*セーラー服とふぁすてっく*
目の前を、日本最高速の車体が走り抜けて行く。
しかし、自分に出来るのはそれをただ見つめているだけ。
だって、あれは東北新幹線のものだから。
自分は──上越新幹線は──いつだって一歩後ろを追いかけるようにお古の車体を使い回す、そんな日々。
ほぼ同時期に開業したというのに。何だろうこの格差。何だろうこのえこひいき。
「ずるいよ、東北ばっか!僕だってファステックが欲しい!」
「そんなに欲しいなら差し上げましょう♪」
じゃーん、と薔薇の花を背負う勢いで登場したのはやたらガタイが良くてやたら天然パーマが目立つ──
「…えっと、どちら様?」
「酷いです上越先輩!僕です!長野です!」
「いやいやいやいや!」
全力で突っ込むとも!突っ込ませてくれ!
だって長野はあのくりくりっとした巻き毛と大きな目とそしてちまっとした少年の肢体がトレードマークなのに!
目の前にいるのはまるで──
「“ぬりかべ”じゃん!」
「人のこと懐かしの妖怪みたいに言わないでください!僕は北陸になったんですよ!つまり大きく…大人になったんです!」
「大き過ぎだよ!限度ってもんがあるだろ!…ちょっと、あんま近づかないでくれる?!」
「先輩ったら冷たい…まぁそこが可愛いんですけど」
舐めてんのかゴラァ蹴り入れんぞこの野郎!…というお上品なセリフはなんとか押しとどめ。
さりげに肩に回された手をペシッと追い払ってセクハラ後輩を睨みつけた。
「…で、何でファステックの話にキミが口はさむのさ」
「上越先輩のためなら、ファステックでも何でも調達してきて差し上げると!そう申し上げているんです!」
「…へー、そう?で、その見返りは?」
「流石です先輩!話が早い!」
コレですコレ!と、長野…もとい北陸が取り出したのは、
「……どう見てもソレ僕には“セーラー服”にしか見えないんだけど?」
「YES先輩♪しかも某名門女子校の制服なんです♪」
「ソコじゃないんだよ!この馬鹿!ど変態!」
ついに堪忍袋の緒が切れた。
しかしそんな罵倒もどこ吹く風の北陸は、ニコニコニコと満面の笑みを貼り付かせてじりじりと上越に歩み寄る。
「だーかーら!近づくなっつってんだろっ!」
「上越先輩がこれを着て僕と一緒に楽しいひとときを過ごしてくれたら、もう何だってします!ファステックだって、ネコ耳復活バージョンでお持ちしますよ!いや、尻尾だって付けますオプションで!」
「訳分かんないこと言ってんじゃないの!尻尾なんてもはや新幹線のオプションですらないじゃん!」
「上越先輩にはセーラー服が絶対似合います!僕が保証しますよ!E2を10台賭けたっていい!」
「いらないよそんなにE2ばっかり!」
「せ・ん・ぱ・い♪」
「だから超笑顔でこっち来んな!」
──いや、待てよ。
落ち着け上越新幹線。
もしもこれを着て──でもってちょっとの間だけ痛いの(←と、推測)我慢すれば──
夢のファステックが手に入るかもしれないと!?
それは悪くないハナシかも知れないぞ!?
だいたい、高速鉄道おいて、セーラー服くらいマニアックな萌えコスを着こなせるのは僕と秋田くらいしかいない。(←と、勝手に)
まぁ東海道に着せてもそれはそれで違う意味でイイ味出るとは思うけれど。
「ねぇ、先輩…」
耳元まで近づいた悪魔の囁きが心を侵す。まるで呪文のように。
無意識のうちに、上越の長い指がスカートのひだにかかって──
「…大丈夫ですよ、優しくしますから」
「…なが…いや…北陸…ボクは…」
「さぁ、彼と一緒にそのセーラー服を」
「………?………彼?」
「そーだそーだ!何上品ぶってんだ上越!お前も早く着ろホラッ!」
「げ!?さ、山陽ッ!?」
「わっはっはっは!どうだ俺様のこの見事な着こなしは!」
えぇええええ───!
山陽×セーラー服(※プリーツスカート膝上)──悪夢のコラボレーション。
「ちょ、山陽ッ!しっかりして!ダメでしょ!さすがにそれはダメでしょ!?」
「えー、何がダメなのよ?」
「いや何もかもがダメでしょ!ああもうどこからツッコめば!とにかくそのスカート丈は!犯罪だからソレ!一種の視覚的テロだから!」
「心配すんな、サービス精神第一の西日本に抜かりはない。ちゃーんと下着も女子高生仕様にしてある」
「んなサービス要らないよっ!ああそのスカートの後ろを学生カバンで押さえるリアルな仕草にイラっとする!」
「ほら、お前、それストレスが溜まってる証拠だよ。さぁ着替えろ、今だけは重責から解放されて非日常の世界に旅立つのだ!」
「え?い、いや、あの、ボクはやっぱり──」
「先輩、ほら、ボクがファスナーを外してあげますよ…ううん、ファスナーだけじゃなくて何もかもをボクに解放して…」
「いやだから待っ──」
「上越♪」
「先輩♪」
「やっぱだめぇええええ────っ!」
はっ!
がばっ!と飛び起きた。
──自室の、ベッドの上で。
「…なーんて結局、夢オチだったんだけどねー、焦っちゃった、アハハ★」
「“アハハ★”じゃねーこの!人のこと変態扱いしやがってテメー!」
山陽がカンカンになるのも無理は無い。
お世辞にも朝の話題にふさわしいとは言えない夢の話を聞かされ。
そのうえ、自分自身もセーラー服姿でゲスト出演させられたとあっては。
「うーん、何であんな夢見ちゃったんだろうねぇ。やっぱ僕の潜在意識の中にひそむファステックへの愛というか執着というかソレが夢というカタチになって」
「…オレはお前が普段オレと長野をどんな目で見ているかを小一時間ほど問いただしたい気分だがな…」
「そうですよ!上越せんぱいっ!」
側でじっと話を聞いていた長野が、頬を膨らませて抗議を始めた。
「ぼ、ボクはたとえオトナになっても、上越せんぱいにそんなはしたないセーラー服を着せたりなんかしませんっ!」
「ほーら見ろ、長野も怒っちまった」
「ああ、ゴメンね長野。もちろん僕は信じてるよ、そんなまさかキミが…」
「セーラー服のスカート丈は、ひざ下やや長めなのがいいに決まってますっ!」
───ソコかよ!!!
しかもよりマニアックな線に寄ってるし!!!
「その方が、上越せんぱいのきれいな足がきっと映えます!ねぇ山陽せんぱい?」
「…え、や、あの…」
「……」
「あと、プリーツはヒラヒラじゃなくって前と後ろに一ヶ所ずつ!それでいいです!そのほうがおしりのカタチがきっときれいに見えます!」
「……」
「……」
ああ、夢オチなんかじゃなかった。そう上越は確信した。
あれはそう──予知夢?正夢?
「…こりゃ覚悟しといたほうがいいぜ、オレたち…」
「…だよねぇ…」
いつか長野が北陸になったとき。
そのときが来たらもしかしたら本当に──
『セーラー服とファステック、どちらが良いですか先輩?』
そう言って微笑む長身の後輩の手を、最後まで拒めないかもしれない。
まぁでもそうしたら──ファステックなんかよりもっともっと新型のボディをせしめてやるけどね。うん。