*お母さんの味がする*
「ぎゃーっ!おっ、おっ、越生───ッ!」
突如として響く、武蔵野の絹を裂くような悲鳴。
「…何だよ、うるっせぇなぁ」
ダルそうに答える越生の目の前に、武蔵野の長い指が震えながら差し出された。
その指先が示している先には──
「あれっ!とぶっ、とぶっ、とぶっち!く、くわれる!喰われる──ッ!」
そこには、あんぐりと口を開けて寛ぐ西武のマスコット“レオ”と、すぐそばにちょこんと佇む東武のマスコット“とぶっち”。
「ああ、大丈夫」
「はぁ!?」
「あれは、遊んでいるだけだから」
「遊ぶってオマエ」
「仲良いんだ、あいつら」
越生の言葉に、今度は武蔵野の口があんぐり開いた。
「…だってアレ…西武の…あいつらのライオンだろ?」
「うん」
「それが東武のキャラと堂々仲良しなの!?つーか何でここにいんだアレ?!」
「時々、西武のバカの目を盗んでここに来るんだ。とぶっちも、本線の奴らンとこから抜け出して来る」
「何故に!?」
「オレが思うに、きっととぶっちは……レオのことを“お母さん”だと思ってるんじゃねーのかな」
──生物学上、無理がありますよねソレ!?
「えーと越生、そのー、なんつーか」
「…やっぱさぁ、とぶっちも…お母さんが欲しいんだよ…」
そういう越生の口調からいつもの強気が失せていることに気付いた武蔵野は、「あら〜?」とニヤけた笑いを浮かべてその顔を覗き込んだ。
「“やっぱ”って…もしかして…越生クンも“お母さん”が欲しいのかなぁ?」
「ばっ!バッカ言うな!オレ、鉄道だぞ!お前なんかよりよっぽど立派な鉄道なんだ!お母さんなんて…お母さんなんて」
越生の両拳がぎゅっと握られる。
「オレには東上がいるから!お母さんなんていなくて平気だぞ!」
──それもどうなの!?
と、突っ込みたい気持ちをおさえる。
だって、越生の純な物言いに、ガラでもなく胸が“キュン♪”としたから。
なんだなんだ、コレ、いい話かぁ!?
もしかしてすごくいい話かぁ─!?
「そうか…東上は越生のお母さん代わりかぁ…ウンウン、まぁ頑張って見ればビジュアル的にもそう見えないわけじゃねーしな。じゃー、オレ、オレがお父さん代わりになってやろう!さぁ我が子よ、このお父さんの胸にドンと飛び込んで──」
ガッキ───ン★★★
ものすごくいい話の前に、ものすごくいい音がした。
まさに頭蓋骨と鉄のコラボレーション。
「っ〜〜〜〜〜〜〜(※痛くて声が出ない)」
「バカが何でかい声でほざいてんだよ、ったく…あ、越生、晩ご飯できた」
武蔵野の背後に、エプロンをつけた東上が立っていた。
片手には、やや底の凹んだ鉄鍋持って。
「っつぅ……とうじょう……ひでぇよ……オレの自慢のバディが痛んで走れなくなったらどうしてくれんだよ」
「別に、走れなくなるのはいつものことだから驚かない」
しれっとそう言うと、「素麺のびるから早く」と、越生の頭を撫でる。
「って、また素麺かよ…こないだ新米のコシヒカリ差し入れしたとこじゃん」
「ああ、だから今日は素麺とおにぎり。ちなみにあったかい素麺だから正式には“にゅう麺”、おにぎりの具は昆布」
「やったぁ!」
「それのドコが“やったぁ!”なの?!お前らどんだけ炭水化物好きなの?!」
「おーい、レオー、とぶっちー、お前らもさっさと食べろよー」
武蔵野をさらっと無視したハナシの流れ。まぁそれは百歩譲って良しとして。
あれだけ東武鉄道本線やら西武鉄道やらを嫌ってる東上が、ことのほか優しい声で2匹のマスコット(賭けてもいい、絶対親子には見えない!)を呼ぶのが何だか不思議で…
「なー東上、オマエ、あいつらにもメシ喰わしてやんの?」
「動物に罪はねーだろ、バーカ」
「…そして人型のオレにはバカかよ…なんか違う意味で泣けてきた…」
まだじんじん痛む頭をおさえて立ち上がると、目の前に、ハイッ、と、ほっかほかのおにぎりが差し出された。
「え?…オレ?…オレの分」
「ん。イヤなら喰うな」
「何も言ってねーじゃん、いただきまーす」
素直に受け取り、パクッと一口頬張る。
「うめ…」
ちょうどいい塩加減の、温かな飯粒が口いっぱいに広がった。
「越生―、ちゃんと手、洗えよー。あ、レオ、ほら雑巾!足ふけ足!とぶっちの分はソッチのお皿にあるから──」
ああ、そうか。
これがお母さん、ね。
怖くて厳しくて、でも優しくてどっかあったかい。
そしてこれが、お母さんの味、なのね。
武蔵野は一方的にそう納得すると、手の中に残ったおにぎりを一気に口に押し込んだ。