*シュークリームはいかが?*
「西武有楽町クン、ほら、じゃ〜ん♪」
「……」
「あれ?あれ?どうして?無反応?」
「……寄るな」
「あれあれあれあれあれ、いやだな〜、どうしてそんなちょっとずつ後ろに下がるの?」
「よ、寄るなぁっ!」
「…何やってんだ副都心」
超笑顔でなにやら怪しげな箱を手ににじり寄るメトロ副都心、狙われた獲物のように後ずさりする西武有楽町。
どう見ても子供を襲う不審者にしか見えない己が後輩に、メトロ有楽町のため息まじりの声が飛んだ。
「西武有楽町が怖がってんじゃないか!」
「こ、怖くなんかないぞ!わたしにはいつもつつみかいちょうがついてくださっている!」
「それ背後霊ってことですか?わぁやだぁ、ソッチの方が超コワぁい♪」
「気色悪い声出すな!だから何やってるんだって聞いてんだよ、副都心!」
「ですから、差し入れ」
「はぁ?」
「差し入れを買ってきたからおすそ分けしようと思っただけなのに」
「……」
「…だからそこでどうしてあなたまで後ずさりなんですか、先輩?」
「…普段の自分の行いを考えてみたらおのずと理由が分かると思うが…」
「僕も開業して早や5カ月。乗り入れ先の皆さんと仲良くしなくちゃって自覚を持ったわけです。ほらあれ、西武サンもよくおっしゃってるじゃないですか、えっと…そうそう“需要と供給”!」
「“感謝と奉仕”だ!このバカものっ!」
「あっはっは、まぁ似たようなもんじゃないですか、ねぇ先輩?」
「仲良くするんじゃないのかよ…これ以上溝を深くしてどうする」
「いやー、実を言うと僕がどうしても食べたくて買ったんですけどね。さすがに一個は買いにくいじゃないですか、だから皆さんの分も、と」
「あ、そう…ウン、そのお前らしい理由なら納得できる」
「…納得まで長い道のりでしたね」
「まぁそういうことだから…なぁ西武有楽町、もったいないから有り難くいただこうか?ん?」
「……でも」
「でも?」
「……な、何かさくりゃくがあるのかもしれん!ワナかも!いやきっとそうだ!」
「まぁ、そう思う気持ちは痛いほどわかるけど」
「分かるんですか先輩!?しかも痛いほどに!?っていうかフォローする気ゼロ!?」
「よし、じゃあこうしよう、西武有楽町。俺がまず一個喰ってみる。それでなんともなければ…」
「いや、待て!それでは営団おまえの命にきけんが!」
「大丈夫だよ、心配しないで」
「営団有楽町…ッ!」(じーん)
「…西武有楽町」(じーん)
「…あのーホントいい加減にしてもらえませんかいくら温厚な僕でもぶん殴りますよ…」
幸いにもぶん殴られる寸前で三人は和解(?)し、池袋地下のベンチに座って並んでシュークリームを頬張る図となった。
「うまい!」
「…おいし…い」
「でしょー?銀座の名店の特別出店だったんですから」
「さすが西武百貨店だ!西武ばんざい!つつみかいちょうばんざい!」
「…いや別に会長さんが作ったわけじゃないんですけどねぇ」
「何をしている西武有楽町?」
と、そこへやってきたのは、眉間に深い皺を寄せた西武池袋。
「…どこへ行ったのかと思ったら…何故こんなところで営団どもと一緒に座っているのだ?」
「す、すいません西武池袋!あの…わたしは…」
「あー、おやつタイムにしてたの、コッチが無理矢理誘ったから。許してやって」
「おやつだと?…何だ営団!こんなベタベタ甘そうなものを間食させおって!」
「あ、それ僕の差し入れです、シュークリーム。絶品ですよ、西武池袋サンもおひとつドーゾ♪」
「…な!…貴様…がッ!?…」
「あのいやだから何でそこまであからさまに後ずさりなんですか…スイッチバックですか…流行ってるんですかスイッチバック…」
「せ、西武百貨店で売られているげんてーひん、なのだそうです、西武池袋」
「何!?西武の?…それなら口にするのもやぶさかではない…堤会長に感謝して」
「はいっ!つつみかいちょうに感謝して!」
「…結局食べるんじゃないですか…会長サンじゃなくてボクにも少しは感謝してくださいよ…」
「してるよ、してるって」
まぁまぁ、とメトロ有楽町がなだめるように後輩の肩を叩いた。
「あいつら、感謝の仕方が分かりにくいだけ。ちゃーんと感謝してるって」
「…今までの話の流れのどこにそんな期待が持てるって言うんですか?」
「ホントだってー、ほら」
と、促されて隣を見ると。
それはそれは美味そうにシュークリームを頬張る西武有楽町と西武池袋の姿。
それもそろって、口にクリームをペッタリとつけて。
「すばらしくおいしいですね!これもつつみかいちょうのおみちびきですね、西武池袋!」
「うむ………だな」
「なっ、ちゃーんと喜んでるの分かるだろ、副都心?」
「……」
あー、確かに。
なんか気分イイ。
きっと1人で食べても十分美味いシュークリームなんだろうけど、今の方が何倍も美味いに違いない。
なるほど、なるほど。
これが“感謝と奉仕”…だとしたら、西武の教えも悪くはない。あの宗教に入ろうとは夢にも思わないけれど。
「…また何か買ってきましょうかねぇ」
ぱくっ、と頬張ったシュークリームの程よい冷たさが心地よくて。
副都心はいつになく穏やかな笑みをたたえながら、ふとそんなことを呟いた。
そして数日後。
「ということで、今度は熱々のタイヤキを買って来たんですよー、皆さんも召し上がりませんかー?」
「──え、営団ッ!」
「──ゆ、有楽町ッ!」
「ハイハイ…んじゃーまずは俺が一口喰ってみる、それで何ともなければ…」
「……あのー、いつになったらその“毒見”のステップが外されるんですか……ねぇ先輩?ねぇ?!」