楽音寺
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 坐禅会のご案内
毎月第2第4の日曜日 朝6時半から本堂内で行います。

15分くらい前までに本堂内にお入り下さい。正面からお入り下さい。
駐車スペースはございます。仁王門の内側にお止め下さい。

初心者の方には指導をさせていただきます。
又この時間が都合悪い方には、事前にご連絡いただいて、住職がいる限り、いつでも対応させていただきます。

費用はかかりません。足のご不自由な方には椅子を使用しても可能です。

坐禅は我慢比べではありません。痛い思いをすることだけが坐禅でもありません。でも「○○道」といわれるものには必ず厳しさはあります。坐禅の型が身に付くまでは個人差はありますが少々時間は掛かります。といって時間が掛からなかったから優秀で、覚えるのに時間が掛かることが悪いことではありません。まさしく個人個人です。比較は無意味です。自分の意志で自分のために、どうぞおいで下さい。おしゃべりをしに来るだけでも良いですよ。



 御詠歌について
若い頃にボランティアとして東京のある教会で、讃美歌の伴奏をしていた時期がありました。
毎週日曜日、礼拝の前と終わったあと、そして牧師さんのお話のあとの3曲でした。
私にとってこの毎週の経験は、ハーモニーのことやたくさんの曲を勉強するいいチャンスになりました。

どこのキリスト教の教会に行っても「讃美歌」を聞くことができます。これはヨーロッパで起こり発展した音楽の源といっても過言ではありません。「あらののはてに〜」で始まるグロリアとか「きよしこの夜」「もろびとこぞりて」などもまさに讃美歌です。そして讃美歌の仏教版が「讃仏歌」といえるでしょう。仏様とその教えを讃えた歌です。御詠歌

浄土真宗系で歌われる比較的上記の讃美歌に近い、常にオルガンなどの伴奏楽器を伴って歌われるものと、ことさらはっきりとではありませんが区別して「御詠歌」というジャンルがあります。

よく耳にするのは四国八十八箇所を巡るお遍路さんの声ですね。鈴や鉦の涼やかなリズムに乗せて、ある時は悲しく、ある時は明るく優しい音の流れは、必ず心を止め、しみじみとなります。

キリスト教の讃美歌にもいくつかの流れがあるそうですが、讃仏歌にも宗派による流派がありまして、わが臨済宗妙心寺派は「花園流」という名の流派となっています。



「御詠歌」という呼び名は

広い意味では上記の通り讃仏歌の中の一ジャンルを呼んでいます。よく見れば「詠」も「歌」も共に歌で、それに「御」が付いています。特に「詠」には、節を付けて永く歌う、あるいは感動を声に出して歌うという意味があるようです。

また狭義には、いわゆる自由律のリズムの詞に節を付けたものを称し、それに対してリズムや字数のパターンがほぼ一定の詞に節をつけたものを「和讃」と呼んでいます。ですから広い意味、「御詠歌」の中に「詠歌」と「和讃」があるということになります。



「花園流」名の由来は

特にこの流派を「花園流無相教会」と正式名称、呼んでいます。
「花園」とは京都妙心寺が右京区花園という地名の所にあることと、妙心寺を開かれた方、つまり開基様が第九十五代の花園天皇であることから、この名が付けられました。



「花園流無相教会の歩み」

かねてより、これは大正時代のお話しです。臨済宗妙心寺派の中にも、禅の大衆化を図るために独自の御詠歌を創り、その御詠歌を通じて、檀信徒の信心を深め、広く社会の浄化に資したいとの願いがありました。中でも、東京中野の龍興寺住職、岩田全磨、貞雲ご夫妻は熱心に御詠歌布教の必要性を説き、大正13年の春には、妙心寺開山無相大師様の恩徳を奉讃して新しい御詠歌を広めたいとの要望を本山宛に出されております。
しかし、坐禅による悟道安心を説く本派においては、その機熟さず、何ら進展のないままに十余年の歳月が流れました。
昭和10年に至って、やっと本山妙心寺の山内にある龍泉庵の住職、釈仏海老師の賛同共鳴が得られ、現在花園流の三詠歌といわれる曲や開山様の御詠歌など、次々と作詞していただくことができました。それに岩田貞雲先生が所作、節付けをされまして、ここに多年の宿願ようやく成就し、詠歌花園流の基盤ができあがりました。

一流を創設するためには、何としても他流の機構は勿論、その運営方法や経理に至るまで万般に渉っての調査研究を必要とします。このことに関しては、前述の岩田全磨師がその任に当たらました。その結果、漸く昭和11年1月15日に、釈仏海老師を総裁に迎え、本部を龍泉庵に置いて「花園流大慈教会」が結成されました。

岩田貞雲流祖が全国各地を巡講して詠歌指導に当たられ、会員の数も年と共に増加していきました。さらに昭和13年12月10日には本派の宗議会において正式に公認されました。

何とか軌道に乗ってきた矢先、日米大戦が勃発し、厳しい戦時体制下では御詠歌の巡講もままならず、そのうえ不幸なことに、教会活動の中心であった岩田貞雲流祖のご自坊が米軍機の空襲に遭って全焼、また教会の総裁であり、会員の精神的支柱でもあった釈仏海老師が急逝されるなど、予期しない不運が次々と重なったために、大慈教会も一時的停滞を余儀なくされたのです。

しかし大戦が終わって我が国の経済も年々復興、成長し、国民生活にも余裕ができるにつれて、教会再興の気運が高まってきました。そして昭和24年の春頃から、全国各地に支部結成が相次ぎ、岩田流祖の高弟、東海宗益師、津田宗徹師をはじめとする師範、準師範が、各地の要請に応じて指導と普及に尽瘁されました。その成果が実を結び、翌年の昭和25年4月には、「花園流無相教会」として妙心寺派直属の教会となりました。

昭和41年4月21日、岩田貞雲流祖が急逝されるや、その後を、岩田穆堂(ぼくどう)師が受けて初代詠鑑に就任され、師範、講師、教師の先生方の熱心な指導により、年々、支部、会員共に増加の一途を辿りました。

また、東智月師範が花園流独自の楽譜を創作されるに及んで、詠歌和讃の普及と統一が一段と進み、質的にも飛躍的な発展を見るに至りました。

昭和45年10月には宗制の大改正により、これまでは本派の外郭団体であった無相教会が、花園会本部の組織内に置かれることとなりました。以後、無相教会は妙心寺派寺院檀信徒の会である花園会の活動の一翼を担って、詠歌和讃による会員相互の宗盟心の向上に大きな成果を上げました。
平成12年5月に無相教会発足50周年を記念して全会員二万人に経本・楽譜を配布いたしました。

詠歌和讃による同心同行の結束は固く、妙心寺教団の中核として、更に禅の大衆化と、仏法興隆のために、無相教会に寄せられる期待はますます大きくなって現在にいたっております。

(無相教会本部出版「花園流無相教会詠歌和讃解説書」より引用)


「花園流」の特色

歌の雰囲気はおそらく他流とそれ程違わないものと思われますが、古来口伝で伝えられた頃、手の振りによる「手踊り」のようなものが伴って歌われてきました。音の高さや柔らかさ、強さ、まるくあるいはしっかりとした節などを表現するのに、またリズムを刻むことも、手の動き・形・位置・膝をたたくなどの動作が伴っていました。御詠歌
今でこそ楽譜がありますからふだんを目にしないことも多いのですが。この流派の奥義を極める為には必須となっています。楽譜だけでは表せないニュアンスが伝わり、手の動きが歌になり声の調子が優雅な手の姿となってとてもいいものです。

特色のもう一つは楽譜にあります。
基本は五線にあって、音の高さは洋楽の楽譜になじみのある方には入門しやすく、また旋律は時間と共に直線と曲線で表されます。音と音のつながりも柔らかく移りたい場合、洋楽のオタマジャクシではスラー一辺倒ですが、花園流の楽譜では、目で見てそのニュアンスが理解でき、見たままを声にすればいいようになっています。もちろん完全無欠ではありませんが、大変歌いやすくわかりやすい書式をとっておりますことは参考譜をご覧になっていただけばおわかりと思います。

曲は全部で六十数曲有りますが、その作風は多岐にわたり、会の基本、私たち禅宗にご縁をいただいた会員一人が皆有るべき姿を表したものから、お釈迦さんや達磨さんの生きた跡をたどったもの、お彼岸やお盆の行事に因んだもの、妙心寺の開山様やそれ以降、代々の祖師禅師方の事を伝えたもの、亡き方を偲ぶもの、おめでたいときに歌うものなどがあります。
すべて曲想は異なり、お唱えすることで、あるいは耳にすることで独自の世界を私たちに示してくれます。何よりも、真心をこめてお唱えすれば、仏様やご先祖の立派な供養にもなり、仏教や禅の深い教えが知らず知らずに身体に浸透してきます。騒がしい心が静まり、波立つことを抑えられた安心(あんじん)を実感できます。



「花園流」の活動

各お寺ごとに支部を作り、楽譜集を基に練習をし、各家のご法事でおとなえしたり、山梨県内の妙心寺派全寺院の集いなどにも、みんなで一つになってお唱えします。県をまたいで隣接県同士の交流を図ったり、全国大会と称して全国から五千人六千人の方々が一堂に会することもあります。
また最近、御詠歌が一つの音楽ジャンルとして各種のコンサートにも加わってくるようにもなり、自分たちだけで楽しむだけでなく、より広範囲に広める動きも見せています。本山妙心寺では「青鳳会」という御詠歌の専門の唱え手を養成し、啓蒙に力を添えてくれるグループの活動も見逃せません。



歌う?唄う?謡う?詠う?唱える?称える?

「うたう」と言ったり「となえる」と言ったり、統一感がありませんが、表題のように漢字にもいくつかあることが解ります。
日本語というものは、こんな事がいいところでもあり解りにくい部分でもあるかも知れません。気分で漢字を使い分けるような所もありますね。「うたう」というときはたいてい「唄」や「謡」や「詠」よりも「歌う」で良いのではないでしょうか。御詠歌を「となえる」というとき、「称」でも間違いとは言えないようですが、「唱」を使うことが意味合いとして近いようです。



さあ御詠歌を始めよう

楽音寺にも支部がございまして、現在十五名ほどの会員さんが所属されていて楽しく練習を続けています。ただお寺の周辺は果樹地帯で、四月から九月頃までは練習はお休みにしています。

御詠歌って実際どんなものかなと、一度体験したい方、私住職がお寺にいるかぎり、農繁期でも昼でも夜でもいつでも対応させていただきます(坐禅会も同様です)。
体験中、お道具・楽譜集などはお貸しし、ご迷惑でなければ丁寧に指導もさせていただきます。どうぞお気軽にお申し出ください。

会に入っていただくときは、少額ですが会費がございますが、入会金などはございません。連絡は下記にお願いします。


臨済宗妙心寺派 医王山 楽音寺
山梨県笛吹市一宮町塩田944
電話:0553-47-3475 FAX:0553-47-3495
携帯:090-3140-3931
メール:gakuonji@amber.plala.or.jp



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