よかろうか。

 香取君は、その返事に、事実に服従せよといいながら、自分を親の

ない孤児と思え、あるいは元から妻がなかったものと思えとかいう事

がありますが、それは事実でなくて思想の作為であります。自分は現

在の親の子であり、また肋膜炎という大事な病気にかかっている、と

いう事実に服従しなければならぬかと考えます。

 それで僕の返事は、まず「君は親に憎まれたという事実を認めなけ

ればならぬ。しからば親の善し悪しにかかわらず、憎まれるには、そ

れ相当の理由が、あるべきであると仮設(かせつ)し、そのハイポシシスを立て

て、種々の方面から、自分の心と行いとを調査しなければならぬ。も

しその憎まれる事に対する証明ができなければ、まずその仮設のまま

に、現在自分が病気に苦しみ、生活に行きつまっている境遇をそのま

まに、「労苦倦(ろうくけん)(きょく)未だ(いまだ)(かつ)天を呼ばずんば非ず。疾痛(しつつう)惨憺(さんたん)、未だ(かつ)

て父母を呼ばずんば非ず(司馬遷(しばせん))」というように、自分自身を赤裸(せきら)

()に、父母の足元に投げ出して、(ゆる)願い(あわれ)みを()うたら、どう

であろう。なおその時に、親は子を愛すべきである。子を世話するの

義務があるとか、主張するような事は決してしないで、仮に自分は憎

まるべき罪のあるものと決めてかかってみてはどうです。物はまず試

みである。」という風に忠告してはいかがでしょうか。

 そうすれば、人情は乞食でさえも、困った者を(あわれ)むものです。まし

ていわんや親の子という縁のあるものです。

 この父が、三男にさえも、本人を世話するなといってやるほどのも

のである事を思えば、本人にも、親に対するよほどの反抗(はんこう)気分(きぶん)のある

ものと認めなければなりますまい。いま本人が親の足元に憐みを乞う

事ができたならば、さきほどの詩句の「皓々(こうこう)たる明月(めいげつ)」という風に、

可愛い兄をも、憎まるる二男をも、同様に照らし(うるお)(あわれ)みを下さるる

事と思います。

犬は主人にたたかれても、その主人の足元に身を投げかけ、寄り添

ってくるのであるから、いかなる悪人でも、これを憎みつめる事はで

きないのであります。

   不即(ふそく)不離(ふり)のはからい

 香取会長 この人は貧に苦しんでいるのであるけれども、実生活の

悩みであるから、先生に相談すれば、最もよさそうなものであるの

僕に問うてくるのはどういう訳でしょうか。

森田先生 病気とか精神的煩悶(はんもん)とかならば、僕に頼むでもあろうけ

れども、君は実業家であるから、実生活についての相談をしたので、

都合によっては、職でも授けてもらうつもりでありましょう。

 なお実生活に限らず、すべて修養の事は、例えば剣道でも、兄弟子(あにでし)

のほうが、先生よりもお手やわらかで、都合がよい。

 また先生は父親のようなもので、恐ろしい。欲しいものでも、金目(かねめ)

の高いものは、父親でなくてはできないけれども、日常の事は母親の

方が。如才(じょさい)がなくてよい。ここでいえば、古閑君とか長谷川君とかが

母親であります。

 また例えば、ここで入院患者が、掃除の事について、僕の近傍(ちかそば)で、

家内なり女中なりがに問うとき、教え方が間違えば、僕が横あいから口

を出すようになる。すなわち間接に教えを受ける事ができる。これを

不即不離といって、恐ろしい先生に、直接にぶつかるでもなく、先生

から遠ざかり離れて、内緒で女中に問うのでもないという風で、知恵

(めぐ)りのよい人のやり方であります。

  世話になった人の家に行く事ができない

 岡上君 私は対人恐怖で、最近に入院したものであります。高等学

校時代から学資が少したりないで、ある人の厄介になっていた事があ

りますが、その人と、どうも話がうまくできず、大学を卒業してからも、

具合が悪くてしかたがない。それやこれやで、しまいに入院したよう

な訳であります。退院後、就職するにしても、結局その人を訪問して頼

まなければなりません。しかるにその時に、お前の同窓(どうそう)は、幾人(いくにん)就職(しゅうしょく)

したか、また君はどうして遅れたのかと聞かれるに相違(そうい)なく、その時は

嘘をいうわけにも行かず、どう答えてよいかと迷って、行けなかったの

でありますが、今の先生のお話を聞きまして、自分は試験のための勉強

したので、融通(ゆうづう)()かぬ男になったけれども、ここへ入院してから、

一人前の事はできるようになったと、答えようという決心がつきまし

た。思いきって、正直に大胆(だいたん)にやればよいという事がわかりました。

  自分は気の小さい見栄坊(みえぼう)である

 森田先生 今のような岡上君の場合、自分は正しい事をいわなけれ

ばならぬ、男らしく大胆でなくてはいけない、とかいう奮発(ふんぱつ)(しん)を、思

いきって捨ててしまえばよいかと思います。自分は対人恐怖、すなわ

ち恥ずかしがりやで、正々堂々(せいせいどうどう)と、やって行けるような大胆者ではな

い、気の小さい見栄坊であるという風に、自分自身になりきってしま

えば、行くべきところへも楽に行かれるようになる。もしあのような

事を問われたら、自然に頭を()いて、口ごもりて、いうべき事もいえ

ず、言葉を濁して、その場をつくろうのであります。これがすなわち

赤裸々なる自分を投げ出すので、我々は真をいおうとして、かえって

虚勢(きょせい)()虚偽(きょぎ)になる事が多い。貧乏が金持ぶれば虚栄(きょえい)であり、小

胆者が大胆ぶれば、かえって真実心ではない。真でなく無邪気でない

人は、決して人に愛せられるものではない。一休(いっきゅう)禅師(ぜんし)のいった事で、

曲った松の木を真直(まっす)ぐに見るには、どうすればよいか、それは曲った

松であると、そのままに見れば、すなわち真直ぐに見たのである、と

いうようなものであります。

 山野井君がかつて、思いきって捨身になり、頭がガンとするような

思いをして、社長のところへ行った時、初めて心機一転して、スラス

ラと自由に、社長と話ができ、家に帰ってその日、今まで少しもよく

ならなかった書痙(しょけい)が治って、スラスラと字が書けるようになった。こ

れは決して理論で治すのではない。ちょっとした心のはずみであっ

て、つまり「コツ」であるから、実行しなければ、決してわかるもの

ではありません。