(3) 欲求実現サイクルの推進
次に、欲求実現サイクルの推進ですが、これはもう言うまでもないことで、
もともとこのサイクルを進んでいれば良かったのですから、本来の欲求を
再確認して、早く元に戻らねばなりません。ところが実際に戻ろうとすると、
「不安へのとらわれ」が邪魔になって、なかなかうまくいかないものです。ど
うしても「不安を取り除く方向に」進みがちになってしまいます。
この段階ではまだ、心の「とらわれ」もありますし、症因である「誤った認
識」とか、「観念的理想主義」とか、「幼弱性」とかが残っていますから、反
射的に不安を取り除こうとするのはやむを得ないことです。これらの問題
を今すぐ全面的に解決することは不可能ですから、当分はこの状態が続
くことを覚悟しなければなりません。
しかし、このような不安除去サイクルの継続は、すでに癖になっている
ものですから、意識的な努力を要せず、むしろ自らの意志に反して行わ
れているように感じるものです。以前に「不安があってはならない」という
認識をもっていたときは、意識的にも不安を取り除こうとしてきたわけで
すが、理論学習によってその誤りを知ってからは、意識的な努力だけは
しなくなったはずです。
実は、そこが一番重要なところでありまして、こんな場合に私たちにでき
ることは、意識的に努力することしかないわけですから、意識的な努力を
どこに投入していくかということが、もっとも重要なポイントになるのです。こ
こまで言えばすでにおわかりと思いますが、その意識的な努力を欲求実
現サイクルの推進に役立てていかねばならないということです。
これを要約しますと、一方で不安除去サイクルの継続を癖として残しなが
ら、他方では、同時に欲求実現サイクルを意識的に推進するということに
なります。
このように、不安除去サイクルの継続を癖として残したまま、欲求実現サ
イクルを推進していくのは大変つらいものですが、そこを我慢して実行しな
ければ、神経症の泥沼から抜け出すことはできません。
もともと、欲求実現サイクルから外れて「不安を異物視する」方向に進ん
だところに間違いがあったのですから、欲求実現サイクルの推進を生活の
基調にするようになれば、そのことが結果的に「不安感」や「とらわれ」を受
け入れることになって、すべてが解決の方向に進むのです。具体的には、
毎日実践目標を決めて、それを達成するように日々努力していくのもいい
方法だと思います。
これまでの学習によって、すでにおわかりのことと思いますが、不安を取り
除こうとするサイクルは、どこまでいっても成功することのないマイナスのサ
イクルです。これに対して、欲求を実現していくサイクルは、やればやった
だけ成果の上がるプラスのサイクルです。最初はマイナスのサイクルのウエ
イトが高いので、プラスのサイクルを進めるのが苦しいのですが、プラスのサ
イクルの活動を徐々に高めていきますと、マイナスのサイクルの相対的ウエ
イトが次第に小さくなってきますから、気分的にも楽になるものです。
こういった欲求実現活動の推進を通じて、幼弱な精神が鍛えられ、観念
的理想主義も徐々に修正されて、事実本位・目的本位の生活が身につい
てくるのであります。
このように症状があっても、やるべきことをどんどんやって欲求を実現する
ようになりますと、症状のことを忘れることが多くなり、そのうち「いつの間にか
治った」という状態になるものです。こうして症状を取り去ることができなくて
も、症状になりきったり、症状を受け入れることによって、症状を問題にしな
い人間になることができるのです。これが、神経症の泥沼から抜け出した状
態だと言ってよいと思います。
以上、「とらわれを克服する方法」について述べてきましたが、これを要約
しますと「森田理論の学習を続けながら、日常生活を充実させるために日々
努力すればよい」ということになります。それはとりもなおさず、「欲求実現活
動の推進」に外ならないのでありまして、神経症を解決する道はそれしかなく
、また、そうしていれば必ず解決できるということです。
自分の経験を省みて言えるのは、現在実際に症状に苦しんでいる人にと
って、それがいかに苦しいことであるかは理解できますが、そこを何とかして
切り開いていかなければ、解決の日を迎えることはできないと言うことです。
これで、「どうして神経症になるのか」についての話を終わることにしますが、
今までの話はすべて「不安」を対象にしたものになっていますので、「不安」
のところに自分の症状に置き換えて考えてもらえば、理解できるのではない
かと思います。
初めに述べましたように、神経症を解決するためには学習したことを実行
する必要があります。もちろん、知らなければ、すなわち学習しなければ、誤
っていることも、どうすればよいのかもわからないのですから、学習することは
大切です。しかし、学習したことを実践しなければほとんど役に立たないとい
うことです。実践して体験的に納得したとき、はじめて自分のものになります。
学習と実践は車の両輪のようなもので、どちらが欠けてもうまくないものです。
生活の発見会は、症状をもちながら仕事や日常生活を続けることのできる
人たちを対象にして、おたがいに森田理論を学習し、実践しながら、話し合
い、助け合うことによって、症状を克服し、人間的に向上発展していくことを
目的にした自助グループ(NPO法人)です。
学習の基準になっているものは、「森田理論学習の要点」であり、それを核
として組み立てられたものが「基準型学習会」です。学習したことを日常生活
のなかで各人が実践し、毎月開催されている集談会でそれを反省し、さらに
学習を重ねながら症状を克服していくのであります。
以上はそういう立場で神経症をとらえ、それを克服していく方法等につい
て私見を述べたものです。不備な点も多々あると思いますが、少しでも参考
になれば幸いです。
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