*願いごとは自分に*
「だから!私は神に願いごとなどしない!」
山陽から“この冬は関ヶ原の豪雪で何回遅延するかねー、今から神様に安全運行のお願いしとけば?”とからかうように言われた東海道が、キレて怒鳴り返したのがこのセリフだった。
「神頼みで運行スケジュールが組めるか?そうだろう?頼るべきは神などではない!」
「んじゃー何なのよ、地球温暖化?」
「己だ!己自身だ!」
「…ソッチの方が神様より怪しくね?ははっ…っ!?うごっ!!!」
以上が、山陽の(本日の)最後の言葉。
見事アゴ下から強烈なパンチを喰らって涙を浮かべる相棒をとっとと見捨て、東海道は人ごみでごった返す東京駅の構内を歩いていた。
「フン、馬鹿馬鹿しい。神に縋るなど高速鉄道の、いや、JRのすべきことではない。すべきなのは…」
「──だから!僕は神様なんて信じないってば!」
「!?」
あれは…遠くからしかしはっきりと聞こえたあの声は…珍しく激高してはいるものの、紛れもなく宇都宮線の声。
そうか、確か今日は在来線たちの定例ミーティングの日だった。
「だいたい事故や天気を神様にお願いしてどうにかできるって言うなら、警察も気象庁もいらないんだよ!分かる埼京?高崎?なんだかんだって、信じられるのはねぇ──自分の足なの!」
そして勢いよく通路を曲がった宇都宮は、目の前に突如出現した上官──東海道新幹線を見てさすがに顔色を変えた。
「あ!?…っと…失礼しました、東海道上官!」
「宇都宮、ここは日本中…いや世界中のお客様が行き交う東京駅だ。構内で大声を出すのは感心せんな」
東海道は先ほどまでの山陽とのやりとりをすっかり棚に上げ、そうきつく言い放った。
「YES上官!申し訳ありませんでした!」
「東京駅への乗り入れにもケチがつきかねんぞ」
「…注意します、上官」
「それが良い」
そして続けて「ミーティングか?」と尋ねる。
「YES上官」とよどみなく答えながらも、宇都宮の表情が僅かに強ばった。
ここのところ、宇都宮線内で人身事故や天候による遅延、車両故障が頻発しているのは上にも伝わっている。
さしずめ、先程の騒ぎも、その話題に噛み付いてのことだったのだろう。
「…引き続き、気を引き締めて北のラインを保守するように」
「YES上官、では上野に戻ります」
「うむ。ああ、それから…」
「何か?」
「私も、貴様の見解には同感だ」
「──」
「以上」
一瞬返答に詰まった宇都宮を置き去りに、それだけ言い残すと東海道は新幹線乗り継ぎ口へ向って足早に去って行った。
「ちょっとちょっとォ、大丈夫、宇都宮?」
「上官に何か言われたのか?」
東海道の背中が見えなくなるのを見届け、埼京と高崎が柱の陰から顔を出す。
「…んー、構内で騒ぐなってさ。ふふ、彼、保母さんみたいだよね」
「おい!上官のことそんな風に呼ぶなよ!バレたらヤバいぞ!」
「高崎と違って僕は要領が良いからね、心配しないで」
「あーしねぇ!もう一生心配なんかしねぇ!」
「ちょっとぉ、騒いでるとまた怒られるよ、もう行こう」
「……そうだね」
そうして皆が在来線のホームへと踵を返す中、宇都宮だけは足を止めて背後の──“東海道山陽新幹線”の表示の示す方向をゆっくりと振り返る。
「…あなたに同意してもらえるとは思わなかったな…」
両手をポケットに突っ込んだまま、背筋をぴんと伸ばし、小さく一礼した。
思いがけずご褒美をもらった子供のように、バツの悪い笑顔を浮かべて。