100000HIT記念リク 20/綺麗に雪の積もった晴れた朝(上越・長野)

 

*ぼくが足跡をつけた*

 

 

僕のところに長野がやってくるって分かった日。
みんなものすごく不安そうな顔をしてコッチを見てた。
そう、今思い返しても異常なほどに。

特に東海道。
ホント、あの男だけは失礼極まりないよね。

「──いいか、上越、長野はまだ子供だから──」
「ハイハイ、色々と教えてやれ、って。そういうことだよね?」
「いや、いい。余計なコトをするな」
「何でだよ!話の流れおかしーだろソレッ!」
「これからきちんと教育さねばならない若い芽に、おかしな真似をされては困る」
「…本当に…キミとは一度とことん話し合う必要があるよね…」

でも、まぁ、実際にその後長野と引き合わされてからは、そんな東海道の懸念も消えたようだ。
だって、うまくやっていたもの、僕たち。

長野は、くるっとしたやわらかい栗毛の可愛い男の子で、一緒に走る東北や僕を濁りないガラス細工のような綺麗な目でくるくる見回して。

一見して「いい子」だなぁ、と分かったから。
だから彼に対して無関心になれるのも容易かった。

助かるよホント、純真=単純なひとたちは。
いつも笑顔でスマートに接してやればころっと騙される。実にカンタン。

知ってるよ、長野がいつか北陸新幹線として僕を超える大きな存在になるってこと。
いや、超えるどころか脅かす、っていうのが正しいのかな。

置いて行かれるのも追い抜かれるのも、もう慣れっこだけれど。
その都度感じる鉛のように重たい気持ちには何の変わりもないんだよねぇ。
そんな僕にまぁ、長野の世話なんて良く頼めたものだ。フン。

ま、こんな気持ち、東海道や東北になんて分かりっこないだろうけど。

そんなわけで、僕と長野は端から見ればすっかり仲良し。
秋田なんて素直に「年の離れた兄弟みたい」なんて言ってくれたっけ。

──ああ、僕、良い仕事してる。お給料分はしっかり働いてるよ、うん。

 

だから長野が開業して3ヶ月ほど過ぎ、すっかり冬の気配が僕たちを覆う頃──いきなり夜中に彼がやって来たときは驚いた。

一応笑顔を浮かべてはいたものの、すっごく真剣で思い詰めた感じがアリアリだったしね。
子供のくせに僕の目を誤摩化そうったってそうはいかない。

「あの、遅くにすいません…ボク、上越せんぱいと少しお話がしたくって」
「ああ、そうなの?どうぞ」

もちろん僕は笑顔で招き入れた。
ミルクたっぷりの紅茶を用意して、ソファに座ってじっとどこか一点を見つめ続ける長野の向かいに腰掛ける。

「さてと、何だろう。そんな難しい顔をして。運行に何か問題でも出たかな?…ああ、それとも恋の悩み、とか?」
「上越せんぱいはっ!」

僕の軽口を吹き飛ばす勢いで、長野が身を乗り出した。

「上越せんぱいは…っ…ボクのことが…お…おキライなんですかっ!?」
「はぁ!?」

一瞬ポカン、とした。
何で?僕の接し方のどこでそんなことを思った?あれほど優しくしてやったのに…

「上越せんぱいは…いつも笑ってくださるけど…分かるんです…それがホントじゃないって」
「!?」
「それなのにいつだって無理して親切に指導してくださって…ボク…つらくて…」

長野は今にも涙がこぼれ落ちそうな目で僕の袖をぎゅ〜〜〜っと掴んだ。
あんな強い力で誰かに掴まれたのって、初めてだったかも知れない。

「ホントのこと教えてください!せんぱいはボクのことが…ボクのこと…うっ…」
「……」

驚いた。
驚いた、ねぇ、お坊ちゃん。
なんとまぁ、僕の作り笑いも、うわべだけの先輩面も、全部お見通しだったって訳?
しかもそれを東北や東海道にチクるんじゃなくって直接コッチにぶつかって来るとはねぇ。お見それしました。長野新幹線クン。
そう思った瞬間、僕は初めて長野のことをちゃんと見たような気がする。

「長野」

優しい声が出た。嘘でも誤摩化しでもない。ホントの声が。

「まさか、僕がキミを嫌いだなんて。そんなはずないでしょ?ただ僕は──僕は、キミみたいな可愛いひとの世話になれていないだけだよ」
「…そ、そうなのですか?」
「うん、不安にさせちゃってゴメンね」
「……」
「まだ、納得できない?」
「…いえ…分かりました…あの…すいませんでした、夜中におしかけてきて変なこと言って」

本当に純粋な子だな、長野。
僕にないものをみんな持ってるねぇ。そこんとこは認めなくちゃなるまい。

「今夜は泊まって行きなよ」
「え?上越せんぱいのお部屋に!?良いのですか?」
「うん、風邪でもひかれたら困るしね」
「ありがとうございますっ!やっぱり上越せんぱいは優しいですねっ!ボクったら何を勘違いしてたんだろう」

すっかり冷めてしまったお茶を、それでも美味しそうに飲み干す長野に、ほんの少しだけれど罪悪感らしきものを感じた。これも初めてのこと。

「あの、ボク…」
「ん?」
「ボクもいつか…あの…上越せんぱいのような、カッコイイ大人の高速鉄道になれるでしょうか」

真っ赤な顔してすごいことを聞く。正直、もう笑うしかないって感じ。だって…

「…なれるよ、僕なんかよりはるかに大きく、ね。そして僕なんかよりずっとずっと先を行く立派な高速鉄道に」
「え?でも、そんな…」
「そう決まってるの。神様がそう決めたんだよ、長野」

いつかキミは大きくなって大きくなり過ぎて。
きっと足下に転がる僕なんて目に入らなくなるに違いない。

「神様がなんとおっしゃろうと!」
「…?」

長野が見た事ないような怖い顔で僕を見つめる。

「神様が何をどう決めようと、僕は上越せんぱいとずっと一緒にいたいです!」
「──なが」
「ボクは、そうしたいんです!」
「……」

うん、ごめん。
しっかり誤解してたみたい。
単純な子供だってそんなの。すごい勘違いだった。
長野はちゃんと“自分”を持ってる。自分の意志を持って自分の心を持って生まれて来た立派な高速鉄道だった。

「ずっと一緒に、か…じゃあ、今夜はさっそく一緒に寝てみようか。ねぇ長野?」
「ハイっ!やったぁ!」

他人と同じベッドに眠るなんて早々自分にはありえないことだけど、思いがけずぐっすりと眠れた。

そして翌朝。
目が覚めると、カーテンの隙間から差し込む光を、長野が目を細めて覗き込んでいたんだ。

「上越せんぱいっ!外!すごいです、真っ白で!」
「外?…って…うわっ…ちょっ…積もったなァ」

窓の外は、その年初めての豪雪に何もかもが埋め尽くされていた。
真っ青な空と純白の大地。見事なコントラスト。
こりゃ架線保持が大変だ。在来線の奴らは大丈夫だろうか。

「…綺麗ですねぇ…」

いやまぁ、走る身としては“綺麗”だけじゃ済まされない事態なんだけどね。

キラキラと朝日を受けて光るそれは、長野の心にも似て。
汚すのが怖いような、それでいて真っ先に駆け出し足跡を残してみたくなるような。そんな気持ちがした。

「…こりゃきばって走らないと。この僕らが雪で遅延なんてコトになったら、東海道にバカにされちゃうからね。あの降雪1パーセントで止まる虚弱体質路線に」
「はいっ!頑張りますっ!そしてとーかいどーせんぱいにも認めてもらいますっ!」
「結構」

──その日から長野は真実、僕の正式な同僚、並走する大切な仲間になったんだ。

 

「…ふっ…」
「?…上越せんぱい、どーなさったのですか?何を笑っているんですか?」
「ああ、いや、ちょっと思い出してね…昔のコトを」
「昔の?」
「うん、僕らが初めて出会った頃のことだよ」

10月1日。東海道新幹線と同じく、この日は長野新幹線開業記念日。
長野のお誕生日に等しいこの日を迎えるたびに、僕はあの日の事を──あの真っ白な雪の朝を思い出す。

「うむ、あの頃は長野が貴様の毒牙にかからないか毎日心労で胸が痛かったが…無事に11年目を迎えることが出来たな。本当に良かった」
「ちょっとォ、東海道!キミは一体僕が何をどうすると!?っていうかむしろ何か期待してんの?ねぇ!?今日という今日こそはっきり──」
「落ち着いて、上越。ほら、今日はお祝いの席なんだから」
「上越せんぱーい、落ち着いてくださーい!ボクのケーキも差し上げますから!ね?」
「うむ、糖分を取ればその苛々もちょっとはおさまるんじゃないのか?」
「苛々させてんのは誰だよ!もうほんとムカつくー!」

 

まったくねぇ。

いつまでみんなでこうして“仲良しごっこ”していられるのか分からないけど。
長野が北陸になることで、僕がどうなるかもまだはっきりしないんだけど。

でも、僕はきっと忘れないだろう。

神様に逆らってでも僕と一緒にいたい、って言ってくれた、小さな可愛い高速鉄道が確かにこの世に存在したってことを、ね。

 

 

 


 2008/10/5